雷神は最強を指名する   作:あいあい

3 / 10
雨の匂いと、捕縛布と

 転生してから四年。十歳になった。

 まだ身体は小さく、筋力も十分とは言い難い。だが、戦い方だけは以前同様のままだ。今は弱い肉体の分だけ、技の精度と相手の動きを先読みするように心がけている。

 

 街は明るい。眩しいほどに。

 電線、看板、ネオン、信号。あの世界でもそうだが現代に光が溢れている。

 

 その夜は雨だった。小雨。路地のアスファルトが黒く濡れて、靴底が少し滑る。

 

 商店街の端、古いゲームセンターの前で人が固まっていた。声が割れている。泣き声と怒鳴り声が混ざって、金属のシャッターがガタガタ鳴った。

 

 覗くまでもなく分かる。

 二人組のヴィランだ。

 

「動くな! 動いたら、切るぞ!」

 

 1人は粘着系の個性なのだろう。腕に巻いた白い樹脂みたいなものが濡れて光っており、貴金属などが張り付いている。もう1人は陶器の刃を腕から生やしている。

 そして床のあちこちには粘着質の樹脂が散りばめられており、踏んだ足がぺたりと吸い付く。これは足を取るための仕込みなのだろう。

 

 この小さい身体では機動力が要であり、厄介だな。

 

(俺が挑む側になるのはあれ以来だな)

 

「おい、俺をワクワクさせてくれよ」

 

 俺は落ちていたビニール傘を拾った。骨だけになった金属の軸。握るにはちょうどいい。柄の部分のゴムを剥いて、素手で金属を掴む。

 じわ、と呪力が電気の形を取る。熱も音も出さない。皮膚の下だけで唸る。

 

 瓦礫の隙間を縫うように抜ける。

 大人の膝の高さ。視界は腰と鞄と雨具ばかりだが、逆に死角だ。

 

 樹脂の縁で止まる。踏めばそれまでだ。

 俺は傘の先で床を軽く突いた。膜が伸び、粘性が強い。足を吸って動きを奪うためのものだ。

 

 ……それと同時に、床の端が不自然に浮いているのが見えた。タイルが一枚だけズレている。

 隙間から黒いチューブが覗いていた。配線を守るための保護管だ。

 

(店の照明の線だ)

 

 照明は点いている。つまり、この床下には今も電気が流れている金属線が通っている。

 俺が欲しいのは、それだ。相手に直接電気を当てる必要はない。

 

(あの線に一瞬だけ俺の電気を混ぜる。通り道を借りるように)

 

 俺は傘の軸を握り直し、金属の先端をタイルの隙間へ差し込んだ。

 ぐっ、と押す。先が硬いものに触れる。

 

 電気をなるべく出さないように、指先の感触だけを研ぎ澄ませる。

 

 金属に当たったときの反響は、骨に返ってくる。

 石に当たる反発とは違う。柔らかいが逃げない、細い芯。配線特有のしなる硬さ。

 

(当たった)

 

 押し込まない。傷を付けたら異常が出る。

 ただ触れ続けるだけでいい。接触面を保つ。

 

 ここで大きく流せば、ブレーカーが落ち、騒ぎが増えるのは間違いない。

 今回必要なのは筋肉の同期を一瞬だけ狂わせる程度。意識を飛ばすほどはいらない。

 

 男がこちらに気付いた。目が合う。

 次の瞬間、表情が変わった。子どもだから、嘲笑だ。

 

「ガキが……っ!」

 

 粘着の男が走ってきた。速い。大ぶりに樹脂の腕を振る。狙いは捕縛だろう。

 陶器刃の男も距離を詰めてくる。刃先が雨を割って光る。こっちは躊躇がない。殺す気で来る。

 

 俺は半歩だけ下がる。

 傘の軸を水平に出して、粘着男の手首に当てる。打つのではない。触れる。押し付け、電気をピンポイントで流す。

 

 ──通らない。

 

 判断を誤った。想定以上に樹脂の膜が厚い。絶縁が効いている。

 電気が相手に抜けないぶん、俺の側で跳ね返る。皮膚の内側が勝手に弾けて、嫌な痺れだけが残った。

 

「っ、ははっ!」

 

 粘着の男が笑った。勝利を確信した顔だ。

 個性の相性も良く、あとは体格で勝てると思っているだろう。

 

「悪くないなっ!!」

 

(その思考ごと叩きのめせる)

 

 俺は後退を続けた。わざとだ。

 二人を同じ進路に乗せるため。狙いは陶器刃の足元だ。

 

(陶器野郎は殺傷力は高いが、俺の電気が通る。足が床に付いてる限り、確実に当てられる)

 

