「ふわぁ、もう朝ですか…」
寝ぼけ眼を擦り、少女がノソノソとベッドから這い出る。
カーテンを開けると陽光が金髪を明るく照らす。少女は意識を覚醒させながら本日の予定を確認していった。
「ええと、まずは全校集会のスピーチ。その後は新入生の案内に、放課後は生徒会の書類整理。気が重いですわ」
そう言いつつ寝間着から学生服に着替えると、毎日の日課である机に開かれたノートを確認した。
「今日も真っ白。いい加減、何かしらの反応が欲しいのですけれど…上手くいきませんわね」
この世に邪悪が蔓延る時、必ず現れるという希望の闘士達。
彼らは天空に輝く星座の名を冠し、聖なる鎧――
己の体の中から湧き上がる無限の力――
その名を――
「
鏡の前で身嗜みを確認する。
肩まで伸びたウェーブのかかった金髪、大きな碧眼、陶器のような白磁の肌、すらりとした手足は少し力を込めれば折れてしまいそうだ。
そんな自分が今しがた袖を通したのは白い制服。
「『星矢Ω』の世界。どうせなら
前世からファンをやっている身としては、是非とも物語序盤から主人公達と交流したかったのだが仕方ない。何の因果かこうしてこの世界で活動する機会を得たのだ。ならばもうやれる事をやるだけだ。それこそ星の宿命の赴くままに。
「さぁ、リタ。行きますわよ」
最後に銀の仮面で顔を覆えば完成だ。
聖闘士育成機関『パライストラ』生徒会長リタ。今日もマイペースに出陣である。
◇
「会長、学生から要望です。女聖闘士の仮面の掟は古いから廃止してほしいとの事です」
「人間の外部情報は視覚が8割を占めています。パライストラは学び舎であって婚活会場じゃないの。素顔を晒して男子から好色の目で見られる女子の気持ちを考えなさいと返して」
「会長、先生からの要望です。選抜試験の為の課題について意見が欲しいとの事です」
「
「会長、
「先代教皇が作った地獄のアスレチックと当時の雑兵達の罵詈雑音を記録したビデオテープを送り付けて差し上げなさい」
生徒会室はいつも鉄火場だ。優秀な生徒会役員が読み上げる報告に答えながら、リタの手は淀みなく書類整理を進めていく。修練場やトレーニングウェア等の修繕費、学食メニューのレパートリー、学園施設の備品管理、学生
(それに悪い事だけではありませんものね)
こうして書類の山に囲まれるとアニメでは見えなかったパライストラの現状がよく分かる。
『星矢Ω』以前の
しかし、ここには大勢の同胞がいる。
孤独になり、世を呪い、敵になるぐらいならば自軍へ取り込む。そんな厭らしさが感じられた。
(それでも救われる命があるのならば遥かにマシですわ)
たとえ脱落してもここなら上には上がいるという事を教えてくれる。少なくとも敵対するような真似はしないだろう。
綺麗事で世界が回るならば皆がそうしている。それができないからこそ汚れ仕事に手を染める者が現れるのだ。それが分からぬ者に人の上に立つ資格なし。許せるラインを越えない限りはこの環境も悪くない。リタはそう考えていた。
◇
学園長室にて老人と教員が1人の生徒の事について話し合っていた。
「それであの子の仕上がり具合はどうかな。聞くところによるとかなりの逸材のようだが」
「ええ、入学当初に比べて見違えるほどに体術、学問、
教員の解答に満足気に肯き、老人が一息をつく。
「そう言うな。全てを兼ね備えろというのは贅沢というものよ。これで漸く私も引退できそうだ。アテナに頼まれたから引き受けたとはいえ、やはり私に教育者は向かん。あの子を見るとつくづくそう思う」
力なく肩を落とし弱々しく呟く老人に慌てて教員が声を掛ける。
「そんな!? イオニア学園長がいたからこそ、今までこのパライストラは存続できたのですよ! もっと自信をお持ちになってください!」
その言葉に力を貰ったかのようにイオニアは面を上げる。そうだ、この程度でへこたれる訳にはいかない。
「うむ、このまま緩やかに終わるのもいかんな。もう少し老骨に鞭を打つ事にしよう」
老いたイオニアにも夢はある。せめて、偉大な先達のように自身の後継者を育てたいというものだ。己の
「しかし分からんな。ここまで成長できるものか? まるで別人だぞ」
「口調も性格も変わってるんですよね。報告では訓練中の事故で頭を強く打ったと聞いていますが…」
まさかねぇ、と2人は思わず笑ってしまう。そうだ、そんな事あるはずがない。中身が入れ替わってしまうなんてあるはずがないのだ。
そのまさかが起きてもおかしくない世界だという事に2人は最後まで気づく事は無かった。