ヒフミ達は今現在、合宿施設の掃除をしている。
といっても、来た初日にしたのでそこまで汚れてはいないが。
"大丈夫だった?"
「あ、先生!戻ってきたんですね!」
たまたま入り口近くを通っていたヒフミに声をかけられる。
「それで、その……退学のことはどうなりましたか?」
"退学はもちろん、取り消しになったよ"
やったと小躍りしたかと思ったら冷静になった様子のヒフミはこちらに尋ねる。
「つ、追加で課題を出されたりしてないですよね……?」
"そういうのも無かったよ"
今度こそ安心したようで、ヒフミは喜びを隠せていない。
良かった。これにて一段落だ。
セイアを襲撃し、殺した犯人が見つかれば、エデン条約が結ばれて、ナギサも落ち着けるだろう。
"コハルとアズサ、ハナコにも伝えて来るね"
「掃除はそこまで急ぐ必要もありませんし、呼んで来ますね」
そう言ってヒフミは走ってどこかに行ってしまった。
……みんながどこに居るかを聞けていない。
掃除していそうなところを探してみるか。そう思って歩き始める。
少し探して、見つかりそうになかったので、ヒフミにリビングに来るようにモモトークでお願いした。
「すみません。誰がどこを掃除しているかも言わずに行ってしまって……」
"大丈夫だよ。それより今は、合格できたことを喜ぼうよ"
"はい、これ"
買ってきておいた飲み物を渡す。
「わざわざ買ってきてくれたのか、感謝する」
"それじゃ、合格を祝って乾杯!"
全員に渡したグラスが接触する音が部屋全体に響き渡る。
「これで終わりだなんて、少し寂しいですね」
「大丈夫ですよ。同じ学校なんですし、会おうと思えば会うこともできます。」
ヒフミの声にハナコが応える。本当に色々あったが何とか合格できてよかった。
「……きっかけはともかく。また集まりたいわね」
コハルが小さく呟く。はじめは反発が強かったが、ここまで態度が柔らかくなったのは嬉しい。
心をだいぶ開いてくれたようだから。
楽しげな雰囲気の中、アズサが考え込んでいるように見える。
先程から一言も話さず、うつむきながらお菓子を食べているようだ。
"大丈夫?アズサ"
私が話しかけると、こちらに意識を引き戻されたようで顔を上げる。
「少し話しても良いだろうか?先生」
"二人で話したほうがいい?"
何かを決心したような表情になるアズサはこちらを真っ直ぐに見ている。
「いや、大丈夫だ。みんなにも聞いてほしい」
アズサの発言を聞いて、みんなの視線がアズサに集まる。
アズサは一体何を言うつもりなのだろうか。
「すまない。私は、ナギサの言うところのトリニティの裏切り者なんだ」
!アズサの告白は、私にとってはすごくデリケートな情報だ。
ヒフミ以外のみんなは、何を言い出したのか理解していないようだ。
「詳しい事情は説明する、お願いがある」
そういうと、アズサは立ち上がり、頭を下げる。
「私の、仲間を止めるのを手伝ってくれ」
「え、えっと……?」
唐突な情報の濁流に驚き、戸惑っているヒフミたちは、答えかねているようだ。
「私は、アリウス分校の生徒だったが、任務でスパイとしてトリニティに潜入している」
「アリウス分校…確かトリニティの連合に反対した分派の一つです。本当に存在しているとは……」
ハナコの言うことが事実なのなら、もともとトリニティの一部だった
アリウスはトリニティに恨みを持っていてもおかしくない。
それに任務だ。ナギサから聞いた情報から考えれば……
「その、任務って何?」
私の疑問と同じことを考えたようで、コハルもアズサに聞く。
「その、任務というのが……ナギサの殺害、だ」
「勿論、そんなことを、しようと思っていない。ただ、他のみんなは別だ」
アズサの言葉に、感情が追いつかない。
アズサとの会話や価値観を聞く限り、そこまで価値観の乖離は起きていない。
つまり、アリウスにいる生徒は、その価値観があるのに、殺人をさせられそうになっている。
"許せない"
自分でも驚くくらい、低く、冷たい声が出る。
しまった、みんなの前でいってよいようなことではなかった。
私の声で空気が冷えてしまった。
"ごめん、話を続けて"
「あ、あぁ。それでアリウスの生徒は明日、襲撃を仕掛けに来る」
つまり、アズサのお願いは、その妨害。
同じ学園の仲間を人殺しにしたくないということだろう。
「それを止めるのを、手伝ってほしい」
"もちろんだよ"
私が戦えるわけでもないが、真っ先に応えてしまう。
「……先生と同じ気持ちです。私も、ナギサさんに思うことがないわけではありませんが死ぬのは違います」
「正義実現委員会の次期エリートとして見過ごせないわ!」
「ナギサ様を守るのに協力します」
ハナコ、コハル、ヒフミも順番に協力を伝えてくれる。
「みんな……ありがとう」
"関係がないかもしれないけど、聞いておいていいかな、アズサ"
「私がわかることでよければ答えよう」
"誰が、そんな指示をしたのか教えてくれない?"
「……その、すまない。記憶が曖昧で、誰が指示を出していたのか覚えていない」
そう言っているアズサは、本当に記憶がないようで、わからない、といった表情だ。
"ごめん、関係ない話をしたね、襲撃について教えてくれない?"
