3号館での戦いから三日後。
俺たちは約束通り、カラオケに来ていた。
「わー! 久しぶりのカラオケ!」
美月が嬉しそうに部屋に入ってくる。
「そんなに嬉しいか?」
「うん! 最近ストレス溜まってたから、思いっきり歌いたい!」
美月は早速リモコンを手に取り、曲を選び始める。
「美月ちゃん、何歌うん?」
陽介が聞く。
「んー、最新のJ-POPかな。榊くんは何歌う?」
「俺? んー、適当にロックとか……」
「へー、意外。榊くんってロック好きなんだ」
美月が少し驚いたような表情を浮かべる。
「まあ、たまに聴くくらいだけど」
「じゃあ、私もロック挑戦してみようかな」
「マジで? 美月ちゃんには似合わなさそうだけど」
健太が笑いながら言う。
「失礼ね! 私だってロック歌えるもん!」
「じゃあ見せてもらおうかな」
カラオケが始まり、それぞれが好きな曲を歌い始める。
美月は本当にロックを選曲し、意外にも上手く歌いこなしていた。
「おお、すごいじゃん」
俺は素直に感心する。
「でしょ? 私、実はバンドやってたことあるんだ」
「え、マジで?」
「うん。高校の時、軽音部に入ってて。ボーカルやってたの」
「へー、知らなかった」
「榊くん、私のこと全然知らないでしょ」
美月は少し拗ねたような表情を浮かべる。
「そりゃ、知り合ったばっかりだし……」
「じゃあ、もっと私のこと知ってよ」
美月は真剣な表情で俺を見つめる。
その視線に、俺は少しドキッとした。
「あ、ああ……うん」
「約束ね」
美月は笑顔を見せる。
その笑顔が可愛くて、俺は思わず目を逸らした。
「おいおい、二人でいい雰囲気になってんじゃねえよ」
健太が茶化すように言う。
「な、なってないって!」
俺は慌てて否定する。
「いやいや、どう見てもいい雰囲気だったぞ」
「そうそう。町筋、お前、美月ちゃんのこと好きなんちゃう?」
陽介もニヤニヤしながら言う。
その陽介の笑顔を見て、俺は少し複雑な気持ちになった。
三日前の出来事が頭をよぎる。
3号館に、あのタイミングで現れた陽介。
蒼の言葉——「怪しい」。
俺は陽介を疑いたくない。
でも、蒼の指摘ももっともだ。
「町筋? どうした?」
陽介が不思議そうに俺を見る。
「あ、いや……何でもない」
俺は慌てて笑顔を作る。しかし、その笑顔はどこかぎこちなかった。
「次、誰が歌う?」
「じゃあ俺が歌うわ」
健太がリモコンを手に取る。
健太が歌い始める。
その間、俺は陽介の様子をそれとなく観察していた。
陽介は普段通り、明るく振る舞っている。
時々スマホを見ているが、それも特に不自然ではない。
でも——
時々、陽介の表情が曇る瞬間がある。
何かを考え込んでいるような、迷っているような。
そして、スマホの画面を見る時の陽介の目は、どこか罪悪感に満ちているようにも見えた。
(気のせいか……?)
