だからウマ娘はエロ禁止だっつってんだろ!! 作:散髪どっこいしょ野郎
「ウマ娘っていいよね」
ある日、俺の前に現れた神様はそんなことを言った。俺としてもその発言には大いに賛同するつもりだった。
「わかる」
「ふふ、君もウマ娘アプリ携帯に入れてるしね。だけどねー……最近出てきた子がかなり可哀想でねー……いや素晴らしいストーリーだったんだよ?だけど見てて胸が張り裂けそうで……そこで君を転生させようと思ったわけ」
「え?俺死んだの?」
「うん」
そりゃあそうか。死んでもなけりゃただの人間が神様と話すなんてできねぇか。でもどうやって死んだんだ?
「君の家に隕石を落としたんだよ。周りに被害が出ないようにするのには苦労したな~」
マジかよ神様直々に俺を殺しに来たのかよ。とんだ邪神じゃねぇか。
「お前……人の命をなんだと思ってんだよ」
「ごめんごめん。それで転生先についてなんだけど……」
俺の意思や生き甲斐などハナから眼中にない言い様に、怒りが膨らんでいくのを感じる。故に、俺は、
「ウマ娘プリティダービーの世界に学力マシマシで転生させようと思うんだ……って、どうしたの?急に近づいてきて」
「オラァッ!」
「いった~!殴るのはナシでしょ~!」
「こちとらまだまだやりたいことあったんだよ。テメェの都合で振り回してんじゃねぇぞ」
「だぁからそれは悪かったって言ってんじゃん。しつこい男はモテないよ?」
青筋が立つのを感じる。もう一発いっとくか?
「分かった、分かったよ!目標を達成すれば元の世界で蘇生させてあげるから!」
「…………」
正直まだ怒りは累積している。だがまあ、ウマ娘の世界に転生できるワクワク感も確かに存在していた。
「目標はスティルインラブちゃんをハッピーエンドに導くこと。それを成し遂げてくれれば後は好きに生きていいよ。元の世界にも帰還させてあげる」
「言ったな?口約束とはいえ破るのはナシだぞ?」
「分かったって。あ、そうそう中央に入るのは普通の人間じゃ難しいから学力とトレーナーとしての才能をあげる。これだけハンディキャップがあれば救済だってできるっしょ?」
「……まあそれなりに頑張りますよ」
「じゃあ十秒後に転生ね。あ、伝え忘れてたけどウマ娘ちゃんをエッチな目で見たら爆発する体にしとくから」
「はぁっ!?お前そういうのは前もって──」
▫▫▫▫▫
「……」
……赤ん坊からスタートかぁ……これはキツいなぁ……。
▫▫▫▫▫
転生してしばらくは空虚な目で母の乳房をしゃぶる生活が続いた。両親ともにまともなのは助かったが、俺的には赤子扱い(実際赤子)されるストレスで未発達の胃袋が痛むような気さえした。
あの神様との対話は覚えている。俺が担当に持たなければいけない相手はスティルインラブ。
しかしここで問題となるのは俺は彼女のことをそこまで知らないということだ。前世ではウマ娘アプリをそこそこに楽しんでいたが、彼女が育成ウマ娘として実装される直前であの邪神に殺されてしまったからだ。
サポートカードのエピソードは概ね把握している。スイープトウショウに吸血鬼扱いされたり、夜がな走っていたりする、幸薄の美少女。
確かイベントストーリーでは強者を走りで食らい尽くしたいと考えていたのだったか……?いずれにせよ今の俺ができるのは真っ直ぐ生きることのみ。
ウマ娘のストーリーは勝つことで進んでいく。というわけだから幼い頃からレース資料を読み込み、映像を何度も繰り返し見た。この世界ではウマ娘のレースは大衆娯楽となっていたため怪訝な目で見られることはない。そこはありがたかった。
『将来の夢を作文にしましょう』
小学校で出た課題。俺は鉛筆を回しながら思案した。
もし、俺がトレーナーにならなければ爆発して死ぬような事態は訪れないだろう。しかしそれでは前世に帰れない。
それに──俺がいないスティルインラブがどんな道を歩むことになるか、それも怖かった。もし彼女の行く先が破滅なら……俺は知っていながら目を背けた外道に堕ちる。
「……なるかぁ……トレーナー……」
俺は原稿用紙に鉛筆を走らせた。
▫▫▫▫▫
時が経つのは早いもので、俺は中央の門を叩いていた。神様から受けたギフトがあったとはいえ勉強は欠かさなかった。いくら才能があろうと努力を癖にしとかないとこの先埋もれるのみだ。
しかし問題となるのは、これからどうするか。
俺はペーペーの新米。圧倒的経験不足でやっていけるだろうか。
だが猶予は残されていない。既に生徒会長はシンボリルドルフ。つまり、原作の時系列となる。
「とりあえずスティルインラブ探すか」
だだっ広い校内へ、一歩踏み出す。
▫▫▫▫▫
「見つけた」
「……え?」
影の薄い私のことだ、きっと他の誰かに告げた言葉だと思っていた、のに。辺りにはその男性と私以外誰もいない。
「あー……俺今日からトレーナーなんだけど、キミ、スティルインラブだよな?」
「は、はい……」
次いで沸き起こったのは戸惑い。どうして私を知っている?まさか、私のはしたない本性も知られている……?
