翌日、大学の学食。
昼休みの喧騒の中、俺は友人たちとテーブルを囲んでいた。
「おっす、町筋!」
陽介が手を振りながら近づいてくる。その後ろには、見慣れた顔ぶれが続いていた。
「よう」
俺は軽く手を上げて応える。
「紹介するわ。こっちは佐藤健太。お前も知ってるやろ?」
「ああ、この前の心霊スポット巡りで一緒だったな」
健太は人懐っこい笑顔で手を振る。茶髪で少しチャラい見た目だが、性格は明るくて面白い奴だ。
「そんで、こっちが新しく友達になった木村蒼。同じ学部の後輩や」
「初めまして、木村です」
蒼と名乗った男は、落ち着いた雰囲気の青年だった。黒縁のメガネをかけ、どこか知的な印象を受ける。身長は俺より少し低いくらいで、物腰が柔らかい。
「榊です。よろしく」
「こちらこそ」
蒼は丁寧にお辞儀をした。
「そして最後に、星野美月ちゃん!」
陽介がニヤニヤしながら紹介する。
「星野です。美月って呼んでください」
美月は明るい笑顔で挨拶をした。肩までかかる茶色の髪を軽く巻いていて、華やかな雰囲気がある。目が大きくて、笑うと少し八重歯が見える。身長は160センチくらいだろうか。
「榊です。よろしく」
「よろしくね、榊くん!」
美月の笑顔を見て、俺の心臓が少しだけ早く打った。
可愛い、と素直に思った。
「それで、今日はなんで集まったんだっけ?」
俺が聞くと、陽介が答える。
「いや、特に理由はないねんけど、せっかくやし皆で昼飯食おうかなって」
「そういうことか」
俺たちは適当に雑談を始めた。
「そういえば町筋、最近独り言多くない?」
健太が突然そんなことを言い出す。
「え?」
「いや、この前も廊下で一人でブツブツ言ってたやん」
その言葉に、蒼の表情が少し変わった気がした。
「あー、それは……考え事してただけだよ」
「考え事にしちゃ、会話っぽかったけどなぁ」
陽介も不思議そうな顔をする。
「気のせいだろ」
俺は誤魔化すように笑う。実際は、渚と話していたのだが、それは言えない。
「ねえねえ、榊くんって彼女いるの?」
美月が突然話題を変えた。
「え? いや、いないけど……」
「本当に? モテそうなのに」
美月は少し首を傾げる。その仕草が妙に可愛くて、俺は視線を逸らした。
「モテないよ、別に」
「嘘だぁ。絶対モテるでしょ」
美月が笑う。その笑顔に、俺の心臓がまた跳ねる。
「美月ちゃん、町筋のこと気になるん?」
陽介がニヤニヤしながら聞く。
「え!? ち、違うよ! ただ聞いてみただけ!」
美月は顔を赤くして否定する。
「まあまあ、美月ちゃんも町筋も照れんなや」
健太も笑いながら茶化す。
「照れてないって!」
俺と美月は同時に言って、顔を見合わせた。
そして、また同時に視線を逸らす。
なんだこれ、恥ずかしい……
「ところで、榊先輩」
蒼が静かに話しかけてくる。
「ん?」
「最近、何か変わったことはありませんでしたか?」
「変わったこと?」
「はい。例えば……不思議な体験とか」
蒼の目が、少しだけ鋭くなった気がした。
「特にないけど……なんで?」
「いえ、ただ気になっただけです」
蒼は笑顔を浮かべるが、その笑顔はどこか探るような感じがする。
「蒼って、そういうの信じる方?」
「まあ、世の中には不思議なことも多いですから」
その言葉に、俺は少し引っかかるものを感じた。
「榊先輩は、守護神って信じますか?」
「は?」
突然の質問に、俺は思わず聞き返す。
「守護神です。人を守る神様のこと」
「あー……まあ、うちの家系が神社の分家だから、そういう話は聞いたことあるけど」
「そうですか。では、もし守護神が実在したら、榊先輩はどう思いますか?」
蒼の質問は、明らかに何かを探っている。
「どうって……嬉しいんじゃない? 守ってくれるなら」
「そうですよね」
蒼は納得したように頷いた。
しかし、その目は俺を観察し続けている。
(この人、何か知ってるのか……?)
