星に蝕まれる少女 〜硝子の妖精と、最期の輝き〜 作:暁 蒼空
おじいちゃん(マカロフ)からの禁令が出てから、ルーシィはギルドの隅っこでペンを走らせる毎日を送っていた。
かつて夢見た冒険を、想像の翼で補うための執筆活動。周囲のメンバーは、そんな彼女を見て「ルーシィもようやく落ち着いてくれた」と安堵していた。
「今日は何を書いてるんだ、ルーシィ?」
「あ、ナツ。……ちょっとした、冒険活劇よ」
ルーシィは微笑んでノートを閉じる。
ナツたちは知らない。彼女が書いているのは、小説だけではないことを。
病弱ゆえに、常に周囲の魔力(エーテルナノ)の揺らぎに怯えて過ごしてきた彼女の瞳は、今や**「誰よりも鋭敏な魔力探知機」**と化していた。
誰がどの程度の魔力を消費し、空気中の魔力がどう動いているか。
彼女のノートの隅には、ギルドメンバーの魔力特性と、その効率的な運用方法が、病的なまでの精度で分析・記録されていた。
その異変は、突如として訪れた。
マグノリアの街全体を、不気味な半透明の紫色の膜が覆い尽くしたのだ。
「なんだ、この膜は!? 魔法が、吸い取られて……っ」
街に出た魔導士たちが次々と膝をつく。それは、魔力を直接吸収し、発動を阻害する「魔吸障壁(マジック・ドレイン)」を張る魔物の仕業だった。
ナツやグレイも前線へ飛び出したものの、放った炎や氷が結界に吸い込まれ、逆に体力を奪われていく。
ギルドの中。何重もの保護魔法がかけられた「安全な檻」の中で、ルーシィは窓の外を凝視していた。
(……見える。見えるわ。あの膜の『呼吸』が……!)
普通の魔導士には、ただの巨大な壁にしか見えない。
けれど、魔力過敏症のルーシィにとって、それは心臓を直接握りつぶされるような不快な拍動の塊だった。どこで魔力が合流し、どこに綻びがあるのか。
その「流れ」が、吐き気を催すほどの鮮明さで視界に映し出される。
「ハッピー、こっちに来て!」
窓際にいたハッピーを呼ぶ。ルーシィの顔は蒼白だが、その瞳にはかつてない光が宿っていた。
彼女は猛烈な勢いでメモ用紙に図解と文字を書き殴る。
「これをナツに届けて! 私の指示通りに動けば、絶対に結界を壊せる。……お願い!」
「る、ルーシィ……。分かった、おいらに任せて!」
ハッピーは、ルーシィのただならぬ気迫に圧倒され、メモを掴んで飛び出した。
戦場では、ナツが息を切らしていた。
殴っても殴っても、魔力が吸い取られ、拳に力が入らない。
そこへ、ハッピーが滑り込む。
「ナツ! ルーシィからの手紙だよ!」
「あ? ルーシィから……?」
メモには、短い、けれど的確な指示が記されていた。
『10秒後、時計塔の影から魔力の逆流が起きる。そこが結界の心臓。グレイの冷気で一瞬だけ流れを止めて。その隙にナツ、全力の咆哮を叩き込んで。今よ!』
「へへっ……。よく分かんねぇけど、ルーシィが言ってるなら間違いねぇ!」
「グレイ! 合わせろよ!!」
二人の連携が、ルーシィの記した「一点」に炸裂した。
直後、マグノリアを覆っていた紫の膜が、ガラスのように砕け散った。
結界が消滅し、街に活気が戻る。
ナツたちが快哉を叫ぶ中、ギルドの隅で、ルーシィは静かに椅子から崩れ落ちた。
「……っ、ハァ、ハァ……!!」
遠く離れた戦場を視るために、全神経(魔力)を限界まで研ぎ澄ませた。
それは、彼女の細い魔力回路にとって、劇薬を流し込むような暴挙だった。
震える手で、ストールを解く。
……絶望が、そこにあった。
「……あ、あぁ……」
首筋までだった『星の痣』は、今や右腕の肘まで、びっしりと侵食していた。
薄紫色の、美しくも残酷な紋様。
まだ肉体は透けてはいない。けれど、肘までを覆うその痣は、彼女が「人間」でいられる残り時間が、劇的に短縮されたことを冷酷に告げていた。
「……でも、役に立てた……」
ルーシィは、痣だらけの腕を抱きしめ、床の上で丸くなった。
ギルドの扉が開き、ナツたちの賑やかな声が近づいてくる。
彼女は必死にストールを巻き直し、平静を装って顔を上げた。
「おかえりなさい、ナツ……。……お疲れ様」
力なく笑う彼女の右腕は、重く、疼き、星霊界からの冷たい囁きを運び続けていた。