「キミの走りが見たい。空いてる時間知らせてくれ」
▫▫▫▫▫
突き放すつもりは無かった。けれども関係を築く以上この姿はいずれ露見してしまうだろう。終着を齎すのは、早い方が傷も浅い。
空いている時間。私がトレーナーさんに知らせたのは、放課後の夕闇だった。
「今から私がお見せするのは、はしたない、穢れた姿です。どうぞお気遣いなく、この手を振り払ってください」
「振り払うかよ。俺は、キミに会うために産まれてきたんだから」
「──ッ?」
疑問符は尽きない。……だとしても、私の、ワタシの本性を知ってしまえば、きっと貴方も──
「フフフッ、あははハハははははぁっ!!」
走る。吞まれていく。理性が、
「ああ、やっぱり──キミはスティルインラブなんだな」
「うふふ……ええ、そうよ。これが、ワタシ。どう?この手を取る覚悟はある?」
「愚問だな。その前に……戻ってこい」
「────あっ、トレーナー、さん……?」
沈んだ意識を引っ張り上げられるのを感じる。声を聞き、手先が触れあい、ワタシは、私に。
「俺と契約してほしい。スティルインラブ。キミの夢を聞かせてくれ」
「……私の、夢?」
跪き、真っ直ぐ私を見つめるトレーナーさん。私の、答えは──
▫▫▫▫▫
「第一関門突破ってところか」
無事契約を結ぶことに成功した。とりあえず目下の目標はトリプルティアラ。お互いに素質あるし、衝突でもしない限りは上手くやっていけるだろう。
スティルインラブ……スティルの走りに恐怖を感じる人たちの気持ちは分からんでもない。普段お淑やかなのにいざレースに突入したら『化け物』じみた様子になればドン引きもするだろう。
だけど俺は別に気にならなかった。それは彼女が反則をせず、真っ直ぐにレースと向き合ったことで生まれた結果だからだ。ちゃんと努力してるし裏打ちされる才能もある。その結果が修羅じみた走りになっても、それは一個性だ。
ただ俺を悩ませていたことが一つ。
彼女に限らずウマ娘はみんなそうだが……スティルは可愛らしすぎる。今のところは自制できてるがあの邪神の言葉通りに受け止めればムラっと来た瞬間=死だ。
ということで般若心経を唱えるのが日課となりつつあった。消えろ煩悩!
「フー……」
ココアシガレットをタバコ代わりに息を吐く。飲む打つ買うとは無関係の人生を送ってきたが、せめてもの抵抗として。
目の前には書類と資料の山。この中から探るようにトレーニング論やバ場適正、ウマ娘工学を導き出す。大丈夫だ。俺ならできる。
……ノックの音。
「どうぞ」
控えめに開けられるドア。来訪者の想像はついていた。
「どうしたスティル。何か忘れ物でもあったか?」
「いえ……その……今日のことを、改めてお詫びしたいと思い……」
「?何を詫びる必要がある?」
スティルがどんな生涯を送ってきたか、100%全部知っているわけじゃない。だけど第二の自分。もう一つの本性。それを秘める気持ちは分からないわけじゃない。
俺は
「今日の模擬レース、せっかく皆さんが協力してくれたのに、私は、あの子を抑えきれず……」
「あー、そういうことか」
『おかしい』。『化け物』。そんな強印象を与えてしまった。しかし俺はそれでもいいと思う。どの道しのぎを削り合う相手だ。……って、それは俺がどうこう言えることじゃねぇか。結果として彼女は苦しんでいるんだから。なら、俺にできることはただ一つ。
「何もおかしくなんかねぇよ。走ったら楽しい。勝ったら嬉しい。当たり前のことだ」
「ですが、私は……」
苦しげに目を伏せるスティル。……なんか強烈に喉を掻きむしりたくなるような気持ちだ。どうすればこの子を癒やせる?
