ある少年のために僕は守護をする   作:ゆよう

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2話目


7話カラオケ

 

 

3号館での戦いから三日後。

 俺たちは約束通り、カラオケに来ていた。

「わー! 久しぶりのカラオケ!」

 美月が嬉しそうに部屋に入ってくる。

「そんなに嬉しいか?」

「うん! 最近ストレス溜まってたから、思いっきり歌いたい!」

 美月は早速リモコンを手に取り、曲を選び始める。

「美月ちゃん、何歌うん?」

 陽介が聞く。

「んー、最新のJ-POPかな。榊くんは何歌う?」

「俺? んー、適当にロックとか……」

「へー、意外。榊くんってロック好きなんだ」

 美月が少し驚いたような表情を浮かべる。

「まあ、たまに聴くくらいだけど」

「じゃあ、私もロック挑戦してみようかな」

「マジで? 美月ちゃんには似合わなさそうだけど」

 健太が笑いながら言う。

「失礼ね! 私だってロック歌えるもん!」

「じゃあ見せてもらおうかな」

 

 カラオケが始まり、それぞれが好きな曲を歌い始める。

 美月は本当にロックを選曲し、意外にも上手く歌いこなしていた。

「おお、すごいじゃん」

 俺は素直に感心する。

「でしょ? 私、実はバンドやってたことあるんだ」

「え、マジで?」

「うん。高校の時、軽音部に入ってて。ボーカルやってたの」

「へー、知らなかった」

「榊くん、私のこと全然知らないでしょ」

 美月は少し拗ねたような表情を浮かべる。

「そりゃ、知り合ったばっかりだし……」

「じゃあ、もっと私のこと知ってよ」

 美月は真剣な表情で俺を見つめる。

 その視線に、俺は少しドキッとした。

「あ、ああ……うん」

「約束ね」

 美月は笑顔を見せる。

 その笑顔が可愛くて、俺は思わず目を逸らした。

 

「おいおい、二人でいい雰囲気になってんじゃねえよ」

 健太が茶化すように言う。

「な、なってないって!」

 俺は慌てて否定する。

「いやいや、どう見てもいい雰囲気だったぞ」

「そうそう。町筋、お前、美月ちゃんのこと好きなんちゃう?」

 陽介もニヤニヤしながら言う。

 その陽介の笑顔を見て、俺は少し複雑な気持ちになった。

 三日前の出来事が頭をよぎる。

 3号館に、あのタイミングで現れた陽介。

 蒼の言葉——「怪しい」。

 俺は陽介を疑いたくない。

 でも、蒼の指摘ももっともだ。

「町筋? どうした?」

 陽介が不思議そうに俺を見る。

「あ、いや……何でもない」

 俺は慌てて笑顔を作る。しかし、その笑顔はどこかぎこちなかった。

「次、誰が歌う?」

「じゃあ俺が歌うわ」

 健太がリモコンを手に取る。

 

 健太が歌い始める。

 その間、俺は陽介の様子をそれとなく観察していた。

 陽介は普段通り、明るく振る舞っている。

 時々スマホを見ているが、それも特に不自然ではない。

 でも——

 時々、陽介の表情が曇る瞬間がある。

 何かを考え込んでいるような、迷っているような。

 そして、スマホの画面を見る時の陽介の目は、どこか罪悪感に満ちているようにも見えた。

(気のせいか……?)

 俺は首を振って、その考えを追い払おうとする。

「榊くん、大丈夫?」

 美月が心配そうに声をかけてくる。

「え?」

「さっきから、ぼーっとしてるよ。しかも、陽介くんのことばっかり見てる」

「あ、ごめん。ちょっと考え事してて」

「何考えてたの?」

「いや、大したことじゃないよ」

 俺は誤魔化すように笑う。

 美月は少し不満そうな表情を浮かべたが、それ以上は聞いてこなかった。

 

 その時、陽介のスマホが振動した。

 陽介は画面を確認し、一瞬だけ表情を強ばらせる。

 そして、立ち上がった。

「ちょっとトイレ行ってくるわ」

「おう」

 陽介は部屋を出ていく。

 その背中を見て、俺は嫌な予感がした。

「俺も、ちょっとトイレ……」

 俺も立ち上がろうとすると、美月が俺の袖を掴んだ。

「榊くん、次歌ってよ。リクエストしたいの」

「あ、ああ……分かった」

 俺は座り直す。

 美月は俺に曲を選ばせながら、小声で言った。

「榊くん、陽介くんのこと疑ってるでしょ」

「え……」

 俺は驚いて美月を見る。

「分かるよ。さっきからずっと、陽介くんのこと気にしてたもん」

「いや、別に……」

「無理しないで。何かあったんでしょ?」

 美月は真剣な表情で俺を見つめる。

「話したくないなら、無理には聞かない。でも、一人で抱え込まないでね」

「……ありがとう」

 俺は小さく頷いた。

 

