シティ17の空は、今日も鈍い灰色だった。
雲ではない。排気と制御フィールドの残滓が、空そのものを汚染している。
「CP-45、巡回続行。セクターC、異常なし」
市民保護機動隊、CP-45――かつて名を持っていた男は、無線にそう報告した。
返事は即座に返ってくる。感情の混じらない、合成音声。
『確認。引き続き監視を維持せよ』
命令はいつも正しい。
なぜなら、正しいと定義されているからだ。
通りの両脇では、市民たちが俯いたまま歩いている。
視線を合わせない。声を出さない。
CP-45はそれを確認し、警棒を軽く鳴らした。
その瞬間、遠方から重低音が響く。
——コンバイン・ソルジャーの展開音だ。
装甲兵たちが通りに現れる。白と黒の外骨格、赤い単眼。
彼らは人間ではない。
いや、かつて人間だったものだ。
「CP-45、持ち場を離れろ」
最前列のソルジャーが言った。
声は機械的だが、どこか摩耗している。
「理由を要求します」
「不要。上位命令だ」
CP-45は一瞬だけ躊躇した。
市民保護機動隊は、コンバインの末端だ。逆らう権利はない。
だが、その一瞬がすべてだった。
建物の影から閃光。
爆発。破片。悲鳴。
「反乱分子だ!」
ソルジャーたちが即応射撃に移る。
CP-45は反射的に市民を壁際へ押しやった。
「伏せろ!」
それは命令ではなかった。
衝動だった。
銃声が響き、反乱分子は即座に沈黙する。
だが、瓦礫の下から、子どもの泣き声が聞こえた。
「……負傷者あり」
CP-45は無線に報告した。
『民間人被害は許容範囲内』
その返答を聞いた瞬間、CP-45の胸に、かつての名前がよぎった。
忘れたはずの、忘れてはいけなかった名前。
瓦礫をどけると、少年がいた。血を流し、震えている。
「大丈夫だ」
CP-45はそう言ってしまった。
なぜそんな言葉を知っているのか、自分でも分からない。
「CP、下がれ」
背後から、先ほどのソルジャーが近づく。
「処理対象だ」
「……彼は非武装です」
ソルジャーの単眼がわずかに揺れた。
ほんの一瞬。誤作動か、それとも。
「命令違反を確認」
銃口がCP-45に向けられる。
そのとき、別の通信が割り込んだ。
『優先目標変更。反乱活動拡大の兆候あり。即時再配置せよ』
沈黙。
ソルジャーは銃を下ろした。
「幸運だったな、CP」
そう言い残し、装甲兵は去っていく。
残されたのは、瓦礫と少年と、CP-45。
彼は少年を抱え、路地裏へと運んだ。
医療は与えられない。ただ、止血をするだけだ。
「……ありがとう」
少年は小さくそう言った。
CP-45は返事をしなかった。
返せなかった。
夜、巡回終了後。
彼は壁にもたれ、無線を切った。
コンバイン・ソルジャーたちは、今日も効率的だった。
市民保護機動隊は、今日も秩序を守った。
だが、どこかで歯車がずれ始めている。
CP-45は空を見上げる。
灰色の空の向こうに、かつて見た青を思い出そうとして、やめた。
無線は祈りを運ばない。
だが、人間だった記憶は、まだ完全には消えていなかった。
——それが、彼にとって最大の異常だった。