俺は首を振って、その考えを追い払おうとする。
「榊くん、大丈夫?」
美月が心配そうに声をかけてくる。
「え?」
「さっきから、ぼーっとしてるよ。しかも、陽介くんのことばっかり見てる」
「あ、ごめん。ちょっと考え事してて」
「何考えてたの?」
「いや、大したことじゃないよ」
俺は誤魔化すように笑う。
美月は少し不満そうな表情を浮かべたが、それ以上は聞いてこなかった。
その時、陽介のスマホが振動した。
陽介は画面を確認し、一瞬だけ表情を強ばらせる。
そして、立ち上がった。
「ちょっとトイレ行ってくるわ」
「おう」
陽介は部屋を出ていく。
その背中を見て、俺は嫌な予感がした。
「俺も、ちょっとトイレ……」
俺も立ち上がろうとすると、美月が俺の袖を掴んだ。
「榊くん、次歌ってよ。リクエストしたいの」
「あ、ああ……分かった」
俺は座り直す。
美月は俺に曲を選ばせながら、小声で言った。
「榊くん、陽介くんのこと疑ってるでしょ」
「え……」
俺は驚いて美月を見る。
「分かるよ。さっきからずっと、陽介くんのこと気にしてたもん」
「いや、別に……」
「無理しないで。何かあったんでしょ?」
美月は真剣な表情で俺を見つめる。
「話したくないなら、無理には聞かない。でも、一人で抱え込まないでね」
「……ありがとう」
俺は小さく頷いた。
しばらくして、陽介が戻ってきた。
「お、悪い悪い。ちょっと長くなった」
「大丈夫や」
健太が笑顔で答える。
しかし、俺は陽介の様子が気になった。
陽介の顔は少し青ざめていて、額には汗が浮かんでいる。
「陽介、大丈夫か? 顔色悪いぞ」
「え? ああ、ちょっと気分悪くてな。でも大丈夫や」
陽介は笑顔を作るが、その笑顔は明らかに無理をしている。
「無理すんなよ。帰る?」
「いや、大丈夫。せっかくやし、最後まで楽しもうや」
陽介はそう言って、また席に座った。
しかし、その後の陽介は明らかに様子がおかしかった。
歌を歌う時も、どこか上の空。
時々、スマホを気にしている。
そして、俺と目が合うと、すぐに視線を逸らす。
(陽介……お前、何を隠してるんだ……)
次は俺の番になった。
俺はリモコンを手に取り、適当にロックの曲を選ぶ。
歌い始めると、少しだけ気持ちが楽になった気がした。
歌うことで、複雑な感情を吐き出せる。
それが、カラオケの良いところだ。
でも、心のどこかでは、ずっと陽介のことが気になっていた。
歌詞を追いながらも、視界の端で陽介を観察する。
陽介は俺の歌を聞いているふりをしているが、その目は虚ろだ。
何かを考え込んでいる。
何かに怯えているようにも見える。
(陽介……お前、何があったんだよ……)
俺が歌い終わると、美月が拍手をした。
「すごい! 榊くん、歌上手いね!」
「そうか? 普通だと思うけど」
「ううん、すごく良かったよ。感情がこもってて」
美月は真剣な表情で言う。
「何か、辛いことでもあった?」
「え?」
「だって、さっきの歌い方、すごく切なかったから」
美月の洞察力に、俺は驚いた。
「いや、別に……」
「無理しないでね。辛いことがあったら、私に話してもいいんだよ」
美月は優しく微笑む。
その笑顔に、俺は少し救われた気がした。
「ありがとう、美月」
「どういたしまして」
その時、陽介が急に立ち上がった。
「悪い、やっぱり俺、気分悪いから先に帰るわ」
「え、マジで?」
健太が驚く。
「ああ、ごめんな。楽しかったけど、ちょっと体調が……」
「大丈夫か? 送ろうか?」
俺が声をかけるが、陽介は首を振る。
「いや、大丈夫。一人で帰れるから」
「でも……」
「ほんまに大丈夫やから。気にせんといて」
陽介はそう言って、急いで部屋を出ていった。
俺は陽介の背中を見送りながら、胸騒ぎを感じた。
あれは、体調不良なんかじゃない。
何か、陽介を追い詰めているものがある。
「陽介、大丈夫かな……」
健太が心配そうに呟く。
「最近、ちょっと様子おかしかったもんな」
「そうか?」
「うん。なんか、いつもピリピリしてる感じがする」
健太の言葉に、俺も頷く。
「確かに……」
「何かあったんかな」
「さあ……」
俺は曖昧に答える。
本当は、陽介に何かあることを知っている。
でも、それを健太や美月に話すわけにはいかない。
「まあ、心配やったら後で連絡してみるわ」
健太はそう言って、次の曲を選び始めた。
陽介がいなくなってから、カラオケの雰囲気は少し変わった。
皆、どこか気まずそうに振る舞っている。
「ねえ、気分転換に皆でデュエットしない?」
美月が提案する。
「デュエット?」
「うん。男女で歌うやつ」
「誰と誰が歌うん?」
「んー、じゃあ榊くんと私で!」
美月は俺の手を掴む。
「え、俺?」
「うん。ダメ?」
「いや、別にダメじゃないけど……」
「じゃあ決まり!」
美月は嬉しそうにリモコンを操作する。
「おー、いいねいいね」
健太がニヤニヤしながら言う。
「健太、からかうなよ」
「からかってないって。ただ、お似合いだなって思っただけ」
「お似合いって……」
俺は顔が熱くなるのを感じた。
美月が選んだのは、少し古めのラブソングだった。
男女が愛を歌い合う、ちょっと恥ずかしい曲だ。
「この曲……」
「いいでしょ? 私、この曲好きなの」
美月は笑顔で言う。
「じゃあ、歌おうか」
「うん!」
曲が始まる。
美月は目を閉じて、感情を込めて歌い始める。
♪「あなたに出会えて良かった」♪
その歌声は、とても綺麗だった。
俺も負けじと歌う。
♪「君がいるから頑張れる」♪
二人の声が重なる。
不思議な一体感があった。
まるで、本当に愛し合っているカップルみたいに。
でも、それは幻想だ。
俺と美月は、ただの友達。
それ以上でも、それ以下でもない。
……本当に?
