だからウマ娘はエロ禁止だっつってんだろ!! 作:散髪どっこいしょ野郎
「はぁ……今日も仕事か」
トレーナー業は嫌いだが、別に全部が全部嫌いってわけじゃない。心を震わせるレースを観客以上に堪能できるからだ。
しかし、ウマ娘はみんなして美少女。これに性欲を抱いたら死とか、神様ちょっとハードすぎやしないですかねぇ。
俺に与えられた役割。スティルをハッピーエンドまで連れて行くこと。
……なんだが、いくらなんでも基準が曖昧すぎないか?ハッピーエンドの捉え方だって人それぞれなのに。あの神様は説明が足らない気がする。
加え、向こうからこちらにアプローチはできても俺からコンタクトを取ることはできない。不便極まりない。
「ふぁあ……」
愚痴ばかり吐いても仕方ない。これが俺の仕事なんだから。……わりぃ、やっぱつれぇわ。
▫▫▫▫▫
最近スティルの様子が変だ。いつの間にか本能が復活してるのもそうだし、じっと何かを堪えるような素振りを見せる時がある。
「はっ、はっ……」
「……」
走りは悪くない。それどころか研ぎ澄まされている。今の彼女に勝てるウマ娘なんて存在するのか?……と思うぐらいに。
だが状況は振り出しに戻ってしまっている。スティルは苦しみ、悩んでいる。それをどうにかするのが俺の仕事なのに、無力さを感じてならない。
「……よし!今日はここらで切り上げよう」
「はぁ……はぁ……ありがとうございました」
考えろ。思考は動物の特権だ。足りない頭でも動かせば無聊を慰めるぐらいにはなるだろう。
「夕食、誰か呼ぶか?友達とでも話した方が楽し──」
「……いえ。私は、貴方と二人きりがいいです。……ご迷惑でしょうか」
「迷惑だなんて。むしろ嬉しいぞ。だけど友達との時間も大切にした方が──」
「なら、私はトレーナーさんとお食事を摂りたいです」
「……そうか」
ただでさえ俺に固執していたスティルが、完全に離れなくなっていた。これでは執着と似たようなもんだ。
……。……!
「ッ……」
「トレーナーさん?」
「ああいや、なんでもない。行くか」
この状況は良くない。暗く、深い沼に脚を踏み入れている感覚がある。なのに──
──俺はこの状況を、どこかで待ち望んでいた。
▫▫▫▫▫
「はぁ……」
「あ、トレーナーさん……」
お昼時のこと、大樹のウロにて、トレーナーさんを見かけた。よほど憔悴しているのか私にすら気づいていなかった。
「……」
「……?」
彼はおもむろに大樹のウロに近づくと、
「スティル可愛すぎるんだよちくしょお~!ムラってしそうで怖いんだよー!!」
そう、叫んでいた。
「……ふふっ」
いけないこと。秘すべきこと。私の知らない、彼の一面。優越感が背筋をつたう。
穢れているのは私だけではなかった。
「トレーナーさん」
「!!すすすすっ、スティル!?聞いてたか!?」
頬を紅潮させ慌てたように言葉を紡ぐトレーナーさんに、感情が溢れ出そうになる。
「──いいえ。何も」
泥に浸かっても構わない。貴方と溶け合えるのなら。
▫▫▫▫▫
ある日、パタンとスティルは悩まなくなった。俺は愚かにも本能が消えてくれたと考えていたのだが、実情は全く別で。
「よろしくお願いします。アルヴさん」
「いやー悪いなアルヴ。今日も付き合ってもらっちゃって」
「……別に、その方が私も強くなるので」
走り出す両者。スティルは、笑っていた。
裏人格は消えていなかった。更に根深く、抗えない領域まで浸食している。──溶け合っているんだ。
「まだぁ……!まだよ……!もっと、もっと!」
「スティル!ちょっと落ち着け!」
「スティル、さん……!」
走り終わっても尚駆け出そうとする彼女をアルヴと俺でなんとか抑える。
「どうしたんだよ!なんで、こんな……!」
「アナタの所為よ」
「え……?」
ぐるりと、首だけ回してスティルは綴る。目だけが赤く光っていた。
「アナタがワタシだけを見てくれなかったから、私はワタシを解き放ってしまった。それが現実で、事実よ?」
「俺の……所為……?」
「……トレーナーさん、一旦この場を離れてください。貴方がいたら収拾がつかなくなる」
……これが、俺の所為?なんで?俺が何をしたって言うんだ──
『悪かった。キミが走っている間はキミだけしか見ない』
