だからウマ娘はエロ禁止だっつってんだろ!! 作:散髪どっこいしょ野郎
「あけましておめでとうございます、トレーナーさん」
「おー、おめでとう」
さて、年が明けていよいよクラシック戦線に突入する。目標であるトリプルティアラが着々と近づいているということだ。
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「……それにしてもヤベぇな」
ストップウォッチに視線を運ぶと、その異常性がよく分かる。
アルヴとの友情トレーニングの成果も出ているのだろう、最近は特に伸びが顕著だ。後は怪我。これだけは絶対させないようにしないと。
「はぁ……はぁ……終わり、ました」
「お疲れ。はい、ドリンク。後なんかしてほしいことがあったら言ってくれ」
「!!……よろしいのですか?」
「……俺に出来る範囲でならな?」
「では……その……少し、お話がしたいです」
「ンンッ」
「?」
クリティカルヒットどころかクリティカルデッドだぞこれは。……とまあ、たまに揺さぶられることはありつつも、いつも通り、健全なトレーナーライフを送っていた。
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「スティルー、晩ご飯は食べたか?」
「いえ、これから摂ろうと思っていますが……」
「よし、じゃちょっといけないことしようぜ」
「はい……?」
困惑顔もスティルがやれば絵になる。最早俺の萌えポイントは彼女のみに絞られていた。
いけないこと。それは多くの学生がやっていることだ。夕飯が近いというのに諸々の妙味に惹かれ、腹を膨らます──買い食いだ。
俺はスティルを夕焼けの商店街に連れ出した。
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「はふ、はふ……あちちっ」
たこ焼きの中から溢れ出す熱に口の中がメリーゴーランド状態。そんな俺にスティルは笑いかけ、満足げに佇んでいた。
「ああ……幸せ……」
俺に大した力は無いけど、こんな日常を守っていきたいと切に願った。
……これから先、本格的にレース界隈へ身を投じることになる。彼女の本能が荒ぶることもあるだろう。不安で眠れない(いつものこと)夜もあるだろう。それでも俺は大人になってしまった。なら、約束は果たさないと。
契約を結んだあの日から、いや、生まれた瞬間から、俺は彼女だけのトレーナーなのだから。
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「はい、たこ焼き。熱いから気をつけろよ~」
貴方の、温度。声色が、私に染みていく。今なら火傷の痛みさえ甘美に思うだろう。
貴方をもっと知りたい。どんな日々を送ってきた?どんな食べ物が好き?一番印象深いレースは?
その全ての疑問を内に秘める。今は、いい。壊れるのが怖いから、それでいい。
……思い上がりかもしれないけれど、彼はきっと、私を愛している。それがどのような形であれ、私は幸せだった。
私の走りを綺麗だと仰ったその純粋さが、たまらなく愛おしかった。
「ああ……幸せ……」
この火照りを、夜が覆い隠してくれたら。
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「今日もジム……ですか?」
「脚をしっかり補強しときたいからな」
トレーナーさん曰く、私は速すぎるらしい。骨や筋肉が未発達のまま速度だけを上げてしまったら、行き着く先は破滅だと。
『まだ走れないの?酷いわ、アナタはいつまでワタシを待たせるつもり?』
「……っ」
「……本能からまたなんか言われたか?」
「…………いいえ。大丈夫です。私は、大丈夫」
あの子が不満げに口を尖らす。どうか、そのまま眠っていてほしい。
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「ふぁあ……」
「時間まで、少しお眠りになりますか?私が起こしますから」
「あーごめん、つい欠伸が……。もう猶予なさげだし、このまま起きてるよ」
桜花賞当日。不思議と緊張は無かった。ただ眠たげに目を擦るトレーナーさんの姿が、色濃く瞳に映っていた。
「じゃ、行ってこいスティル。ちゃんと見てるからな」
「はい。行ってきます」
控え室を出て、トレーナーさんに見送られながら光の差し込むターフに歩いていく。一歩ずつ、確かめるように。
「来たわね、スティルさん」
「……アルヴさん」
「私は、貴方……いや、貴方たちだけには負けない。絶対に」
「……私にも、負けられない理由があります」
だって、ダッて、こんナに美味しソうなんダモの。
……それもある。けど、私は誓った。トレーナーさんのために勝つと……!
