ワールドトリガーRTA 近界侵略√   作:wgjpt

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迅悠一は間違えない

『エンドロール後の舞台袖』

 

城戸司令に背を向け、ボーダーの会議室から出ていく。時刻は夕暮れ。鳩原未来と彼女が企てたトリガー盗難事件について、彼女の処分を上層部と決め終わったところである。

 

「それにしてもお前、よく飲ませたな。」

「今回の件はおれが主導で動いていたからね。もちろん彼女の処分もおれの意見を通してもらわないと。」

 

隣を歩く林藤が迅に向かって言った。

 

「それにしては甘くないか?結局あいつは密航した民間人との繋がりも持っていたし、鳩原を唆したのも認めた。そしてボーダーに対する企ても。」

「いやぁそれを言われると弱いですけど、一応彼女を生かしておくとこれから起こるイベントの犠牲者が減るんで。おれは資源を有効活用したいタイプだし。」

「実力派エリートは言うねぇ。まぁあのSEを手放すのは惜しいしな。」

 

窓から差し込んだ日が迅の影を長く伸ばす。

 

「けどぶっちゃけお前、それだけじゃないだろ?」

 

林藤の足が止まる。それと同時に革靴が廊下を叩く音も止まる。

 

「お前にとってあの子は特別だ。それぐらいはたから見てわかるぞ。」

「いやいや何言ってんの林藤さん。いたいけな若者にセクハラ?」

「迅。」

 

林藤の目がこちらを真剣に覗き込む。その上司(ボス)の顔に迅は怯んだ。

 

「まだ俺たちが玉狛だった頃、お前はあの子とよくいただろ。」

「そんな小さい頃の話?」

「お前たちが雷神丸の餌を探しに動物園に行ったのだって覚えてるぞ。」

「あれはあの子が言うから!!ていうかその時のこと知ってるならあの子を止めといてくださいよ!おれ、あの子に真実を伝えるのにめちゃくちゃ苦労したんだから!」

「冠トリガーは特別だからなぁ。」

 

林藤が眼鏡を光らせて笑った。そうあの時はもう大変だったのだ。雷神丸が餌を食べない、とキャベツ片手に泣くあの子と、そんな緑の菜っぱ食べてたまるか、という雷神丸の攻防。あの子が抱えていたキャベツ一玉はそれは大きくて、どこで貰ってきたんだ、と思ったぐらいだった。(彼女が初めて見るカピバラにウキウキしながらスーパーで買ってきたものだったらしい。)

 

無垢な女の子の期待を裏切りたくない反面、雷神丸のお前どうにかしないとどつくぞという意志。どちらを尊重すれば良いのか当時の迅にはわからず、苦肉の策でキャベツは食べないんじゃないかな、と言った結果、動物園で餌探しである。

 

「まぁあの子にお前が本当のことを伝えた後に待ってたのはヘッドロックだったのは笑ったけどな。」

「天国と地獄を同時に見たのは初めてでしたよ。」

 

柔らかな胸の感触と、こちらを絞め落とそうとする腕。今思い出してもギリギリ地獄が勝ってた。

 

「それにしても、お前。どこまで見ていた?」

 

林藤が問いかける。

 

「ねぇ、絶対そっちが本題だったでしょ。」

 

迅が返した。

 

先ほどとは打って変わって、廊下に静けさが満ちる。窓の遠くの向こうでカラスが鳴いているのが聞こえた。

 

「繰り返すけどあの子がトリガーを盗むっていうことは第一次大規模侵攻が終わってから分かったことでしたよ。それこそ目的を知ったのは後。」

「近界民撲滅とはな…とことんウチとは合わない主義だ。」

 

林藤は顔に傷を負ったかつての仲間を振り返る。その横に佇んでいた少女は一見、誰よりも優しく見えた。ボーダーでのトリガーの開発、訓練生の面倒。それこそ、事が起こるまでは忍田派と勘違いしていたぐらいに。

 

「結局、補佐が城戸さんの側にいたのは派閥的には正しかったわけだ。手段はともかくとして。」

「皮肉にもね。」

 

迅がやれやれと言うかのように首を振った。林藤は郷愁に浸る。決裂する前の旧本部、全員が生きていた頃の思い出を。

 

「それにしてもなんで補佐はトリガーにダミーを混ぜてあるって予知できなかったんだ?」

「それはあくまであのSEは一つの未来しか予知できないからだよ。」

 

迅が目線を左に上げる。

 

「これは本人に直接聞いたことだけど、未来を見る時は念じないといけないらしい。多分SEの性質的にメインは空間把握、サブで予知って感じだからおれよりも見える幅が狭いんじゃないかな。

 

それにあの子はせっかちで常に最短の未来を行こうとするから、正直行動は読み易い。どんだけブラフを混ぜられても選択肢は変わらないからね。」

「あ〜、確かにせっかちなところはあるよな。」

 

林藤が頷く。

 

「けどその理論でいけば、補佐が遠回りをしていればお前が阻止できなかった可能性があるっていうことか?」

「うーん、どうだろう。」

 

迅が唇の横に手を当てる。

 

「まぁ、そんなことはないと思いますけど。」

 

 

『side:order』

(密航前幕間:迅視点)

 

迅は小さく息を吐く。それからいつもの笑みを作った。軽くて何も考えていないような、あの顔だ。扉を開ける。部屋の奥に彼女がいた。未来視を使わなくてもわかる。彼女はこういう場所を選ぶ。

 

人が来ない場所。言葉が逃げない場所。そして互いが逃げられない場所。

 

迅は一歩も踏み込まない。その距離が、今の二人の境界線だった。

 

「今、何考えているのか当ててみよっか。」

 

軽い声だった。だが第三者がここにいれば気づいただろう。その笑顔の奥に、押し殺された緊張があることに。迅の目が狩人のように光っていることに。

 

彼女は笑った。乾いた、嘲るような笑い声。その音が部屋に反響する。

 

迅のこめかみがわずかに強張った。あぁ、やっぱりな。おれは知っている。この笑い方は、彼女が本当にこちらを下に見ている時の笑い方だ。よくお菓子をかけて、次に通る車のナンバーを当てる遊びをした。その時の、勝った時の笑い方。

 

「私が何を隠しているか、の確認?」

「話が早いね。じゃあ聞くけど君は誰の味方?」

 

質問は短い。これは迅にとって聞くまでもない問いかけだった。今まで見てきた未来の中でも変わらない。

 

──変わらない?

