少女は記憶を胸に   作:クロケル

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後始末

ミカの移送のために、軽く拘束してミネに連れて行ってもらう。

そして、合宿施設であるこの場所をナギサから借りて、アリウスの子達の保護をしている。

 

……掃除してすぐ利用することになるとは思っていなかったが。

ミカを連れて行ったミネを除く救護騎士団と、シスターフッド達が慌ただしく建物の中を動いている。

 

銃は既に没収していて、後からやってきた正義実現委員会に保管してもらっている。

私は迷惑にならない範囲で手伝わせてもらっている。

 

一部屋一部屋に物資を運んでいると、色々な反応が見える。

意識を失ったままの子はともかく、激しく抵抗をして口論になっている子、

口に出してはいないが不安げな表情の子、何もせず受け入れている子。

 

人によって様々だったが、その全員が怯えて、怖がっているように見えた。

アズサから聞いていたアリウスの環境は劣悪だったし、トリニティに対するヘイト教育がなされていた。

というのは知っていたのだが、いざ目の当たりにすると、想像よりもずっと酷い。

 

ひとまず頼まれていた仕事を終えて、次の仕事を聞きに廊下を歩いていると、

後ろから走って来る音が聞こえる。

 

どうしたのだろうと振り向くと、アリウスの子がこちらに向かって来ていた。

確か先程届けた部屋にいた子のはずだ。

後ろから追いかけて来ている救護騎士団の子を止めて、謝って戻ってもらう。

 

"大丈夫?"

「何故助けてくれたのですか?」

黒色っぽい髪に、毛先が紫色になっている子が息を整えながらこちらを見つめる。

 

"えっと……"

「答えてください」

鋭い眼光でこちらを見つめるその子の様子は何故か虚勢を張っているように見える。

 

"答える前に名前を教えてくれない?"

目の前の少女の名前を聞く。この子から見たアリウスについて教えてもらいたい。

 

「……スバルです」

しばらく悩んだ様子の後、名前を教えてくれる。

どうやらスバルという名前らしい。

 

"分かった。教えてくれてありがとう。少しついてきてくれる?"

何か飲み物を出しながら話をしようと思い歩き出す。

後ろから聞こえてくる足音を考えると、スバルはついてきてくれているらしい。

 

 

 

"座って。何か飲み物を出すから"

少し歩くと、テラスに着き、そこにある椅子に腰掛ける。

スバルは渋々ながらも対面する椅子に座る。

 

「必要ありません。それより早く教えてくれませんか」

いち早く答えを聞きたいのか、焦った様子のスバル。

彼女を落ち着けるように、少しずつこちらの事情を説明する。

 

"自己紹介がまだだったね。私はシャーレで先生をしてるんだ"

「私は梯スバル。アリウス分校所属です」

律儀に私の自己紹介にスバルは答えてくれる。

 

"それで、助けた理由だよね?"

「はい。教えてください。何故私達を助けたんですか……?」

"まず最初に、ごめんね。助けるのがこんなに遅くなって"

心底意味が分からないという表情を向けるスバルに続ける。

 

"もっと早く助けてあげればよかったのに遅くなってごめん"

「貴方が謝ることではないです。謝罪は要りません」

スバルは少し困ったような表情を浮かべると、続ける。

 

「それに貴方とは関係がないじゃないですか。なのになんでこんな虚しいことを……」

"それは違うよ"

私がそれを否定するとより一層スバルは困惑を深めたようだ。

 

vanitas-vanitatum-et-omnia-vanitas

アズサが言っていた、アリウスのトップがアリウスの子に教えたスローガンのようなもの。

全ては虚しい。どこまで行こうとも全ては虚しいものだ。

 

という教えは、完全に否定できるものではないかもしれないが、それでも、私は違うと思う。

アズサの言うように、それが今日や明日を否定する理由にはならない。

 

「何が違うんですか?貴方と私たちは関係がないですよ」

"私が先生で、君たちが生徒だからかな"

そう言い切った私を、疑うような視線をこちらに向けるスバル。

 

「本当にそれだけの理由で?」

"そうだよ"

私が先生で、スバルたちは生徒。手を差し伸べる理由としてはそれだけで十分だ。

 

「私たちは、貴方に何かを教わった覚えもないのに?」

"それでも、君たちは私の生徒だ"

少し異常者を見るような視線をスバルが向けてくるが、それでも構わない。

 

私に対する評価なんて極論、どうでもいい。

勿論大事ではないというわけではないが、そんなもので生徒を救えるのならそれでいい。

 

「……こちらが質問してばかりというのも失礼ですね。何か質問はありますか?」

"アリウスのリーダーについて教えてくれない?"

少し答えづらそうな表情になったスバル。やはり何かしらの制約があるのだろうか。

 

「言うことは……」

話を変えようとしているスバルは、言動的に知っているように見える。

"たとえ虚しいのなら、私に教えても変わらない。そうは思わない?"

