第二次学力試験の結果を確認する。
コハル91点、アズサとヒフミが93点、ハナコ100点。
全員が無事に合格できたようだ。グリムが教えてくれていなかったら
背水の陣になっていたかもしれない。
コハルとアズサに退学になってしまうかもしれないこと、試験範囲が拡大されるであろうこと。
つまり補習授業部の現状に付いて説明し、謝った。
本当は退学がかかっている、と言うことを言わないのはあまりにも不誠実だろう。
コハルとアズサに謝罪を受け入れて貰った後は、広くなった試験範囲の対策。
試験範囲が狭い時より広い時にもメリットはある。
広い分、重要な部分のみを記憶すれば良く、細かい部分を覚えなくても良くはなる。
が、勿論厳しかった。今日までにやった模擬テストでも
最後まで全員合格することはできなかった。
第三次学力試験……つまり最後の学力試験に到達してしまう可能性の方が高かった。
しかし本番で実力を発揮できたようで全員合格するところまで行くことができた。
それで今は何をしているのかと言うと……
「なぜ……と言っても無意味ですね。驚きました、まさか本当に合格してしまうとは」
ナギサに呼ばれて話をしている。
人払いをしているのか、私とナギサ二人だけのテーブルがとても広く感じる。
「しかしよく拡大した試験範囲に引き上げた合格点で突破できましたね」
"ヒフミ達の頑張りあってこそだよ"
グリムから聞いたことは隠している。
疑心暗鬼になっているナギサにこれ以上不安の種を蒔くつもりはない。
そしてナギサの疑心暗鬼を解消するために話しているのだが……
ナギサの顔をみる。ポーカーフェイスで何を考えているのか分からず、話すのが非常に難しい。
「誰から聞きましたか?」
"何の事かな?"
おそらく試験範囲の拡大を伝えた人物を疑っているのだろうが、
グリムはトリニティ所属ではないようだし知り得ないだろう。
「……なるほど、それなら合宿施設に行ったのはマリーさんだけですか?」
"そうだよ"
実際はグリムとミカが来たが、ナギサは分からないはずだ。
「それはおかしいですね。他に来たでしょう?」
これはおそらく鎌をかけているだけ。
トリニティの裏切り者が補習授業部の外にいる可能性を考え始めたようだ。
"いや、来たのはマリーだ「嘘ですね」
確信を持ってこちらに問い詰めてきている様子のナギサに少し気圧されてしまう。
「何度も言ってるじゃないですか、先生」
至って当然の所作のようにナギサは紅茶を注いで飲む。
「誰がいつ訪れたのかは把握しているんです。裏切り者によって邪魔されるわけには行かない」
笑顔の裏に強い不安と、緊張を感じる。
「これも、エデン条約のためなのです。ご理解ください」
"ねぇ、ナギサ"
私はただの一般人だ。常に裏切り、裏切られるかもしれないという不安に晒されたことはない。
"補習授業部に裏切り者はいないよ。これが真実だ"
ミカから聞いた、アズサが裏切り者だ、という情報は部分的には事実なのだと思う。
ただアズサは、自分なりに私達に貢献してくれていた。
こちらに対して悪意はない。そう断言できる。
「じゃあ……セイアさんに何があったというのですか!」
激情に身を任せるままに話したナギサに、どう声をかけようとしたものかと考えていると
冷静になったのか紅茶を飲み終えてこちらに向き合う。
「すみません……今日はもう帰っていただいて大丈夫です」
"セイアについて教えてくれない?"
あきらかに普通じゃない様子だったナギサを置いて帰るわけにはいかない。
それに、ナギサの疑心暗鬼はセイアに何かがあったことに由来していそうだ。
「いえ、しかし……」
"セイアが入院中って言うのはやっぱり嘘だったのかな?"