俺は少し警戒心を抱いた。
「ねえ、榊くん」
美月が再び話しかけてくる。
「何?」
「今度、皆でカラオケ行かない?」
「カラオケ?」
「うん! 私、ストレス溜まっててさ。大声で歌いたい気分なの」
美月は少し疲れたような表情を浮かべる。
「何かあったの?」
「うん……最近、バイト先で嫌なことがあって」
「そっか。大変だな」
「でしょー? だから気分転換したいの」
美月は再び笑顔を見せる。その笑顔は、少しだけ無理をしているようにも見えた。
「カラオケか……いいんじゃない?」
「本当!? じゃあ決まり!」
美月は嬉しそうに手を叩く。
「いつ行く?」
「んー、今週末とかどう?」
「俺は大丈夫だけど……」
俺は他の皆を見る。
「俺も大丈夫やで」
陽介が答える。
「俺もOK」
健太も頷く。
「僕は……その日は用事があるかもしれません」
蒼だけが曖昧な返事をした。
「そっか、残念。じゃあ蒼抜きで行こうか」
「すみません」
蒼は申し訳なさそうに頭を下げた。
昼休みが終わり、それぞれが次の授業へと向かう。
俺は美月と同じ方向だったので、一緒に歩くことになった。
「榊くんって、優しいね」
「え?」
「さっき、私が疲れてるって言ったら、心配してくれたでしょ」
「あー……まあ、普通に心配になるだろ」
「そういうとこが優しいんだよ」
美月は少し照れたように笑う。
「ありがと」
「いや、別に……」
俺も少し照れくさくなって、視線を逸らす。
「ねえ、榊くん」
「何?」
「もし私が困ってたら、助けてくれる?」
「は? 急にどうした」
「ううん、なんとなく聞いてみただけ」
美月は少し不安そうな表情を浮かべる。
「まあ、困ってたら助けるよ。友達だろ?」
「友達……そっか、友達だね」
美月は少し寂しそうに笑った。
その表情が気になったが、深く聞くことはできなかった。
授業が終わり、俺は一人で帰路についた。
すると、いつの間にか渚が隣を歩いている。
「お疲れ様」
「うわっ、急に出てくるなよ」
「ごめんごめん」
渚は笑いながら謝る。
「今日はどうだった?」
「まあ、普通かな」
「そう? 僕から見たら、結構楽しそうだったけど」
「見てたのかよ」
「守護神だからね」
渚はニヤニヤしながら言う。
「特に、星野美月ちゃんと話してる時、嬉しそうだったね」
「う、うるさい」
俺は顔が熱くなるのを感じた。
「あ、照れてる」
「照れてないって」
「照れてるよ、絶対」
渚は楽しそうに笑う。
「……で、木村蒼のことなんだけど」
俺は話題を変える。
「ああ、彼ね」
「何か知ってるのか?」
「うん。彼、守護神を持ってるよ」
「マジで!?」
俺は驚いて声を上げた。
「しかも、『護神組』っていう組織に所属してるみたい」
「護神組?」
「守護神を持つ者たちで構成された、正義の組織。悪霊や悪しき術師から人々を守ることを使命としてる」
「へえ……そんな組織があるんだ」
「うん。で、彼は多分、君のことを調べてるんだと思う」
「俺のこと? なんで?」
「最近、君の周りで強力な悪霊が現れてるからね。護神組は、そういう異常事態に敏感なんだ」
渚は真剣な表情になる。
「彼が敵じゃないといいんだけど……」
「敵の可能性もあるのか?」
「可能性はゼロじゃない。でも、護神組は基本的に正義の組織だから、大丈夫だと思うけど」
「そっか……」
俺は少し不安になった。
蒼の探るような視線を思い出す。
「気をつけてね、町筋」
「ああ」
その夜、大学の教室。
誰もいないはずの教室に、一人の女子学生がいた。
彼女は忘れ物を取りに来たのだが、教室の雰囲気が妙に重苦しいことに気づいた。
「何……この空気……」
彼女は不安になって、急いで荷物を取ろうとする。
その時、教室の隅から黒い影が這い出してきた。
「え……?」
影はゆっくりと彼女に近づいてくる。
「ひっ……!」
彼女は悲鳴を上げようとしたが、声が出ない。
黒い影は彼女の足を掴み、引きずり始めた。
「いや……いやあああああ!」
