『ミッション:合成弾の開発』
「なんていうか、女の子って不思議だよな。」
雨がしとしとと降り注ぐボーダー本部、ちょうど2階と3階を繋ぐ階段の踊り場付近で、窓に垂れている雫を見て暇を潰していた米屋が言う。
「同感。」
それに出水が答えた。2人が不思議、というのはその踊り場の窓ガラスから見える、ボーダーの玄関口。そこを出ようとしている一つの傘のことである。そこには司令官補佐と、鳩原の二つの影があった。
「あの訓練見た?鳩原さんに司令官補佐が歌川を撃たせたやつ。」
「いや、見たけどさ。その後、あの人トイレでガチでゲロってたんだろ?」
「そのはずなんだけどな。」
「なんか前より仲良くなってね?」
ボーダーの玄関を出た鳩原と司令官補佐が肩を寄せ合って、一つの傘で雨に打たれている。2人では一つの傘は手狭で、お互い肩が濡れているにも関わらず、2人の顔には絶えず笑顔が浮かんでおり、時折親密そうに耳に口を寄せ合って会話していた。
「あーあ、俺も彼女と相合傘してみてぇわ。」
「お前の彼女はアステロイドだろ。」
仲睦まじげな2人の背中がだんだん遠くなる。それに伴って、ちょうど3階から人の降りてくる足音がする。
「出水に、それに米屋じゃないか。」
「「東さん!」」
そこには先ほど話題に出ていた鳩原の師匠、東がいた。
「ねぇ東さんも不思議だと思いませんか?鳩原さんと司令官補佐の関係。」
そう出水が切り出すと、東はきょとんとした後、合点したのか顎に手を当てる。
「あぁ、お前たちもあの試合を見ていたのか。」
「そうそう。人を撃てない鳩原さんに、わざと人を撃たせたやつ。」
「わざと、というわけでもなさそうだったが。」
「えぇ!?あの人最初っから鳩原さんを嵌めるつもりだっただろ。」
米屋が反論の声を上げる。それは実際にランク戦で彼女と戦ったからこその言える意見だった。
彼女は自分の勝利がかかっていることには、容赦がない。例えどんな手を使っても上にのし上がってくる。実際に米屋達三輪隊はランク戦ROUND6で、奈良坂や古寺をひたすらマークされて大変な目に遭っていた。
「あれは絶対性格悪い人にしかできない動きをしていますって。」
「それをいうなら正面切って力技で潰す二宮が、めちゃくちゃ性格がいいことになるぞ。」
「流石にあの人は例外ですよ。どう考えても魔王。」
出水がそれなと相槌を打った。
「なんだ、じゃあ司令官補佐は魔王に対抗する勇者か?」
「どっちかというと蛇とマングース。」
「いやキングコブラとアナコンダだろ。」
シャーッと米屋が蛇の鳴き真似をした。そこに東が苦笑いをした。
「まぁ司令官補佐は万が一のことを考えていたんだろうな。今回補佐にしてやられというのは、鳩原の戦術が現環境に通用するっていう良い証拠だ。」
「またランク戦が荒れそう〜。」
「もう荒れてるだろ。」
米屋が突っ込む。そこに出水が手を頭の上で組んで、口笛を吹いた。その白々しい様子を見て東は出水に確信を持って尋ねる。
「出水も何か新しい戦術を開発したんだろ?」
「え!?もう東さんまで話がいってるんですか!?」
「こいつの場合は開発というより偶然できちゃったっていう感じっすよ、東さん。」
「おい!」
「まぁ具体的に何か、というのは聞いてないが、エンジニア室が騒いでいたぞ。あの騒ぎようは補佐が新しい銃トリガーの要求をした時以来だったな。」
んあー、と米屋と出水が同時に気を抜けた声を上げる。
「ま、どんどん新しい芽が芽吹くのは良いことだ。それでこそボーダーは発展していく。」
そうして今度は東は出水の肩に手を置く。
「近いうち、お前を尋ねてくる奴がいるかもしれない。そいつは可愛げのない奴だが持っているものは本物だ。頼んだぞ。」
「え?」
そう言って東は去っていった。
*
『ミッション:合成弾の開発2』
[合成弾が開発された]
ボーダー本部内の訓練室。そこの仮想空間で貴方は先日ボーダー本部で聞いた内容を頭の中で反復する。どうやら隊員の中で弾同士を混ぜてみたらどうなるか、と考え実行した人間がいたらしい。その結果出来上がったのがこれだ。
「トマホーク」
貴方が作成した弾が軌道を曲げながらビルに着弾し爆発を起こした。
爆風で貴方の髪がふわりと揺れる。その髪を抑えつつ貴方は考える。
トマホークは遅い。
作る時は紅茶の中にミルクを注ぐように比較的簡単に合成できたが、軌道の変化というものが性質上あるため着弾までのラグがある。それならば自分が日頃からやっている、メテオラを打ちながらグラスホッパーで自分の体制を変えて、メテオラの軌道を変える方が早い。
その結論がつき、貴方は早々と訓練室から出ようとした。
だがその時、急に仮想空間に自分以外のトリオン体が転送されてきた。現れたのはいつか東隊に所属していた隊員─そして前回ランク戦で当たった二宮隊隊長、二宮匡貴その人であった。
黒のスーツに身を包んだ彼は、ポケットに手を入れながら貴方を見つめている。貴方はそんな彼に、何か用があるのか尋ねた。
「…うちの隊員達が世話になっている。」
うん、それで?
