十代好きの私が天上院明日香に転生したのはいいけど、この世界のカードパワーが明らかにインフレしている! 作:スパークリング
Turn-0 「プロローグ」
名前を認識したときの私の顔を、永遠に忘れることはない。
私の家族が口を揃えて言う文言だ。私の誕生日のときや、誰かに私の話題を振る度に絶対に口にしているネタと言ってもいい。でも、それほどまでに鮮やかに覚えているのも無理はないと自分でも思える。
だってきっと、そのときの私はとっても幸せそうな顔をしていたに違いないから。
そのときの自分の表情を見ることができずとも容易に想像することができる。だって私も鮮明に覚えているから。物心がついて、幼いなりに自分の周囲をある程度認識することができた私は、自分の名前を聞いて舞い上がった。だってこの世界は私が知っている物語の世界だったのだから。
ありきたりな設定でありながらも絶大的な人気を博した、前世の知識を持ったままの異世界トリップものと呼ばれるもの。ネット社会と化した時代を生きていた私も多かれ少なかれ影響を受けてきたジャンルの創作物。それの元となる数ある原作の内のひとつの世界に私は生を受けたらしい。しかも割と主要なキャラクターで。
「忘れ物はない?
「ええ、大丈夫よ母さん。行ってくるわね」
どこか心配そうな顔で
私の名前は天上院明日香。
アニメ遊戯王シリーズ第二作目であるGXのメインヒロイン(?)である。
自分でメインヒロインとか言って正直恥ずかしいのだけれど、公式設定としての事実なのだから仕方がない。ただし(?)が付いてしまう程度に微妙な設定だと個人的に思ってしまうのだから複雑なものだ。
なにせGXの世界での天上院明日香の扱いはなんというか、いろんな方面から見て不憫すぎるから。9回だけしかデュエルしていない上にデッキ内容がころころと変わる都合で、彼女が使ったカードのバリエーションが乏しくOCG化されるのが遅れまくる。辛うじて放送当時にOCG化されたのはなんともまぁ……いや、ちゃんと使えばちょっと強い、というか嵌めることができれば現代でも充分通じる、程度の使いづらいものばかり。漫画版やARC-Vでも活躍があったものの、まぁ大体敗北してしまっている。
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とまぁ、自分で言うのも悲しいほどに残念過ぎる扱いを受けた天上院明日香という少女に転生してしまったわけなのだが、こちらとしてはふたつの理由で万々歳だった。
遊戯王は前世でOCGもマスターデュエルも嗜んでいたし、アニメと漫画もほぼ履修済みで大好きだった。
ハマったきっかけはなんとなく古本屋で立ち読みした原作遊戯王の漫画だ。それが面白くて、そこからアニメ、そして紙へと移行していった。まぁよくあるルートじゃないのかしら? 前世のお母さんは最初こそ渋っていたけど結局ずっとやらせてくれたし、お父さんは私を甘やかしに甘やかしていたからなんの問題もなし。たぶん死ぬまでずっとやっていたんじゃないかな。どうして死んだのかは全くわからないけど。
というか私は、前世の記憶をかなり偏った形で引き継いでしまっているみたいだった。遊戯王に対する知識や記憶、その周辺のエピソードははっきりしているのに、前世の両親の顔や名前はおろか、自分の顔や名前すら覚えていない。辛うじて性別が女だったことくらいしかわからないのよね。
閑話休題。
ということで遊戯王……改めてデュエルモンスターズというゲームは前世の記憶のおかげで大の得意だし、大好きであるということがひとつ。
そしてもうひとつの理由、これが一番大事なことだ。
それは、兄の様子や動き、そして存在からして間違いなく、ここはARC-Vでも漫画版でもないアニメGXの世界であるからだ。
家を出て電車を経由しながら歩くこと約一時間後、『
「あ、明日香さん!」
「ここの席取ってありますわぁ」
受付で学生証を提示して観客席へと向かうと、私に気が付いて手を振ってくれる女の子がふたり。枕田ジュンコと浜口ももえだ。やはり運命なのか、中等部どころか小学生のころからの縁でここまで一緒に時間を過ごしてきた仲でクラスもずっと一緒。
この試験会場が私の実家よりも近いからという理由で、私に配慮して早く来て良い席を取ってくれていた、ちょっとクセがあるも優しい子たち。
合流して軽く雑談をしながら開始まで時間を潰し、試験が始まると同時に受験生と試験官による実技試験であるデュエルの観戦をのんびりと眺める。面食い女子であるジュンコとももえに至っては、デュエルの腕に見所があってかつイケている男の子がいるかのリサーチまで始める始末。緊張感は皆無だ。だってこの実技試験を私たちは受ける必要がないのだから。
受験してアカデミアの中等部から通い詰め、原作通り……なのかはわからないけど『アカデミアの女王』と呼ばれるようになるところまで上り詰めた私は当然のように入試はスルー。無条件で高等部であるアカデミア本校に行くことができる。このふたりも同様だ。
この実技試験を受けるのは、中等部から推薦を受けなかった……つまりはオベリスク・ブルーに入ることのできなかった生徒と、高等部からの編入組の受験生だけなのだ。
「おまえたちも来ていたか」
「あら、亮」
遅れてやってきた青髪の落ち着いた雰囲気の男の子――丸藤亮が私の隣に座る。この縁も原作通り。私のふたつ上の兄である吹雪兄さんの親友である彼は、小さい頃から私とも親交があったし、中等部では一年だけとはいえよく一緒につるんでいた。その集まりに巻き込まれたジュンコとももえは最初こそキャーキャー言っていたけど、今や「こんにちはー」で済まして男漁りに戻るほどに砕け切ってしまっている。まぁ、冷静に見えて実は熱い、クールなマスクを被っているだけのただのデュエルバカな本性がバレちゃっているものね。
まぁ、この縁を繋いでくれた兄さんは案の定ダークネスに乗っ取られたのか行方不明なんだけど……まぁ、多分? きっと? 大丈夫なはず……よね?