ようやく声が出た。
しかし、誰も助けには来ない。
教室は防音になっているため、外には声が漏れないのだ。
「助けて……誰か……!」
彼女は必死に抵抗するが、黒い影の力は強い。
そして——
彼女の意識は、闇に飲み込まれた。
翌朝、大学は騒然としていた。
「おい、聞いた? 昨日の夜、3号館で女子学生が倒れてたらしいぞ」
「マジで? 大丈夫なの?」
「意識不明らしい。原因不明で」
学生たちの噂話が飛び交う。
俺はその噂を聞いて、嫌な予感がした。
「渚……」
「うん、聞こえた。これは……」
渚の表情が険しくなる。
「悪霊の仕業だね」
「この大学で?」
「うん。しかも、昨日の夜。僕たちが帰った後だ」
渚は悔しそうに唇を噛む。
「守れなかった……」
「お前のせいじゃないだろ」
「でも……」
渚は自分を責めるような表情を浮かべる。
「次は守らないと。これ以上、犠牲者を出すわけにはいかない」
俺も頷く。
「そうだな。でも、どうやって?」
「まず、現場を調べよう。手がかりが残ってるかもしれない」
「分かった」
俺たちは3号館へと向かった。
3号館の教室は、警察のテープが張られていた。
「入れないな……」
「仕方ない。外から見てみよう」
渚は窓から教室の中を覗く。
「うーん……残留している霊気がある。かなり強い悪霊だったみたいだ」
「犯人は分かるか?」
「分からない。でも、昨日大学で現れた悪霊と同じ種類だと思う」
「ってことは……」
「うん。君を狙ってる相手の仕業だね」
渚は真剣な表情で続ける。
「相手は本格的に動き始めてる。もう、のんびりしてる場合じゃない」
「どうする?」
「まず、護神組の木村蒼に協力を求めよう」
「え、いいのか?」
「背に腹は代えられない。それに、彼が敵じゃないことを確認する必要もある」
「分かった」
俺は蒼に連絡を取ることにした。
その日の夕方、俺は蒼と大学近くのカフェで会うことになった。
「来てくれてありがとう」
「いえ、こちらこそ」
蒼は落ち着いた様子で席に座る。
「単刀直入に聞きます。榊先輩、守護神を持っていますね?」
蒼の質問は、ストレートだった。
「……何で分かったんだ?」
「最近の榊先輩の様子から推測しました。独り言が増えた、視線が時々虚空を見ている、そして何より、榊先輩の周りで悪霊の活動が活発化している」
「そこまで見てたのか……」
「僕も守護神を持つ者です。同じ立場の人間には敏感なんです」
蒼は少し申し訳なさそうに言う。
「疑ってすみません。でも、確認する必要があったんです」
「疑ってた?」
「はい。最近、この大学で悪霊の活動が活発化している。その中心にいるのが榊先輩だったので、もしかしたら榊先輩が術師かもしれないと思っていました」
「術師?」
「悪霊を操る者のことです。でも、今日の話で分かりました。榊先輩は被害者側だと」
蒼は真剣な表情になる。
「榊先輩を狙っている相手がいる。その相手は、かなりの実力者です」
「やっぱりそうか……」
俺は溜息をつく。
「協力してもらえますか?」
蒼が聞く。
「こっちこそ、お願いしたい」
「分かりました。では、今後は情報を共有しましょう」
蒼は手を差し出す。
俺はその手を握った。
「よろしく頼む」
「こちらこそ」
新たな仲間を得た俺たち。
しかし、敵の動きも加速していた。
次の犠牲者を出さないために、俺たちは動き始める。
その夜、再び3号館。
教室の中で、黒い影が蠢いていた。
「クックック……次は誰にしようかな……」
影の中から、不気味な笑い声が響く。
「榊・久礼・町筋……お前を追い詰めるために、お前の周りの人間を一人ずつ潰していく……」
「そして最後に、お前を……」
影は窓の外を見つめる。
その視線の先には、帰宅する学生たちの姿があった。
その中に、星野美月の姿も見える。
「ああ、あの娘がいいかな……榊・久礼・町筋が気にしている娘……」
影はニヤリと笑った。
「次のターゲットは、決まりだ……」