星に蝕まれる少女 〜硝子の妖精と、最期の輝き〜   作:暁 蒼空

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第58話:七年越しの抱擁、戻らない渡り鳥

 ズガガガガガガ……!!

 星霊王の剣『ギャラクシア・ブレイド』が冥界島を叩き切り、禍々しい呪法『アレグリア』を霧散させた。

 石化していた妖精の尻尾(フェアリーテイル)の魔導士たちが、次々と元の姿に戻っていく。

「うおぉぉぉ! 体が動くぞ!」

「呪いが解けた! 反撃開始だぁぁぁ!!」

 エルザが、グレイが、ガジルが武器を構える。

 マカロフの号令と共に、彼らは冥府の門(タルタロス)の幹部たちへとなだれ込んだ。

 しかし、その喧騒の中で、ナツだけが鼻をひくつかせ、森の方角を凝視していた。

「……ナツ?」

「匂うんだ」

「え?」

「ルーシィの匂いだ。……それと、しょっぱい涙の匂いがする」

 ナツは戦場を離脱し、迷わず森へと飛び降りた。

 ハッピー、そして心配したエルザとグレイ、ウェンディもその後を追う。

 

 森の中。

 赤い粘液から解放されたウルティアとメルディは、その場に崩れ落ちているルーシィに駆け寄った。

「ルーシィ……!」

「うぁぁぁぁぁ……アクエリアスぅぅ……!」

 ルーシィの手には、砕け散った水瓶宮の鍵の破片が握りしめられていた。

 彼女は自分の魔力を代償にするのではなく、友の命を代償にして世界を救ったのだ。

「……辛かったわね……。ありがとう、ルーシィ……」

 ウルティアが彼女を抱きしめる。

 メルディも涙を流し、彼女の背中をさする。

 世界を救ったのは、強大な魔導士でも英雄でもない。

 魔力を失った、たった一人の少女の「喪失」だった。

 

 ガサッ……!

 藪をかき分け、ナツたちが飛び込んできた。

「ルーシィ!!」

 その声に、抱き合っていた三人がビクリと震え、振り返る。

 時が止まった。

 そこにいたのは、7年前と変わらぬ姿のナツ、ハッピー、グレイ、エルザ、ウェンディ。

 肌に張りがあり、生命力に満ち溢れ、未来への希望を目に宿した「光」の存在たち。

 対して、こちら側にいるのは、傷だらけの魔女たちと――

 24歳になり、病で痩せ細り、涙と泥にまみれ、深い絶望の淵にいるルーシィ。

「…………え?」

 ナツの足が止まった。

 グレイとエルザが息を呑む。

 目の前の女性が、ルーシィだと認識するのに数秒かかった。

 あまりにも変わり果てていたからだ。

 老いではない。やつれ、疲れ、すり減った魂が、彼女の外見をまるで別人のように変えていた。

「……ルーシィ……なのか?」

 ナツが震える声で問う。

 その問いかけが、ルーシィの心を鋭利な刃物のようにえぐった。

 

「……見ないで!!」

 ルーシィは悲鳴を上げ、両手で顔を覆った。

「見ないでよぉぉぉ!! こんな……こんな姿……!!」

 恥ずかしい。惨めだ。

 キラキラした彼らの前に、こんなボロボロの姿で晒されたくない。

 7年の歳月が生んだ「格差」が、彼女を萎縮させる。

「来ないで……! 私はもう……貴方たちとは違うの……!」

 ルーシィが後ずさる。

 ウルティアとメルディが庇うように前に出ようとするが、ナツはそれを無視して歩み寄った。

 迷いはなかった。

「……バカヤロウ」

 ガシッ。

 ナツは、泥だらけのルーシィを力いっぱい抱きしめた。

「ひっ……!?」

「生きてて……よかった……!」

 ナツの声が震えていた。

 彼の目から、ボロボロと涙がこぼれ落ち、ルーシィの肩を濡らす。

「探したんだぞ……! ずっと……ずっと……!」

「ナツ……」

「姿が変わってようが、魔力がなかろうが、関係ねぇ! お前はルーシィだ! 俺たちの仲間だろ!!」

 グレイたちも駆け寄り、抱きついてくる。

「心配させやがって……このバカ!」

「無事でよかった……本当によかった……!」

「ルーシィさぁぁぁん!!」

 ウェンディが泣きじゃくり、エルザが震える手でルーシィの頭を撫でる。

 そこには、7年の空白など存在しなかった。

 ただ、「家族が生きていた」という純粋な喜びだけがあった。

「……う、うぅ……あぁぁぁぁ……!」

 ルーシィの目から、堰を切ったように涙が溢れた。

 拒絶しようとした手は、いつの間にかナツの背中に回されていた。

 温かい。

 ずっと焦がれていた、太陽のような温もり。

「……ごめんなさい……ごめんなさい……!」

 森の中で、7年越しの再会と和解が果たされた。

 

 ひとしきり泣いた後。

 ナツは顔を上げ、ルーシィの手を引いた。

「帰ろうぜ、ルーシィ。ギルドへ」

「みんな待ってる。お前の席は、ずっと空けてあるんだ」

 グレイも笑顔で促す。

 当然、戻ってくるものだと思っていた。

 しかし。

 

ルーシィは、そっとナツの手を離した。

「……ううん」

「え?」

「私は……帰らない」

 その場の空気が凍りついた。

 ナツが驚愕の表情を浮かべる。

「な、何言ってんだよ! やっと会えたのに!」

「ありがとう、ナツ。……でもね」

 ルーシィは、後ろに控えていたウルティアとメルディの方を振り返った。

「この7年間……私が壊れそうな時、ずっと支えてくれたのは彼女たちなの」

 ウルティアとメルディが心配そうにルーシィを見つめている。

 

「今の私は、もう妖精(フェアリー)じゃない。……魔力もないし、体もこんなに弱い。みんなと一緒に冒険なんてできないわ」

 それは卑下ではなく、冷静な事実の受け入れだった。

 彼女はもう、光の中を走ることはできない。

「それに……私は、この人たちと一緒にいたい。新しい家族と、静かに生きていきたいの」

 ルーシィは、ウルティアの隣に並び立った。

 その瞳には、かつてのような「守られるヒロイン」の弱さはなく、自分の足で人生を選び取る「女性」の強さが宿っていた。

「嘘だろ……ルーシィ……」

 ナツが呆然とする。

 エルザが痛ましげに目を伏せる。

 7年という時間は、彼らの関係性を決定的に変えてしまっていたのだ。

「行って、ナツ。……タルタロスを倒して」

「ルーシィ……」

「私はここで祈ってる。……大好きなギルドの勝利を」

 ルーシィは微笑んだ。

 それは別れの笑顔であり、同時に、それぞれの道を歩むための出発の合図だった。

「……分かった」

 ナツは拳を握りしめ、涙を拭った。

「勝ってくる。……お前が誇れるギルドであるために!」

 ナツたちは再び戦場へと戻っていった。

 何度も振り返りながら。

 ルーシィは、その背中が見えなくなるまで手を振り続けた。

 隣には、二人の魔女が寄り添っていた。

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