「なぁ、俺が心霊スポットに行ったらなんにも起きないってマジでなんなの……」
青髪の陽介がテンション下がり気味に言う。
「それな。お前といたら毎回何も起きないし、一周回っておもろいわ」
俺——榊・久礼・町筋(さかき・くれ・まちす)は苦笑いを浮かべた。
「いや、でも逆に安全でいいやろ?」
「安全とかそういう問題ちゃうねん。俺ら肝試し行ってんのに何も起きんかったら意味ないやん」
陽介は不満そうに頬を膨らませる。
「まあまあ、また今度別のところ行こうや」
「お前が来ないところにな」
「ひどっ」
珍しい名前だと思った人もいるだろう。それもそのはず、うちの家系は千年単位で続く神社の分家なのだ。分家なので神社を管理するわけではない。俗に言う「スペア」、何かあった時の保険という訳だ。
だから特に裕福でもないし、特別扱いされるわけでもない。ただの名前が変な一般人だ。
ただ、一つだけ普通じゃないことがある。俺の周りでは、心霊現象が一切起きないのだ。友達からは「霊避けのお守り」なんて呼ばれることもある。まあ、それはそれで便利だと思っている。
そんな俺でも最近悩みがある……
それは夢に謎の男が出てくることだ。
その男は妙に神秘的で、ずっと見ていたいと思えるほどの美貌とカリスマを持っている。長い黒髪に、どこか儚げな雰囲気。でも瞳には強い意志が宿っている。なぜこんな男が夢に現れるのか、俺にはまったく分からない。
そして昨日、びっくりすることが起きた。
大学内を徘徊していると、人型の黒い物体がこっちに近づいてきた……廊下の向こうから、ズルズルと引きずるような音を立てながら。
「ウウウウ…アアアアア…」
「ひっ!」
怖くて小さな悲鳴をあげ、目を瞑った。心臓が早鐘を打つ。これが、これが本物の霊というやつなのか……!
すると突如、その黒い物体の周りがピカッと光った。
黒い物体は「イヤアアアア!」と叫び声を上げ、逃げようとしている。
「お前はここで死ぬんだ」
謎の人物がそう言うと、その手に紫色の火球が出来た。そしてそのまま黒い物体に投げつけたのだ。
火球が当たった瞬間、その黒い物体は断末魔の叫び声を上げて消えていった……
「やぁ、大丈夫かい? 怪我はない?」
「はい…大丈夫です。ありがとうございます」
俺は少し困惑し、しどろもどろになりながら答える。目の前の人物を見て、俺は息を呑んだ。
それは、夢で何度も見た、あの男だった。
「僕はね、渚と言うんだ……神様でもあり、君の守護神だよ!」
「渚……? お前、俺の夢に出てきた……」
「気づいてくれたんだ。そう、僕は君が生まれた時からずっと、守護神として見守っていたんだよ」
「ちょ、ちょっと待って。守護神? 神様? 何言ってんの?」
俺は混乱して、一歩後ずさる。
「落ち着いて。君は榊家の血筋だろう? 千年続く神社の分家。その榊家には代々、僕が守護神として付いているんだ」
「マジで言ってんの……?」
「さっきの黒い物体、見ただろう? あれは悪霊だよ。普通なら君に取り憑いて、最悪の場合命を奪っていた。でも僕が守っているから、君の周りでは心霊現象が起きないんだ」
「じゃあ、心霊スポット行っても何も起きなかったのって……」
「全部僕のおかげ。君を守るために、邪悪なものを近づけないようにしていたんだよ」
渚は誇らしげに胸を張る。その仕草がどこか可愛らしくて、俺は思わず笑ってしまった。
「何笑ってるんだい?」
「いや、神様のくせに妙に人間臭いなって」
「失礼だな。僕だって元は人間だったんだから」
「え、どういうこと?」
「それは……長い話になるよ」
渚は少し遠い目をして、ゆっくりと語り始めた。
——渚の記憶——
僕はもともと、山奥にある村の現人神的な存在として祀られていた。
生まれた時からそんな扱いをされていたもんだから、本当に現人神となりそうだった。村人たちは僕に祈りを捧げ、僕の言葉を神託として受け取った。
神という概念は、人に神と認識されてもらってから神と名乗れるのではないかと思う。
そういう意味とするならば、僕はもう神である。
でも、神として扱われることに、僕はずっと違和感を覚えていた。
僕はただの人間なのに。病気にもなるし、お腹も空くし、寂しいとも思う。
二十代の頃、僕はもう病気を患っていた。
うちの家系はもともと短命……祖父も、父も、皆若くして亡くなった。
死んだ後には神社で祀られる……
村人たちはそう言った。「渚様は神として永遠に我々を見守ってくださる」と。
そんなの嫌だなぁ……
せっかくこの世に生まれてきたのだから、もっと違うところで人の役に立ちたいな。
せっかく神として祀られたのだから……
村の外の世界を見てみたかった。
色んな人に出会いたかった。
色んなことを経験したかった。
色んなことしたいなぁ……
でも、この体ではもう長くない。
ベッドの上で、僕は天井を見つめながら考えた。
あ、そうだ。「死んでも神として守護神になればよくね?」
どうせ神として祀られるなら、自分で役割を選ぼう。
村に縛られるんじゃなくて、もっと広い世界で、誰かを守る神になろう。
そう決めた時、不思議と心が軽くなった。
そうして、僕は榊家の守護神となった。
榊家は千年続く神社の分家。霊的な力を持つ血筋だが、その力ゆえに災いも引き寄せやすい。
だから僕は、榊家に生まれた者を代々守ってきた。
そして今、目の前にいるのが現代の榊家の若者——榊・久礼・町筋だ。
「……という訳なんだ」
渚が話し終えると、俺は深く息を吐いた。
「なんか、すごい話だな……」
「信じてくれる?」
「さっきの悪霊見ちゃったし、信じるしかないだろ」
俺は頭を掻きながら、渚を見つめる。
「でも、さっきの黒い物体。あれは普通の霊じゃないって言ってたよな?」
「うん。僕の防御を突破してきた。今まではこんなこと一度もなかった」
渚の表情が曇る。
「何かがおかしい。最近、強力な悪霊が増えているんだ。まるで誰かが意図的に送り込んでいるみたいに」
「それって……」
「君が危険に晒されているってこと。だから僕は、今まで姿を隠していたけれど、こうして直接君の前に現れることにしたんだ」
「俺を、守るために?」
「そう。これから僕は、君のそばにいる。守護神として、そして……」
渚は少し照れたように視線を逸らした。
「友達として、ね」
「友達、か」
俺は思わず笑みを浮かべた。神様が友達なんて、なかなかない経験だ。
「よろしく、渚」
「うん、よろしく、町筋」
これから俺と渚に、どんな物語が待っているのか?
それとも恐ろしい物語でも始まるのか?
でも一つだけ確かなことがある。
俺は、もう一人じゃない。
それはまだ誰にも分からない……けれど、少しだけ、期待している自分がいた。
がんばります