変わらないはずだった。聞くまでもないはずだった。ざらざら。ざら。頭の中にノイズが走る。複数人の彼女の言葉が同時に聞こえる。

 

「私は私だけの、味方。未来を見通せる力を持つ人だけの、味方。そしてその人が幸せになるためだけの最短経路を選ぶ人間。ね?簡単でしょ?今は分かり合えないかもしれない。迅だって近界に行って色々な体験をしていたし、私だってSEで沢山のものを見てきた。だから今だけは結論が違うかもしれない。でもね結局、迅と私は似たもの同士だから。仲間を、玄界を守るために、この日常を守るためにどんなことでもできる、そういう人間だから。私たちはきっと、道を違えても同じ未来で再開できると思うの。眩しくて、儚い。惑星国家の明滅した光の中で。私たちは同じ答えを導き出して同じ場所で再開する。例え過程が違ったとしても。」

 

未来視の中の彼女は言う。

 

「迅も私も結局、──なんだから。」

 

その言葉が実際に迅の頭に届いた時、SEで見えた光景に愕然として、咄嗟にその未来から目を逸らしてしまった。

 

自分の唇の横にぺたっとした油のような感触が残る。それは拭うと薄いピンクの中に青白いラメが入っていて、それが自分にとっては星の光のように見えて。

 

「ねぇ、迅。」

 

彼女の声はどこまでも穏やかだ。あの日、迅を許した日のような。二人で責任も、辛さも分け合おうと言った日のような。

それは縋るような眼差しだった。

 

「近界はね、怖くて、そしてとっても愚かなところだよ。自分たちが生きていくために平気で他の国から人を攫うし、人を殺す。それだったら、私、戦争のない国が近界を導いてあげた方がいいと思ったの。」

「……何かの冗談だろ?」

 

沈黙。

 

彼女の導きは間違っている。彼女の導きは、近界民を皆殺しにすること。その縋るような目線とは真逆で、乾いた笑みが溢れた。

 

「迅はさ、なんで未来見てなかったの?本当は"見えたら選ばなきゃいけなくなる"のが怖かったからでしょ?選んだ後が怖かったの?──自分1人になる事が。」

 

その時、頭が強く脈打つ。

脳の奥に押し込んだはずの未来が巻き戻る。その道に行くために、布石を打てと言わんばかりに。やめろ。そんなものは見たくない。見たところで何も、

 

彼女が笑う未来。

彼女が泣く未来。

彼女がこの部屋を出ていく未来。

そして最後に、彼女が大量の血の中に倒れている未来。自分が側に、血濡れの武器を持って。

 

再び沈黙が部屋を満たす。

 

「ほんと君ってさ、…最悪だよね。」

 

ようやく音が戻ってくる。自分が彼女を殺す未来を見てから。

 

「見えちゃう未来ってさ、安心できる代わりに覚悟も強制される。」

 

彼女に向けて一歩踏み出す。そしてその両腕を握りしめる。彼女の手首は細い。少し力を入れただけで軋むのがわかった。彼女がもがく。だが人の腕はびくともしない。

 

第三者が見れば、完全に力の差があった。

それでも迅の表情は勝者のものではない。むしろ、追い詰められているのは迅の方だった。

 

未来視が、止まらない。視界の奥で無数の未来が明滅する。

 

彼女が振りほどく未来。

彼女が笑う未来。

彼女が怒る未来。

 

そして――

 

血の中に今度は彼女が立っている未来。

 

奥歯が軋む。

彼女を、この道に歩ませてはいけない。彼女にこれ以上、人を殺めさせるわけにはいかない。今はその手は血に濡れていない。その未来に辿り着いていない。まだ、戻れる。まだ。

 

なんで同じ力を持つ子がこの子なんだろう。おれの最初の協力者。共犯者。なんで君なのかな。その柔らかい髪も、初めましての人に会うと、弱くなる声も、ゲームに勝つと得意げにし出す顔も、全部が好きだった。

 

だから、だからこそ。

そんな未来、選ばせるわけにはいかない。

 

「力でも、立場でも、未来でも使って。おれは君を縛りつける。」

 

彼女はやってみればいい、と。そう言って部屋を出た。

 

 

『プロフェッショナル 迅さんオタクの流儀』

 

─緑川駿

その男の日常は、戦いの連続だった。型破り、怖いもの知らず、その強さの影には知られざる仕事の流儀があった。

 

(迅に模擬戦を強請る映像、迅の後ろ姿を写真に撮る映像、食堂で迅と同じものを注文する映像。)

 

今回はこの人に密着する。史上初となる独占インタビューが許された。そして明かされた心のうち。

 

(なんか補佐といる時の迅さんって、熟年離婚したての妻に縋る夫みたいな顔するから地味に嫌なんですよね。)

 

いったいどんな男なのか。ボーダーヒーローインタビュー。緑川駿スペシャル。

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