「明日香も今年の受験生たちのレベルを見に来たのか」
「まぁね。同級生になるんだし、面白いやつがいないかちょっと興味があってね」
というのは半分建前。本命は……。
『受験番号110、遊城十代くん』
来た……! 思わず立ち上がりそうになってすぐに思い留まる。
試験終了のギリギリもギリギリ。すでに来ていた受験生の試験は全て終了し、撤収するかと思われたこのタイミングでのこのアナウンス。
……ああ。
「? 明日香さん?」
不思議そうな顔で隣に座るジュンコが覗き込んできたけど、正直言って今の私には余裕はない。私の視線はその男の子に釘付けになっていたのだから。
原作通り強権を使って試験官に名乗りを上げたであろう、最高責任者のクロノス先生と対峙している黒い制服をラフに着たその男の子。ちょっと癖のある茶髪にキラキラしているその目、「よーし、がんばるぞー!」とエネルギッシュで、デュエル大好き少年を体現したような男の子。
……ああ、やっぱりそうだ。間違いない。
「遊城……十代……」
取り繕うことを忘れて思わず口に出し、そして人差し指を口に当ててしまう。ああ、やっぱりいた。いてくれたわ……!
――遊城十代。
テレビGXで天上院明日香が淡い恋心を抱き……そしてリアルタイムでテレビ越しに見ていた私もまた、恋に焦がれた男の子。この世界の主人公だ。
アニメ初視聴時はただのデュエルバカだしデリカシーもないしで正直引いていたけど、彼の明るくポジティブな、そして楽しそうにデュエルをしている姿を見ていくうちに自然と大好きになってしまったキャラクター。アニメ遊戯王のキャラクターで恋愛的に一番好きなキャラクターは誰と聞かれたら真っ先に彼の名前が出るほどに大好きだ。この話をする度に男の子には「え? なんで十代?」と微妙な反応されちゃうし、女子友には「将来悪い男に引っかからないように気を付けろ」と注意されるなど、散々なリアクションが返ってくるのだけれど……そんなに変かしら?
だって序盤の楽しそうにデュエルするとことか、目刺し定食を美味しそうに頬張るとことか、善良ながらも色々とダメな性格とか……結構かわいいじゃない? 美味しい料理を毎日作ってあげたくなるし、ダメなところは全力でフォローしてあげたくなるし、楽しそうにデュエルしている姿を見ているだけでポカポカした気持ちになる。色々あって最後は落ち着いて二十代モードになっちゃったけどアレはアレでかっこよくてグッド。むしろちょっとアンニュイなところを支えてあげたい。そして極み付きの武藤遊戯とのラストデュエル! あのデュエルを経て楽しくデュエルする心を取り戻したときは安心したし本当に嬉しかった。
とまぁ、そんなわけでね? この天上院明日香という少女に転生したことは私にとってかなりラッキーなことなのよ。
遊城十代は超優良物件なのにもかかわらず貰い手が少ない。まぁその数少ない引き取り手が割とガチでとんでもない連中なのだけれど、それまでは私の独占状態だ。ありとあらゆる手段を使って私の存在を定着させ、意識させてみせる。私はかなりの肉食なのだ、絶対に逃しはしない。
原作の天上院明日香が逃した
まぁ、それはそれとして……ね。
ちょっと、というかかなーり心配なことがあるんだけど……大丈夫よね? その……。
楽しそうにしているのはいいことなのだけれど……
私が転生した世界は確かにアニメGXの世界で、その流れ通りに話が進んでいる……はずなんだけど……
「ワタクシが先攻ナノーネ、ドロー。ワタクシーは手札から永続魔法『
ワタクシーのフィールドにモンスターが存在しないことにヨーリ、『
――出でよ、
『
――カードパワーが……明らかにインフレしている!