アズサが話している襲撃の計画を聞きながら考える。
生徒が別の生徒に指示をしているのなら、その生徒も、実行してしまっている生徒と話をする。
少し傲慢かもしれないけど、誰にも否定はさせない。
それが、先生としてキヴォトスにいる、私の役目なのだから。
もし、それが生徒ではなく、大人なのだとしたら……
その時は、私がけじめをつける。それが、大人で、先生の私のすることだから。
アズサから大まかな計画の概要を聞いたところによると、実行は、明日の深夜。
ナギサが、書類の保護にほとんどの正義実現委員会の人員を割いているため、好機だと思っているようだ。
アズサ達とアリウスの生徒達を鎮圧して、保護するための計画を立てる。
合宿施設にナギサがいる、ということが分かればアリウスの生徒はこちらに来ざるを得ないはずだ。
そういう訳で、ナギサに直接話をしに来た。
少し無理を言って、入ってきたが、事情があることを察したのか、人払いをしてくれる。
"ナギサ、ついさっき話をしたばっかりなんだけど、お願いがあるんだ"
「どうかしましたか?緊急の用事があるのですか?」
困惑している表情のナギサに、事情を説明する。
"実は、ナギサが襲撃を受けるかもしれない。"
驚愕している表情に変わったまま、こちらを見つめるナギサに続ける。
"その襲撃で、真の裏切者を探し出したいから、手伝ってくれない?"
「す、すいません。いくつか確認させていただいてもよいですか?」
"唐突にごめんね、答えられる限りは答えるよ"
私の発言によって、不安になり、
取り乱し始めた様子のナギサへ答えられる質問なら、答えるつもりだ。
「まず、どこでその情報を入手したのですか?」
"……少し事情を説明してもいいかな?"
アズサから聞いたのではなく、話をしていたのをたまたま聞いたことにしようとも思ったが、
まっすぐな瞳のナギサに嘘をつくのは、違うだろう。
"ナギサはアリウスってわかる?"
「アリウス…?すみません。わからないのですが、それが関係あるのでしょうか?」
本当に知らないのか、疑問げな表情になっている。
"セイアの襲撃にも、そのアリウス分派が関わってるんだ"
「セイアさんの件にも……」
ナギサから、セイアの事情を聞いた時から感じていた違和感。
それは、アズサから話を聞いていくと、解消された。
"けど、セイアの事件には、大事なことがあるんだ。セイアは生きてる"
「……え?それは、本当、なんですか?」
"本当のはずだよ"
アズサから聞いた、これまでにやったことと、これからの襲撃に関する話。
その時に言っていた、セイアを襲撃する振りをして、殺したりはしていないこと。
また、間違っても殺さないように手加減はしていたこと。
襲撃した後の夢でセイア自身が生きていることから考えると、生きているといっていいだろう。
"青い髪の子が、回収していったらしいけど……"
「ミネさんでしょうか?本当に、生きているとしたら……」
感極まってナギサは泣き始めてしまった。
「……すいません、いったん席を外して連絡をしてもよいでしょうか?」
"分かった。部屋の外で少し待ってるね"
そう言って、ナギサが業務をしている部屋を出る。
少し待つと、中から扉が開いて、入るように手招きされる。
「どうやらセイアさんは生きていたようです…!」
満開の笑顔でナギサはこちらに話しかけてくる。
「少し意識が回復していた際に、連絡を受けたら秘匿しなくてよい旨をセイアさんが伝えていたようで……」
アズサの襲撃からそれなりの時間が経っている。
気絶する程度の攻撃しか加えていなかったようだが、セイアの病弱な体が祟ってしまったのだろう。
その影響と、犯人が分からないから秘匿し続けていたようだが、
真実の確認を秘匿しなくてよいとセイア自身が言ったため、ミネは認めてくれたのだろう。
危なかった。そうでなければより話がこじれるところだった。
"事情の説明を続けてもいいかな?"
「あっ、すいません」
"大丈夫だよ"
満面の笑顔だったナギサの顔を、変えてしまって申し訳ないが、説明を続ける。
"実は、セイアの襲撃をしたのはアズサなんだ"
私が言ったことにナギサは衝撃を受けたようだが、今生きているということは……
「アズサさんは、二重スパイをしてくださっていたのですか…私は、ひどいことを……」
今にも罪悪感に押しつぶされそうなところ申し訳ないが、
ナギサに協力してもらわなければ話が始まらない。
"それで、前回は任務を受けたアズサが、誤魔化したんだけど、今回はそうはいかない"
「私が、書類の防衛を依頼してしまったからですか」
"そういうことになるね"
そういうと、どうしたものかとナギサは考え始めたようで、真剣なまなざしになる。
"今から正義実現委員会を引き上げさせたとすると、真の裏切り者にばれちゃう"
「だからこその、あぶり出し、ということですか」
実のところ、私はアズサから聞いて、トリニティに入学した方法を知っている。
ただ、その事実はあまりにも残酷で、私も嘘であってほしいと思っている。
けれど、それが真実であろうことも分かっている。悲しいことに。
なんとなく、ナギサもアズサ入学の経緯は覚えているようで。
まさか?本当に?と思っているのが表情に出ている。
「分かり、ました。受け入れましょう。本当に…ミカさんが……?」
後半は小声だったけど、しっかりと聞き取れてしまった。
ナギサにとって、疑い続けたのに、信じた友人に裏切られてしまうという
ショッキングという言葉では表せないほどの感情だろう。
そして、それが偽りである可能性を信じている。
私が同じ立場でもそうしただろう。ただ、状況証拠がそれを否定してくる。
ナギサはきっと、信じたいはずだ。
"夜になってすぐ、ナギサのところに誰かしら行くから、ついてきてくれる?"
「はい、わかりました」
この目で見るしかない。真の裏切り者を。
そうしなければ、疑いが晴れそうにないのだから。