心のどこかで、そんな疑問が湧き上がる。
曲が終わると、健太が拍手をした。
「いやー、良かったわ。マジでお似合い」
「もう、健太ってば」
美月は照れたように笑う。
俺も、なんだか気恥ずかしい。
「ねえ、榊くん」
美月が小声で話しかけてくる。
「ん?」
「楽しかった。ありがとう」
「こっちこそ」
俺たちは顔を見合わせて、笑った。
その瞬間、陽介のことを忘れられた気がした。
でも、すぐに現実に引き戻される。
俺のスマホが振動する。
画面を見ると、蒼からのメッセージだった。
『榊先輩、陽介さんの動きに変化あり。今、彼は大学の方向に向かっています。何か確認すべきことがあるのかもしれません』
俺は息を呑む。
今、大学に?
この時間に、何をしに?
「榊くん、どうしたの?」
美月が心配そうに聞く。
「あ、いや……ちょっと用事思い出した」
俺は立ち上がる。
「悪い、俺も先に帰るわ」
「え、榊くんも?」
「ごめん。また今度、埋め合わせするから」
「う、うん……」
美月は寂しそうな表情を浮かべる。
「気をつけてね」
「ああ」
俺は部屋を飛び出した。
カラオケ店を出ると、渚が待っていた。
「町筋、蒼からの連絡見た?」
「ああ。陽介が大学に向かってるって」
「うん。僕も確認した。3号館の方向に向かってる」
「3号館……あの事件があった場所か」
「そう。何か、確認しに行くのかもしれない」
渚は真剣な表情で続ける。
「急ごう。陽介が危険に晒される前に」
「ああ」
俺たちは大学に向かって走り出した。
大学に着くと、既に蒼が待っていた。
「榊先輩」
「蒼。陽介は?」
「3号館の中です。今、3階にいるはずです」
「何をしてるんだ……」
「分かりません。でも、誰かと会っているようです」
蒼の言葉に、俺は嫌な予感がした。
「誰かって……」
「それは、直接確認しましょう」
俺たちは3号館に入る。
階段を上り、3階へ。
例の教室の前に来ると、中から声が聞こえた。
「……本当に、これで最後なんだろうな」
それは、陽介の声だった。
「ああ、約束する。これが最後だ」
もう一つの声が答える。
それは、低く、冷たい声だった。
「榊・久礼・町筋の情報を、全て提供しろ。そうすれば、お前の妹の治療費は全額支払う」
「妹……」
俺は息を呑む。
陽介には、病気の妹がいたのか。
「分かった……でも、町筋を傷つけるようなことはしないでくれ」
「安心しろ。我々が欲しいのは、榊家の力だけだ。彼自身に害を加えるつもりはない」
「……本当だろうな」
「ああ。では、情報を」
俺は教室の扉を開けた。
「陽介!」
「町筋!?」
陽介は驚いた表情で俺を見る。
教室の中には、黒いローブを着た人物がいた。
顔は深いフードに隠されて見えない。
「ほう……榊・久礼・町筋、自ら現れるとは」
黒いローブの人物が笑う。
「お前が……敵の正体か」
「敵? 違うな。我々は、榊家の力を正しく使おうとしているだけだ」
「正しく使う? 人を襲っておいて、何が正しいんだ!」
俺は怒りを込めて叫ぶ。
「あれは、君の力を試すためのテストだ。悪く思わないでくれ」
「ふざけるな!」
俺は拳を握りしめる。
「陽介、お前……なんでこんな奴と……」
「町筋……すまん」
陽介は俯く。
「俺には、妹を救う金が必要だったんや。妹は難病で、治療費が高額で……」
「だからって……!」
「分かってる。お前を裏切ったこと、許されんことや。でも……」
陽介の目には涙が浮かんでいた。
