雷神は最強を指名する   作:あいあい

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対人戦闘訓練

 屋内対人戦闘訓練。

 

 モニター越しに映し出される演習ビルの中、緑谷出久と爆豪勝己の因縁が、轟音と共に火花を散らしていた。

 

 鹿紫雲一は、モニター室の隅で腕を組み、その光景を眺めていた。隣には上鳴電気が立っている。

 

「……あいつら、マジで殺し合いじゃん。爆豪、あんなデカい爆発……」

 

 上鳴が震える声で呟く。画面の中では、爆豪の放った大口径の爆破が通路を舐め、緑谷がボロボロになりながらも立ち向かっていた。

 

「──さあ、第一試合はヒーローチームの勝利だ!! だが、訓練はまだ終わらない!!」

 

 オールマイトの声が響く。緑谷が満身創痍で運び出される中、爆豪は屈辱に顔を歪め、立ち尽くしていた。その隣には、建物の大半を氷結で制圧したまま、一度も息を乱さなかった轟焦凍が静かに佇んでいる。

 

「たしかに執着は強さに変わるが、あれではただの毒だ。緑谷は力に振り回され、爆豪は己の熱量に溺れている。全く最近は皆こうなのか」

 

 鹿紫雲の冷徹な声が、オールマイトの背中を打つ。平和の象徴は、マイクを握る手に力を込め、沈痛な面持ちで鹿紫雲を見返した。

 

「……彼らはまだ成長の途上だ。だが、鹿紫雲少年。君の望みは、この混沌を正すことではないのだろう?」

 

「勘違いするな。俺がやりたいのは、ヒーロー候補とやらを、一度叩きのめすことだけだ」

 

 

 鹿紫雲は、ジャージの裾を軽く整え、モニター室を後にした。

 

 

 演習ビル五階。核兵器オブジェが置かれた広間に、異質な静寂が流れていた。

 

 爆豪勝己は、緑谷との戦いで昂った神経をそのままに、掌から不快なパチパチという音を鳴らし続けている。その瞳は血走り、獣のような殺気が鹿紫雲を射抜いていた。

 

 一方で轟焦凍は、右半身から冷気を立ち昇らせ、彫刻のような静止を保っている。

 

「始め!!」

 

 オールマイトの開始合図がスピーカーから鳴り響いた。

 

 先手は轟だった。

 

 彼は右足を一歩、踏み出す。それだけで、床を這う巨大な氷の波が、轟音と共に鹿紫雲を飲み込もうと迫る。一瞬で部屋全体を氷漬けにする、圧倒的な出力による暴力。

 

 だが、鹿紫雲の姿はそこにはなかった。

 

「なっ……!?」

 

 轟の目には、鹿紫雲が消えたように見えた。

 

 鹿紫雲は氷の波が到達する一瞬前、床の凍りつく振動を足裏で感じ取り、最小限の跳躍で氷の先端を飛び越えていた。

 

 空中で体勢を入れ替え、重力を味方につけた急降下。

 

「ベタ踏みの力の使用では相手に隙を与えるようなモノだぞ」

 

 鹿紫雲は、着地の勢いをそのままに、轟の懐へ滑り込む。

 

 轟が反射的に右腕を突き出し、防壁としての氷を作ろうとしたが、鹿紫雲の手がそれよりも速く、轟の手首の関節を正確に叩いた。

 

 バチッ、と火花が散る。

 

 打撃自体は軽やかだが、轟の腕は金縛りにあったように動かなくなった。神経の走る急所を、電気信号の攪乱と共に突かれたのだ。

 

「……くっ、右が……!」

 

 轟がバランスを崩した瞬間、鹿紫雲の掌が、轟の胸元に吸い込まれるように伸びた。

 

「どけえええ、半分野郎!!」

 

 轟の背後から、爆風を纏った爆豪が割り込んできた。

 

 彼は緑谷との戦いで感じたストレスを糧に、ただ目の前の圧倒的な異物を排除することに全神経を集中させていた。

 

 右、左、そして両手を合わせた全方位の爆破。

 

