少女は記憶を胸に   作:クロケル

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思案

グリムからの忠告を聞いて考える。

彼女は確かに試験範囲の増加と合格ラインの引き上げを確信しているように思えた。

合宿施設でもある別館のため、

大量に置いてあるベッドを椅子がわりに使いながら天井を見る。

 

確かにグリムはどこから得ているのか分からない

情報でこちらにアクションを仕掛けてきたりする。

アビドスやミレニアムでの一件でもそうだ。

 

ホシノのことも知っていたし、廃墟に私達が行ったことを知ってついてきた上、

G.Bialeを回収していた。そう考えると今回のことも単なるグリムの思い込みとして

処理するわけにはいかないような気もする。

 

考え込んでいると扉のノックをされる。

「入っていいよ」

と言うと少し重々しい音を立てながら扉が開く。

 

「夜分遅くにすみません。グリムさんのことで話をしておきたくて……」

"ちょうど私もそのことについて考えてたんだ"

 

そう言って部屋に置いてあったポットから紅茶を注いだティーカップを渡す。

"どうぞ"

 

サイドテーブルに私の分のティーカップを置くとヒフミも少し飲み、

同じようにサイドテーブルに置く。

「い、いえわざわざ注いでもらってすみません」

 

ふぅと一息つくとヒフミは話し始める。

「グリムさんの言っていた試験の難易度が上がるのは本当なのでしょうか?」

 

ヒフミは不安そうな表情でこちらに聞いてくる。

"……不安にさせるようで悪いけど、私は本当だと思う"

「やっぱりそうですかね……」

 

落ち込んだ様子のヒフミを見ると正直に言わないほうが良かったのでは?とも思う。

"もちろん、嘘の可能性もあるけどわざわざこんな嘘をつくとは思えなくて……"

 

「……そう、ですよね」

"ヒフミはどう思う?"

 

私の考えだけではなく、ヒフミの考えも聞いておきたい。

もし杞憂で終わるのならいいが、

そうでない場合はスケジュールを変更しなければならないだろう。

ハナコやコハル、アズサに不要なプレッシャーをかけたくはない、

そのため話すかどうかも相談しておきたい。

 

そう思って聞いたものの、険しい表情のままのヒフミが話すのを待つ。

「私も、本当だと思います」

"そうだよね……"

 

どうするべきかと考えていると廊下の方から音が聞こえる。

"……用事があるなら入っていいよ"

そういうと部屋の扉が遠慮しがちに開く。

 

「ハナコちゃん?こんな時間にどうしたんですか?」

「アズサちゃんのことを相談したくて」

普段の様子とは違い、真剣なまなざしになる。

 

「アズサちゃん、眠っている様子がないんです」

「え?」

ヒフミが驚いた様子でハナコを見つめる。

 

「より正しく言えば毎晩どこかに行ってるんです」

"それは……"

睡眠というのは大事なことだ。勉強のためにも健康のためにも。

 

「そろそろ無理にでも眠らせないといけないと思うんです」

私とヒフミをそれぞれ見てからハナコは続ける。

「もちろん、先生とヒフミちゃんもですよ?

頑張ってくださるのは嬉しいですが倒れてしまっては……」

 

あまり言いたくはなかったが、退学がかかっているのだ。

彼女達にも、知る権利はあるだろう。

"実は……"

 

補習授業部の現状についての説明をする。

ナギサから聞いている情報、

補習授業部はトリニティの裏切者を退学させるために作られたこと。

不本意ながら、シャーレの権限を使ってそれを実行できてしまうこと。

誰か一人でも不合格なら全員退学になってしまうこと。

 

"隠していてごめんね"

ハナコは固まってしまった。ヒフミも申し訳なさそうな様子だ。

 

「……なるほど、そういうことでしたか。いかにも彼女らしいやり方ですね」

"……ハナコ?"