──あ。
『メイクデビューでも感得した感情だけど、レースっていいものだな』
……そうだった。この命は元より彼女のためだけにあるのに。俺は、自分の人生を生きようとしていた。使命を忘れて、我欲のために。
──無能。
なにがトレーナーの素質だ。一人の女の子すら救えない転生者に、存在価値なんて無い。
──無価値。
……でも。
──無意味。
それでも。
「それでも、俺は……!」
「トレーナーさん。聞こえているでしょう?今はこの場を離れてください」
「~~~ッ、く……たの、む」
▫▫▫▫▫
「トレーナーさん……」
「ああ、スティル」
トレーナー室で待機しているとスティルはやってきた。俺は既に決意を固めている。
「その……申し訳ありませんでした。私──」
「待て。キミより先に、俺が謝るべきだったんだ」
「え……?」
「俺はキミのトレーナーなのに、キミ以外に現を抜かそうとしていた。そんな権利、最初から無かったのに」
「そんな、そんなことないです。貴方は機械なんかじゃ──」
「俺はそういう人間なんだよ。キミのためにしか足掻いちゃいけない。キミ以外考えたらいけない。そうやって生まれてきた」
我ながらキモいこと言ってるなーとは思う。だとしても、これが俺の決断だ。
「約束する。俺は、キミだけのトレーナーになる。……悪い、気づくのが遅すぎた」
「……本当に、いいの?」
その語気に喜色が萌芽しているのを確かに感じ取った。
「フッ、俺はキミに言われてようやく気づいた半人前だ。今からでもよかったら、よろしく頼む」
「……はい」
……ああ、よかった。心から笑ってくれた。
▫▫▫▫▫
その夜。
『……え?ちょ、ちょっと待ってよ』
「なんだよ神様。アンタが出てくると話が陳腐になるんだ。とっとと失せろ」
夢に潜る隙を与えず神様は俺を呼び出した。
『いや……私が見たスティルトレは血が混ざってどんどん体調悪化してったのに、なんで君は平気なの?』
「こちとらクソみてぇな神様に殺されてるんだ。一人の女の子の意思を受け止めるぐらい、余裕だっての」
ふははは、爆発する体にしたのがあだとなったな邪神め!精々唇を噛み締めろ!
▫▫▫▫▫
ずっと、この時を待ちわびていた。
「よし!今日もいい走りだったぞ!」
「はい、ありがとうございます」
私とワタシは既に、一つになっている。今度は貴方も。
「もぐもぐ……」
「……やっぱかわいーなー、スティルは」
──食べてしまいたい。そう思わせる程に、貴方はいじらしい。
ああ、幸せ。なのにどうして、私は泣いているの?
▫▫▫▫▫
バリスタだとか、ミルだとか、細かい用語は全く分からないが最近コーヒーを淹れるようになった。眠気覚ましになるし彼女もコーヒーを好んでいたからだ。
「いい香りがすると思ったら……トレーナーさんだったのですね」
「一杯どうだ?」
「ふふ、ではいただきます」
コーヒーはマンハッタンカフェが詳しいらしいが──他の子のことを考えるな。俺は、スティルが全てだ。
「はいどーぞ。ブラックでいいか?」
「はい。それと、ちょうどコーヒーに合うお菓子を作ってきました。よかったらどうぞ」
「お、いいな。じゃあ一緒に食べるか」
うーん、いい空気だ……。傍にはスティルがいて、豆の香りが部屋に充満する。
俺の言葉一つひとつを聞き逃さないように彼女の耳がこちらへ向かう。そんなところも可愛いなと思いながらとびっきり濃くしたコーヒーを呷った。
▫▫▫▫▫
「それでは、行ってきます」
「ああ。一着になるところ、楽しみに見てるぞ」
彼女のことばかり考える日々を送っていたらいつの間にか宝塚記念の日を迎えた。
俺は無力だ。どこまでいっても、サポートしかできない。一緒に走ってやることはできない。
それでも信じるのがトレーナーの役目だ。もうブレるな。俺はそのために生まれてきたのだから。
▫▫▫▫▫
至高、純粋、原始、全ての歓喜がここにある。
「ごチソうサまァ……!」
喰らって喰らって、穢れた姿で戻ればあの方が待っている。もう止まることはできない。
喝采を浴びながら夢見心地でライブを演ずる。どこまでも高まりは止まない。
……ねえ、トレーナーさん。アナタが欲しているのは、ワタシ?