 しばらくして、陽介が戻ってきた。

「お、悪い悪い。ちょっと長くなった」

「大丈夫や」

 健太が笑顔で答える。

 しかし、俺は陽介の様子が気になった。

 陽介の顔は少し青ざめていて、額には汗が浮かんでいる。

「陽介、大丈夫か? 顔色悪いぞ」

「え? ああ、ちょっと気分悪くてな。でも大丈夫や」

 陽介は笑顔を作るが、その笑顔は明らかに無理をしている。

「無理すんなよ。帰る?」

「いや、大丈夫。せっかくやし、最後まで楽しもうや」

 陽介はそう言って、また席に座った。

 しかし、その後の陽介は明らかに様子がおかしかった。

 歌を歌う時も、どこか上の空。

 時々、スマホを気にしている。

 そして、俺と目が合うと、すぐに視線を逸らす。

(陽介……お前、何を隠してるんだ……)

 

 次は俺の番になった。

 俺はリモコンを手に取り、適当にロックの曲を選ぶ。

 歌い始めると、少しだけ気持ちが楽になった気がした。

 歌うことで、複雑な感情を吐き出せる。

 それが、カラオケの良いところだ。

 でも、心のどこかでは、ずっと陽介のことが気になっていた。

 歌詞を追いながらも、視界の端で陽介を観察する。

 陽介は俺の歌を聞いているふりをしているが、その目は虚ろだ。

 何かを考え込んでいる。

 何かに怯えているようにも見える。

(陽介……お前、何があったんだよ……)

 

 俺が歌い終わると、美月が拍手をした。

「すごい! 榊くん、歌上手いね!」

「そうか? 普通だと思うけど」

「ううん、すごく良かったよ。感情がこもってて」

 美月は真剣な表情で言う。

「何か、辛いことでもあった?」

「え?」

「だって、さっきの歌い方、すごく切なかったから」

 美月の洞察力に、俺は驚いた。

「いや、別に……」

「無理しないでね。辛いことがあったら、私に話してもいいんだよ」

 美月は優しく微笑む。

 その笑顔に、俺は少し救われた気がした。

「ありがとう、美月」

「どういたしまして」

 

 その時、陽介が急に立ち上がった。

「悪い、やっぱり俺、気分悪いから先に帰るわ」

「え、マジで?」

 健太が驚く。

「ああ、ごめんな。楽しかったけど、ちょっと体調が……」

「大丈夫か? 送ろうか?」

 俺が声をかけるが、陽介は首を振る。

「いや、大丈夫。一人で帰れるから」

「でも……」

「ほんまに大丈夫やから。気にせんといて」

 陽介はそう言って、急いで部屋を出ていった。

 俺は陽介の背中を見送りながら、胸騒ぎを感じた。

 あれは、体調不良なんかじゃない。

 何か、陽介を追い詰めているものがある。

 

「陽介、大丈夫かな……」

 健太が心配そうに呟く。

「最近、ちょっと様子おかしかったもんな」

「そうか?」

「うん。なんか、いつもピリピリしてる感じがする」

 健太の言葉に、俺も頷く。

「確かに……」

「何かあったんかな」

「さあ……」

 俺は曖昧に答える。

 本当は、陽介に何かあることを知っている。

 でも、それを健太や美月に話すわけにはいかない。

「まあ、心配やったら後で連絡してみるわ」

 健太はそう言って、次の曲を選び始めた。

 

 陽介がいなくなってから、カラオケの雰囲気は少し変わった。

 皆、どこか気まずそうに振る舞っている。

「ねえ、気分転換に皆でデュエットしない?」

 美月が提案する。

「デュエット?」

「うん。男女で歌うやつ」

「誰と誰が歌うん?」

「んー、じゃあ榊くんと私で!」

 美月は俺の手を掴む。

「え、俺?」

「うん。ダメ?」

「いや、別にダメじゃないけど……」

「じゃあ決まり!」

 美月は嬉しそうにリモコンを操作する。

「おー、いいねいいね」

 健太がニヤニヤしながら言う。

「健太、からかうなよ」

「からかってないって。ただ、お似合いだなって思っただけ」

「お似合いって……」

 俺は顔が熱くなるのを感じた。

 