突然様子が変わったハナコに困惑しているとヒフミが成績表を見せてくれる。

 

「実は前のテストを探しているうちに見つけてしまったんです。

ハナコちゃんの成績が良かったのを」

ヒフミの言う通り成績表にはかなり高い成績が書いてある。

これに書いてあることが本当ならば、

ハナコは補習が必要ではないほど頭が良いことになる。

 

「すみません。知らなかったんです。まさか全員退学なんて……」

"……大丈夫、次から頑張ろう"

すぐにでも謝罪を繰り返しそうなハナコの罪悪感を減らす方法を考えようと

していると、すぐにハナコが口を開く。

 

「わざとあの点数を取っていたんです。知らなかったとはいえひどいことを……」

「ど、どうしてそんなことを?」

 

ヒフミがハナコに成績を下げている理由を聞く。

「個人的な理由で……明かすことはできませんが、

それでみんなを巻き込んでしまうのは本意ではありません」

沈黙してしまったヒフミと、私に再度謝りながらハナコは続ける。

 

「最低限、みなさんが退学にならないように次の試験から頑張ります」

"ありがとう、ハナコ"

感謝を告げるとハナコは再度こちらに質問をしてくる。

 

「しかし、それなら試験の難易度の上昇が問題ですね。

このままのペースだと間に合わないかもしれません」

"……やっぱり聞いてた?"

私とヒフミが話していたのを聞いていたのであろうハナコの疑問は当然だ。

 

「はい。しかしグリムさんは信用できる人なのですか?」

「わざわざ嘘をついてこちらを混乱させたりするような人ではないと思います」

ハナコの質問にヒフミが答える。

 

「こちらを退学に追いつめるための罠という可能性は?」

"否定できないけど…わざわざ私とヒフミにだけ

話したってことはむやみに混乱させるつもりはないと思う"

考え込んだ様子のハナコに紅茶を注いで持っていく。

 

紅茶を一口飲むと、ハナコは話し始める。

「信じがたいですが…こんな嘘をわざわざつくより試験の難易度上昇のほうが簡単です」

 

カチャンと音を立ててティーカップを置くと続ける。

「そう考えると試験難易度上昇は考えられると思います。」

 

悩んでいる私とヒフミへと向き合う。

「手伝います。私も、全員が退学になってしまうのは不本意ですから」

 

"いいの?"

「はい、ここで全員が退学になってしまうのは、私の望むことではありませんので」

時計を見る。もう夜遅くだ。

 

"だけど、そろそろ寝ようか。睡眠は大事だしね"

「そ、そうですね。寝ましょうかハナコちゃん」

ハナコがアズサのことを教えてくれるときに言っていたように眠っておいた方がよい。

 

「……それもそうですね。また明日相談しましょう」

飲み終えたらしいティーカップを置いて二人は部屋を出て行った。

寝るように勧めた手前、私が眠らないというのもおかしな話だろう。

 

少しだけ残っていた書類と、明日の勉強スケジュールの確認をして眠る。

 

 

 

目を開けると椅子に座っているのだろうか?

周囲は霧が深くてよく見えない。

立ち上がり周りの様子を見ようとすると声をかけられる。

「少しだけ待ってくれ。話をしたい」

 

後ろを振り返るとどこか高貴そうな雰囲気の少女がこちらを見ている。

"……ごめんね、名前を聞いてもいいかな?"

「私は百合園セイア、先生とは初めましてだね」

 

セイア、ナギサが言っていた現在失踪していると言っていた生徒。

"初めまして。ここがどこかわかる?"

「もう一度、席に座ってほしい。少し遅い邂逅になってしまったが、話をしたくてね」

 

ひとまずセイアに言われたとおりに先ほどまで座っていた椅子に座る。

テーブルの上にはティーカップがセイアの物も含めて四つおいてあり、

椅子よりも一つだけ多い。

「彼女と同じ席になってしまって申し訳ない。

融通が利かないもので椅子が一つ足りないんだ」

 

"その、彼女って?"