 だが、鹿紫雲の動きは、爆豪の想像を遥かに上回る。

 

 爆豪の右拳。鹿紫雲は頭を数センチ横に傾けるだけでかわし、空いた右手で爆豪の肘を下から突き上げる。爆豪の重心が浮き、続く左手の爆破が空を切って天井を焦がす。

 

「冷静さを欠いているとは、舐められたものだな」

「るっせええ!! 掠りもしねぇなんて、あり得ねぇんだよ!!」

 

 爆豪が空中で体を翻し、最大級の爆破を零距離で繰り出す。

 

 演習ビルの壁が耐えきれず亀裂を上げるほどの衝撃。

 

 鹿紫雲はここで初めて、逃げることをやめた。

 

 彼は掌を真っ向から爆炎に突き出す。

 

 バヂィィン!! 

 

 それは個性による相殺ではない。自らの呪力を盾のように一点に派出させ、爆風の圧力が自分を避けて通るように、大気の流れを力ずくでねじ曲げたのだ。

 

「アイツほどではないが中々の出力があるだろ」

 

 炎を真っ二つに裂き、鹿紫雲が爆豪の目の前に現れる。

 

 その瞳は、四百年前の戦場から変わらぬ、冷徹なまでの武の光を湛えていた。

 

「──お返しだ」

 

 鹿紫雲の拳が、爆豪の腹部にめり込んだ。

 

 呪力による身体強化。爆豪は肺の空気をすべて吐き出し、くの字に折れ曲がって後方の壁へと叩きつけられた。コンクリートが砕ける重い音が響く。

 

 

 

 轟が作り出した巨大な氷壁は、爆豪の爆発によって砕かれ、鋭い破片となって床に散らばっていた。

 

「……爆豪!」

 

 轟が右足を踏み抜く。

 

 鹿紫雲の足元から、牙のような氷柱が猛烈な勢いで突き上がる。退路を断ち、爆豪が突っ込むための死角を作る連携。だが、鹿紫雲は壁に激突した爆豪と、氷を操る轟を一瞥しただけで、その致命的な弱点を鼻で笑った。

 

「お前、さっきから氷ばかりだな。もう半分はどうした」

「……なっ」

 

「まるで欠陥品だな。自分の半分を捨てて戦場に立つなど、死にに来ているのと変わらん。そんな縛りプレイで俺を止められると思ったか」

 

 鹿紫雲は、床に散らばる氷の破片を、爪先で軽く蹴り上げた。

 

 ただの氷柱。だが、鹿紫雲が指先を弾いた瞬間、その破片は目に見えないほど高速で振動し、空気を引き裂く弾丸となって轟を襲う。

 

 轟は咄嗟に巨大な氷壁を作って盾にしたが、鹿紫雲の姿はすでにそこにはなかった。

 

 

 

「──こっちだ」

 

 氷の陰から、音もなく鹿紫雲が肉薄する。

 

 轟は反射的に氷を放とうとしたが、鹿紫雲の動きの方が一瞬早かった。鹿紫雲は轟の突き出した右腕を、掌で受け流し、そのまま轟の使われていない左側の懐へ深く踏み込んだ。

 

「がら空きだぞ」

 

 鹿紫雲の掌が、轟の胸板に置かれた。

 

 激しい放電ではない。だが、心臓をほんの数拍だけ麻痺させる、冷徹で確実な一撃。

 

 身体の感覚が、内側からの衝撃に悲鳴を上げる。轟の意識は、抵抗する間もなく闇へと沈んだ。

 

「──テメェッ!! まだ終わってねぇっつってんだろ!!」

 

 背後から、血反吐を吐きながら爆豪が立ち上がる。

 

 緑谷との戦い、そして鹿紫雲への屈辱。昂りすぎた神経が、爆豪を極限の反応速度へと押し上げていた。

 

 爆豪は両腕を交差させ、籠手に溜まった全ての汗を一点に集約させる。

 

「──爆速、ターボ!! 殺してやるッ!!」

 

 最大、最強、最後の一撃。

 

 鹿紫雲はゆっくり振り返り、右手を突き立てた。

 

