御膳操術   作:ナムルパス

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第7話 残飯

沖縄の海は すべてを忘れさせるほどに蒼かった

 

天内理子が波打ち際ではしゃぐ声を聞きながら

五条悟は青いサングラス越しに 絶え間なく術式を発動させ続けていた

六眼による無停止の広域監視

最強といえど その脳は確実に摩耗し 熱を帯びている

 

「……悟 無理をするな 一度凪くんのところへ戻れ」

 

夏油傑が心配そうに声をかけるが 五条は不敵に笑うだけだった

その五条の前に 凪が差し出したのは 現地で調達したマンゴーと呪力の欠片を練り合わせた冷たいソルベだった

 

「五条先輩 これ 糖分だけじゃなくて 脳に直接効くように呪力を『滑らかに』してあります」

 

五条はそれを一口で流し込み 吐き出す息と共に熱を逃がした

凪の供する「高効率な燃料」によって 普段より遥かに五条のスタミナは保たれている

だが それこそが甚爾の狙いだった

 

「……ねえ 凪くん」

 

五条がソルベのカップを弄びながら ふと声を潜める

 

「君 何か感じない? 僕の六眼には何も映らないんだけどさ

 ……さっきから 妙に『風通し』が良すぎるんだよね」

 

凪は 波の音に耳を澄ませた

 

彼の術式『御膳操術』は 大気中に漂う呪力の「鮮度」に敏感だ

本来なら これほど術師が密集していれば 空気はもっと「濃厚な味」がするはずだった

 

(……おかしい どこかに『穴』が空いているみたいだ)

 

呪力が全く存在しない 完全な無

それは凪にとって どんなに禍々しい特級呪霊よりも不気味な違和感だった

だが その正体を突き止める前に 帰還の時間は訪れてしまう

 

高専の結界内に足を踏み入れた瞬間

四日間にわたる緊張が 一気に解かれた

 

「……着いた」

 

五条が術式を解き サングラスを外して目を細めたその刹那だった

 

凪の視界の中で 時間が凍りつく

五条の背後 そこにあるはずのない「空白」が 音もなく膨れ上がった

凪の鼻を突いたのは 呪力の香りではない

使い古された鉄の匂いと 乾いた血の匂い

 

「五条先輩――っ!」

 

凪の叫びよりも早く 甚爾の黒い刃が五条の胸を貫いた

 

「……がっ」

 

鮮血が舞う

夏油が呪霊を呼び出そうとするが 甚爾の動きは物理法則を無視した速さで翻る

五条を蹴り飛ばし 着地した男を 凪は『無銘』を構えて睨みつけた

 

(……味(呪力)がしない)

 

凪の全身に 生まれて初めての戦慄が走る

目の前に立つ男からは 喰らうべき呪力も 解体すべき因果も感じられない

そこにいるのは ただの「透明な暴力」そのものだった

 

「なんだ お前

 ガキのくせに 俺をそんな『美味そうな獲物』を見るような目で見るなよ」

 

甚爾は不敵に笑い 天逆鉾を弄んだ

 

「五条先輩! 夏油先輩!」

 

凪の声が響く中 甚爾は地を蹴った

凪は反射的に『無銘』を突き出すが 刃は空を切る

呪力を介さない甚爾の動きは 凪の「呪力を読む」直感をすべて無効化していた

 

「お前のは『毒』を食う術式だろ? 残念だったな

 俺はただの『残飯』だ お前の胃袋にゃ入りきらねえよ」

 

重い衝撃が凪の腹部を襲う

凪は言葉も発せぬまま 壁まで吹き飛ばされた

視界が暗転する寸前 凪が見たのは

親友を傷つけられ 憤怒に染まった夏油傑の これまでで最も激しい呪力の奔流だった

 

だが その強大な呪力さえも

甚爾という「味のしない空白」が 冷徹に飲み込んでいく

 

救済の象徴であった凪の料理が もたらした一瞬の油断

それが 最強たちの運命を 再び残酷な袋小路へと突き落とそうとしていた

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