星に蝕まれる少女 〜硝子の妖精と、最期の輝き〜 作:暁 蒼空
マグノリア近郊、『響音の洞窟』。
複雑に入り組んだ岩壁と、音を反射して敵の所在を狂わせる「反響岩(エコーロック)」がひしめく難所。
「……あっち。右の回廊から、魔力の反動が来る。……ナツ、三秒後に咆哮を放って」
「おうっ!」
洞窟の入り口付近。ルーシィは岩陰に座り込み、精神を極限まで研ぎ澄ませていた。
おじいちゃん(マカロフ)は猛反対したが、この洞窟では「魔力の流れを視る目」がなければ、ナツたちは闇討ちに遭う。
(大丈夫。まだ、やれる……)
ルーシィは、震える右腕をストール越しに強く抱きしめた。
痣はすでに二の腕を越え、肩口まで這い上がっている。集中するたび、その痣が内側から脈打ち、肺を焼くような熱を発していた。
「ナツ、そこ! 次は左! グレイ、足元に魔力を溜めて……氷の壁で逃げ場を塞いで!」
ルーシィの脳内には、洞窟内の魔力分布が完璧な地図として展開されていた。
彼女の的確な指示(バトン)を受けて、ナツとグレイの連携がかつてないほど鋭く噛み合う。
「すっげぇ……ルーシィが言った通りに敵が出てきやがる!」
「……これなら、いけるぜ!」
ナツの拳が闇に潜む魔物を捉え、グレイの氷が逃げ場を絶つ。
守られるだけだった少女が、今、最強のチームを自在に操っていた。魔導士として、仲間と「戦っている」という確かな高揚感。
けれど、その代償は一気に彼女を襲った。
「ガハッ……! ゴホッ、ゲホッ……!!」
突然、ルーシィの喉から鮮血が迸った。
集中を解いた瞬間に、張り詰めていた糸が切れたのだ。洞窟の冷気が、過敏な肺を一気に凍りつかせる。
「ルーシィ!?」
戦闘を終えたナツが、顔色を変えて駆け寄ってくる。
倒れそうになったルーシィを抱きとめようと、ナツがその右腕を掴んだ。
「あ、ぁ……ダメ、触らない……で……っ!」
「何言ってんだ、しっかりしろ! お前、身体が——」
ナツの言葉が止まった。
掴んだ腕の感触が、あまりに「異常」だったからだ。
ルーシィが反射的に身をよじった拍子に、彼女の首元を隠していたストールが、そして長袖のボレロが、無残に引き裂かれ、捲り上がった。
「…………なんだ、これ」
横から駆けつけたグレイも、その場に釘付けになった。
ルーシィの右腕。
指先から肩、そして首筋にかけて。
そこにあるのは、人の肌の色ではなかった。
深く、吸い込まれるような濃紫色の闇。その中に、無数の光り輝く『星の斑紋』が、本物の夜空のように瞬いている。
痣ではない。それは、彼女の肉体が「物質」から「魔力体」へと、星霊そのものへと変質し始めている、生きた宇宙の欠片だった。
「ルーシィ……お前、その腕……」
「ちが……これは、その……」
ルーシィは必死に破れた袖で腕を隠そうとした。
けれど、露わになった肩の「星空」は、洞窟の暗闇の中で、残酷なほど美しく発光していた。
彼女の指先が、微かに「透けて」いた。
まだ完全ではない。けれど、岩肌に置かれた彼女の指は、向こう側の景色を薄らと映し出している。
「……魔導士として、みんなといたかっただけなの……」
ルーシィは、ナツの腕の中でボロボロと涙をこぼした。
バレてしまった。
自分がもう、人間としての限界を越えてしまっていることが。
ナツたちと同じ場所に立てる時間は、もうほとんど残されていないということが。
「ごめんね、ナツ……。……おじいちゃんには、言わないで……」
ナツは、震えるルーシィの肩を、砕けそうなほど強く抱きしめた。
彼の「熱」を以てしても、ルーシィの腕の「冷たい星空」を溶かすことはできなかった。
「……馬鹿野郎」
ナツの低い声が、静かな洞窟に響く。
救いをもたらしたはずの「知略」の果てに、ルーシィの秘密は最悪の形で暴かれ、物語は破滅的な局面へと加速していく。