星に蝕まれる少女 〜硝子の妖精と、最期の輝き〜 作:暁 蒼空
クロッカスの広場。
ナツの拳が、エクリプスの扉を粉砕した。
ズガァァァァァァァン!!
扉が壊れると同時に、世界を歪めていた魔力が霧散していく。
空を飛んでいたドラゴンたちが、光の粒子となって元の時代へと帰還を始めた。
「……終わった……のか?」
「勝った……! 俺たちは生き残ったぞ!」
歓声が上がる中、ナツの目の前で、未来ルーシィの体が透け始めていた。
歴史が修正され、彼女という存在そのものが消えようとしているのだ。
「……ありがとう、ナツ」
未来ルーシィは穏やかに微笑んだ。
「貴方が守ってくれたおかげで……未来は繋がったわ」
「おい! 待てよ! お前、消えるのか!?」
「ええ。……でも、悲しくないわ」
彼女は光の中で、ナツに手を伸ばした。
「今の私(この世界の私)を……よろしくね。……あの子は、貴方が思っているよりもっと近くで、貴方を待っているかもしれないから」
その言葉を残し、未来ルーシィは金色の風となって空へ溶けていった。
「ルーシィ……!」
ナツは空を掴むように手を伸ばしたが、そこには何も残らなかった。
勝利の味は、どこまでも苦く、虚しいものだった。
数日後。王宮での祝勝会。
妖精の尻尾(フェアリーテイル)は英雄として称えられ、大魔闘演武の優勝ギルドとして完全復活を果たした。
しかし、その中心にいるはずのナツの姿は、バルコニーにあった。
「……はぁ」
ため息をつくナツの横に、グレイが立つ。
「辛気臭い顔すんなよ。優勝したんだぞ」
「分かってるよ。……でも、結局ルーシィは見つからなかった」
未来ルーシィは消えた。
そして、この世界のルーシィの手がかりは、ジェラールたちと共に煙のように消えてしまった。
彼女は生きているのか。それとも、もう……。
「……あいつが消える時、言ってたんだ。『今の私をよろしく』って」
「ああ」
「だから、絶対に生きてる。……俺たちが有名になれば、きっと向こうから気づいてくれるはずだ」
ナツは夜空を見上げた。
その瞳に、諦めの色はなかった。
しかし、彼らが再会するには、まだ運命の糸が複雑に絡まりすぎていた。
その頃。
クロッカスから遠く離れた街道を、一台の馬車が進んでいた。
御者はジェラール。荷台には、ウルティア、メルディ、そして眠り続けるルーシィが乗っていた。
「……容態は?」
「安定してるわ。……未来の魔力との共鳴で、一時的に生命力は回復したみたい」
ウルティアがルーシィの寝顔を見つめる。
ラストエイジスの代償を回避し、自分も生き残った。
しかし、根本的な解決にはなっていない。
ルーシィの体は依然として持病に蝕まれており、既存の薬では延命が限界だ。
「ジェラール。……例の場所へ向かうわ」
「……本気か? あそこはマグノリアに近い。妖精の尻尾(フェアリーテイル)に見つかるリスクがあるぞ」
「ええ。でも、今の彼女を救えるのは、あの人しかいない」
ウルティアの決意は固かった。
ルーシィは家族だ。
彼女を生かすためなら、虎の尾を踏むような危険も冒す。
「行きましょう。……東の森へ」
マグノリア東部の深い森。
そこには、人間嫌いの薬師が住む一軒家があった。
ポーリュシカ。
妖精の尻尾の顧問薬剤師であり、グランディーネ(天竜)の声を持つ老婆。
ドンドンドン!!
「うるさいねぇ! 人間は嫌いだって言ってるだろ!!」
扉が乱暴に叩かれる音に、ポーリュシカは不機嫌そうに箒を持って出てきた。
「帰れ帰れ! 森に入ってくるな!」
「……頼む。話を聞いてくれ」
そこに立っていたのは、指名手配中のジェラールと、二人の魔女だった。
ポーリュシカは眉をひそめた。
「お前たちは……『魔女の罪』かい? 犯罪者が何の用だ」
「貴女に診てほしい患者がいるんです」
メルディが必死に頭を下げる。
ウルティアが、背負っていた少女をそっと地面に下ろした。
フードが外れ、金色の髪がこぼれる。
「……!」
ポーリュシカの目が大きく見開かれた。
その顔を、忘れるはずがない。
7年前、ナツたちが騒いでいたあの娘。
そして、天狼島と共に行方不明になったはずの――。
「ルーシィ……だと……?」
「生きていました。……ですが、魔力を失い、体がボロボロなんです」
「私たちじゃ、もう治せない……! お願いします、助けてください!」
メルディが泣きながら懇願する。
ポーリュシカは、痩せ細ったルーシィの姿を見て、箒を投げ捨てた。
彼女は無言でルーシィの脈を取り、瞳孔を確認し、舌打ちをした。
「……チッ。ひどい状態だね。よくここまで生きてたもんだ」
「……運びな。ベッドを用意する」
ポーリュシカはぶっきらぼうに言った。
「本当ですか!?」
「勘違いするんじゃないよ。私は人間が嫌いなんだ。……だが、マカロフの所の子供を見捨てるほど落ちぶれちゃいないさ」
彼女は家の中へと招き入れた。
ウルティアたちは顔を見合わせ、安堵の息をついた。
「ありがとうございます……!」
ルーシィが運び込まれる。
森の匂いと、薬草の香りが充満する部屋。
そこは、彼女が生まれ育ったギルドから目と鼻の先にある場所。
しかし、今の彼女にとっては、最も安全で、最も必要な「療養の地」だった。
ナツたちは知らない。
彼らが必死に探していた少女が、灯台下暗し、すぐそばの森で治療を受けようとしていることを。