雷神は最強を指名する   作:あいあい

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個性把握テスト

一年A組の初日。相澤消太が「合理的虚偽」を告げ、除籍を盾に生徒たちの本気を引き出そうとしたその時、グラウンドには張り詰めた緊張感が漂っていた。しかし、最後列で佇む鹿紫雲一だけは、春の柔らかな日差しを浴びながら、どこか遠い場所を見つめるような静かな眼差しをしていた。

 

「鹿紫雲。入試一位のお前から行け。……手加減は合理性を欠く。お前の個性をここで見せてみろ」

 

相澤の呼びかけに、鹿紫雲は無造作に、一歩、白線の内側へ足を踏み入れた。彼が動くだけで、周囲の空気が乾燥し、目に見えないほど微細な火花がアスファルトを走る。爆豪勝己が「チッ、何が特例だ」と掌を爆ぜさせ、緑谷出久が呼吸を忘れたかのようにその一挙手一投足を凝視していた。

 

 

 

鹿紫雲は手渡されたボールを、重さを確かめるように掌の上で転がした。

 

直前、爆豪が「爆破」を利用した投擲で700メートル超えの記録を叩き出し、クラスメイトたちが「プロ並みだ」と歓声を上げていた。だが、鹿紫雲の心臓は一拍も乱れない。

 

(……充填)

 

体内の呪力が性質を変える。それは現代の「個性」のような便利な機能ではない。魂の歪みが形を成した性質だ。全身の神経系を回路へと書き換え、右腕という砲身に極限まで電荷を蓄積させていく。

 

──―キィィィィィィィィン!! 

 

鼓膜を劈く高周波の音。放たれたボールは物理的な投擲の概念を置き去りにした。レールガンの原理を人身で再現したその一撃は、青白い光の尾を引く彗星と化し、衝撃波で周囲の地面を抉りながら、成層圏へと突き刺さるような軌道を描いて消えた。

 

『8500メートル』

 

A組の生徒たちは凍りついた。爆豪の顔から血の気が引き、緑谷はペンを握る手すら震わせていた。

 

「……すげぇ。あんた、マジで何なんだよ」

 

おどおどしながらも、弾かれたように声をかけてきたのは金髪に黒い稲妻の模様が入った少年、上鳴電気だった。彼は自分と同じ「電気」を扱う者が、想像を絶する精度で世界を蹂躙している光景に、魂を揺さぶられていた。

 

「上鳴、と言ったか。……お前のそれは垂れ流しているだけだ。脳が焼けるのは、余剰な熱を逃がせていないに過ぎない」

 

「うっ……でも、これしかやり方が、分かんねーんだよ」

 

鹿紫雲は、少しだけ沈黙した後、上鳴の瞳を真っ直ぐに見据えた。その視線は厳しく、だが真理を突く重みがあった。

 

「いいか、よく聞け。筋肉を動かすのも電気信号だ。お前のそれが肉体を纏える個性であれば、外へ散らさず内へ巡らせろ。 筋繊維の一本一本に直接、最適化された電気を通す。……神経を加速させ、肉体を強制駆動させる。それができれば、お前の動きは劇的に変わる。……自分を電池だと思うな。自分自身を、世界で最も精緻な回路だと思え」

 

鹿紫雲の言葉は、上鳴の頭の中に雷鳴のように響いた。

 

これまで「ただ放つだけ」だった自分の個性に、全く別の、だが極めて合理的な使い道があることを、彼は初めて突きつけられたのだ。上鳴は自分の掌を見つめ、鹿紫雲が残した言葉を反芻していた。

 

 

 

続く五十メートル走。鹿紫雲はスタートラインに立つと、腰を落とすこともなく自然体で構えた。合図の音が鳴った瞬間、彼の姿がブレる。

 

──―ドッ! 

 

地面を蹴る際に呪力の強化を施し、加速のプロセスが存在しない。静止から最大速へ。

 

 鹿紫雲がゴールを通り抜けた後、遅れてやってきた風圧がアスファルトを激しく叩き、摩擦熱で焼けたゴムの匂いが立ち込めた。

 

『1.1秒』

 

握力テストにいたっては、計測器を握った瞬間に指先から激しい火花が噴き出した。

 

金属が悲鳴を上げ、内部の電子回路が過電圧でショートし、黒い煙を上げて沈黙する。

 

「脆いな。この時代の計器は、すべてこの程度か?」

 

煙を吹く鉄屑を地面に放り捨て、鹿紫雲は相澤の横を通り過ぎる。

 

「除籍処分は嘘だ」と相澤が告げ、クラスに安堵が広がる中、鹿紫雲は一度も振り返らずに更衣室へと向かった。彼にとって、この計測は最強へ届くための、あまりに退屈なウォーミングアップに過ぎなかった。

 

 

 

 

 

数日後。鹿紫雲一は、特例観察枠として相澤消太に引率されるようにしてB組の扉を潜った。B組の室内は、A組の爆発的な個性の衝突とは異なる、統制された知性と対抗意識が同居していた。赤い学生証を胸に、手ぶらで歩くその姿には、十四歳の少年らしい瑞々しさは微塵もない。あるのは、四百年の時を戦い抜いた魂だけが醸し出す、深淵のような静寂だ。

 

「……今日から三日間、B組に帯同する鹿紫雲だ。ブラド、頼むぞ」

 

