道の確認をして寮に戻る。
昼に実行すると追手が即座に来るだろう。
夜ならば翌朝までは捜索が開始されないはずだから実行するなら夜だろう。
戻りながら今日のことを考える。
朝、目が覚めたら未来の記憶が私に与えられて。
そして今、懐かしい学院での一日を終えようとしている。
不思議な感覚だった。
学院のことが嫌いなわけじゃない。
むしろ好きだ。
執筆という、私の好きなことを学業として認めてくれて、
仲の良い友人も、後輩も、先輩もいる。
ここで過ごす日々は、確かに大切なものだった。
だからこそ、今度こそ守る。
学院のみんなが死なないように。
シャーレで、先生と一緒に笑っていたみんなのために。
先生は、みんなを守ろうとしていた。
実際、多くの人を守り切っていた。
厄災で失敗したのは、私だ。
代理とはいえ、先生から指揮を任されていたのに、
勝つことができないまま、私は死んだ。
だから、私がやらなければならない。
きっと、失敗した悪い子は私だけなのだから。
ふと窓の外を見ると夕暮れ時で
校舎の影が明暗を分けており
歩いている生徒の影が少しずつ大きな影に消えていく。
影は少しずつ広がっていき日が落ちようとしている。
私はそんな景色を眺めるのをやめ移動する準備を始める。
今日ここから脱走するのだ。
銃と最低限の弾薬、ある程度のお金と逃亡に役に立ちそうな道具を持って部屋を出る。
きっとここに戻ってくるのはしばらく先だろう。
「行ってきます。」
小さな声でそう呟いて扉を閉める。
同室の子がいないおかげで夜間に出歩くこと自体は簡単だ。
隠れながら廊下を移動する。この時間ならまだ寮監査隊は巡回を開始していない。
移動しながらこれからの計画の確認だ。
このまま学院を出て、ひとまず
ミレニアムあたりの廃墟に向かう。
先生が接触したらしいデカグラマトンを
破壊できるならしておきたい。
それにミレニアムあたりの廃墟はほとんど人が入ってこない上
なんらかのオーパーツを拾うことができるだろう。
その中には便利なものもきっとある。
最悪の場合、厄災が発生したとしても
討伐することで終わらせることも視野に入れておこう。
そして先生がキヴォトスにやってきたら。
先生に敵対する対象の鎮圧をするようにしよう。
ひとまずは先生がシャーレに移動する際に妨害を受ける。
狐坂ワカモを中心としたシャーレ襲撃を鎮圧しよう。
…ただシャーレに所属している生徒を増やしておかないといけない。
私は一度失敗してしまったのだ、もう一度私は失敗してしまうかもしれない。
万が一厄災が起きてしまったとしても対抗できるようにしておかないと。
そう考えると先生の敵を無条件で鎮圧するのではなく、
適度な範囲で敵を残して先生に対して好感を得てもらわないといけない。
全てを倒しておいてはいけないし、みんなの精神的ダメージを受け入れないといけない。
知っているのに?
私はみんなの苦痛を知ってるのに何もしないの?
でも、私は
彼女たちの苦しみを排除してはならない。
知っているからといって行動するとシャーレを信頼してくれる生徒が減ってしまう。
───万が一厄災が起きたときのために
シャーレにみんなを集めないといけない。
そのためには私は受け入れなければならない。
彼女たちに苦しみを与えてしまうことを。
よくないことで、知っているなら変えるべきだ、救うべきだ。
でも厄災が万が一起きてしまったときにどうにもならなくなってしまう。
万が一が起きた時に何とかする方法を用意しておかないと。
私のせいでもう一度みんなも先生も死んでしまうのは
ダメだ、それだけは絶対に。
受け入れなきゃいけない……
どの苦しみもそれを分かっているつもりの人より当事者のほうが苦しくて、辛い。
だから私の行動によって、みんなが死んでしまうくらいなら勝手に私が苦しむ。それだけでいい。
他の人の気持ちを何一つ考慮しない、選択肢を私はとる。
今回は絶対に失敗できない。
計画の確認をしていると
気づけば陽は落ち、周りの建物からは、あふれる光が消え
道を照らす街灯の明かりがわずかにあるだけとなった。
「脱走できないと、始まらないか」
そう呟き、私は持ってきておいた黒いローブを身にまとい体を隠す。
街灯の淡い光の下では、建物の影に溶け込めば、姿はほとんど見えない。
芸術評議会に所属している上、機密を知っている生徒は責任が伴う。
もしも寮監査隊の見回りに見つかれば、監視付きで反省部屋行きだ。
そうなれば、しばらくはしばらくの間、常に監視がつき、
外出許可も下りないだろう。
それだけは避けなければならない。
「最近、課題にあんまり手を付けれられてない気がする……」
「そうだよね…はぁ、寮監査隊本当に大変」
寮監査隊の見回りだ。
もう夜間の見回りを開始したか。
想定ではもう少し移動できていたハズだが
どうやら人目が少ないところを移動することを優先していて想定時間を見誤ったらしい。
早く移動しないと……。
「あれ、今あそこの建物から影が移動しなかった?」
「本当に?確認しに行こうか」
まずい焦って行動してしまった。
もう一度移動してしまうべきだろうか。
だが下手に動くと影の移動でほかの寮監査隊も呼ばれてしまうだろう。
…しかたない、息を殺してやり過ごすしかない。
「この建物だったんだよね?」
「うん、移動はしてないはず」
まずい、本当にまずい、銃で鎮圧してしまうか?