そういうと、精神的に疲れていたナギサの表情がみるみる変わる。
「……やっぱり誤魔化すことはできませんでしたか」
"事情を説明してくれない?助けになるよ"
ナギサはしばらくためらった後に、口を開いてくれる。
「……信じてみてもよいでしょうか?」
"もちろん"
心境の変化があったようでゆっくりではあったが、話をしてくれる。
「セイアさんは……ヘイローを、壊されました」
ヘイローの破壊。キヴォトスでは全員が持っているヘイローが壊れる。
それはつまり、死を表す。ナギサの言う通りならセイアは死んでいることになる。
「セイアさんは寝室で、ヘイローを……」
セイアはトリニティのティーパーティーの一人。
それならば、トリニティの内部にいたはずで……
なのにヘイローを壊された、ということはトリニティの内部に犯人がいると考えるのが自然だろう。
「セイアさんが進めていたエデン条約。それを完遂するのが、私にできることだと考えて……」
"……ごめんね。辛いことを思い出させちゃって"
思い出して辛い思いをしてしまったナギサに謝る。
「テストで、合格されてしまった時に思ってしまいました、これで退学させられなくなってしまった、と」
憑き物が落ちたようにすこし明るくなったナギサがこちらを向いてくれる。
「それと同時に思ったのです。疑うのをやめたい、と」
置いてあったティーポットから、ナギサは紅茶を注ぐ。
「おかしいですよね。疑うのをやめたくなっていた自分に、向き合わないといけなくなりました」
"おかしいことなんかじゃないよ"
ナギサはテストが合格したことによって、どうすれば危険を排除できるかを考えるのと同時に、
疑いたくないと考えていた自分を見つめることになったようだ。
再三思うが疑う、というのは難しい行動だ。
適度に疑うというのなら、問題はない。ただ、過剰に疑いすぎるとすべてを疑ってしまう。
人間は社会的生物だ。健全な交流をしない状態が続くと、精神に異常をきたす。
疑っている状態で、健全な交流をするのは難しい。
表面上はとりつくろえても、内心はボロボロになる。
そうすると精神状態が悪化する。そんな負のループに陥ってしまうのを止めるには、
自分で自分の状態に気が付く、それが解決策の一つだ。
過剰に疑っている自分に気が付けば、その状態が異常だと気が付くチャンスが訪れる。
もちろん、そこで深みに陥ってしまうかもしれなかったが、ナギサは冷静になれたらしい。
「疑うべきか、疑うのをやめるべきか、そう考えている時にふと、とある友人の言葉が思い浮かびました」
テラスの外から見えるトリニティはいつも通りで、それが少し違和感があるように思える。
「「疑い続けてると目を曇らせるよ。怪しくても、疑っていない人の意見も受け入れないと」」
思い出すようにナギサは言うとこちらへと向き直る。
「そう、ヘリアさんはおっしゃっていました。当時は何を当たり前のことをと思いましたが……」
そのヘリアという子が言っているように、疑い続けていると目を曇らせると思う。
怪しく思っていると、何でもない一挙手一投足すらも疑ってしまう。それは疲れるだろう。
「すべてを疑って、先生の考えを何一つ聞いていないことを思い出しました」
"なるほどね"
暖かい風が吹き抜ける。街路樹が揺れ動く音がやけに大きく聞こえる。
「疑うのをすぐにやめる……それはできませんが、これから話を聞かせてください」
ナギサが疑う、というのが過剰ではなく、適度になったのなら大丈夫だろう。
「私には見えない彼女たちの姿があると思いますし、その逆も然りです」
"もちろん。協力するよ"
そう伝えると、少しナギサが顔をほころばせる。
「裏切り者探しは続けます。セイアさんを殺害した犯人は許せないので」
ただ、とナギサは続ける。
「裏切り者が見つかったら、すぐに彼女達には謝ります。許されないことかもしれませんが、何度でも」
そういうナギサの表情はまっすぐにこちらを見つめている。
「裏切り者を探すのを手伝ってください。とはいえませんが、改めてよろしくお願いします」
そういってナギサはこちらに歩いてきて、手を差し出してくる。
その手を握ると、安心したのか、ナギサの表情は喜ばしそうなものになっていた。
どちらから手を離そうか、こちらから手を離したほうが良いだろうか。
そう考えていると、ナギサが手を離して、椅子に座る。
気を使わせてしまったが、ここでそのことをこちらが言うのはナンセンスだろう。
「申し訳ありません。話す時間は……もう少しありますね。聞きたいことはありますか?」
ナギサがこちらに話題を振ってくれる。
話を聞く、と決めたのだからこちらの聞きたいことを聞かせてくれるらしい。
"なら、ヘリアについて教えてくれない?"
「はい、ヘリアさんについてですね」
私が残っていた紅茶を飲むと底が見える。
もうこんなに飲んでしまったか、と感傷に浸っていると、ナギサが話し始める。
「と言っても面白い話なんてありません。社交会で知り合っただけですので」
"社交会なんてあるの?"
トリニティはお金持ちの子が多そうに思っていたが社交会が実在しているとは……
「はい。彼女はワイルドハント芸術学院の生徒でして、整った顔だと思った記憶があります」
"ワイルドハント芸術学院となんでわざわざ?"
そういえば前にユウカから聞いたような気もするがあまり覚えていない。
「芸術家のパトロン探しを兼ねた交流ですね。どうやら彼女は急な欠席者の代理で来たみたいですが」
芸術学院という名の通り、芸術専門の学校らしい。
トリニティの子はお金持ちだから、パトロン候補として芸術家に触れ合ったりするのだろう。
「話しかけた時にパトロンを必要としていないのでパトロンになりたいのならごめんなさいと言われて……」
"あはは……"
パトロン探しのパーティに来ているのに、そんなことを言えるのはすごいなぁと思う。
「私も幼く、そう言われると反発心が沸いてきてしまいます。そこで話しているうちに仲良くなりました」
"なるほどね"
ヘリアという子と会った場所はともかく、仲良くなれた動機はわかった。
「ちなみにヘリアさんは文学科専攻みたいです。ペンネームは教えてもらえませんでしたが……」
"今度ワイルドハント芸術学院に行くことがあれば話してみるね"
「はい、そうすれば彼女も喜んでくださると思います」
ナギサも紅茶を飲む。どうやら紅茶がなくなったようで、
空っぽになったティーカップがテーブルに置かれる。
「ただ、最近は忙しいのか連絡に応えてくださらないんですけどね」
"締め切りが近いのかもね"
「ふふっ、そうだとよいのですが……」
ナギサがちらりと時計を見る。すでに最初に予定した時間を過ぎそうだ。
「あぁ、こんな時間になってしまいました。また話すのを楽しみにしています」
"また話そうね"
そう言って、ナギサと別れ、ヒフミたちのもとへ向かうのだった。