少女は記憶を胸に   作:クロケル

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ミレニアム

『ここで見逃すかわりに情報を教える、というつもりではないのでしょう?対価は何ですか?』

「そうだね、これは契約だ対価を決めないとね」

 

契約、黒服がやたらと大事にしているもの。

あいつの口振りから考えると、それなりに重要な意味を持つのだろう。

 

その重要な意味までは知らないが、約束を破るようなことはそう簡単にはできない言い様だった。

 

もしかしたらアイツしか使えない特別なナニカが

必要なのかもしれないが、やらないよりはやってみたほうがいいだろう。

 

『契約……そうですね』

「私と一緒に行動することと、その間王女に干渉しないことそれが対価」

『後者は腹立たしいですが……実行しようとしても負けると言うのならば聞いておくべきですね。わかりました、契約を結びましょう』

 

合意は得られた。双方に宣言する事で契約になる……はずだ。

「復唱してね」

 

「私と一緒に行動する対価として、私はあなたに情報を教える」

『あなたと一緒に行動する対価として、あなたは私に情報を教える』

 

「契約を履行している間は、双方に危害を加えてはならず、立場は対等である」

『……契約を履行している間は、双方に危害を加えてはならず…立場は、対等である……』

どこか不満げにAIは復唱する。

 

「双方が対価の支払い後、契約は終了する」

『双方が対価の支払い後、契約は終了する』

 

『この契約に嘘偽りはない』

「この契約に嘘偽りはない」

 

驚いた、突然内容が挟みこまれてしまったが、問題はない。

『本当に私たちが負けることを知っているのですね……』

 

「……これで契約成立だね」

効果はある……と思いたい。今できることはこのくらいしか思いつかない。

 

考えているとあきれたようにAIが語りかけてくる。

『はぁ……それを取り出してください』

……それ?何の事を言っているのだろうか?

 

「ごめん、何の話?」

『は……?分かってて対価を提示したのかと思っていましたが』

本気で困惑していそうなAIにこちらも困惑する。

 

どうにかして引き離したかったから提案しただけで、方法はよく分かっていない。

『貴方の鞄に入っているスレイプニルを取り出しておいてください』

「スレイプニル……?」

 

鞄を開け、中を探してみる。

スレイプニル、という名前の物には心当たりはない。

ないが、可能性があるものはある。

 

「これかな?」

鞄から取り出したのは、あの時の廃墟で拾ったオーパーツ

名前は知らなかったが、似たような建物で拾ったものだ。

 

『……理解していないわけではなかったんですね』

『くぼみを開くので、そこにおいてください、データの転送をします』

ガチャンと音を立てて、コンピュータの横あたりにくぼみが現れる。

 

指示に出されたとおりに置く。

「一応言っておくと、私はスレイプニルについて知らないよ」

『知らないのになぜわざわざ…あの建物に……?その上地下室には簡単に入れないはず……』

 

あの時は爆発からの落下で入ったから、通常の方法ではなかったのだろう。

本来はほとんど入れないような部屋だったのかもしれない。

 

「名前はないの?」

『私に識別可能な名前はありません』

「名前がない?」

『はい、強いて言うならばkeyが私の名前でしょう』

 

「…ケイって呼ぶね」

最低限、厄災がやってきた時期を過ぎるまではケイに情報を明かすつもりはない

しばらくは行動を共にするのに名前がないのは不便だ。

 

『驚きました…思っていたよりネーミングセンスはないんですね』

「咄嗟に名前が思いつかなくて、仮名ってことで」

芸術学院で作家をしていたが、咄嗟に良い名前はあまり思いつかなかった。

それに仮名としてつけておいてもいいだろう。もしかしたら本当の名前を忘れているだけなのかもしれない。

 

『データの転送は完了しました、スレイプニルのメインOSとして契約を履行します』

『非常に癪ですが、あなたは本当に負けることについての情報を持っているようです』

『では、これから共に行動しましょう。……あなたの名前は?』

 

