星に蝕まれる少女 〜硝子の妖精と、最期の輝き〜 作:暁 蒼空
マグノリア東部の森。
木々のざわめきだけが響く静寂の中に、薬草の香りが漂う一軒家があった。
「……苦い」
「文句を言うんじゃないよ。良薬口に苦しだ」
ベッドの上で顔をしかめるルーシィに、ポーリュシカが容赦なく深緑色の液体を突きつけた。
長年の栄養失調、そして精神的な衰弱。
それらを治療するため、ポーリュシカが特製した強烈な薬湯だ。
「魔力がない体に、無理やり魔導士としての負荷をかけたんだ。……ガタが来て当然さ」
「……はい」
ルーシィは大人しく薬を飲み干した。
この数週間で、彼女の顔色は以前よりずっと良くなっていた。
ウルティアとメルディの献身的な介護、そしてポーリュシカの的確な治療のおかげで、死の淵からは完全に脱していた。
「今日は天気がいい。……少し外の空気を吸っておいで」
ポーリュシカはぶっきらぼうに言い捨てて、調合室へと戻っていった。
ルーシィは、ウルティアに肩を借りて、家の前のベンチに座った。
木漏れ日が暖かい。
そして、風に乗って微かに聞こえる街の喧騒。
「……マグノリアの音だ」
ここからなら、歩いて数時間でギルドに着く。
ナツたちがいる場所に。
「会いたい?」
隣でリンゴを剥いていたメルディが尋ねる。
ルーシィは首を横に振った。
「ううん。……今はまだ、いい」
彼女は自分の手を見た。
まだ痩せている。魔力もない。
ナツたちの隣に立つには、あまりにも頼りない。
「私は今、リハビリ中だから。……心も、体も」
「そうね。焦らなくていいわ」
ウルティアが優しく微笑む。
ポーリュシカには口止めしてある。
『あいつらが来たら騒がしくて治療にならん』という理由で、彼女も快諾(というか推奨)してくれた。
ここは、世界から切り離されたシェルター。
ルーシィがもう一度、自分の足で歩き出すための準備期間だった。
しかし、その穏やかな時間は、唐突に終わりの鐘を告げられた。
魔法評議院・ERA(エラ)。
フィオーレの秩序を守る最高機関が、爆炎に包まれていた。
「ヒャハハハハ! 脆い、脆いぜぇ人間ども!!」
爆心地に立つのは、獣のような耳と尻尾を持つ男――ジャッカル。
闇ギルド最強の同盟「バラム同盟」の一角、冥府の門(タルタロス)の九鬼門が一人が、単独で評議院を壊滅させたのだ。
「評議員は全員殺した。……次は『元』評議員狩りだなぁ」
ジャッカルが地図を広げる。
彼らの目的は、大陸中の魔力を消滅させる兵器『フェイス』の封印を解くこと。
そのためには、封印の鍵を持つ評議員たちを消す必要があった。
「おやおや? 近くに……面白そうな獲物がいるじゃねぇか」
ジャッカルの鼻が動く。
彼が狙いを定めたのは、評議院と深い関わりを持つ者たち。そして、彼らの邪魔をするであろう妖精の尻尾だった。
数日後。マグノリアのギルド『妖精の尻尾』。
マカロフが沈痛な面持ちで報告を受けていた。
「評議院が……全滅だと!?」
「ああ。……実行犯はタルタロスだ」
ラクサスが拳を握りしめる。
かつての敵、そして未知なる脅威。
ナツが鼻を鳴らした。
「なんか……嫌な匂いがしやがる」
「ナツ?」
「焦げ臭いっていうか……禍々しいっていうか……」
ナツの勘は鋭い。
タルタロスの使う力は魔法ではない。**「呪法(カース)」**と呼ばれる、エーテラノを介さない異質の力。
それが今、マグノリア周辺にも忍び寄っていた。
東の森。
薬師の家で、ポーリュシカが眉をひそめた。
「……なんだ、この不快な気配は」
「ポーリュシカさん?」
ルーシィが不安そうに見上げる。
同時に、外で警備をしていたウルティアとメルディが飛び込んできた。
「ルーシィ! 隠れて!」
「敵よ! それも、ただの魔導士じゃないわ!」
ドォォォォォン!!
家の前の木が、何の前触れもなく爆発した。
煙の中から現れたのは、タルタロスの下級兵士たちと、それを率いる幹部クラスの悪魔。
「ここかぁ? 『天竜』の匂いがする場所ってのは」
現れたのは、九鬼門の一人・フランマルスの配下たちだった。
彼らはポーリュシカ(グランディーネのエドラスの姿)を、なんらかの鍵、あるいは排除すべき対象として認識したのだ。
「ちっ……人間嫌いだって言ってるだろ!」
ポーリュシカが箒を構える。
ウルティアが前に出た。
「下がってて。……ここは私たちが守る」
「メルディ、ルーシィを連れて裏口へ!」
「うん!」
療養の地が、一瞬にして戦場へと変わる。
ナツたちが気づくよりも早く、悪魔の手は「忘れられた少女」の元へと伸びていた。