「一つずつ答えようか」

使われた痕跡のないティーカップに紅茶を注いで渡してくる。

 

「まずここについての説明をしておこう。

ここは夢の中だ。もっとも、思い通りにはいかないけどね」

セイアは自分の分の紅茶に口を付けてから続ける。

 

「次に彼女についてだ、この夢に訪れているのは私を含めて4人いる」

"そんなにいるの?"

夢の中の不思議な空間ということはひとまず受け入れる。

 

しかし不思議な空間なのに四人も来ていると多く感じる。

「一人は私、もう一人はアズサ、グリムに君だ」

"アズサとグリムが?"

 

「ああ、どういう条件なのかはわからないがこの夢の中に訪れることができるらしい」

"なるほど……"

セイアの思い通りにいかない夢の中に来る条件がわからないのは当然か。

 

「遅くなってしまったが、忠告をしておきたくてね」

"忠告?"

セイアの言う忠告がどんなものかはわからないが、真剣な表情のセイアを見つめる。

 

「今君が巻き込まれている物語は、不快で、不愉快で忌まわしく」

淡々と、しかし悲しげにセイアは語る。

「相手、前提、思い込み、真実、そのすべてを疑う」

 

夢の中のはずなのに、寒い風が吹く。

「悲しくて、苦く、憂鬱になるそんな物語だが、真実でもある」

 

まるですべてを見てきたかのように、セイアは続ける。

「だからこそ、先生。それを見届けてくれ」

"セイア"

 

セイアの言ったことは、確かに事実なのかもしれない。

それに現実はそうだとしても……

 

"セイアの思うような、物語にはしないよ"

「ほう?」

セイアの言うような物語にはしない。

 

"物語と違って、現実は変えられるからね"

「……君はそう答えるのか。彼女の言っていた振ってくるカードは君かな?」

振ってくるカード……?いったい何の話をしているのだろうか。

 

「と、すまないね、君は知らない話だったか」

セイアは軽く謝罪したかと思うと、置いてあるティーカップの紅茶を飲む。

 

「……と言っても無駄だね」

"そうだと思うよ"

セイアがティーポットから紅茶を注ごうとすると、どうやら紅茶が切れていたらしい。

 

「五つ目の古則、楽園の存在証明と言われるものかな」

少し肩をすくめると、セイアは話を続ける。

 

「エデン条約の話をするのにぴったりなものだろう?」

エデン条約は確かトリニティとゲヘナの間で結ばれる平和条約だったはずだ。

 

「楽園に辿り着きしものの真実を証明できるのか?といった問いだ」

古則、と言いながら少し哲学的な問いだ。

 

「この古則の解釈の一つとして楽園のパラドックスというものがある」

"どんな解釈をしてるの?"

 

「楽園が真に楽園なら外に出るものはいない。

楽園からでなければ楽園の存在が確定しない」

"なるほどね"

楽園のパラドックスの解釈としてならそう解釈してもよいだろう。

 

「つまるところ、この古則は存在しない者の証明はできるのか、というものだ」

エデンという名前が冠されているエデン条約の話とつなげようとしているのだろう。

 

「そう思うと、このエデン条約、

というものも薄氷の上にあるようなものだと思わないかい?」

"それでも、あきらめてはいけないと思うんだ"

アズサの言う通り、抵抗をやめて、受け入れるより、抗い続けたほうがいいと思う。

 

"薄氷の上にあるのなら氷を分厚くすればいいからね"

「アズサと同じようなことを言うね、先生」

私の分の紅茶も飲み終えて、セイアに向き合う。

 

「……君の解釈も聞かせてくれるかい?」

"私は……"

私が解釈を話そうとすると急激に眠気が襲ってくる。

 

「……君の解釈を楽しみにしているよ」

セイアのその発言を最後に私は目を閉じた。

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