だからウマ娘はエロ禁止だっつってんだろ!! 作:散髪どっこいしょ野郎
……眠い。最近激務続きで睡眠不足に陥っていた。しかしここで寝落ちするわけにはいかない。何故なら──
「ふふ、あの子、とてもワクワクしているようですね」
「ふぁあ……。フッ、あの子もウマ娘だからな」
今日は娘の運動会。まだ小学生だが、俺が直々に鍛えたため向かうところ敵無しだった。トレーナーとしての才能というギフトが今回ばかりはありがたかった。
「はぁ、はぁ……見てた!?わたし一位だったよ!」
「よく頑張りましたね」
「いい走りだった。流石俺たちの娘だ」
昼休憩になり、スティルお手製弁当を家族三人でつつく。こういう時間に俺は一番幸せを感じる。
「組み体操すっごい練習したから!二人とも見ててね!」
「はい。楽しみにしてますよ」
「期待してるぞー」
ちなみに保護者レースではスティルがぶっちぎりで一位。見たか親御さんたち、これがトリプルティアラウマ娘の実力だ。
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「お母さん、お父さん寝ちゃってるー」
「そう。なら──」
こんな、はしたない気持ちは、きっと教育によくない。そうは思っても加速する意志は止められなかった。
「……お母さん何してるの?」
「……ごめんなさい、この人が可愛らしくて……」
私の膝にトレーナーさんの頭を乗せ、撫でる。この人は一度眠れば中々起きないため、こうして私のしたいようにされている。
「お母さんってホントお父さんのこと好きだよね」
「ええ。貴方と同じくらい、世界で一番大切な人だから」
膝元には愛しの殿方。娘に見られていると少し恥ずかしいけれど、これが私の、愛。
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「それじゃ、行ってきます!」
「ああ。思いっきり走ってこい!」
時が流れるのは早く、気づけばもう娘がトレセン学園に入学する日となっていた。
これからこの子とは中々会えなくなる。親離れも進行していく。だからせめて、貴方に言葉を残したい。
「わっ、どうしたのお母さん」
思い切り抱きしめてその存在を確かめる。
トリプルティアラウマ娘の娘ともなれば大きすぎる期待に押し潰されてしまうこともあるでしょう。色眼鏡で見られることもあるでしょう。だから。
「……貴方は、貴方よ。あまり気負わないで」
「……お母さんは心配性だね。……ぐすっ」
涙ぐむ両者。私にはトレーナーさんがいる。願わくはこの子にも、いい人が見つかりますように。
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「おつかれトレーナーくん。後の仕事はこっちでやっとくから、先に帰っていいよ」
「え、いいんですか先輩。先輩の方もかなり溜まってるんじゃ……」
「いつもイジらせてもらってる代わりだよ。それに、君がいつも頑張ってるところはちゃんと見えてたからね」
「……ありがとうございます」
「その代わりと言っちゃあアレだけど、いつかスティルインラブちゃんの話聞かせてよ。テレビでやってた内容がホントに正しいのか気になるし」
「……嫌です」
「あっははは!君も遠慮しなくなったねー。入社したての頃はガチガチだったのに。……まあ冗談冗談。スティルインラブちゃんと仲良くね」
先輩はシゴデキだしその処理速度の速さは目を見張るものがある。それはそれとして人間性が苦手なのは変わらないが、慣れてくればこちらもエゴを通せるようになってきた。
タイムカードを切る。さて、今日の晩ご飯は何だろう。
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「ただいまー」
「お帰りなさいませ」
疲れた体を引きずり家に帰る。するとそこには妻が待っていた。当たり前じゃない、毎日が奇跡だった。
「確か今日ってあの子のメイクデビューの日だろ?」
「はい。既に録画してあります」
「ぃよし。ずっと待ち通しにしてたんだよな~」
浴室に向かいながら娘に思いを馳せる。前世の知識を込みでもスティルインラブ産駒の活躍は知らなかったため、少しの憂慮と期待が胸を染め上げていた。小学生時代は俺が直々に鍛えていたため史実ブレイカーもあり得る。そう思うと余計にワクワクしてきた。
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「行けー!逃げ切れー!」
「ふふ……」
……やっぱり、レースっていいなあ。こんなにも心を震わせる娯楽は中々ない。
「……いいレースだったな」
「そうですね」
ちょうど見終わった辺りでスマホに通知。LANEにメッセージが届いていた。
『二人とも見てくれた?』
「ふふ……私たちは幸せ者ですね」
「フッ、そうだな」
大切な存在が増える感覚。それはどうも、俺の心を強く打ちつけるのだった。
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実を言うと最近悩みがあった。欲望の奔出はせき止められているが、下手すればそれより重い悩みだった。
『ス、ティル……』
そう呟くのは俺だった。肝心の彼女は、諦めたように俺へ微笑みかける。
『ごめんなさいトレーナーさん。私、行かなくては』
『待って……待ってくれ、スティル……!』
去り行く背中。いくら手を伸ばしても届くことはなく──
「うあああああっ!」
「トレーナー、さん……?」
「はぁ……はぁ……す、スティル……」
跳ね起きるとまだ深夜だった。隣には彼女がいる。それでもあの恐怖は色濃く残っていた。
「ゆめ、か……」
「悪夢をご覧になったのですか?」
心配そうにこちらを見つめるスティル。その右手を俺の両手で包んだ。
「頼む……どこにも行かないでくれ……ずっと一緒にいてくれ……」