 美月が選んだのは、少し古めのラブソングだった。

 男女が愛を歌い合う、ちょっと恥ずかしい曲だ。

「この曲……」

「いいでしょ? 私、この曲好きなの」

 美月は笑顔で言う。

「じゃあ、歌おうか」

「うん!」

 曲が始まる。

 美月は目を閉じて、感情を込めて歌い始める。

 ♪「あなたに出会えて良かった」♪

 その歌声は、とても綺麗だった。

 俺も負けじと歌う。

 ♪「君がいるから頑張れる」♪

 二人の声が重なる。

 不思議な一体感があった。

 まるで、本当に愛し合っているカップルみたいに。

 でも、それは幻想だ。

 俺と美月は、ただの友達。

 それ以上でも、それ以下でもない。

 ……本当に?

 心のどこかで、そんな疑問が湧き上がる。

 

 曲が終わると、健太が拍手をした。

「いやー、良かったわ。マジでお似合い」

「もう、健太ってば」

 美月は照れたように笑う。

 俺も、なんだか気恥ずかしい。

「ねえ、榊くん」

 美月が小声で話しかけてくる。

「ん?」

「楽しかった。ありがとう」

「こっちこそ」

 俺たちは顔を見合わせて、笑った。

 その瞬間、陽介のことを忘れられた気がした。

 でも、すぐに現実に引き戻される。

 俺のスマホが振動する。

 画面を見ると、蒼からのメッセージだった。

『榊先輩、陽介さんの動きに変化あり。今、彼は大学の方向に向かっています。何か確認すべきことがあるのかもしれません』

 俺は息を呑む。

 今、大学に?

 この時間に、何をしに?

「榊くん、どうしたの?」

 美月が心配そうに聞く。

「あ、いや……ちょっと用事思い出した」

 俺は立ち上がる。

「悪い、俺も先に帰るわ」

「え、榊くんも?」

「ごめん。また今度、埋め合わせするから」

「う、うん……」

 美月は寂しそうな表情を浮かべる。

「気をつけてね」

「ああ」

 俺は部屋を飛び出した。

 

 カラオケ店を出ると、渚が待っていた。

「町筋、蒼からの連絡見た?」

「ああ。陽介が大学に向かってるって」

「うん。僕も確認した。3号館の方向に向かってる」

「3号館……あの事件があった場所か」

「そう。何か、確認しに行くのかもしれない」

 渚は真剣な表情で続ける。

「急ごう。陽介が危険に晒される前に」

「ああ」

 俺たちは大学に向かって走り出した。

 

 大学に着くと、既に蒼が待っていた。

「榊先輩」

「蒼。陽介は?」

「3号館の中です。今、3階にいるはずです」

「何をしてるんだ……」

「分かりません。でも、誰かと会っているようです」

 蒼の言葉に、俺は嫌な予感がした。

「誰かって……」

「それは、直接確認しましょう」

 俺たちは3号館に入る。

 階段を上り、3階へ。

 例の教室の前に来ると、中から声が聞こえた。

「……本当に、これで最後なんだろうな」

 それは、陽介の声だった。

「ああ、約束する。これが最後だ」

 もう一つの声が答える。

 それは、低く、冷たい声だった。

「榊・久礼・町筋の情報を、全て提供しろ。そうすれば、お前の妹の治療費は全額支払う」

「妹……」

 俺は息を呑む。

 陽介には、病気の妹がいたのか。

「分かった……でも、町筋を傷つけるようなことはしないでくれ」

「安心しろ。我々が欲しいのは、榊家の力だけだ。彼自身に害を加えるつもりはない」

「……本当だろうな」

「ああ。では、情報を」

 俺は教室の扉を開けた。

「陽介!」

「町筋!?」

 陽介は驚いた表情で俺を見る。

 教室の中には、黒いローブを着た人物がいた。

 顔は深いフードに隠されて見えない。

「ほう……榊・久礼・町筋、自ら現れるとは」

 黒いローブの人物が笑う。

「お前が……敵の正体か」

「敵? 違うな。我々は、榊家の力を正しく使おうとしているだけだ」

「正しく使う? 人を襲っておいて、何が正しいんだ!」

 俺は怒りを込めて叫ぶ。

「あれは、君の力を試すためのテストだ。悪く思わないでくれ」

「ふざけるな!」

 俺は拳を握りしめる。

「陽介、お前……なんでこんな奴と……」

「町筋……すまん」

 陽介は俯く。

「俺には、妹を救う金が必要だったんや。妹は難病で、治療費が高額で……」

「だからって……!」

「分かってる。お前を裏切ったこと、許されんことや。でも……」

 陽介の目には涙が浮かんでいた。

「妹を救いたかったんや……」

 

