星に蝕まれる少女 〜硝子の妖精と、最期の輝き〜 作:暁 蒼空
マグノリア周辺の戦いは、壮絶な結末を迎えた。
冥府の門(タルタロス)は壊滅した。
しかし、その代償はあまりにも大きかった。
上空で繰り広げられた、炎竜王イグニールと黒龍アクノロギアの死闘。
ナツの目の前で、父親代わりだったイグニールが散った。
「イグニールぅぅぅぅぅ!!」
ナツの慟哭が響き渡る。
その悲しみは、遠く離れた森の隠れ家にいるルーシィの胸にも、鋭い痛みとなって届いていた。
「……ナツが、泣いてる」
ルーシィは胸を押さえ、空を見上げた。
何もしてあげられない。傍にいてあげることすらできない。
無力感が彼女を襲うが、ウルティアがそっと肩に手を置いた。
「今は、彼を信じましょう。……彼らは勝ったのよ」
そして数日後。
廃墟となったギルドの跡地で、マカロフから衝撃的な言葉が告げられた。
「妖精の尻尾(フェアリーテイル)は……今日をもって解散する!!」
それぞれの道を歩め。自分の足で立て。
それは親心からの決断だったが、傷ついた魔導士たちにとっては、帰る家を失う宣告でもあった。
ナツはハッピーを連れ、誰にも告げずに修行の旅へと出た。
ルーシィへの手紙も、言葉もなく。
彼はただ、強くなるために、思い出の地を背にした。
それから数週間後。
東の森の薬師の家。
「世話になったね、ポーリュシカさん」
荷物をまとめたウルティアが頭を下げる。
隣にはメルディ、そして杖をつきながら立つルーシィの姿があった。
「フン。やっと静かになるよ」
ポーリュシカは憎まれ口を叩きながら、羊皮紙の束をメルディに渡した。
「ほらよ。薬のレシピだ。……調合の手順は叩き込んだはずだから、間違えるんじゃないよ」
「うん! ありがとう、お婆ちゃん!」
「誰がお婆ちゃんだ!」
ポーリュシカは、ルーシィの方を向いた。
「……無理はするなよ。お前の体は、ガラス細工みたいなもんだ。少しでも異変があれば、すぐに薬を飲むんだ」
「はい。……本当にありがとうございました。命を繋いでくれて……」
ルーシィは深く頭を下げた。
いつまでもここに居座って、迷惑をかけるわけにはいかない。
体調は安定してきた。これからは自分たちの足で歩く番だ。
「行くわよ、みんな」
「はい!」
三人の魔女は森を出た。
ギルドという家を失ったルーシィにとって、この二人こそが、唯一の帰る場所となっていた。
一年が過ぎた。
世界は復興へと向かい、魔法界の秩序も少しずつ戻りつつあった。
フィオーレ北部、雪深い山岳地帯。
外套(マント)を纏った三人の姿があった。
闇ギルドの残党を追う、独立ギルド『魔女の罪』。
その活動の中に、ルーシィの姿もあった。
「……解析完了。この先の洞窟に、闇ギルド『アヴァタール』の下部組織が潜伏してるわ」
ルーシィが古文書と地図を広げて告げる。
彼女は戦闘には参加できない。魔力はまだ、日常会話程度で枯渇するほど微弱だからだ。
その代わり、彼女は明晰な頭脳と知識で、ギルドの「作戦参謀」兼「情報解析役」を務めていた。
「了解。さっさと片付けるわよ、メルディ」
「うん! ルーシィはここで待ってて。暖かくしてね」
メルディがルーシィの襟元を直し、カイロ代わりの魔道具を渡す。
二人が洞窟へ向かうのを見送りながら、ルーシィは咳き込んだ。
「ゴホッ……ゴホッ……」
「大丈夫か?」
背後から声をかけられ、ルーシィは振り返った。
青い髪の青年、ジェラールだ。
「ジェラール。……久しぶりね」
「ああ。近くまで来たからな」
ジェラールは世界各地を放浪しながら、ゼレフに繋がる情報を集めている。
こうして合流するのは数ヶ月に一度だ。
「体の具合はどうだ?」
「……まあまあかな。薬のおかげで、発作は起きてないわ」
ルーシィは苦笑いして、ポケットから小瓶を取り出した。
ポーリュシカ直伝の薬。これを飲まなければ、彼女は生きられない。
「魔力の方は?」
「……見てて」
ルーシィは深呼吸をし、掌を前に出した。
「開け……光の扉……」
ポウッ……。
指先から、蛍のような小さな光が生まれた。
星霊を呼ぶには程遠い。鍵すら回せない微弱な光。
しかし、1年前は何も出せなかったことを考えれば、大きな進歩だった。
「……ハァ、ハァ……! これくらいが、今の限界」
「焦るな。少しずつ戻ればいい」
ジェラールは優しく言った。
ルーシィは悔しそうに拳を握る。
「……ナツたちは、もっと先に行ってるはずなのにね」
「……彼らの情報が入った」
ジェラールの言葉に、ルーシィが顔を上げる。
「今年も『大魔闘演武』が開催される。……そこに、ナツ・ドラグニルが現れるという噂だ」
「ナツが……?」
心臓が跳ねた。
1年。
彼もまた、どこかで修行し、強くなっているはずだ。
会いたい。一目だけでも。
その感情が湧き上がるが、ルーシィは首を横に振ってそれを押し殺した。
「……そう。元気そうでよかった」
「会いに行かないのか?」
「……今の私は、魔女の罪の一員よ。まだ魔力も戻ってないし、足手まといになるだけだもの」
ルーシィは杖を握り直した。
かつてナツに依存していた少女はもういない。
今の彼女には、ウルティアとメルディという守るべき家族がいて、自分の役割がある。
「それに……ナツならきっと、勝手に私のことを見つけ出すわ。……あいつは、そういう奴だもの」
ルーシィは悪戯っぽく笑った。
その笑顔は、病弱ながらも、どこか吹っ切れた強さを感じさせた。
洞窟の方から爆発音が聞こえる。
ウルティアたちが暴れている証拠だ。
「行かなきゃ。……二人が帰ってきたら、温かいスープでも作ってあげないと」
ルーシィは雪の中を歩き出した。
一歩一歩、踏みしめるように。
X792年。
妖精の尻尾はバラバラになったが、それぞれの物語は続いていた。
そして運命は、再び彼らを「黒魔導士」との最終決戦へと導こうとしていた。