 陶器刃が踏み込んだ。

 雨で濡れた床に靴底が触れる。水の膜が薄く広がっている。完全な水たまりではない。だが電気流すには丁度良い。

 

 俺は息を吐き切った。

 傘の軸を通して、床下の線へ──一瞬だけ電気を噛ませる。短く、浅く。最大出力を一瞬でだす。

 

 パリッ。

 

 紫電と共に音が遅れて来た。

 陶器刃の男の足が止まる。止まったまま、膝だけが抜けた。

 刃を振る腕が半拍遅れて空を斬り、体が前へ崩れる。

 

「……っ、な──」

 

 声が続かない。

 意識が飛んだわけじゃない。身体の指令だけが一瞬ズレた顔になる。

 

(足から入って、足で抜けたか。深くは通っていないが倒すには十分だ)

 

 俺は距離を詰めた。

 顎の下へ拳を当てる。殴るというより、正確に当てる。

 陶器刃の男が音もなく落ち、刃が床に転がった。

 

 残りは1人だ。

 

 粘着の男は一瞬だけ固まった。

 相棒が理由も分からず落ちたからだ。理解の遅れが隙になる。

 

「て、てめえ! 何した!」

 

 樹脂の腕が伸びる。今度は顔を狙ってくる。掴まれたら終わりだ。

 だから掴ませない──のではなく、あえて掴ませる。

 

 俺は傘の軸をわざと差し出した。

 樹脂が金属に絡む。ぐにゃり、と重くなり、傘が腕に張り付く。

 

 粘着の男が笑う。さっきと同じ顔だ。

 

「取れねえだろ!」

 

(取る必要がねえ)

 

 俺は息を吐き切った。

 今度は床じゃない。傘の軸に溜めた分へ、身体の中の負を合わせる。

 外へ散らさない。点で済ませる。

 

 パリッ。

 

 粘着の男の目が見開く。喉が変な声を出す。筋肉が勝手に収縮して、指が開かない。

 掴む力が抜けないまま、体が固まる。自分の樹脂を握ったままの形で止まった。

 

 俺はそのまま体を沈めた。

 相手の腕の内側を支点にして、足を払う。小さな体はこういう時に便利だ。重心が低い。

 

 男が倒れる。背中が樹脂の上に叩きつけられ、ぺたりと貼り付く。

 行動阻害のつもりで撒いた樹脂が、拘束具に変わる。

 

 息はある。生きてる。

 

 ──ここで、終わりにするつもりだった。

 

 だが、空気が変わる。

 

 雨の音が、一瞬だけ薄くなった気がした。

 視線。背中が冷える。

 

 振り向くと、路地の入口に男が立っていた。

 ぼさぼさの黒髪。目の下の隈。ヒーロースーツというより作業着に近い。首には白い布が巻かれている。いや、布じゃない。武器だ。

 

(風貌は不気味だが、纏っている温度がこいつらとは違う。こいつは狩る側だ)

 

 彼の目が、俺を捉えた。

 

 瞬間、体内の唸りが止まった。

 電気が鈍る。呪力が形を取れない。皮膚の下の回路だけが、急に冷えたみたいに静かになる。

 

「……子ども?」

 

 声は低い。驚きより先に警戒がある。倒れたヴィランより、俺を見ている。

 それが答えだった。

 

 捕縛布が動く。蛇みたいに跳ね、雨粒を弾きながら俺へ伸びる。

 俺は半歩下がって避けた。電気が使えないなら、ただの体術だ。十歳の体で正面からは無理だ。

 

 布が地面を叩く。音がない。滑らかで、殺意がある。

 追撃。次は足を狙ってきた。逃げ道を潰す動き。慣れている。

 

 俺は店の看板柱を蹴った。

 金属が鳴る。ぐらりと傾いた看板が、奴の視線を遮る角度を作る。ほんの一瞬、目が切れる。

 

 その隙に、呪力が戻る。

 薄い火花が指先で跳ねた。

 

 俺は路地へ飛び込んだ。濡れた壁を蹴って高さを稼ぐ。排水管を掴んで登る。屋根へ。

 背後で捕縛布が壁を叩いた。紙一重。布が足首を掠め、皮膚が裂けた。熱い血が雨に混ざる。

 

「待て!」

 

 奴の声が追う。

 だが俺は止まらない。屋根から屋根へ。距離を取る。視線が届かない位置を選ぶ。照明の死角へ滑り込む。

 

 最後に一度だけ、下を見た。

 奴が立っている。雨の中で、こちらを探している。倒れたヴィランへ視線を寄越す暇もない。

 

 ……面白い。

 あれは、ヒーローの顔をした別種の捕食者だ。

 

 俺は口角を上げるのを、我慢しなかった。

 そして、夜の上を走って消えた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。