 相澤の言葉に、B組担任のブラドキングは太い腕を組み、鼻を鳴らした。

 

「分かっている。……座れ、鹿紫雲。お前の席は一番後ろだ」

 

 鹿紫雲は黙って頷き、教室の隅へと歩を進めた。彼が通るたびに、B組の生徒たちは無意識に呼吸を止め、その背中を目で追った。恐怖というよりは、得体の知れない完成された何かが教室に入り込んできたことへの困惑だ。

 

「ははぁ、なるほど。君がA組の『特別枠』くんかい?」

 

 立ち上がって道を塞いだのは、金髪を美しく整えた少年、物間寧人だった。彼は芝居がかった手つきで自分の前髪を払い、鹿紫雲を見下ろすように—実際には鹿紫雲の静かな眼光に射すくめられながらも—口角を上げた。

 

「A組はよっぽど君の扱いに困っているようだね。それとも、僕たちB組の優秀さを際立たせるために、わざわざ生贄に捧げられたのかな? 惨めだねぇ、独りだけ赤いカードなんてぶら下げて……」

 

 物間の毒のある言葉が教室に響く。拳藤が「物間、やめなよ」とたしなめようとしたが、物間の毒のある言葉が続く。だが、鹿紫雲は止まらなかった。

 

 視線を向けることすらない。そこに障害物が存在しないかのように、物間のすぐ横を通り過ぎる。

 

「……え?」

 

物間の言葉が途切れる。

 

 無視された——。

 

 バカにされたというより、存在そのものを認識されていないかのような徹底的な無関心。物間の顔が羞恥と困惑で赤く染まるが、鹿紫雲はすでに一番後ろの席に深く腰掛け、窓の外を眺めていた。

 

「……さて。鹿紫雲の顔合わせも済んだところで、グラウンドへ出るぞ。改めて『個性把握テスト』を実施する。……鹿紫雲、お前も自分の立ち位置を理解しろ」

 

ブラドキングが教卓を叩き、B組の生徒たちはざわめきながら移動を開始した。物間は唇を噛み、最後尾を行く鹿紫雲の背中を、呪うような眼差しで睨みつけていた。

 

 

 

B組でのテストも、やはり蹂躙だった。

 

A組で出した記録を淡々と再現していく鹿紫雲。B組の連中が築き上げてきた自信は、鹿紫雲が歩くたびに粉々に砕け散っていった。

 

そして、最後の一種目。

 

物間寧人が、蒼白な顔をしながらも鹿紫雲の前に立った。

 

「……鹿紫雲くん。君のその傲慢な力、僕がもっと優雅に使いこなしてあげるよ」

 

物間の手が、鹿紫雲の肩に触れる。

 

「──コピー」

 

その瞬間、物間の全身を青白い閃光が包んだ。鹿紫雲は拒絶しなかった。だが、物間の体内に流れ込んだのは、思い描いていたような便利な電撃ではなかった。

 

「……が、あ……っ!? あああああぁぁぁ!!!」

 

物間の身体が激しく跳ね上がり、崩れ落ちる。

 

鹿紫雲の電気は、個性の機能ではない。四百年前、最強を求め続けた末に呪力そのものが変質した性質であり、魂の本質そのものだ。その高密度の電荷は、呪術による肉体保護を持たない物間の筋繊維と神経を、内側から容赦なく焼き始めたのだ。

 

のたうち回る物間の首筋に、鹿紫雲が手を伸ばした。相澤が「抹消」を発動させようとしたが、鹿紫雲の動作の方が一瞬早かった。

 

「力を遮断しろ。自分のキャパシティを超えた力を、無理に保持しようとするな」

 

鹿紫雲の声が、物間の脳内に直接響く。指先から自分の呪力を流し込み、暴走する性質を磁力のように引き抜いて放電させた。

 

バチィィッ!! 地面が焼け焦げ、物間はようやく荒い息を吐いて膝をついた。

 

鹿紫雲は、動けない物間を見下ろし、ようやく彼を個として認識したように口を開いた。

 

「……お前、自分の戦い方を理解しているか?」

 

「……なんだって?」

 

「器を借りて格好つけるのは楽だろ。けど空の器は鳴るだけだ。自分の中身を作らねぇなら、最後に壊れるのはお前だ」

 

鹿紫雲の声には、諭すような甘さなどはなく、ただ冷徹に事実を告げる鑑定士のような響きがあった。

 

「……落ち着け。自分の呼吸すら把握できていない奴に、他者の力を扱う資格はない」

 

鹿紫雲は物間の横を通り過ぎ、何事もなかったかのように廊下へ向かった。物間は自分の指先が、原因不明の微かな震えを帯びていることに気づき、唇を強く噛んだ。

 

最初に見せた無関心。そして、魂を侵食するような冷徹な忠告。

 

物間寧人にとって、鹿紫雲一という存在は、これまでのどんなヒーロー候補生よりも、深く、鋭く、自分の魂を侵食する毒のように感じられていた。

 

夕闇のグラウンド。鹿紫雲一の足音だけが、不気味に、規則正しく、最強への秒読みを刻んでいた。

 

 

 

 

 

一方、A組のグラウンドでは、上鳴電気が一人、自らの腕に流れる信号を静かに見つめていた。

 

「筋肉を動かすのも、電気……纏う……。やってやるよ、特別枠さん」

 

異物の混入により、雄英高校全体を確実に、そして激しく変質させ始めていた。

 

 

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