▫▫▫▫▫
「あっちー……」
「熱気がこもっていますね……」
宝塚記念を無事一着に終え、俺たちは二度目の夏合宿に参加していた。ここでなら純度の高いトレーニングができる。
あらゆる面でスティルは強くなった。骨も筋肉も、尋常ならざる加速に耐えうる力をつけた。
トゥインクル・シリーズはシニア期に突入した。輝きの舞台はあともう少しで終わる。その総仕上げと行こう。
▫▫▫▫▫
あっつい。とにかく暑い。砂浜にクーラーなどあるはずもなく、指導する側も水分補給が欠かせなかった。
……それともう一つ悩みがあるんだが……
「トレーナーさん?どうして目を逸らしているのですか?」
「……いやー、ちょっと、な……」
トレーニングに励むウマ娘はみんなして水着姿なのだ。こんな体質じゃなかったら鼻の下伸ばしていたんだろうが、ちょっとでもムラって来たら死ぬと思うと緊張感がヤバい。
「……ふふ」
不敵に微笑むスティル。ヤバい。爆発する!耐えろ俺!
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「夏祭りがあるらしいな」
「ええ、聞き及んでおります」
「……」
「……」
「「一緒に行(かないか)きませんか」」
「……ふふっ」
「……ハッ」
▫▫▫▫▫
祭りの会場は人でごった返していた。
「……っと」
「すみません、急でしたね」
はぐれないように、ということで手を繋がれた。突然の衝撃でムラっと来ないか不安だったがオッケー判定らしい。
「色々な屋台がありますね」
「そうだな。あ、ラムネあんじゃん。キミも飲むか?」
「ではお代を……」
「いいよいいよこれぐらい。俺が奢る」
「……では、ありがたく受け取らせていただきます」
炭酸と甘味。くぅー!これだよこれ!まあ俺の学生時代は勉強漬けで祭りに来たことなんてないんだけど。
「そろそろ花火が揚がるようですね。……おすすめスポットを調べてきたんです。一緒に行きませんか?」
「じゃ、案内よろしくな」
手先の温度を頼りに夜の道を歩く。喧噪から少し離れた高台に、それはあった。
「へぇー、ちょうどいいところにベンチあるんだな」
「友人から、ここなら二人きりで楽しめると聞いたので」
「そうかぁ……お、揚がり始めたな」
花火が空に軌跡を印す。しばらくそうして、二人きりの時間を堪能していた。
▫▫▫▫▫
「フゥゥ……」
「そろそろ時間だな。行けるか?」
「ええ。いいわ。ワタシを解放してもいいのね?」
「……もう準備できてたか、その前にちょっと戻ってこい」
二度目のエリザベス女王杯の控え室にて。真正面から視線を合わせると、スティル(本能バージョン)は慌てながら目を逸らす。……俺って嫌われてんのか?
「──っ!はぁ……はぁ……申し訳、ありません。また、私は曖昧に……」
「出走前に聞いておきたいことがあってな。……キミは今、幸せか?」
「っ?」
「……スティル?どうした?」
俺がそう尋ねると、彼女は滂沱の涙を流していた。あまりにも突然のことで俺は拭ってやることもできず。
「……悪い。デリカシーが無かったな」
「いえ……違うんです。私、ワタシ、幸せ、なんです。貴方がいてくれて、なのに、どうして……?」
「いざとなったら言ってくれ。キミが望むなら、俺はどこまでも一緒に逃げる」
「え……?」
もうスティルは幸せになっていい筈だ。今日までこんなに頑張ったのだから、報われるべきなんだ。だから、
「……よろしいのですか?私の、ために……」
「ああ。何度も言ったけど、キミは俺の一番なんだ。苦しみはいつでも吐き出していい」
「……行ってきます」
「ああ。転ぶなよ」
▫▫▫▫▫
熟されていた。レース勘も、速度も、作戦も、これ以上無いほどに練られていた。
だから──一瞬、夢を見ているのではないかと思った。
「……負け、た」
クビ差で、アルヴさんの勝ち。
「スティルさん」
「──アルヴ、さん」
「ハッキリ言わせてもらうけど、私の知る貴方は、もっと強かったわ。少なくともそんな独善的な走りじゃなかった」
負けた?ワタシが?
「あ、うぅ……」
「スティルッ!!」
「ほら、呼ばれてるわよ」
……ダメ。今は、来ないで──!
▫▫▫▫▫
「ごめんなさい、ライブまで、一人にさせてください」
「……分かった」
一人きりの控え室。私に何が起きたの?
独善的。その言葉がずっと引っかかっていた。
私は、奪われたくないから、欲しいから走ってきた。
ワタシは、他者を喰らい尽くすために走ってきた。
だって
でも、貴方は
その姿を見て、私は初めて──貴方の光になりたいと願った。
「──ああ、そうなのね」
私も、貴方がそうしてくれたように。
貴方を守りたい。貴方に笑顔でいてほしい。
そんな簡単なことに、ようやく気づけた。
アプリでは二度目エリザベス女王杯は一着以内が目標ですが今作では負けても進みます
次回最終話です