少女は記憶を胸に   作:クロケル

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プロローグ
始まり


「…私のミスでした」

 

連邦生徒会長の声が響く。

対面の座席に座って話しかけてきている。

 

そもそも、私は今どこにいるのだろう。

先生の手を握ったとき私は瀕死でおそらく死んだはずだ。

瀕死の先生もおそらくあのまま……。

 

列車の中。

窓の外には、見覚えのあるような景色がぼんやりと流れ、

視界に映る光の揺らぎは私の頭がふわりと

浮いたような感覚をもたらす。

 

「私の選択───それによって招かれた、このすべての状況」

 

声は落ち着いて、淡々としている。

私の存在など、気に留めていないのだろうか。

 

「結局、この結果にたどり着いて、

初めてあなたのほうが正しかったことを悟るなんて……」

「…今更、図々しいですが──お願いします。先生。」

 

手元にいつも持ち歩いている銃も、今は見当たらない。

 

"何を頼まれるかはわからないけど…"

"私に任せてほしいな"

 

淡々と話していた連邦生徒会長は、

一瞬驚いたのか話すのを止めた。

 

「…いずれ、私の話したことは忘れてしまうでしょう」

「ですので、大事にしてほしいのは──経験ではなく、選択」

「あなたにしかできない、数々の選択です」

 

話そうとしているのに、

声が出ない。

 

どうして……?

謝ってもどうにもならないことだけど。

先生に謝らなきゃ。

 

「ねじれ、歪んだ先の終着点ではなく、別の結末を」

「そこへつながるカギはきっとあなたたちが持っています」

「だから先生、そしてあなたも、どうか───」

ごめんなさい。先生。ごめんなさい。

 

連邦生徒会長が何かを話していたが

最後まで聞き取ることはできず

私はなにもできないまま目を閉じた。

 

気がつくと、目の前に見慣れた天井と壁がある。

ワイルドハント芸術学院の寮の自室だった。

 

目を覚ます。周りを見回す。

久しぶりに見る、自分の部屋。

朝の柔らかい光がカーテン越しに差し込み、

机やベッドの輪郭を浮かび上がらせる。

 

「久しぶり……?」

いや、久しぶりというのはおかしい。

昨日この部屋で寝たばかりだ。

でも私はシャーレの生徒で───あれ?

 

頭の中をぐるぐるかき混ぜられている感覚だ、気分が悪い。

とりあえずスマホを手に取り、日付を確認する。

 

今日は───連邦生徒会長が失踪した日だ。

 

…過去に戻ってきている。

というか未来の知識が過去の私に

与えられているといえるのだろうか。

 

現状を整理する。

不思議な夢から覚めたらなぜか未来の記憶がある。

 

けれども昨日と変わらず

机の上に置いてある芸術評議会の資料も

ノートに書きかけの小説もある。

 

それよりも未来のことだ。

少ししたら先生がやってきて、シャーレが設立されるはずだ。

 

私はそこへ派遣されていた生徒で先生の補佐をしていたが

その最中で瀕死になり…そのまま死んだはず。

けれどもどういうわけか、過去に戻っている。

 

自分のことながら、なんとも不思議な話で

理解し難いが……事実だ。

少なくとも未来の記憶では、あるが。

 

半ば思考停止をしているのは承知だが、

カーテンを開いて窓を開ける。

 

窓越しに自分の顔を見る。

右目は鮮やかな緑色で、左目は深い赤紫、赤紫?

未来の記憶を得たと同時に目の色が変わったのだろうか?

 

すくなくとも昨晩は変化していなかったはずだ。

仕方ない、部屋に置いておいたカラコンを付けるこれで大丈夫なはずだ。

 

朝の光を浴びて深呼吸をする。

やるべきことは決まっている。未来の私の記憶では先生もみんなも死んだと考えるのが自然だ。

それならばその記憶を持った私ならば今度こそみんなを守ることができるんじゃないか。

 

私は失敗しない。先生を、みんなを守る。

あんなことが起きないようにしないと。

 

 

 

 

