星に蝕まれる少女 〜硝子の妖精と、最期の輝き〜 作:暁 蒼空
目を覚ますと、そこはいつもの医務室の天井だった。
また、ここだ。また、私は運ばれてきたのだ。
隣には、椅子に座ったまま眠りこけているナツがいた。
彼の額には玉のような汗が浮かんでいる。ずっと、私の手を握りしめ、魔力を使って体温を送り続けてくれていたのだ。
「……っ」
感謝よりも先に、強烈な自己嫌悪が襲ってきた。
ナツの手は温かい。けれど、その温もりは「お前は一人では生きられない」という事実を突きつけてくる。
ルーシィは、ナツの手からそっと自分の手を引き抜いた。
彼はビクッと動いたが、疲れ切っているのか、起きる気配はない。
私は彼から魔力を奪い、時間を奪い、ただ生き延びている。まるで寄生虫だ。
ルーシィは背を向け、シーツを頭まで被った。
夕方、目を覚ましたルーシィの元へ、マスター・マカロフが訪れた。
いつもの好々爺としての笑みはない。ギルドを統べる長としての、厳しい顔つきだった。
「……体の具合はどうじゃ」
「大丈夫、です。……また、迷惑かけちゃいましたね」
努めて明るく振る舞おうとしたが、マカロフは首を横に振った。
「ルーシィ。ミラから聞いたぞ。お前の首の痣のことじゃ」
ルーシィは慌てて首元を押さえたが、もう遅い。
マカロフは悲痛な面持ちで、彼女に告げた。
「これ以上、魔法を使うことは許さん。……今後、お前に依頼(クエスト)を回すこともない」
「え……?」
「破門ではない。だが、これ以上その『星霊同化症』が進めば、お前は人としての器を保てなくなる。……ここで大人しくしていなさい。それが、家族としての命令じゃ」
それは、魔導士としての死刑宣告だった。
「守ってやるから、籠の中にいろ」。あの屋敷の父と同じことを言われたのだ。
けれど、今のルーシィには反論する資格すらなかった。
「……はい、マスター」
喉の奥で何かが壊れる音がした。
数日後、医務室を出たルーシィは、ギルドの酒場の隅に座っていた。
そこは、残酷なまでに「優しい世界」だった。
「おいルーシィ! これ食えよ! 滋養にいいんだってよ!」
「窓際、寒くねぇか? ブランケット持ってくるぞ!」
ナツが、グレイが、ミラが。みんなが笑いかけてくれる。
けれど、誰も「仕事に行こう」とは言わない。
ナツが依頼書を見ている時、ルーシィが近づこうとすると、彼は無意識にその紙を隠すような素振りを見せた。
「あ、いや……これは危ねぇやつだからよ! ルーシィは休んでろって!」
悪気はない。分かっている。
でも、その優しさが、ルーシィと彼らの間に分厚いガラスの壁を作っていた。
向こう側は、命を燃やす冒険の世界。
こちら側は、ただ死を待つだけの待合室。
(私は、ここでは……守られるだけの「愛玩動物(ペット)」なんだ)
笑顔を貼り付けたまま、ルーシィの心は音もなくひび割れていった。
その夜。
アパートに帰ったルーシィは、カーテンを閉め切った部屋で、風呂場の水を張った桶に向かっていた。
誰にも会いたくない。でも、誰かの声を聞かなければ、心が押しつぶされそうだった。
震える手で、鍵を水面に浸す。
「……開け、宝瓶宮の扉……アクエリアス」
金の光と共に、水瓶を持った人魚が現れた。
狭い風呂場に、潮の香りが充満する。アクエリアスは、ルーシィの憔悴しきった顔と、首元まで這い上がった星の痣を見て、低く唸った。
「……アンタ、また呼んだの。懲りないわね」
「ごめん……なさい……」
「謝るくらいなら呼ぶんじゃないわよ。……チッ、痣がそこまで広がってるじゃない」
アクエリアスはルーシィの首筋を冷たい指でなぞった。
ギルドの仲間のような「腫れ物を触るような優しさ」ではない。そこにあるのは、現実を直視させる冷徹さと、魔導士としての対等な視線だった。
「自業自得よ。アンタが自分の命を削ってまで魔法にしがみついた、その報い。……誰のせいでもないわ」
「うん……分かってる……」
「で? 今度は何? 慰めてほしいわけ?」
その突き放した言葉が、逆にルーシィの心の堰(せき)を切った。
同情も、憐れみもない。ただの事実として突きつけられた言葉。
だからこそ、言えた。
「……ちがう、もん……」
「あ?」
「慰めてなんて……ほしくない……優しくなんて、されたくないっ……!」
ルーシィは、桶の縁にしがみつき、アクエリアスの尾ひれに顔を埋めた。
「私は特別扱いしてもらいたいわけじゃない! ナツやグレイみたいに……喧嘩して、笑って、馬鹿やって……っ!」
涙が、止めどなく溢れてくる。
「皆と一緒に過ごせる、普通の女の子になりたいだけなのに……っ!!」
「……」
「なんで私だけ……! なんで魔法を使っちゃいけないの……! 生きたいだけなのに……っ! うあぁぁぁぁっ!!」
子供のような号泣が、狭い浴室に響き渡る。
アクエリアスは何も言わなかった。
ただ、泣き叫ぶルーシィの頭を、水流で包み込むように抱き寄せた。
「……うるさいわね。近所迷惑よ」
その声だけは、いつになく優しく、そして微かに震えていた。
冷たい水の中で、ルーシィはいつまでも泣き続けた。