十代好きの私が天上院明日香に転生したのはいいけど、この世界のカードパワーが明らかにインフレしている! 作:スパークリング
第5期までに登場したカードが、アニメGXで使用される本来のカードプール。
けれども、この世界のカードプールはそれ以降、私がプレイしていた時代のカードまで幅広く存在するとんでもない世界なのである。
ただ流石に世界観を壊しすぎないようにするための僅かながらの慈悲なのか、アドバンス召喚は生贄召喚だし、リリースも生贄と旧式の仕様だ。エクストラモンスターゾーンはないし、シンクロやエクシーズ、ペンデュラムにリンクモンスターといったGXの世界から逸脱した召喚方法を持つモンスターも存在しない。
汎用妨害札の『S:Pリトルナイト』やら『フルール・ド・バロネス』やら、返し札の『
加えて、それらの召喚方法が前提になっているような、例を挙げるなら『ヤミー』や『ライゼオル』『M∀LICE』といったテーマのカードも存在しない。……が。
それでもメインデッキに入っているカードや融合モンスターの性能は据え置きなのだ。先攻ドローがあるうえに1枚が2枚や3枚になることなんて当たり前。いとも簡単に攻撃力3000オーバーのモンスターが飛び交い、そして殴り合う世紀末のごとく豪快でド派手なデュエルがこの世界の標準なのだ。
前世に必死に覚えた展開ルートのほとんどが役立たずになり、あらゆるデッキの先攻での最終盤面が現代遊戯王を知っている身からしたら鼻で笑ってしまう程度の盤面のように見えてしまうけど……。
この世界の遊戯王は遊戯王ではない。デュエルモンスターズという全く別のカードゲームなのだ。前世とは色んな前提が違うゲームなのである。
百聞は一見に如かず、とりあえずクロノス先生の『暗黒の中世』デッキの先攻の最終盤面を見てほしい。
『
『
永続罠『
手札4枚
なんとビックリたったの1妨害。しかも魔法・罠カード限定でコストが必要、バックも『アンティーク・ギア』特有のカードをセットできないデメリットのせいとはいえ『
本来の『アンティーク・ギア』デッキならば『
だけどここで思い浮かべてほしいのが、1103ゲートボール環境だ。あの環境で肝になっているのは、ずばりモンスターの戦闘である。
制圧系モンスターが少ない上に低速な時代の遊戯王において、戦闘でモンスターが一方的に破壊されることはとても危険なことだった。そして戦闘で処理するのが難しいモンスターには除去札を使ってやや強引に突破し、「次はおまえが盤面を返してみろ」というやりとりを繰り返す。ざっくり言ってしまえばそういうシーソーゲームな環境だったのよ。当時の『スノーマンイーター』がなぜあんなに強力なモンスターだったのかを語れる遊戯王老人ならきっと首を赤べこにしていることでしょう。
この世界の盤面上のやりとりはまさにそんな感じなのだ。
『聖なるバリア−ミラーフォース−』や『激流葬』といった汎用罠は普通に強いから警戒すべきカードの筆頭だし、『落とし穴』系の罠カードもバリバリの現役でよく使われる。それにプラスして『スキルドレイン』のような使われると体調不良を起こしかねないレベルの無限妨害系永続カードがそっと添えられるのだ。
カードパワーのインフレが進んでいるのにも関わらずメジャーどころの汎用制圧系のモンスターが存在しないばっかりに、速度は現代遊戯王なのに、盤面や戦法は1103ゲートボールに近いというかなり特殊な環境なのがこの世界のデュエルモンスターズというゲームなのである。
つまりは効果を受け付けなかったり、戦闘耐性があったり、倒されても後続に繋がるようなモンスターを展開して、何枚か罠カードを伏せたり無限妨害を立てたりして次のターンまで耐えきるのがこの世界のデュエルの先攻での基本戦略なのである。先攻を取って自前のギミックだけで制圧盤面を作れるデッキなんてごくわずかしかないから、基本的な妨害は伏せカード……この世界で言うならリバースカードに依存されがちなのだ。どちらかというなら、先にバトルフェイズに突入できてそのままワンターンキルできる後攻の方が有利なゲームだったりする。同じ展開をするなら、返し札で盤面を巻き返して相手のライフポイントを根こそぎ刈り取る打点を作る方が楽だもの。全部のデッキの最強ムーブが『天盃龍』だと思ってくれた方がいいのかもしれない。
