星に蝕まれる少女 〜硝子の妖精と、最期の輝き〜   作:暁 蒼空

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第57話:砕け散る水瓶、星々の慟哭

 マグノリア周辺の森。

 戦いは唐突に終わった。いや、世界そのものが塗り替えられたようだった。

 ズズズズズズ……!!

 冥府の門(タルタロス)の本拠地である巨大な浮遊島『冥界島(キューブ)』から、禍々しい波動が放たれた。

 呪法『アレグリア(喜び)』。

 その効果範囲は絶大で、島の中にいたナツたちはもちろん、近くで戦闘していたラクサスたち、そして森に隠れていたジェラールやウルティアたちまでもが、赤い粘液状の物体に飲み込まれていく。

「な、何だこれは……!?」

「体が……動かない……!」

 ジェラールが呻く。ウルティアとメルディも、地面から湧き出した赤黒い大地と同化し、動けなくなっていく。

「ルーシィ……! 逃げ……て……!」

 メルディの手が完全に飲み込まれ、物言わぬ石像のように固まってしまった。

「メルディ!? ウルティア!?」

 ルーシィだけが取り残された。

 魔力を持たない彼女だけが、皮肉にも「魔導士を捕食する呪い」の対象外となり、難を逃れたのだ。

 しかし、それは孤独な死刑宣告と同じだった。

「嫌だ……また、私だけ……」

 森は静まり返り、不気味な赤色に染まっている。

 誰もいない。誰も助けてくれない。

 世界が終わる。

 

「誰か……助けて……!」

 ルーシィは震える手で、懐の鍵束を握りしめた。

 魔力はない。呼んでも来てくれるはずがない。

 それでも、彼女は縋るしかなかった。

「お願い……みんなを助けて……!」

 その時。

 ドクン。

 ルーシィの手の中で、一本の鍵が強烈な熱を放った。

 ザパァァァァァァァン!!

 枯れたはずの森に、大量の水が湧き出した。

 水流が渦を巻き、一人の人魚の姿を形成する。

「……ア、アクエリアス……?」

 ルーシィは目を疑った。

 そこにいたのは、黄金十二宮・宝瓶宮のアクエリアス。

 魔力のないルーシィが呼べるはずのない星霊が、自らの意志で現界していた。

「……情けない顔してんじゃないわよ、小娘」

 アクエリアスは、いつものように不機嫌そうに、けれどどこか悲しげな瞳でルーシィを見下ろした。

 

「どうして……? 私、魔力が……」

「私の魔力を使って無理やり出てきたのよ。……時間がないわ。よく聞きなさい」

 アクエリアスは真剣な表情で告げた。

「今の状況を打破できるのは、星霊王だけよ」

「星霊王……?」

「そう。ヒゲ親父なら、この冥府の呪いを打ち破り、仲間たちを救い出せる」

 ルーシィの顔が輝く。希望が見えた。

「で、でも私には魔力が……」

「魔力はいらない。……その代わり、『代償』が必要よ」

 アクエリアスは、ルーシィの手にある自分の鍵を指差した。

「星霊王を呼ぶ条件。それは……『黄道十二門の鍵を一つ壊すこと』」

 ルーシィの思考が止まった。

 壊す? 鍵を?

「つまり……私との契約を断ち切り、二度と会えなくなるということよ」

 

「……え?」

 ルーシィは後ずさりした。

 意味が分からない。二度と会えない?

 私の最初の友達。ママの形見。一番慕っている家族。

「イヤだ……」

 ルーシィは鍵を胸に抱きしめた。

「イヤだ、壊せないよ……お別れなんてイヤだよ!!」

「このままじゃ、世界が終わるんだ!!」

 アクエリアスが怒鳴る。

 しかし、ルーシィは首を激しく振った。

「世界なんてどうでもいい! アクエリアスがいなくなるなんて嫌だ! 私、まだ何も……!」

「ルーシィ!!」

「嫌だぁぁぁ!!」

 子供のように泣きじゃくるルーシィ。

 7年前からずっと、喪失に怯えてきた彼女にとって、これ以上の別れは死に等しかった。

 

「……ハァ」

 アクエリアスはため息をつき、そして優しく、ルーシィの手から鍵を包み込んだ。

「……アンタじゃ壊せないわね。……だから、私がやる」

 パキッ……。

 アクエリアスの手の中で、鍵に亀裂が入る。

「イヤだ、辞めて……! せっかく会えたのに……!」

 ルーシィが彼女の腕にしがみつく。

「まだ私……貴方に謝れてないのに……! ごめんなさい、私がいけないの! 私が弱かったから……!」

 ずっと言いたかった。

 魔力を失ったことも、大切な記憶を捨てて仲間を傷つけたことも、天狼島で置き去りにされたことも、全部自分が悪いと思っていた。

 だから謝りたかった。なのに、これがお別れなんて。

 

「……バカね」

 アクエリアスは、涙に濡れるルーシィの顔を、水で濡れた手で拭った。

「アンタなんか、大っ嫌いだったわ」

 いつもの憎まれ口。

 でも、その声は震えていた。

「生意気で、すぐ泣いて、男日照りで……私のデートの邪魔ばかりして」

「うぅ……ごめんなさい……!」

「……でも」

 アクエリアスは、微笑んだ。

 今まで見せたことのない、慈愛に満ちた聖母のような笑顔で。

「……寂しくなるじゃない」

 その言葉に、ルーシィの喉の奥から嗚咽が漏れた。

「今まで世話になった。……ありがとう、ルーシィ」

 アクエリアスの目からも、真珠のような涙がこぼれ落ちた。

 パリンッ。

 乾いた音が響く。

 黄金の鍵が砕け散り、光の粒子となって空へ舞い上がった。

「アクエリアスぅぅぅぅぅぅぅッ!!!!」

 ルーシィの手の中に、もう鍵はない。

 アクエリアスの姿も、光の中に溶けて消えていく。

「……強く、生きなさい。……レイラの娘」

 最期の言葉を残し、水瓶宮は星の彼方へと帰っていった。

 

 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……!!

 アクエリアスの消滅と引き換えに、夜空が割れた。

 巨大な剣が振り下ろされ、冥界島(キューブ)を一刀両断する。

 『……古き友よ。その意思、確かに受け取った』

 星霊王が現れた。

 彼はその巨大な剣を掲げ、世界を覆う「アレグリア」の呪いを斬り裂いた。

 『ギャラクシア・ブレイド!!!』

 赤い粘液が光に浄化され、石化していた人々が解放されていく。

 ジェラールが、ウルティアが、そしてナツたちが、石の呪縛から解き放たれる。

「……う、あ……」

 ルーシィは、砕けた鍵の欠片を拾い集め、その場に崩れ落ちていた。

 世界は救われた。仲間は助かった。

 けれど、彼女の掌からは、かけがえのない友の温もりが永遠に失われてしまった。

「うああああああああああああああッ!!!!」

 森に、少女の慟哭だけが響き渡った。

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