星に蝕まれる少女 〜硝子の妖精と、最期の輝き〜 作:暁 蒼空
ズガガガガガガ……!!
星霊王の剣『ギャラクシア・ブレイド』が冥界島を叩き切り、禍々しい呪法『アレグリア』を霧散させた。
石化していた妖精の尻尾(フェアリーテイル)の魔導士たちが、次々と元の姿に戻っていく。
「うおぉぉぉ! 体が動くぞ!」
「呪いが解けた! 反撃開始だぁぁぁ!!」
エルザが、グレイが、ガジルが武器を構える。
マカロフの号令と共に、彼らは冥府の門(タルタロス)の幹部たちへとなだれ込んだ。
しかし、その喧騒の中で、ナツだけが鼻をひくつかせ、森の方角を凝視していた。
「……ナツ?」
「匂うんだ」
「え?」
「ルーシィの匂いだ。……それと、しょっぱい涙の匂いがする」
ナツは戦場を離脱し、迷わず森へと飛び降りた。
ハッピー、そして心配したエルザとグレイ、ウェンディもその後を追う。
森の中。
赤い粘液から解放されたウルティアとメルディは、その場に崩れ落ちているルーシィに駆け寄った。
「ルーシィ……!」
「うぁぁぁぁぁ……アクエリアスぅぅ……!」
ルーシィの手には、砕け散った水瓶宮の鍵の破片が握りしめられていた。
彼女は自分の魔力を代償にするのではなく、友の命を代償にして世界を救ったのだ。
「……辛かったわね……。ありがとう、ルーシィ……」
ウルティアが彼女を抱きしめる。
メルディも涙を流し、彼女の背中をさする。
世界を救ったのは、強大な魔導士でも英雄でもない。
魔力を失った、たった一人の少女の「喪失」だった。
ガサッ……!
藪をかき分け、ナツたちが飛び込んできた。
「ルーシィ!!」
その声に、抱き合っていた三人がビクリと震え、振り返る。
時が止まった。
そこにいたのは、7年前と変わらぬ姿のナツ、ハッピー、グレイ、エルザ、ウェンディ。
肌に張りがあり、生命力に満ち溢れ、未来への希望を目に宿した「光」の存在たち。
対して、こちら側にいるのは、傷だらけの魔女たちと――
24歳になり、病で痩せ細り、涙と泥にまみれ、深い絶望の淵にいるルーシィ。
「…………え?」
ナツの足が止まった。
グレイとエルザが息を呑む。
目の前の女性が、ルーシィだと認識するのに数秒かかった。
あまりにも変わり果てていたからだ。
老いではない。やつれ、疲れ、すり減った魂が、彼女の外見をまるで別人のように変えていた。
「……ルーシィ……なのか?」
ナツが震える声で問う。
その問いかけが、ルーシィの心を鋭利な刃物のようにえぐった。
「……見ないで!!」
ルーシィは悲鳴を上げ、両手で顔を覆った。
「見ないでよぉぉぉ!! こんな……こんな姿……!!」
恥ずかしい。惨めだ。
キラキラした彼らの前に、こんなボロボロの姿で晒されたくない。
7年の歳月が生んだ「格差」が、彼女を萎縮させる。
「来ないで……! 私はもう……貴方たちとは違うの……!」
ルーシィが後ずさる。
ウルティアとメルディが庇うように前に出ようとするが、ナツはそれを無視して歩み寄った。
迷いはなかった。
「……バカヤロウ」
ガシッ。
ナツは、泥だらけのルーシィを力いっぱい抱きしめた。
「ひっ……!?」
「生きてて……よかった……!」
ナツの声が震えていた。
彼の目から、ボロボロと涙がこぼれ落ち、ルーシィの肩を濡らす。
「探したんだぞ……! ずっと……ずっと……!」
「ナツ……」
「姿が変わってようが、魔力がなかろうが、関係ねぇ! お前はルーシィだ! 俺たちの仲間だろ!!」
グレイたちも駆け寄り、抱きついてくる。
「心配させやがって……このバカ!」
「無事でよかった……本当によかった……!」
「ルーシィさぁぁぁん!!」
ウェンディが泣きじゃくり、エルザが震える手でルーシィの頭を撫でる。
そこには、7年の空白など存在しなかった。
ただ、「家族が生きていた」という純粋な喜びだけがあった。
「……う、うぅ……あぁぁぁぁ……!」
ルーシィの目から、堰を切ったように涙が溢れた。
拒絶しようとした手は、いつの間にかナツの背中に回されていた。
温かい。
ずっと焦がれていた、太陽のような温もり。
「……ごめんなさい……ごめんなさい……!」
森の中で、7年越しの再会と和解が果たされた。
ひとしきり泣いた後。
ナツは顔を上げ、ルーシィの手を引いた。
「帰ろうぜ、ルーシィ。ギルドへ」
「みんな待ってる。お前の席は、ずっと空けてあるんだ」
グレイも笑顔で促す。
当然、戻ってくるものだと思っていた。
しかし。
ルーシィは、そっとナツの手を離した。
「……ううん」
「え?」
「私は……帰らない」
その場の空気が凍りついた。
ナツが驚愕の表情を浮かべる。
「な、何言ってんだよ! やっと会えたのに!」
「ありがとう、ナツ。……でもね」
ルーシィは、後ろに控えていたウルティアとメルディの方を振り返った。
「この7年間……私が壊れそうな時、ずっと支えてくれたのは彼女たちなの」
ウルティアとメルディが心配そうにルーシィを見つめている。
「今の私は、もう妖精(フェアリー)じゃない。……魔力もないし、体もこんなに弱い。みんなと一緒に冒険なんてできないわ」
それは卑下ではなく、冷静な事実の受け入れだった。
彼女はもう、光の中を走ることはできない。
「それに……私は、この人たちと一緒にいたい。新しい家族と、静かに生きていきたいの」
ルーシィは、ウルティアの隣に並び立った。
その瞳には、かつてのような「守られるヒロイン」の弱さはなく、自分の足で人生を選び取る「女性」の強さが宿っていた。
「嘘だろ……ルーシィ……」
ナツが呆然とする。
エルザが痛ましげに目を伏せる。
7年という時間は、彼らの関係性を決定的に変えてしまっていたのだ。
「行って、ナツ。……タルタロスを倒して」
「ルーシィ……」
「私はここで祈ってる。……大好きなギルドの勝利を」
ルーシィは微笑んだ。
それは別れの笑顔であり、同時に、それぞれの道を歩むための出発の合図だった。
「……分かった」
ナツは拳を握りしめ、涙を拭った。
「勝ってくる。……お前が誇れるギルドであるために!」
ナツたちは再び戦場へと戻っていった。
何度も振り返りながら。
ルーシィは、その背中が見えなくなるまで手を振り続けた。
隣には、二人の魔女が寄り添っていた。