「妹を救いたかったんや……」
その言葉に、俺は何も言えなくなった。
陽介は、妹のために俺を裏切った。
それは許されることではない。
でも、俺に陽介を責める資格があるのか。
もし、俺が同じ立場だったら——
「町筋」
渚が俺の肩に手を置く。
「今は、そいつを倒すことに集中しよう」
「……ああ」
俺は黒いローブの人物を睨む。
「お前の名前は?」
「名乗る必要はない。だが……」
黒いローブの人物はフードを外す。
そこには、中年の男性の顔があった。
鋭い目つきに、薄く笑みを浮かべている。
「私は、榊家の本家の生き残り。榊・継人(つぐと)と言う」
「本家……?」
俺は驚く。
「そうだ。私は、榊・継成の末裔。お前の遠い親戚に当たる」
継人は不敵に笑う。
「そして、榊家の浄化の力を、正しい形で復活させる者だ」
「正しい形?」
「そう。お前のような半端者ではなく、真の力を持つ者として」
継人は手を掲げる。
その手から、黒い靄が溢れ出す。
「これが、本来の榊家の力。浄化ではなく、支配の力だ」
「支配……?」
「そうだ。榊家の力は、元々悪しきものを『支配』するためのものだった。それを、守成の愚か者が『浄化』に変えてしまったのだ」
継人の目が、狂気に染まる。
「私は、それを元に戻す。そして、この世界を支配する」
「させるか!」
俺は叫ぶ。
「榊先輩、危ない!」
蒼が俺を庇う。
継人の黒い靄が、俺たちに向かって襲いかかる。
「くっ!」
渚が結界を張る。
しかし、黒い靄は結界を突破してくる。
「この力は……!」
焔も驚いた表情を浮かべる。
「強すぎる……!」
「ハハハ! 無駄だ! お前たちでは、私には勝てない!」
継人が高笑いする。
その時、陽介が叫んだ。
「町筋、逃げろ!」
陽介が継人に向かって走る。
「陽介!?」
「お前だけは、こいつに捕まるな! 俺が時間稼ぐから、逃げろ!」
「バカ! 死ぬぞ!」
「分かってる! でも、これが俺の贖罪や!」
陽介は継人に体当たりする。
「邪魔をするな、小僧!」
継人が陽介を突き飛ばす。
陽介は壁に激突し、床に崩れ落ちた。
「陽介!」
俺は陽介に駆け寄る。
「大丈夫か!」
「ははっ……町筋、すまんかったな……」
陽介は苦しそうに笑う。
「許してくれとは言わん。でも……妹のこと、頼む……」
「バカ! 自分で妹を守れよ!」
俺は陽介の手を握る。
「お前が死んだら、妹はどうするんだよ!」
「そうだよな……ははっ、俺、バカや……」
陽介の目から涙が溢れる。
「町筋、友達でいてくれて、ありがとうな……」
「何言ってんだよ! これからも友達だろ!」
俺も涙が溢れてくる。
「だから、死ぬな!」
「ああ……」
陽介は小さく頷いた。
「感動的な場面だな」
継人が冷たく笑う。
「だが、時間稼ぎにもならなかったな」
継人は再び黒い靄を放つ。
「町筋、避けて!」
渚が叫ぶ。
しかし、その時——
俺の中で、何かが弾けた。
怒り。
陽介を傷つけた継人への、激しい怒り。
「許さない……」
俺の体から、白い光が溢れ出す。
「お前を……絶対に許さない!」
白い光が、継人の黒い靄を打ち消す。
「なっ……!」
継人が驚く。
「この力は……まさか、覚醒したのか!」
「榊先輩の力が……!」
蒼も驚いた表情を浮かべる。
「これが、榊家の真の力……!」
俺は継人を睨みつける。
「お前の好きにはさせない。俺が、お前を止める!」
白い光が、さらに強く輝く。
そして——
戦いの幕が、上がった