 

あまり言いたくも、使いたくもないが、そうは言ってられない。

今この瞬間にも、アリウスの子たちは苦しんでいる。それを少しでも早く助けなければ。

「それは……そうかもしれませんね。いいですよ。話しましょう」

 

少し驚いたかと思うと、スバルは表情を整え、こちらに向き直る。

「アリウスの指導者は、マダムという大人です」

 

……落ち着け。大人が子供を利用していたとしても、それを見せるわけにはいかない。

「彼女は数年前どこからやってきてアリウスの内戦を止めて、指導者になりました」

 

…………落ち着け。内戦を止めて指導者になり、今のアリウスを作ったのなら、

内戦の手引きをした可能性すらある。そんな大人を許せるわけがない。

「そして今のアリウスの姿になった、というわけです」

 

つまり、今のアリウスの状況は、そのマダムとかいう大人のせいで引き起こされたということだ。

子供を守るべき大人が、子供を利用して、挙句の果てに殺人の道具にしている。

マダムとかいう大人は、私が絶対に、絶対に許さない。

 

スバルを、怖がらせるつもりはない。

マダムに対する怨念を、他の誰でもないマダム以外に漏らすわけにはいかない。

それは不用意に威圧して、怖がらせることになってしまう。

 

「ど、どうしたんですか?」

"……ごめんね。気にしないで"

気持ちを落ち着ける。

スバルの話を聞いて黙ってしまったのが怖かったようだ。

 

"それよりスマホとか持ってたりする?"

「スマホ……?」

分からないと言った様子のスバル。

 

アリウスの状況を考えれば、ないのが自然ではあるが、それでも苛立ってしまう。

 

"明日一緒に買いに行こうか"

「スマホをですか?」

そう、と返事をしながらシッテムの箱を取り出す。

 

"アリウスの連絡手段はトランシーバーくらいなのかな?"

「まあ、はい、そうですけど」

私の話を聞いていたのか、アロナが近くのスマホを売っている店を教えてくれる。

 

"スマホは連絡手段にもなるんだよ。もしマダムが消えたりして、アリウス復興するときには必要でしょ?"

アズサもそうだったが、アリウスをトリニティに復帰させるのではなく、

アリウスを復興させたがっているように見える。

 

「……あのマダムがいなくなるというのは考えられませんが、貰えるのならばください」

"明日、朝食を取り終えたら行こうね"

頷いたのを確認して、時計を見る。

 

時刻は既に日付が変わろうとしている。

"今日はもう寝ようか。おやすみ"

「おやすみなさい」

そう言ってスバルと別れ、私も少し業務をした後に眠る。

 

 

 

 

霧の中の庭園で、目が覚める。

ここは……セイアの夢の中だ。

「久しいね、先生」

"こんばんは。セイア"

 

前に借りた椅子に再び座り直し、セイアの話に耳を傾ける。

「素晴らしい、と手放しに言える結末ではないかもしれないが、それでも最良の選択だったと思うよ」

前回はなくなってしまった茶葉を補充したのか、紅茶をこちらに注いでくれる。

 

「補習授業部の彼女達は、合格できた」

ゆっくりと確認するようにセイアは続ける。

 

「ナギサは……ミカのことは残念だと思っているだろうが立ち直ってくれるだろう」

友人の沈んだ姿を想像して少しためらっていながらも続ける。

 

「ミカは、無事とはいえないだろうが、きっと大丈夫だろう……」

何とも複雑そうな表情になるセイアは、顔を振ると話を戻す。

 

「アリウスの生徒を保護できた。これ以上を望むのは傲慢だろう」

ただ、とセイアは続ける。

 

「物語なら、ここで幕引き、といきたいところだがそうはいかない」

セイアの言う通り、私達が生きるのは現実だ。

例えどんな物語の終わりのようなことを迎えたとしても、その後が存在する。

 

「とはいえ、ここで君を讃えないのは失礼だろう。素晴らしかったよ、先生」

"ありがとう、セイア"

 

ティーカップに注がれた紅茶を飲む。

「しかし不運というのは、往々にして絶好調の時に訪れるものだ」

私に対して拍手をしていたのをやめると、そう言い始める。

 

セイアの言うことを信じるのなら、これから何か、よくないことが起こる。

と言うことなのだろうか。

 

"これから何か起こるの?"

「ふむ……」

何か考え込んでしまったセイアを見るかぎり、やはり何か知っているに違いない。

 

"教え……"

てくれないかな。そう続きを言おうとしていると、抗いようのない睡魔が襲ってくる。

 

まずい、こんな時に。

まだセイアが知っている何かを聞けていない。

 

「……すまないね。時間のようだ。次に会うのを楽しみにしているよ」

1度目よりもはるかに短い時間、言葉を交わした私は、目を閉じてしまい……

 

「……先生」

体を誰かが揺すってくれている。

もう朝になったのか、と思いながら目を開ける。

 

「おはようございます。先生」

"おはよう、セリナ"

どうやら長く眠ってしまっていた私を心配したようで、起こしに来てくれたようだ。

 

時刻を見るとそろそろ九時になりそうだ。

"……起こしてもらってすぐに申し訳ないけど午前中アリウスの子と出かけていい?"

「わかりましたが……無理はなさらないでくださいね」

 

心配してくれていることに申し訳なさを感じながら、開けてくれていたカーテンの外を見る。

清々しい朝日は、私を照らしてくれていて、セイアの様子に不安を感じていたが、今だけは少し喜んでもいい気がした。

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