星に蝕まれる少女 〜硝子の妖精と、最期の輝き〜 作:暁 蒼空
洞窟からの帰り道。ナツとグレイは、ルーシィの右腕をボロボロのストールで何重にも巻き、固く約束した。
「いいか、じっちゃんには絶対言うなよ。バレたらルーシィ、本当にギルドにいられなくなる」
「分かってるわよ……。ありがとう、二人とも」
しかし、その「共犯」はギルドの扉を開けた瞬間に崩れ去った。
カウンターで待っていたマカロフは、帰還した三人の顔を見るなり、静かに言ったのだ。
「……ナツ、グレイ。下手な隠し事はよせ」
その眼光は、すべてを見透かしていた。
マカロフはルーシィの手を取り、巻かれたストールを解く。
露わになったのは、肘から二の腕、そして肩口まで侵食し、不気味に瞬く濃紫色の**『星の宇宙』**。
右腕は半透明になり、血管の代わりに星屑が流れているのが透けて見えた。
「……ここまで進んでおったか」
「ごめんなさい、おじいちゃん。……でも、私はまだ……!」
「ならん」
マカロフの声は、厳しく、そして悲痛だった。
「破門にはせん。お前は死ぬまで妖精の尻尾(フェアリーテイル)の家族じゃ。……だが、これ以上の活動は許さん。無期限の療養を命ずる」
「……」
ルーシィは唇を噛み締め、俯いた。
言い返す言葉など、何もなかった。自分の体はもう、魔導士として限界を迎えていたのだから。
それから、季節が巡った。
ルーシィの世界は、再びアパートのベッドの上へと縮小した。
けれど、以前と違うのは、窓の外から「冒険」を持ち帰ってくれる仲間がいることだった。
「ほらルーシィ! これ、エバルーって変なオッサンの屋敷から手に入れた鍵だ!」
「こっちはガルナ島の報酬! なんか馬の星霊らしいぜ!」
ナツとハッピーは、冒険から帰るたびにルーシィの部屋へ忍び込み、戦利品である『乙女座のバルゴ』や『射手座のサジタリウス』の鍵を届けてくれた。
「すごい……! ありがとう、ナツ」
「へへっ、お前が使ったほうが鍵も喜ぶだろ。……ま、今は休んどけよ」
ナツが語る冒険譚。
呪歌ララバイの怪物、ガルナ島の月の滴、そして復活した悪魔デリオラ。
ルーシィはその話を、目を輝かせて聞いた。まるで自分がその場にいたかのように。
けれど、ナツが帰った後の部屋は、以前よりも広く、冷たく感じられた。
(みんなは、どんどん強くなっていく。私だけが……取り残されていく)
増えていく黄金の鍵。それは仲間との絆の証であり、同時に「私はもう一緒に戦えない」という残酷な現実でもあった。
ある日、ギルドがいつになく騒がしかった。
ナツがアパートに来て、興奮気味に言った。
「やべぇぞルーシィ! エルザが帰ってきた!」
「エルザ? ……ああ、最強の女魔導士と言われてる……」
「あいつマジで化け物だぞ! 鎧着て剣振り回して……でも、すっげぇイイ奴なんだ!」
ナツやグレイが恐れながらも慕う、ギルドの精神的支柱。
ルーシィはまだ、療養中であるため、その「エルザ」に会ったことがなかった。
ギルドに行けば会えるかもしれない。でも、今のこんな体で会えば、きっと彼女にまで心配をかけてしまう。
(いつか……私の体が治ったら。胸を張って『はじめまして』って言いたいな)
窓から見えるギルドの方角を見つめ、ルーシィは苦笑した。
最強の妖精女王(ティターニア)。彼女はどんな人なのだろう。私のような弱虫でも、仲間だと認めてくれるだろうか。
季節は秋へと差し掛かろうとしていた。
ルーシィの右腕の浸食は、ついに鎖骨を越え、首の半分を覆い隠すほどになっていた。
声帯が圧迫され、声を出すことすら辛い日が増えた。
そんなある夜。
マグノリアの街に、不穏な影が落ちた。
ドォォォォン!!
遠くで爆発音が響く。
ベッドで跳ね起きたルーシィは、窓の外を見た。
ギルドの方角から、黒い煙が上がっている。
「……なに? 火事……?」
嫌な予感がした。
胸の痣が、警鐘を鳴らすように激しく痛む。
街の空気に、鉄の味が混じっている。これは、ナツの炎じゃない。もっと冷たく、重い「鉄」の魔力。
——『幽鬼の支配者(ファントムロード)』。
フィオーレ王国で『妖精の尻尾』と双璧をなす巨大ギルド。
その魔の手が、静かに、しかし確実に、病床のルーシィへと伸びようとしていた。
彼女はまだ知らない。
この争いの火種が、他ならぬ「ハートフィリア家」の因縁であり、自分の存在そのものであることを。