 彼の全身から、青紫の雷光が蜘蛛の巣のように建物の床、壁、天井へと広がっていく。

 

「悪くはない、が良くもない、普通だな」

 

 瞬間、建物全体が閃光に包まれた。

 

 爆豪の放った爆炎は、空中で鹿紫雲が作り出した雷に捉えられ、霧散した。

 

 閃光が収まった時、立っていたのは鹿紫雲一人だった。

 

 轟は意識を失い、爆豪は膝をついたまま、震える手で地面を叩いていた。

 

「……クソ……が……なんだよ、その……理不尽……」

「理不尽ではない。このやり方しか俺は知らん」

 

 演習ビルの最上階。轟の氷が溶け出し、足元を濡らす冷たい水が爆豪の熱で蒸気に変わる。白く濁った視界の中で、鹿紫雲一はただ独り、塵一つついていないジャージ姿で立っていた。

 

 足元で荒い息を吐く轟焦凍。屈辱に震える爆豪勝己。

 

 鹿紫雲は彼らを一瞥し、興味を失ったように出口へと歩き出す。

 

「……終わりだ。これ以上は時間の無駄だ」

 

 その背中に、モニター室で見ていた生徒たちの戦慄が突き刺さる。アドバイスを請う空気などない。そこにあるのは、蹂躙された側が抱く絶対的な敗北感だけだった。

 

 

 

 ビルを出た鹿紫雲を、熱に浮かされたようなA組の連中が取り囲む。

 

 真っ先に駆け寄ってきた切島鋭児郎が、高揚した声で拳を握りしめた。

 

「鹿紫雲! 爆豪の猛攻を真っ向から受け止める……漢だったぜ!!」

 

 切島の純粋な称賛。だが、鹿紫雲は歩みを止めず、吐き捨てるように応じた。

 

「お前の拳には重さがない。ただの石をぶつけてるだけだ。……次はもっとマシなもんを当ててこい」

 

 教えるのではなく、ただ不快だと言わんばかりの冷淡さ。

 

 

 

 少し離れた場所で様子を伺っていた女子たちにも、鹿紫雲の視線が向けられる。八百万百が何かを言いたげに口を開きかけたが、鹿紫雲はその先を封じるように鼻で笑った。

 

 梅雨が「ケロ、厳しいわね」と呟くが、鹿紫雲の目は笑っていない。彼にとって、未熟なまま戦場に立つことは死と同義であり、それを学校という枠組みで甘やかしている現状が、どこか滑稽に映っていた。

 

 

 

 ボロボロの体を引きずり、緑谷が鹿紫雲の前に立つ。

 

「……鹿紫雲くん。君は、誰のために戦ってるんだ」

「……誰のため? 自分のためだろ」

 

 鹿紫雲は、緑谷の横で顔を上げられない爆豪に目を移す。爆豪の掌からは、まだ消えきらぬ不快な煙が立ち昇っていた。

 

「景気いいじゃねェの」

 

「……っぜ、テメェ……ッ!!」

 

 鹿紫雲は爆豪の横を通り過ぎる。

 爆豪が再び叫び声を上げたが、鹿紫雲は一度も振り返らなかった。

 

 

 

 更衣室。

 一日の喧騒が収まりかけた頃、鹿紫雲は一人でベンチに座り、水を煽っていた。

 そこへ、上鳴が恐る恐る、ジュースの缶を差し出してきた。

 

「みんな、結構凹んでたぜ」

「死んでないだけマシだろ」

「まぁ、そうだけどさ……。でも、あんた意外と面倒見いいよな」

 

 鹿紫雲はジュースの缶を受け取り、眉間に皺を寄せた。

 

 

更衣室を出る鹿紫雲の背中。

 その影は長く、鋭く、夕焼けの校舎に伸びていた。

 平和の象徴、オールマイトに届くための日々。

 A組の連中に優しさなど一欠片も与えず、ただ、本物の強さという絶望と、その先にある渇望だけを植え付けていた。

 夜の帳が下りる雄英高校。

 次なる戦場──USJ襲撃事件は、すぐそこまで迫っていた。

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