教室に移動しながら考える。そもそもどうしてアレが起こったのか。

どうやったら防げたのだろうか。

どうして──。

「こんにちは!ヘリア先輩!」

……少し考えに耽りすぎていたようだ

 

「こんにちは、エリどうかした?」

そう返すと後輩で幼馴染の白尾エリは

ニコニコしながら続けた。

 

「にゅふふ、いえ、先輩の後ろ姿が

見えたので気になって来ちゃいました!」

「なるほどね、途中まで一緒にいく?」

「はい!一緒に行きましょう!」

 

一緒に行けることが嬉しいのかウキウキで付いてきている。

そういえば久々かもしれない、エリと二人で話す機会というのは。

 

記憶が流れ込む前の私とは昨日も二人で話した覚えがあるが

シャーレに入ってからの記憶がある私、つまり今の私から見れば久々に感じる。

 

シャーレの仕事が忙しかったのが主な理由だが。

「最近は何を描いてるの?」

「最近はですね……」

私からしたら久しぶりの話とはいえど、特別話すような内容があるわけでもない。

ただこんな風に

「今晩オカルト研究会に来てください!せっかくだし占いましょう!」

とりとめのない話をするのがやっぱり好きだ。

 

「せっかくだし占って貰おうかな」

エリの笑顔がより一層輝き嬉しそうに

「やった!楽しみに待っていますね!」

嬉しそうな様子をみるとこちらも嬉しい

「ところでエリ?美術科の建物少し通り過ぎたよ」

 

そう伝えると少し慌てた様子で

走り出していった振りむきながら彼女は

「また夜に会いましょう!」

「わかった夜会おうね」

 

エリと別れてまた一人になる。

そこまで長い時間ではなかったがやはり久々に話すことができて楽しかった。

あの世界ではエリも死んでしまったのだろうか。

私が上手くやらなかったからエリも死んじゃったのだろうか。

私のせいで…私の……。

 

「と、着いた」

大丈夫。

今度こそみんなも先生も

生き続けられるようにする。

 

だけど今はこの学院の学生だ。

 

昨日まで行っていた建物ではあるが

先生との未来の記憶があると

どうも懐かしく感じてしまう。

 

窓の外から差す朝日も懐かしい校舎の香りも

久々に入った私を歓迎するかのように廊下を飾り。

昨日まで何も考えずに歩いていた私を

より一層過去に戻ってきたように感じさせる。

 

教室の扉を開けると

同じ授業を受ける生徒は、それなりに集まっていて

それぞれ小説の案を考えたり、友人と話をしている。

 

自分の座る席へと移動して小説を取り出す。

これでも芸術評議会に所属している身だ。

文学専攻の生徒の作品に対する

発言権だけは議長の次くらいには

ある…と個人的には思う。

 

そういえばこの時は

一年生の課題作品を読んでいたな、と

取り出しながら思い出す。

最初の課題の作品はほとんど読んでいるため

今は第二回目の課題作品だ。

 

課題として提出されたものは、見ようと思えば見れる

どのような作品でも自身の芸術へと活かすことができる…

という考えだからだと聞いた。

 

一回目の作品と比べて書き方の癖が変わっていたり

作者の考え方が変わったんだろうな、と思うような作品はメモしてある。

次の作品を優先的に読むようにしたいからだ。

私は一人の読者として読むのも好きだ。

 

時間になったからBDを出す。

シャーレでは業務処理に追われ、小説を書くのと書類仕事、先生の補佐で一日が終わった。

だからこそ、こうして席に座り、授業としてBDを聞いているこの時間に、懐かしさを感じる。

 

 

 

 

 

一日の授業を終えて、芸術情報館へと向かう。

 

今日一日、BDを見ながら考えていた。

おそらく、このままシャーレが設立され、

そこに所属したとしても、また同じ結末を辿るのではないか。

 

前回と同じ立場、同じ距離感。

同じように先生の補佐をして、同じようなことをして───

それで、本当にあの結末を変えられるのだろうか。

 

ワイルドハントに所属したままでは、

先生の支援に出るために、学院から外出許可を得なければならない。

その僅かな遅れで、あの厄災を防ぐ機会を失ってしまうかもしれない。

 

たとえシャーレに所属しても、

前回と同じことを繰り返すだけなら、結果もまた、同じになるだろう。

 

芸術評議会に所属している身だ

退学をしようとしてもある程度の機密事項をしってる以上

退学したとしても自由な立場を得ることは難しい。

 

外出届を出して、そのまま逃げるか?