「大丈夫、大丈夫です。私はどうなろうと貴方のお傍におりますから」
神でも悪魔でもいい。俺とスティルを離さないでくれ。そのためなら俺はなんだってするから、だから──
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「あー、眠い……」
「少しお休みになられては如何ですか?近頃トレーナーさんの睡眠時間が削られているように見受けられますが」
「寝たい、んだけど……そうもいかなくてな……」
眠るとあの悪夢を見る。その意識が俺を休ませてくれない。
「でしたら、こうしましょうか」
「んー……?……うぇっ!?す、スティル!?」
胸元に抱き寄せられ、後頭部を指でトン、トンと叩かれる。あまりにも唐突な幸福に俺は休むどころではなくなった──と思いきや、
「あ……ダメだ……寝落ちする……」
「おやすみなさいトレーナーさん。どうか、良い夢を」
温もり、香り、彼女がそこに存在するという現実。それらに絡め取られるようにして、俺の意識は沈んでいった。
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『やっほー、久しぶりだね』
忘れもしないこの声色。目の前にいるコイツは、俺を転生させた神様。
「……何の用だ」
意図せず視線が尖る。またコイツ余計なことすんじゃないかと思うと警戒度がマックスだった。
『最近嫌な夢見てるでしょ?その説明しようと思ってね』
「……続けろ」
『君が元いた世界の影響が現れようとしていてね、その予兆が君に押し寄せてるんだ』
俺は競走馬としてのスティルを知らない。それがどのような影響をもたらすのか、まったくの未知だった。
「どうすればいい」
俺をわざわざ呼び出したんだ。なにかしらの解決策はある筈だ。無かったらぶん殴ってやる。
『簡単だよ。たくさん抱きしめてあげて』
「それ別作品じゃねぇか……」
だが、納得した。俺という人間がスティルを現世に縛りつける。きっとそれは、そのための行為で、きっと俺はそのために生まれてきたのだろう。
決意もそこそこに意識を浮上させる。きっとそこには彼女がいる。
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「スティル……」
「あら、お目覚めになりましたか。……ふふ、眠っている貴方の顔を眺めているのも楽しかったですが──っ?」
「好きだ、スティル。大好きだ……」
「……はい。私も貴方を、今でも愛してる」
抱きしめる。その魂ごと、包むようにして抱擁を交わす。そして決断した。
俺は、俺の全てをかけて、彼女を襲う全てを切り落とす。そして彼女を守る。
それから俺はことあるごとにスティルを抱きしめるようになった。戸惑いながらも嬉しげに目を細める彼女が愛おしかった。
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「誕生日おめでとう、スティル」
「はい。ありがとうございます」
彼と迎える、何度目かの誕生日。贄を尽くした料理よりも、甘い甘いホールケーキよりも、貴方の思いを受け取れることが何よりの祝福だった。
「プレゼント買ってきたんだ。よかったらつけてくれ」
「!これは……」
彼からの贈り物。それはダイワスカーレットさんを彷彿とさせるティアラだった。
「……ぶっちゃけると、キミが喜んでくれるものは何かなーって考えたんだけど、中々思いつかなくて。だからコレにしたんだ。気に入ってくれたら、嬉しい」
「……ありがとうございます。大切にします」
早速頭に装着する。サイズもピッタリ。彼が私だけにくれた、輝き。
「あー、やっぱかわいーなーキミは」
「……そう言われると……恥ずかしい……」
「……あーもうダメだ、爆発する」
そう仰ったと同時に抱きしめられる。最近は彼から求められることが増えた。彼が私を欲してくれるという、その事実が嬉しかった。
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わたしにはトリプルティアラを獲った偉大な母親がいる。だけどその威光に潰されることはなかった。愛してくれたから。
わたしにはスティルインラブというウマ娘を育て上げた尊敬するお父さんがいる。その人もまた、わたしを愛してくれた。
そして、わたしのレース人生は終わりを迎えた。涙を流した夜もあった。勝った喜びで胸を震わせる時もあった。今となってはどれも得がたい大切な思い出だ。
「ただいま」
「おかえり」
「お帰りなさい。お疲れ様」
帰ってこられる家がある。それだけで、幸せなんだなぁと強く実感した。
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「そういえば家族であの花畑に行ったことなかったよな。三人で行ってみるか?」
「えーなになに?花畑?興味湧くんだけど」
「そういえば貴方とは行ってなかったですね。せっかくの休日ですし、向かってみましょうか」
いそいそと準備を進める両親。それを見つめるだけで、なんとなく笑えた。
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「うわー、何ここ!めっちゃキレイじゃん!」
「俺とスティルのお気に入りスポットでな。キミにも来てほしかったんだ」
「ふふ、貴方にも気に入ってもらえたなら何よりです」
風が吹きすさぶ、穏やかな空間。こんな風に二人は愛を紡いできたんだ。
「……面と向かって言うのは恥ずかしいけど、いつもありがとう、二人とも。大好き」
一瞬、目を丸くしたかと思うと、お父さんはお母さんごとわたしを抱きしめた。
「ちょっ、ちょっとお父さん!?」
「ふふ、私たちも貴方を愛していますよ」
「……も、もぉ~……」
温かい。わたしはその温もりに、目を細めた。