「フゥゥ……ふふ。ふふふふふ……!」
『各ウマ娘、揃ってゲート入り完了しました』
……はしたない。穢れている。でも、どうか、貴方だけは離さないで──
『スタートしました!』
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「ヤベぇな」
もうヤバいしか出てこなかった。周りの観客もそうだった。
スティルは後続をぶっちぎって一着。GⅠの重みを感じさせない、パーフェクトな走りだった。
「……大丈夫か?」
俺が心配していたのはスティル──ではなく、二着のアルヴ*1。この負け方は心にくるだろう。スティルの糧となってもらうためにも、ここで折れてもらっては困る。
意図せずクズっぽい考えになってしまったが、ライバルも成長してくれないとスティルも強くなれない。そのためにも、俺がやるべきことはアルヴの──
「トレーナーさん……」
「うん。最高だったぞ、スティル。その様子だと戻ってこられたみたいだな」
「はい……なんとか……」
トリプルティアラの足がかり、桜花賞は無事一着。だが、俺が見通していたのはその先だった。
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「取材かあ……」
GⅠ優勝により、スティルへ期待を寄せる人々は瞬く間に増えていった。
ただでさえ忙しい仕事に加え取材班も捌かなくてはならなくなり、俺はパンク寸前だった。
「仕方ない……月刊トゥインクルの人だけ来てもらうか」
トレーナーになるにあたり自然と知り合った乙名史記者。話を盛りがちだが悪い方向へは行かないし、(レースを除けば)穏やかなスティル相手なら大丈夫だろう。
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「素晴らしいですっ!」
「……?」
「声デカ……」
大丈夫じゃなかった。その熱量が負の矢印に行かない限りはまあいいかと思っていたが、ちょっと修正を加えるのも視野に入れないといけないかもしれない。
「トレーナーさんとスティルさんはいわば一心同体!旅の果てまで共に輝き続ける運命の相手、不変の絆で飾られた絶対ということですね……!」
「運、命……」
「スティルー?キミもなんか毒されてないかー?」
ええい、何故頬を赤らめる!確かに俺はスティルに会うために生まれてきたけども!彼女のためだけにトレーナーやってるのは事実だけども!
「お、乙名史さん……ちょっとそのまま書かれるのはマズいというか……」
「!!素晴らしいですっ!!言葉に尽くしきれない程に強固な愛ということですね!」
「愛……」
「スティルー?」
ああ、もう、帰れー!!
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「ゼェ……ゼェ……なんなんだあの人、熱気爆盛り取材モンスターかなんかなのか?」
「……」
スティルはスティルで色々と思案している様子。どうしよう、余計な不安を抱えさせちまったか?
「トレーナーさん」
「ん?」
「貴方にとって私は……どのような存在なのですか?」
「前も言っただろ。キミは俺の一番だ」
「っ……」
あ、またキモい言い方になってしまった。もうちょっとこう、捻りを加えた喋りができないもんかなぁ。
「……ごめん。また気持ち悪い言い方に──」
「いえ。嬉しい、です。……とても」
あ。笑ってくれた。にしても疑問だ。俺の発言の何が琴線に触れたんだ?
「あ゛ー、緊張が解けると眠気がヤバいな。ごめんスティル、俺ちょっと眠る」
「…………その、私はここにいていいですか?」
「ああ、全然平気だ。ここはトレーナー室だけど、キミの休み場所でもあるからな」
「ありがとうございます。それでは、お休みなさい」
「ん、おやすみ」
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調整は最良、肉体強度も良好、やる気も乗っている。まさにベストコンディション。
今日はオークス。トリプルティアラのための二戦目だ。
「ふー、凄いな観客。控え室まで歓声が聞こえるし」
「……そう、ですね。うふふ……アは、ァッ」
「スティル」
「っ──あ、す、すみません、トレーナーさん……」
まだその時ではない。彼女を呼び戻すため、正面から視線をぶつける。
彼女自身も理由は分からないらしいが、スティルの本能は俺に弱いらしい。思えば初めて走りを見せてもらった時もすぐに引っ込んだな。どうしてだ?
「今回もアルヴが難敵になる。……とは言っても、今のキミは恐らく同世代の中だと最強だ。そんな気負わなくていい」
「はい。……行ってきます」
「──かっけぇな」
スイッチが入ったのか、表情が真剣なものへと変わる。これがアスリートの見せる
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「ハッ、ハッ、ハッ」
もう、いいのね?全員射程圏内。ここからスパートに入れば──アハッ、喰ラい尽くセる!!
「────!」
一人、二人、どんどん追い抜いていく。ああ、ああ……!いいわ!ちょうだい、もっと、アナタたちを、喰らわせてェッ!!
「──これが、ワタシよ」
ゴール。……フゥゥ……最後の一滴まで、楽しめた。
──あ。
「……」
観客の方々の、声。私を称える声援──。
それなのに、私はまたコントロールできずに……!
