地球の静寂を切り裂くのは、常に我々のブーツの音だった。
かつて「セブンアワー・ウォー」と呼ばれた狂乱の終焉から、どれほどの月日が流れたのか。記憶の断片は、コンバインのバイオ技術による「記憶の消去と再編」という無慈悲なフィルターによって、砂嵐のように霞んでいる。
私の名前は、もはや存在しない。今の私は、シティ17外郭地区をパトロールする、コンバイン・ソルジャーの一体、「セクター3-シエラ12」に過ぎない。
「各員、警告。未認可の生命反応を検知。排除プロトコルを開始せよ」
無線から流れる無機質なオーバーウォッチの音声が、私の神経系に直接流れる。思考するよりも早く、私の体は反応していた。標準装備のAR2パルスライフルのグリップを握り直し、重厚なヘルメットのバイザー越しに、崩落したアパートの影を凝視する。
そこには、ボロボロの市民服を纏った「反乱軍」の男がいた。彼は、我々が「バイオハザード」と呼ぶヘッドクラブに寄生された死体の山から、古びた拳銃を拾い上げようとしていた。
「市民、動くな。武器を捨てろ」
私の声は、ボコーダーを通した金属的なノイズとなって響く。男は、恐怖に顔を歪めながらも、私に向けて引き金を引いた。乾いた銃声が一度。私のショルダーアーマーが火花を散らす。
痛みはない。ただ、システムがダメージを報告し、視界の端に赤い警告灯が灯るだけだ。私は無感情にAR2のトリガーを引いた。青白いプラズマの弾丸が男の胸を貫き、彼は言葉を発することもなく崩れ落ちた。
「対象を無力化。清掃を要請する」
報告を終え、私は男の亡骸の横を通り過ぎようとした。その時、瓦礫の隙間から一枚の、色褪せた写真が覗いているのが見えた。
私は、本来ならプログラムにない行動をとった。足を止め、その写真を拾い上げたのだ。そこには、まだ幼い少女を抱いて笑う、一人の男の姿があった。その男の顔は、先ほど私が射殺した「反乱軍」の男と酷似していた。
その瞬間、私の脳の深淵で、強烈なノイズが走った。
(……パパ、また遊ぼうね)
聞き覚えのない、しかし酷く懐かしい声。胸の奥が、物理的な損傷とは異なる熱を帯びる。これは何だ? 私は人間だったのか? 私にも、守るべき家族が、帰るべき場所があったのか?
「シエラ12、状況を報告せよ。異常を確認」
オーバーウォッチの冷徹な声が、私の思考を強制的に遮断する。バイザーの内側で、強制的な記憶処理シークエンスが走り始めた。視界が白く染まり、先ほどの写真のイメージが、少女の笑顔が、デジタルなノイズに飲み込まれていく。
数秒後、私は再び歩き出した。
足元に落ちた写真は、もはやただの紙切れでしかなかった。私には、それを拾い上げた理由も、それを眺めていた理由も思い出せない。
「異常なし。パトロールを続行する」
私は再び、完璧な「歯車」へと戻った。宇宙の覇者たるユニバーサル・ユニオン(コンバイン)の一部として。
空を見上げれば、巨大な要塞(シタデル)が、今日も圧倒的な威容でシティ17を見下ろしている。その影の中で、私の人間性は、一筋の煙となって消えていった。
これが、我々の選んだ――あるいは選ばされた――進化の姿なのだ。
(完)