……いや、それでは時間がかかりすぎる。

芸術評議会の立場では、

外出許可を得るまでにも手続きにも時間がかなり必要だ。

 

他に手段がないのなら選ぶしかないが、

できれば、それより早い方法がほしい。

 

考えを巡らせるほど、答えは一つに収束していく。

 

───ワイルドハント芸術学院から、逃げる。

 

そのために、私は考えなければならない。

どうすればここから抜け出せるのかを。

 

ひとまず、地理資料を探して、

学院全体の構造を確認しておこう。

もしかしたら、過去には使われていた道が、

今もどこかに残っているかもしれない。

 

そんなことを考えながら、

棚から本を取り、ページをめくっていると、

背後から声をかけられた。

 

「ヘリア先輩、少しお願いしてもよろしいでしょうか」

 

振り返ると、ミヨがこちらを見ていた。

 

「どうしたの、ミヨ?ひとまず、内容を聞こうか」

 

「すみません……少し、ついて来てもらってもいいですか?」

 

申し訳なさそうにミヨは手招きをする。

理由は分からないが、ひとまず私はミヨについて行った。

 

ミヨは、不思議な後輩だ。

 

最初の課題作品は恋愛小説だと思って読んでいたら、

途中から一気にミステリーへと転じていた。

次の作品では、今度はバトルもの。

 

短い期間でここまでジャンルが変わるのは珍しい。

気になって声をかけたのが、彼女と話すようになったきっかけだった。

 

……本人曰く、

「恋愛小説を書きたいのに、途中で別の話になってしまう」らしい。

 

最初は困惑したが、今では情報館で顔を合わせては、作品の批評をし合う仲だ。

 

 

 

しばらく歩き、

資料室の中でも人の寄り付かない作業室に入ると、

ミヨは扉に鍵をかけ、口を開いた。

 

「すみません、先輩。

 周りに聞かれたくない話があって……」

 

「なるほど。この前の作品の話、ではなさそうだね」

 

「はい……その件はありがとうございました。

 それで、今日の話なんですが……」

 

少し言い淀んでから、彼女は意を決したように続けた。

 

「密輸について、です」

 

そういえばミヨは、

同室の生徒の密輸の手伝いをしている、

という噂を聞いたことがあった。

 

「先輩が使うことは、あまりないと思いますが……

 一応、伝えておこうと思って」

 

そう言って、彼女は合言葉を教えてくれた。

特殊交易部として話をするなら、これを使ってほしい、という。

 

……特殊交易部。

彼らは、どうやって学院の外と物をやり取りしているのだろう。

 

その方法が分かれば───。

 

「ところでミヨ。密輸って、どうやってやってるの?」

 

「えっと…この前は、外出届を出して商品を購入して、

 投石器で中に投げ入れました」

 

……とてもじゃないが参考にはできない。

 

「外出届が許可されない時は?」

 

「その場合は……」

 

ミヨは、私が机においていた地理書のページをめくり、

一点を指差した。

 

「ここです。一応、外に繋がっている道があります」

 

なるほど。その道を使えるなら、学院の外に出られる。

 

「ただ、監査隊が頻繁に巡回していますし、壁が高い上、監査隊が待機している場所も通り抜けないといけないので……」

ミヨは少し言葉に詰まっているということは、簡単ではない、ということだろう。

 

「そうなんだ。教えてくれてありがとう。執筆も、頑張ってね」

 

「はい!先輩みたいな小説が書けるよう、頑張ります!」

 

 

 

少しだけ言葉を交わして、ミヨとは別れた。

 

───外に出る方法は、見つかった。

あとは、本当にできるか確認するだけだ。

 

すぐにでも調べておかなければならない。

今は、厄災についての情報が圧倒的に足りない。

 

みんなを。

そして先生を守るために。

 

私は、急ぎ足で情報館を後にした。

 

 

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