「グリ……」

いや、対等な契約相手、としているのにこちらが偽名を使うのは対等ではないだろう。

「ヘリアだよ、よろしくねケイ」

 

くぼみに置いていたスレイプニルがドローンのように空中に浮く。

『ヘリア…了承しました』

 

 

 

ケイと出会ったときのことを考えていると、別のことを考えていたのが見透かされたのかケイに再度聞かれる。

『それで…どうするのです?王女への干渉はダメなんでしょう?』

「そうだね……セミナーの襲撃の補助をしようか」

『はぁ、よくわかりませんね。ですがあなたに万が一のことがあっても困ります。サポートはしましょう』

 

ケイからの話を聞いて部屋から出る。

窓から差してくる光は月光となっているようだ。

「支援作戦開始かな」

 

ケイの話を聞きながら、ミレニアム行きの列車へ向かう。

『襲撃は今日の夜…まあ、今から行けばちょうど襲撃中ですね』

仮面を取り出し、つける準備をする。

 

少し列車に乗って移動していると、すぐにミレニアムへ着く。

仮面を車内でつけて、列車から降りる。

 

駅から少し離れた広場。ミレニアムタワーの前に立つ。

保管庫はどこら辺だっただろうか。

 

そんなことを考えながら歩みを進める。

『!誰かが来ています、五時の方向から銃撃』

 

ケイの報告を聞いて咄嗟に避ける。

耳の横を銃弾が掠めていく。いつの間に撃たれたのかと、背後を見る。

 

「へぇ?なかなかやるじゃねぇか」

ネルだ。C&Cのコールサイン00。約束された勝利の象徴。

ミレニアムに所属している生徒での単純戦闘力はトップだろう。

 

「リオから不法侵入者の対処のために前の依頼を済ませて急いで向かって来たんだ」

彼女の愛用のサブマシンガンを撃つ準備を整え、こちらに銃口を向けてくる。

 

「廃墟への不法侵入者だっけか?」

こちらに走ってきながら発砲してくる。

 

こちらも発砲しながら、距離をとる。

「あたし一人とのタイマンだ、すぐに終わらせてやる。」

 

ネルのことだから、こちらが攻撃を加えても基本的には大丈夫なハズだ。

しかし、万が一怪我を負わせてしまうわけにはいかない。

 

こちらがやるべきことは撤退することだ。

しかし簡単にネルから逃げきれるとは思えない。

『そういえばあなたは廃墟への不法侵入をしてたからミレニアムで指名手配をくらっていましたね』

「そうなんだけどねっ!」

 

セミナーへの襲撃をしているのだから、ミレニアムタワーの方向には近づけない。

逃げようと走っているがネルが両方のサブマシンガンを使い、かなりの密度の銃撃が襲ってくる。

「さっさと降参してくれりゃ楽に終わるんだ」

 

ネルの言葉と同時に、地面を蹴る音が響く。

一直線に、迷いのない踏み込みで、こちらに向かってくる。

さすがに近距離戦闘でネルに勝つのは無理だ。

「…耐えてね」

 

突進の妨害のために威嚇射撃をし、広場の中央まで走る。

が、この程度で止まるネルじゃないだろう。

「ヘッ、なかなかの威力だな」

 

銃弾のダメージ軽減のために体をそらしてくれたおかげで、

突進は止まってくれたが、状況は好転していない。

 

むしろ……

「リオが応援をよこしてくれたみてぇだな」

ネルの背後からドローンが飛んでくる。少し横を見るとどうやら包囲されているようだ。

 

状況が悪化した。

ドローンの破壊を優先しながら逃走するが、ネルが簡単に逃がしてくれるとは思えない。

 

困っている私を好機ととらえたのか、ネルはリロードを済ませて発砲してくる。

銃弾が仮面を傷つける。ドローンの攻撃も、ネルの攻撃も両方避け続けることは不可能だ。

 