加えてライフポイントはアニメ遊戯王シリーズらしく4000ポイント。ふとしたことで簡単に吹き飛ぶのだ。『神の宣告』なんておいそれと発動できないし、『神の警告』に至ってはデュエル中に使えるかどうかも怪しいライン。それでも強いことには変わりないんだけどね。
さて、それを踏まえた上でクロノス先生の盤面をもう一度見てほしい。
『
隣りに鎮座している『
あの永続罠カードは『
クロノス先生の墓地には展開の中で使った『
要するに、攻撃力3300のモンスターを純粋に戦闘破壊できるモンスターを用意する。それができないのならばモンスター効果以外の手段で最低3回、最大6回除去しないといけない。魔法・罠カードは2枚以上有効なものを使わなければ貫通不能というとんでもない盤面なのだ。クロノス先生が先攻を取ってくれたことが恩情にすら思える……というか本当に、クロノス先生なりの最後の優しさなのでしょうけど、それにしても要求値が高すぎる。
『サンダー・ボルト』1枚じゃ解決しないし……というかこの世界の『サンダー・ボルト』なんて超レアカードで私も持っていない。前世と違って100円以下でゴロゴロ転がっているようなカードじゃないのよ本当に。クロノス先生のデッキなんて、この世界ならマンションくらい買えるレベルのハイレートハイパワーデッキでしょうしね。
『増殖するG』や『灰流うらら』といった前世で人気の高かった手札誘発系のモンスターは……正直この世界に存在するのかどうかもわからないレベルで見ない。というかこの世界、排出されるカードの偏りがすさまじいのよ。怖いくらいに。
ある日を境に、自然といくつかのテーマのカードとそれと相性のいいカードだけが集中して集まってくるの。まるで「おまえはこのテーマのデッキを組め」「おまえの個性はこれだ」とこの世界が訴えかけてくるようにね。そのくせ1枚しかよこしてくれないのだから、この世界はなんとも意地悪な性格をしている。とはいえそれでも回ってしまうのだから恐ろしい。
初動率とかデッキバランスとか、前世で色々と気にしていたデッキ構築の常識が音を立てて崩れていく感覚を味わった初デュエルは今でもよーく覚えているわ。それ以降、私はこのことについて考えるのをやめた。
「終わったな……クロノス先生はあの受験番号110を見せしめにしたいらしい」
憐みを含んだ声色で隣に座る亮が呟いた。まぁ、普通はそう思うわよね。
こうなっちゃったらもう諦めるしかないでしょう。プロデュエリストならともかく、相手はつい最近まで中学生だった男の子。こんなレアリティとカードパワーの暴力を浴びせられたら心が折れる。
……でも。
「まだ、わからないわよ」
「なに?」
「ここから、もっと面白いものが見られるかもしれないわ。ほら、見て……」
クロノス先生と対峙している、今の彼のその表情を。
彼が浮かべているのは、それはとても絶望しきって諦念に塗れた表情じゃない。
「へへ……すげぇや。ワクワクしてきたぜ!」
いかにしてこの盤面を返してやろうかと、それだけを考えて純粋にこのデュエルを楽しんで……そして勝とうとしているデュエリストの顔をしている。
さっきまでしていた心配が嘘みたいに晴れていくのがわかる。
そうよ。彼は……遊城十代はこの世界の主人公。後に何度もこの世界を危機から救ってきた男。そして……私が惚れた男。
この程度で絶望するなんてありえない。
この状況を楽しまないなんてありえない。
この逆境を乗り越えられないなんてありえない……!
さぁ、見せて? 十代。
あなたはどうやってこの盤面を突破してみせるの?
「オレのターンだ! ドロー!」
彼のターンが始まる。