一時的な時間稼ぎだがしないと捕まってしまう。
それくらいならいっそ……。
銃の引き金に手をかける。
今隠れている柱の確認をされそうになったら即座に撃つ準備をする。
できれば撃つことにならないことを願って。
「んー見間違いだったかな?」
「まあ一応確認しとこうか、ちゃんと影に隠れてないか確認しなよ」
一つ一つ柱の裏まで確認をしている。
一つまた、一つと柱の確認を進めている。
次に確認するのはきっと私の隠れている柱だろう。
撃ちたくはなかったが撃つしかない銃の引き金を引こうとして手をかけてーーー。
「自由外出部が行動したらしい、いまからそこに向かおうか」
「わかった、早く行こう、逃げられたらたまったもんじゃない」
…助かった。運が私に味方してくれている。
今度は、ばれないように影を移動しよう。
また寮監査隊にばれても、もう一度幸運に味方してもらえるとは限らない。
すでに月が照らしている学院で
寮監査隊の持つ懐中電灯は月光の下、行きかう。
そんな中、動く一つの影が学院の中から飛び出したとしても
気が付かずに学院の時間は何事もなく進む。
「着いた……」
目の前には監査隊が待機しているはずの建物があるが
今は人がいない、夜間演出部が飾り付けをしようとしていたから
それの対処に終われているのだろう。
急いで階段まで向かい上り始める。
ここを上がってしまえば捜索の手もあるだろうが
逃走は成功だ。先生やみんなを守るという目標を達成することもできるだろう。
階段を上る音だけが聞こえる。
静かな月光があたりを照らす。体にあたる風が身を冷やす。
「はぁ、やっと夜間演出部を捕まえられた……」
「何回やるんだろう…もう今週だけで三回捕まえたのに……」
もう帰ってきたか、もともと持ってきていた投影機を使う準備をする。
指定した映像を投影する機材で、もともとこれを使って階段まで向かう予定だった。
「あそこで何か動いてないか?」
気づかれたか、銃弾が体を掠める。
投影機を急いで起動し階段から放り投げて落ちたように見せる。
「落ちたのか…?ひとまず向かうぞ」
確保をするために寮監査隊が建物に入っていく。暗くなっていた建物に明かりが灯り。
裏口の扉が開く、そのときには私はすでに階段を上り終え学院の外へ向かう。
「なんだ悪戯用の投影機か…?どうしてこんなところに置いたんだ……」
「まあ、いいだろうどの生徒かわからんが映像科の生徒が置いてそのままにしたんだろう」
「そうなんですかね~まあそろそろ交代の時間でしょうし~それを捨てて待ってましょう~」
学院から出て逃げる。
ワイルドハント学院の光を背に離れる。
どこか違う空気が私の成功を祝福してくれているようだ。
ひとまず今晩は遠くに離れることを目標に
ミレニアムのほうに向かうのは明日からでいいだろう。
ワイルドハントの一部屋
月光がわずかにカーテンの隙間から漏れ出て魔法陣が見える。
少女たちは椅子に座り必死に思案を巡らせているようだ。
「先輩…どうしちゃったんでしょう……」
「ヘリアちゃんは…事情がない限り、遅れてくることは…ないと思うよぉ」
「で、あれば何かあったのでしょうか」
オカルト研究会ではヘリアの話をしていた。
部員は合計で三人、会長の白尾エリ、副会長の椎名ツムギ、部員の板垣カノエ
彼女がオカルト研究会を訪れる約束をしていたのは今朝の話
帰ったらウキウキでエリが伝えていた…のだが。
「うぅ。私、なにかしてしまったのでしょうか……」
「大丈夫。もしかしたら…寮監査隊に…捕まっちゃったのかもねぇ」
実際は逃亡をしており、寮監査隊に捕まっているわけではない。
「いえ!先輩の今の状況を占ってみましょう!今こそ占いが役に立つはずです!」
「それならやってみましょう」
「イヒッ…そうしてみようか……」
そういってエリはタロット占いの準備をはじめ、カードを並べる。
「先輩は今、何をしているのでしょうか…」
そういってタロットを一枚引く
「これは…ワンドの10の逆位置です!なので今は寮監査隊から逃げてる…と考えるべきかと!」
「でも、そろそろ日付が変わって一時間程たってしまいます」
「今日は…もう来れないかもねぇ…」
カノエの言葉を聞いてエリは悲しげな様子になる。
「いえ!大丈夫です!カノエ先輩もツムギも寝ていただいても大丈夫ですよ?」
「イヒッ、ヘリアちゃんなら…きっとくるから…わたしも待ってるよぉ」
「そうですね、私も待っておきましょう」
少女たちの夜は更けていく……
彼女たちは待てど、ヘリアはこず朝日が昇る。
気づいたら眠っていた少女達へ朝日が注がれる。
今日もまた、ワイルドハントの平凡な一日が始まる。
一人、ワイルドハントから消えていったのに気が付くのは
平凡な一日の中でもきっと、些事ではない。
彼女がいなくても物語は進む、
けれど彼女は自分自身の行動の変化で
行動の変わる人のことを忘れていた。
「ヘリア先輩…どこに行ってしまったんでしょう……」
「どうにかして探し出せないのでしょうか、カノエ先輩」
「うーん…魔法陣で召喚する方法は…なんども試したんだけどねぇ」
「私が…なにかしてしまったのでしょうか……」