少しでも受けるダメージを減らしながらできるだけ狭いところに向かう。

広場の横にあるビルとビルの隙間に入る。

 

鞄の中にあるフラッシュバンを取り出し、広場のほうへ急いで投げる。

ドローンなどにはあまり効果がないが、ネルには効果があるはずだ。

 

スモークグレネードと、フラッシュバンの予備を取り出し、警戒する。

ネルがそこまで長時間フラッシュバンの効果を受けるとは思えないが、それでも足止めになるはずだ。

 

「なるほど、そんなものも持ってんだな」

広場のほうから勢いよく小さい影が飛んでくる。

 

急いで、スモークグレネードを投げる。

こんな状況でフラッシュバンを投げたらこっちより先に向こうに制圧されてしまう。

 

大丈夫。ドローンはサーモグラフィーでこちらを攻撃できるかもしれないが、

一番の脅威であるネルは視界が悪くなって追跡の継続は困難だろう。

 

回避ができない状態でドローンの攻撃を受けてしまうが

ネルの追跡が振り切れるのならばなんとかなるはずだ。

 

被弾しながらも、なんとか煙の範囲外から出る。

「ケイ、次はどっちに向かえば……」

『……』

「ケイ?」

 

反応がない。どうかしたのだろうか。

まさか王女のところへ向かった?いや、契約で私に危害を加えることができないうえ、

こちらが情報を知っていることはケイは理解しているはず。

 

仮に契約がしっかりとなされていなくても情報が必要であることをケイは理解しているはず。

そんなことをするのか…?

「これで終わりだ」

 

いつの間にか近づいてきていたネルのサブマシンガンの回避は…できない。

ネルが構えている銃から発砲音が響く。

 

さすがに痛い、壁に寄り掛かって態勢を整えないと……

「ふぅ…鎮圧完了か?」

 

壁によりかかる。何かしら時間稼ぎがないと、ここから撤退をすることはできない。

しかし、ここからすぐに態勢を整えて反撃に転じるのは難しい。

銃はリロードしなければならないがネルが見逃すわけがない。

 

鞄から手榴弾を取り出すのも同様だ。ネルがこちらに歩いてくる。

「意外とてこずったな…リオ?ドローンで見てんだろ一旦反省部屋に……」

反応はない。リオならばドローンで応答してきそうなものだが。

 

「おい?リオ?」

ネルがドローンに近づくと、ドローンが攻撃をする。

……それもネルに向けて。

 

『ハッキングが完了しました。一時的ではありますが、付近のドローンをあいつにけしかけます』

「ケイ……」

 

疑ってしまったことを謝ろうとも思ったが、今するべきことはそれではない。

「うん、そうだねありがとう」

鞄から手榴弾などを取り出す。

 

ケイのおかげで時間は稼げた。

「チッ!いかれちまったのか!?」

スモークグレネードとフラッシュバンを同時に投げる。

 

「あぁ!クソッ!」

『廃墟のほうへ向かってください!あちらです!』

いくらネルといえどドローンに囲まれている状態で視界が悪くなって

即座に追いかけるのは難しいはずだ。

 

 

 

『…あぶないところでした。もっと気を付けてください』

「ごめんねケイ」

『あなたが連行されると非常に面倒ですのでもっと気を付けてください』

 

廃墟のどこか。ゲートのない出口とも入口とも呼べないそこから廃墟群の一角に入る。

「というかケイにハッキング能力あったんだね……」

『えぇ、ありますよ。もっともスレイプニルほどの演算能力がないと突破が少し面倒なものでしたが』

 

『しかし、あなたが当初言っていた襲撃の支援は不可能ですね。まあ私からすれば何の問題もありませんが』

「今日はもう戦闘ができないかなぁ」

持ってきている手榴弾はほとんど使ってある上、銃弾もそれなりに消耗している。

この状態であまり戦闘はしたくない。

 

廃墟で過ごす夜は、ロボットがやって来ない、音のない夜だった。

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