貴方は無慈悲だ。二宮の何か言いたげな表情をスルーして、その言葉を言いたくなった。だがそこまで貴方は人に対して強く出れなかった。それは貴方が人見知りであることが起因である。
沈黙が流れる。
フランスの諺でどうやらこういう時は天使が通る、というらしい。もしこの空間に天使がいたら2人の表情を見て裸足ですぐに逃げ出していただろう。そのぐらい2人の顔は険しかった。
「未来のことなら、謝りませんよ。」
貴方は言った。いつか太刀川に指摘されたように物凄く小さな第一声だったが。それに二宮も返す。
「戦闘において取る策に卑怯もクソもない。その件に関してはこちらが弱かった。…ただそれだけだ。」
「未来はどうしてますか?」
「より訓練に励むようになった。」
貴方は安堵の息をこぼす。
「今回は勝ちを譲った。だが─次に勝つのは俺たちだ。」
二宮は決意がこもった力強い瞳で貴方を見た。その目は、貴方が数多くの強敵と相対した時に見たことがある眼差しだった。
貴方は笑う。
「案外、その道も早いかもね。」
そう言って、貴方は訓練室から出た。残ったのは無言で拳を握り締めた二宮だけだった。
*
『ミッション:合成弾の開発3』
「ねぇ!この間、鳩原隊員、司令官補佐と一緒に相合傘して帰ってたんだって!」
「羨ましいなぁ。」
そんなざわつきを、廊下を通り過ぎたC級隊員から聞いた迅は、未来を読んでいた瞳を軽く止める。そして窓の外を見た。天気は曇り。空を覆う雲は確かに分厚くて、迅の予知でも雨が降る事は五分五分だった。
「どうした?迅。」
隣を歩いていた太刀川が問いかける。
「いや、雨降りそうだなって。」
「ああ、そういえば天気予報ではそうだったかもな。」
顎髭を撫でたがら太刀川は頷く。
「まぁ、お前が出る頃には止んでるだろ。」
…
「降った…。」
迅が本部の玄関先で外を覗く。もう陽が傾いているせいで、一寸先は暗く冷たい。どうしようか。走れなくもない状態ではないが、走りたくもない。だからと言って誰かに迎えを呼べるほどの時間でもない。迅は悩む。
しょうがないから室内に戻るか、といったところで背後から声をかけられた。
「傘、あるよ。」
そして小さな花柄の折り畳み傘を差し出される。その差し出した先を見たら、そこにいたのは例の彼女だった。
「お、元気?」
迅は取り繕う。あの第一次大規模侵攻以降、会ってないわけではなかったが(むしろ頻繁に未来を確認するために会っていた)何となく気まずい。それは自分が相手を警戒の対象に入れてしまっている、というのもあったし、自分に好意的な人であるのに、勝手に予知して勝手に裏切られる気でいる自分に対するうっすらとした嫌悪感もあった。
「元気に決まってます。だいたいそっちの方が元気そうじゃないでしょ。」
彼女がその小さな指で迅に手を伸ばす。迅は反射的に屈んだ。
迅の目の下を小さな指がなぞっていく。所々擽ったい。特にクマのところをなぞられた時は、なんだか血管が伸ばされているような気がして気持ちよくなる。
「ふふ、ネコちゃんみたい。」
迅に向かって彼女がいう。十中八九、撫でられて勝手に目を細める猫のことを言っているようだが、それよりもよっぽど昔、玉狛で廊下の隅やゴミ箱までガサゴソと自由気ままに探検していた彼女の方が猫らしかった。
「そっちのほうがネコちゃんでしょ。好物、鶏のささみ。苦手なものはコーヒー。」
「好きなものも苦手なものも関係ないでしょ?」
「この前、寺島さんのお腹を揉んでたって風間さんから聞いたけど。」
「寺島のお腹はいいの!!」
あれはYogiboなんだから!!と彼女はよくわからない怒り方をする。それになんだか迅は警戒していたのも馬鹿らしくなって、少し笑ってしまう。
「あ!?馬鹿にしたな!?」
「いや、人のお腹をクッション扱いはちょっと…。」
んふふ、と手で口を押さえても堪えきれなかった笑いが漏れていく。彼女はそんな迅にムカっときたのか、迅のジャケットを引っ張った。
あ、と声を出して迅が少し前によろける。そして彼女はえ、と驚いた声を上げる。気づけば迅は咄嗟に体制を立て直すため、壁に片腕をついて、彼女を壁と自分との隙間に押し込んでいた。
急に大きな影が被さってきたからか、彼女は目を白黒させて迅を見ている。
雨が外は変わらず降っていた。2人の距離は近い。
目の前を迅に塞がれた彼女は揺れる眼差しを隠しながら、迅に退くように促す。迅は慌てて壁につけていた片腕を外して彼女が出てくるのを待った。
そうして何か気まずい雰囲気になる。お互いが何か言うのかと言葉を待つが何も言わない。そのうち焦れたのか、彼女は無言で迅に折り畳み傘を押し付け走り去ろうとする。
迅はその背中に手を伸ばしたものの、彼女が去っていく方が早かった。
迅は苦笑いしながら観念してその花柄の傘を開く。
「……おれとは、相合傘してくれないんだ。」
その言葉は虚しく虚空に消えた。