「確かにスティルの言う『あの子』は常軌を逸しているかもしれない。現実問題、対戦相手を萎縮させてしまった。キミ自身、そんな自分を変えたいと、抑えたいと思っているのもよく分かる。だからまず、信じるところから始めろ。俺だけは何があっても味方だ。世界がキミに怯えようと俺はキミを肯定する」
「でも、そんなの、都合が良すぎる……」
「その都合で生まれたのが俺だ。嫌われるのが、怯えられるのが怖いなら、俺以外見るな」
俺は元よりスティルの味方だ。あんな神様に推させてやるものか。
「……ありがとう、ございます」
「歯は磨いたか?」
「?いえ、これから磨くつもりですが……」
「これ、やるよ」
ココアシガレットを放り投げる。スティルは菓子を好むと聞いた。俺としては口が寂しくなけりゃ飴でもスルメでも何でもいい。
「……重ね重ねありがとうございます。どうか、ご無理はなさらないでくださいね」
「まあほどほどに頑張るよ。じゃあな」
「はい。良い夢を」
▫▫▫▫▫
「……」
手元にはトレーナーさんからいただいた駄菓子。普段口にするものとは違う別感覚の味覚に、酩酊させられるようだった。
「……いい、の?……いいの?我慢しなくて、いいの?」
鼓動が加速する。今日のレースはどこまでも侵されるような″味″があった。一つ、二つ、どこまでも食らい尽くせる、至福の時間だった。
だから私は自制を忘れ、本能の赴くままに脚を解き放って──
──でも、
「っ?わ、私、は、何を……」
言葉の群れがやってくる。彼の音調、温度が、私を包み込む。
あの方だけは私の味方でいてくれる。その、不変の現実が、私を絡め取るように存在していた。
▫▫▫▫▫
不思議だった。何故、トレーナーさんは私を認めてくださるのか。私のはしたない姿を、涼しい顔で受け止めてくれるのか。
「あの……」
「ん、どうした?」
疑問は更に一つ。混み合っている食堂。ただでさえ薄い私の存在感はどこまでも希釈されているというのに、彼だけは私に気がついた。
「お食事を、一緒に摂らせていただいてもよろしいでしょうか」
「ああ、構わないぞ」
私は食事の速度が遅い。気を遣わせてしまうかなと、誘ってから後悔した。なのに──
「……申し訳ありません。私、食べるのが遅くて……」
「いいよ別に。キミとの時間が増えるのは俺としても役得だ」
「……ッ!」
これは所謂、口説かれている、ということ?いや、それは無い。彼は大人で、トレーナーさん。私のようなウマ娘なんて、候補にも挙がらない筈。
「その……トレーナーさんは、どうしてトレーナーになられたのですか?」
「キミと出会うため。……って、なんか気持ち悪い言い方になっちまったな。ごめん、忘れてくれ」
「……え?………………え?」
冗談と受け取るにはその表情は真剣すぎた。
▫▫▫▫▫
「おはようございます、トレーナーさん」
「ふぁ~あ~……んんっ……おはよう、スティル」
静かな朝だった。彼女の足音が豊かなターフの中に響く。紅茶でも飲みたい気分だ。
スティルは努力家だ。しかしその熱量に負けず劣らず傑出した才能を持つウマ娘が一人。
アドマイヤグルーヴ。トリプルティアラを獲りにいくに当たって最大級の壁となるであろう存在が、この早朝のコースにいる。
……よし、いっちょ話しかけてみるか。
「おーい、そこのキミ」
「……なんですか」
想像以上に剣呑な目つきだ。そういや俺アドマイヤグルーヴのこと何も知らないな。下調べしとくべきだったか……?
「うちのスティルと走ってみないか」
アプリで言うところの友情トレーニングを試みたかった。と言っても、まだまだ絆ゲージが足らないだろうが。
「結構です。……私に、あまりかまわないでください」
そう言い残すと走り去ってしまった。うーん、前途多難だな……。
「トレーナーさん」
「ん、スティル?終わるの早いな」
「……アルヴさんと話しているのが、見えて。早急に」
?俺とアドマイヤグルーヴが話しているのが何の理由になるんだ?まあ指定した分走ってくれたから叱るつもりはないが。
「キミと併走してくれないか頼んでたんだよ。お互いいい経験になりそうだし」
「……」
目を伏せるスティル。またなんか悩みでも発生したのか?この子優しいからな。俺に隠れて不満を募らせていても不思議ではない。
んー……あ、そういうことか。
「悪かった。キミが走っている間はキミだけしか見ない」
「……はい」
……?なんか凄い複雑そうな微笑みを見せてきた。悲しむような、喜ぶような、申し訳なさげな、様々な感情が入り交じったような微笑だ。
「よし、今日の朝練はここまで。また放課後な」
「はい。ありがとうございました、トレーナーさん」
▫▫▫▫▫
アルヴさんを見つめる、トレーナーさんの表情。
アルヴさんの歩の、力強さ。美しいフォーム。
こんなの、いけないのに。身勝手な独占欲がとぐろを巻く。
私だけを、見て──
──なら、奪い取ればいいじゃない。
でも、そんなの、あまりにも利己的。
──欲しいのでしょう?あの方の、心が。
……ああ。私、私は、やはり。
あの味に、酔わされている。