 その言葉に、俺は何も言えなくなった。

 陽介は、妹のために俺を裏切った。

 それは許されることではない。

 でも、俺に陽介を責める資格があるのか。

 もし、俺が同じ立場だったら——

「町筋」

 渚が俺の肩に手を置く。

「今は、そいつを倒すことに集中しよう」

「……ああ」

 俺は黒いローブの人物を睨む。

「お前の名前は?」

「名乗る必要はない。だが……」

 黒いローブの人物はフードを外す。

 そこには、中年の男性の顔があった。

 鋭い目つきに、薄く笑みを浮かべている。

「私は、榊家の本家の生き残り。榊・継人(つぐと)と言う」

「本家……?」

 俺は驚く。

「そうだ。私は、榊・継成の末裔。お前の遠い親戚に当たる」

 継人は不敵に笑う。

「そして、榊家の浄化の力を、正しい形で復活させる者だ」

「正しい形?」

「そう。お前のような半端者ではなく、真の力を持つ者として」

 継人は手を掲げる。

 その手から、黒い靄が溢れ出す。

「これが、本来の榊家の力。浄化ではなく、支配の力だ」

「支配……?」

「そうだ。榊家の力は、元々悪しきものを『支配』するためのものだった。それを、守成の愚か者が『浄化』に変えてしまったのだ」

 継人の目が、狂気に染まる。

「私は、それを元に戻す。そして、この世界を支配する」

「させるか!」

 俺は叫ぶ。

「榊先輩、危ない!」

 蒼が俺を庇う。

 継人の黒い靄が、俺たちに向かって襲いかかる。

「くっ!」

 渚が結界を張る。

 しかし、黒い靄は結界を突破してくる。

「この力は……!」

 焔も驚いた表情を浮かべる。

「強すぎる……!」

「ハハハ! 無駄だ! お前たちでは、私には勝てない!」

 継人が高笑いする。

 その時、陽介が叫んだ。

「町筋、逃げろ!」

 陽介が継人に向かって走る。

「陽介!?」

「お前だけは、こいつに捕まるな! 俺が時間稼ぐから、逃げろ!」

「バカ! 死ぬぞ!」

「分かってる! でも、これが俺の贖罪や!」

 陽介は継人に体当たりする。

「邪魔をするな、小僧!」

 継人が陽介を突き飛ばす。

 陽介は壁に激突し、床に崩れ落ちた。

「陽介!」

 俺は陽介に駆け寄る。

「大丈夫か!」

「ははっ……町筋、すまんかったな……」

 陽介は苦しそうに笑う。

「許してくれとは言わん。でも……妹のこと、頼む……」

「バカ! 自分で妹を守れよ!」

 俺は陽介の手を握る。

「お前が死んだら、妹はどうするんだよ!」

「そうだよな……ははっ、俺、バカや……」

 陽介の目から涙が溢れる。

「町筋、友達でいてくれて、ありがとうな……」

「何言ってんだよ! これからも友達だろ!」

 俺も涙が溢れてくる。

「だから、死ぬな!」

「ああ……」

 陽介は小さく頷いた。

 

「感動的な場面だな」

 継人が冷たく笑う。

「だが、時間稼ぎにもならなかったな」

 継人は再び黒い靄を放つ。

「町筋、避けて!」

 渚が叫ぶ。

 しかし、その時——

 俺の中で、何かが弾けた。

 怒り。

 陽介を傷つけた継人への、激しい怒り。

「許さない……」

 俺の体から、白い光が溢れ出す。

「お前を……絶対に許さない!」

 白い光が、継人の黒い靄を打ち消す。

「なっ……!」

 継人が驚く。

「この力は……まさか、覚醒したのか!」

「榊先輩の力が……!」

 蒼も驚いた表情を浮かべる。

「これが、榊家の真の力……!」

 俺は継人を睨みつける。

「お前の好きにはさせない。俺が、お前を止める!」

 白い光が、さらに強く輝く。

 そして——

 戦いの幕が、上がった

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