星に蝕まれる少女 〜硝子の妖精と、最期の輝き〜   作:暁 蒼空

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第5話:沈黙の誓いと、止まない雨音

目を覚ますと、そこはいつもの医務室の天井だった。

 また、ここだ。また、私は運ばれてきたのだ。

 隣には、椅子に座ったまま眠りこけているナツがいた。

 彼の額には玉のような汗が浮かんでいる。ずっと、私の手を握りしめ、魔力を使って体温を送り続けてくれていたのだ。

「……っ」

 感謝よりも先に、強烈な自己嫌悪が襲ってきた。

 ナツの手は温かい。けれど、その温もりは「お前は一人では生きられない」という事実を突きつけてくる。

 ルーシィは、ナツの手からそっと自分の手を引き抜いた。

 彼はビクッと動いたが、疲れ切っているのか、起きる気配はない。

 私は彼から魔力を奪い、時間を奪い、ただ生き延びている。まるで寄生虫だ。

 ルーシィは背を向け、シーツを頭まで被った。

 

 夕方、目を覚ましたルーシィの元へ、マスター・マカロフが訪れた。

 いつもの好々爺としての笑みはない。ギルドを統べる長としての、厳しい顔つきだった。

「……体の具合はどうじゃ」

「大丈夫、です。……また、迷惑かけちゃいましたね」

 努めて明るく振る舞おうとしたが、マカロフは首を横に振った。

「ルーシィ。ミラから聞いたぞ。お前の首の痣のことじゃ」

 ルーシィは慌てて首元を押さえたが、もう遅い。

 マカロフは悲痛な面持ちで、彼女に告げた。

「これ以上、魔法を使うことは許さん。……今後、お前に依頼(クエスト)を回すこともない」

「え……?」

「破門ではない。だが、これ以上その『星霊同化症』が進めば、お前は人としての器を保てなくなる。……ここで大人しくしていなさい。それが、家族としての命令じゃ」

 それは、魔導士としての死刑宣告だった。

 「守ってやるから、籠の中にいろ」。あの屋敷の父と同じことを言われたのだ。

 けれど、今のルーシィには反論する資格すらなかった。

「……はい、マスター」

 喉の奥で何かが壊れる音がした。

 

 数日後、医務室を出たルーシィは、ギルドの酒場の隅に座っていた。

 そこは、残酷なまでに「優しい世界」だった。

「おいルーシィ! これ食えよ! 滋養にいいんだってよ!」

「窓際、寒くねぇか? ブランケット持ってくるぞ!」

 ナツが、グレイが、ミラが。みんなが笑いかけてくれる。

 けれど、誰も「仕事に行こう」とは言わない。

 ナツが依頼書を見ている時、ルーシィが近づこうとすると、彼は無意識にその紙を隠すような素振りを見せた。

「あ、いや……これは危ねぇやつだからよ! ルーシィは休んでろって!」

 悪気はない。分かっている。

 でも、その優しさが、ルーシィと彼らの間に分厚いガラスの壁を作っていた。

 向こう側は、命を燃やす冒険の世界。

 こちら側は、ただ死を待つだけの待合室。

(私は、ここでは……守られるだけの「愛玩動物(ペット)」なんだ)

 笑顔を貼り付けたまま、ルーシィの心は音もなくひび割れていった。

 

 その夜。

 アパートに帰ったルーシィは、カーテンを閉め切った部屋で、風呂場の水を張った桶に向かっていた。

 誰にも会いたくない。でも、誰かの声を聞かなければ、心が押しつぶされそうだった。

 震える手で、鍵を水面に浸す。

「……開け、宝瓶宮の扉……アクエリアス」

 金の光と共に、水瓶を持った人魚が現れた。

 狭い風呂場に、潮の香りが充満する。アクエリアスは、ルーシィの憔悴しきった顔と、首元まで這い上がった星の痣を見て、低く唸った。

「……アンタ、また呼んだの。懲りないわね」

「ごめん……なさい……」

「謝るくらいなら呼ぶんじゃないわよ。……チッ、痣がそこまで広がってるじゃない」

 アクエリアスはルーシィの首筋を冷たい指でなぞった。

 ギルドの仲間のような「腫れ物を触るような優しさ」ではない。そこにあるのは、現実を直視させる冷徹さと、魔導士としての対等な視線だった。

「自業自得よ。アンタが自分の命を削ってまで魔法にしがみついた、その報い。……誰のせいでもないわ」

「うん……分かってる……」

「で? 今度は何? 慰めてほしいわけ?」

 その突き放した言葉が、逆にルーシィの心の堰(せき)を切った。

 同情も、憐れみもない。ただの事実として突きつけられた言葉。

 だからこそ、言えた。

「……ちがう、もん……」

「あ?」

「慰めてなんて……ほしくない……優しくなんて、されたくないっ……!」

 ルーシィは、桶の縁にしがみつき、アクエリアスの尾ひれに顔を埋めた。

「私は特別扱いしてもらいたいわけじゃない! ナツやグレイみたいに……喧嘩して、笑って、馬鹿やって……っ!」

 涙が、止めどなく溢れてくる。

「皆と一緒に過ごせる、普通の女の子になりたいだけなのに……っ!!」

「……」

「なんで私だけ……! なんで魔法を使っちゃいけないの……! 生きたいだけなのに……っ! うあぁぁぁぁっ!!」

 子供のような号泣が、狭い浴室に響き渡る。

 アクエリアスは何も言わなかった。

 ただ、泣き叫ぶルーシィの頭を、水流で包み込むように抱き寄せた。

「……うるさいわね。近所迷惑よ」

 その声だけは、いつになく優しく、そして微かに震えていた。

 冷たい水の中で、ルーシィはいつまでも泣き続けた。

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