思考は静かだった。
静かすぎるほどに。
識別番号、未定義。
所属、コンバイン・オーバーウォッチ。
現在地、異常。
転送ゲートは本来、次元間跳躍を許可していない。にもかかわらず、私は“落ちた”。
シティ17でも、反乱拠点でもない。空は澄み、空気は過剰なほど自由だった。
──敵性世界、判定不能。
私は周囲を警戒する。建築様式は人類由来、だが保存状態が異常に良好だ。
遠方から、機械音と軽快な足音。
「未確認の重装兵? ……見たことない装備ね」
女性の声。
視界に入ったのは、白と青の戦闘服を着た女――ライフルを構えつつも、殺気は薄い。
「オーバーウォッチ、状況報告を」
彼女は耳元に指を当てた。
その単語に、私の内部システムが反応する。
《OVERWATCH――権限照合不能》
同じ名。
だが、違う。
「応答しない? ……敵性判断は保留」
女――後に“ソルジャー:76”と知る――は引き金を引かなかった。
その判断は、コンバインの戦術理論には存在しない。
私は銃口を下げなかったが、発砲もしなかった。
その瞬間、空が歪んだ。
紫の閃光と共に、複数の武装兵が転送される。
黒と赤の装甲、規格化された動き。
──コンバイン・ソルジャー。
《異常事態。自己同一存在を複数確認》
思考が乱れる。
彼らは私を“敵”と認識していた。
『反逆個体を排除せよ』
オーバーウォッチの声。
だが、どのオーバーウォッチだ?
「チッ……事情は後でいい!」
ソルジャー:76が叫び、私の横に並んだ。
「今は、あいつらを止める!」
彼女の判断は迅速で、合理的で、そして――人間的だった。
戦闘は短く、激しかった。
私の知るコンバインの動き。
だが彼らは“完璧”ではない。ここは彼らの世界ではないのだ。
私は初めて、自分の意志でかつての同胞に銃を向けた。
撃破。沈黙。
煙の中で、私は気づく。
胸部装甲の内側に、奇妙な感覚がある。
これは……恐怖ではない。
後悔でもない。
選択だ。
「……あんた、何者?」
ソルジャー:76が問いかける。
私は少し考え、マスクを外した。
空気が肺に満ちる。
「かつて、オーバーウォッチの兵士だった」
「“だった”?」
「管理者を失った」
彼女は一瞬黙り込み、やがて短く笑った。
「奇遇だな。ここにも、管理されすぎた世界がある」
後に私は知る。
この世界の“オーバーウォッチ”は、人類を守るために生まれ、そして崩壊した組織だと。
私が知るオーバーウォッチは、支配のために存在した。
同じ名を持ちながら、正反対だ。
「残れるか?」
彼女はそう言った。
元コンバイン。異世界の兵士。
だが、ここには命令はない。
「……検討する」
その返答に、彼女は微笑んだ。