「スティル。素晴らしいレースだったぞ。……って、乙名史さんの口癖移ったか?」
「トレーナーさん……」
……いつか、選び取ったように。彼だけはやはり、私の味方でいてくれた。
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「ほっといてください!」
「……アルヴ、さん……?」
「……スティル、先にライブ準備行ってくれ」
スティルを送ってから、物陰に身を寄せる。
今回も敗北を喫したアルヴの前にいたのは、エアグルーヴ。彼女たちが交流を持っているのは知っていた。
桜花賞の時に気づいた、俺のすべきこと。それはスティルの安定化ではなく、喰らわれた選手のケア。アルヴはその中でも特に傷が深かった。普段共に走っている分、つけられた差が痛烈に感じられただろう。
「……ライブ、行きますから。どいてください」
「待て!……くっ、私では力不足なのか?」
「そんなことはない」
「!……貴様、盗み聞きしていたのか?」
「嫌でも聞こえてくる。……それより、アルヴについてなんだが」
「ああ、貴様にも……いや、貴様なら分かるだろう。あの孤独が。……痛みが」
「俺は立場的にも荒療治しかできないからな。サポートはキミに任せる。……メンタルケアをしたい。協力、頼めるか?」
「いいのか?敵に塩を送ることになるぞ」
「送る前に潰れられたらこちらとしても困る。彼女には、スティルの糧になってもらいたいからな」
「……明け透けに話すものだな」
「キミなら言いふらしたりしないだろ?」
「……ふん」
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「~♪」
俺は今そこそこに気分が良かった。スティルが作ってきてくれた菓子が美味かったのもそうだし、膨大な量の仕事にも慣れてきたからだ。……結局夜までかかったが。
「ん?」
窓から見えるコースに、人影が一つ。解放時間ギリギリなのにまだ走っているのか?
「あれは……」
アルヴ。
アルヴがターフの中で酷く悩んでいるのが遠目に見ても分かった。しかし介入するタイミングを失ってしまっている。
「……ちょっとやり直しするか」
いのちだいじにを捨てる。逆行できなかったらそれまで。俺はスティルの太ももを夢想した。爆発した。
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「……よし、逆行完了」
無事に(無事ではない)時間渡航成功。またあの仕事の山と向き合わなければいけないのは憂鬱だったが、それよりアルヴのメンタルの方が大事だ。……でも仕事は嫌だ。
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「何の用、ですか」
再度仕事を終わらせた夜のコースにて、俺とアルヴは向き合っていた。
「キミのトレーナーから見てやってほしいって頼まれたんだ。オーバーワークは禁物だぞ」
嘘ではない。以前アルヴのトレーナーと交流した際、よかったら見ていってくれと言われた。俺はその権利を振りかざしただけだ。
「ハァ……無理、なんか……して、ない……もっと、もっと、走らないと……!あんな、貴方たちのようななれ合いに負けるわけには……!」
「そこだよ。他人との交流は、キミにとってノイズなんだろうが……ウマ娘は一人じゃ輝けない。それはキミも分かっているだろ?」
走りだそうとして、歯噛みしている。その激情が口からほとばしり出た。
「っ、どうして!エアグルーヴさんも貴方も、私を放ってくれないの!」
「ウマ娘は思いを受け取って走る。キミのレースは、ただ破滅へ行進してるだけだ」
「周囲の
「キミは身を以て知る。トリプルティアラを獲るのは、キミが切り捨てた思いを繋いだ、俺のスティルインラブだ。……俺は説教なんてできる程偉くないけど、それが現実で、事実になる」
それだけ言い残してコースを後にした。こっからはエアグルーヴに頼む。
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「時が経つのは早いな~……」
「そうですね。……私の目標も、これで最後になるんですね」
暑い暑い夏合宿やイベントを乗り越え、俺たちはトリプルティアラ最後の関門、秋華賞に挑んでいた。今日、俺たちの夢は現実になる。
スティルは、強くなった。才能の上に積み重ねた努力が、この場の誰よりも輝く脚を築いている。
「じゃ、行ってこい。……っと、その前に頼みたいことがあったんだった」
「なんですか?」
「無事に帰ってきてくれ。どんな走りになっても、命だけは取りこぼさないでほしい」
「……承りました。ですが……勝ちます。貴方のためにも」
「おう。心はいつも一緒だ」
この世界はゲームじゃない。転倒や骨折だってあり得る。そこの改変は俺のような転生者にもできない。ウマ娘をコースに送り出せば、後は祈ることしかできない。
どうか、無事に。
▫▫▫▫▫
『一着は、スティルインラブ!トリプルティアラ達成です!』
「ああ……」
終わった、のね。あんなに騒々しかったあの子が、何処かに消えてしまった。
もちろん、トレーナーさんが支え続けてくださる限り歩みは止めない。けれど、あの子に頼らずとも、私は走れる。
「…………」
深呼吸。トレーナーさん、観客の皆様、用務員の方々、全てへの感謝を込めてウイニングライブに挑む。その気持ちが、今日最大の成果だった。
「アルヴさん……?」
地下バ場に戻るとアルヴさんとエアグルーヴさんが話している姿が見えた。
「お疲れ、スティル。やっぱりキミは最強だ」
「トレーナーさん……」
トレーナーさんに声をかけられても、二人から目を離せないでいた。
「どーやら無事にケアできたみたいだな。フー、つっかれたぁ……」
それは、即ち。トレーナーさんは、私以外も気遣っていたということ。
お優しい。心から尊敬する。けれど、なのに、また胸の内からささくれ立つ。これは──嫉妬?
「……」
ああ、理解した。
私は、修羅だ。彼を欲する、醜い亡者。
「スティル?どうした?」
「……ライブ、ですよね。行ってきます」
どうか忘れられるようにと、ライブの振り付けを思い返す。それでも燻りは消えてくれなかった。