さて、先生達がミカにセイアが生きていることを告げて、
ミカが止まってくれてから数日。
遂に今日が、エデン条約の調印日。
「遂に今日……か」
『何が……あぁ今日でしたっけ』
セーフルームとして利用している部屋を出て、窓の外を眺める。
まだ朝日が出たばかりの光景は、いつもと違って慌ただしいものになっている気がする。
ただベアトリーチェ……いや、ゲマトリアが関与してくるせいで
そう上手くはいかなくなってしまう。
巡航ミサイルは調印式の会場に着弾し、壮絶な被害を受けた。
それに何より危険なのはユスティナ聖徒会のミメシス。
無限に復活してくるのがもっとも厄介な点だ。
こちらのリソースは有限なのに、相手は無尽蔵の体力と銃弾を持っている。
一応、それなりのダメージを与えれば
その対象は少しの間復活しないようだが、焼け石に水だ。
ヒナのような範囲殲滅が得意だとしても、一度の掃射じゃ倒せない程度に、体力も高い。
そんなものがアリウスの手に渡ってしまう。
あの時も先生がエデン条約機構をもう一つ作ってミメシスを混乱させなければ、
終わりのない戦いが続くことになっていただろう。
前にケイに頼んで予測してもらった通りの威力と、ポイントに向かう。
ケイ曰く、設計図を少し改変した程度なら、問題ないらしい。
警戒態勢になっているトリニティを何とか駆け抜け、古聖堂近くの森に潜伏する。
ちょうど古聖堂からそれなりの距離のビルで、時間を待つ。
一分、二分、三分。
刻一刻と時間が経っていくに連れて、鼓動が早くなる。
万が一失敗してしまったら。そう思うと、銃の整備をしてしまい落ち着かない。
生まれてから今に至るまで銃を大きく外したことはないといえど、
初めてが今回になってしまうかもしれない。
時間が経って行ってしまうのをここまで怖がりながら過ごしたのは初めてかもしれない。
私の思いなんて関係ないかのように時間は経っていく。
そんな私のことを察してくれたのか、ケイも何も言ってこない。
いつまでも過ぎてほしいようで、過ぎてほしくない時間は、過ぎ去っていく。
ケイに言われて確認すると、そろそろ式典が始まる時間
つまり───巡航ミサイルがやって来てしまう時間だ。
入念に準備をしたロケットランチャーを上空に向ける。
「ケイ、発射タイミングを教えて」
ワントリガーで撃てる準備を整えてケイの助言を待つ。
『……今です』
ケイが言ったと同時に、ロケットランチャーを発射する。
当たってくれと願っていると、ミサイルが空中で爆破解体される
───ことはなく。
当たったロケットランチャーの弾は、着弾したと同時に、
爆発したものの、エンジン部分に当たったのか、
高度を維持できずに勢いよく落ちていって……
古聖堂に着弾する。
周囲全体に、大きな爆発音が響き渡る。
爆破解体は……失敗した。
どうして?失敗した?
私が上手く当てられなかった?それともケイの想定より硬かった?
『ふむ、これなら大丈夫そうですね』
「は……?」
ケイの呟きに、今はそんな事をしている場合ではないことを
理解していても聞いてしまう。
「どうして……?」
『邪魔なシッテムの箱の持ち主を処理したかったんですよ』
悪気なんて欠片もなさそうに、ケイは続ける。
『確かに貴方と契約を私はしました。
ただその際に交わした内容に、先生を害してはいけないなどと貴方は言いませんでした』
つまりケイにとって先生は邪魔だから処理をしようとしたに過ぎないと言う事か。
『あの時あなたは、先生とみんなを守るため、と言いました。
逆に言えば着弾すればただでは済まないと言う事』
ケイは極めて合理的に、自身の目標にとって邪魔な存在を消そうとした。
『だから使わせてもらいました。契約を破ってはいませんよ?』
「……そうだね」
ケイの言う通り、契約は破っていない。
普段使っている愛銃の装填を確認する。弾は充分に入っている。
ロケットランチャーをその場に置くと、走り出す。
『……なんで走り出すんですか』
「ケイを助けるため」
『っ、どうして…それが……助けに───』
「友達を」
答えは決まっている。
「友達の殺人を止める。それ以上の理由なんてないし、必要ないよ」
『……理解できません。私は、貴方にとって好ましくない選択をしました。
そのことを私は理解しています。だからこそ、そのような行動をする意味が……』
足元のコンクリートを踏む音がやたらと大きく聞こえる。
「ケイがどんなに道を誤ろうと、私がそれを正す。君は私の友達だから」
『どうして……』
ケイが疑問を浮かべているところ申し訳ないが、あまり時間がない。
いつ誰が死んでしまうのか分かったものではないからだ。
先生は、間違いなく生きている。
だから私は、先生を助けて、誰も死者を出さずにミメシスが消えるまで戦い続ける。
階段下から来たミメシスの一人をできるだけ近づいてから撃つ。
視界が下に倒れる。
……あれ?体が動かせず、徐々に瞼が重たくなっていく。私、倒れてる?
意識を失いかけている私は誰かに支えて、どこかに運ばれているようだ。
目が覚めると霧の中。
つまりはセイアの夢にいるということだろう。
私の体に何が起こったのだろうか。
ミメシスの体らしきところを撃って…気絶した、のだろうが……
いや、今は少しでも早く夢から覚めなければ。
ただ、覚める方法がわからない。セイアから聞けないだろうか?
そう思いながら、前回通ったはずの道を通り抜ける。
「おや、客人が来たようだ」
"え?"
前回と同じところで目覚めたからか、同じ道を通すことでセイアのもとに辿り着けた。
前回と特に違うのは、椅子に座っている先生だろうか。
「どうやったら起きれる?」
単刀直入に、セイアに聞く。
「……ふむ、少しだけ話を聞いて行ってくれないだろうか、意見を聞いてみたくてね」
余っていた椅子を指し、座るように促される。
仕方がない、ここでどうこう言って結果的に先生の心象を下げるわけにはいかない。
椅子に座るとセイアが話し始める。
「先生、先ほどの私が言った通り、だろう?」
嘲笑うようにセイアは続ける。
「楽園の名を冠した条約で、悲劇が起こる。一度、先生の考えを聞こうか」
私は聞いていないが、先生は聞いていたのだろうか。
「楽園に辿り着きし者の真実を、証明することはできるのか。君はどう考える?先生」
先生の方を見ると少し苦笑いを浮かべると話し始める。
"……セイアが、その楽園の存在証明のことを大事にしてるのは分かる"
ゆっくりと落ち着いた口調で諭すように先生は話す。
"だからこそ私の考えを言うと、楽園はあるって信じるしかないと思う"
「信じたところで意味はないだろう、先生」
先生の出した答えに納得がいっていないのか、今にも立ち上がりそうだ。
「楽園の在否は、すべての人にとっての宿題だ。
それを証明しなければならないのに信じる……?」
"実の所、私は楽園の存在証明に興味はなくて…… "
セイアの疑問に答えるように、先生は続ける。
"私はただ、生徒を助けるのが最優先だから"
先生の答えを飲み込むために考え込んで無言になってしまうセイア。
そんなセイアの様子を見ていたかと思うと、先生は立ち上がる。
"ごちそうさま。ごめんねセイア、もう行かなきゃ"
「何度考えても意味が分からない。何故───」
セイアの夢の中から目覚め、現実へ行こうとする先生をセイアは引き留めて聞く。
少し考えたかと思うと、先生は一言だけ言って消えていく。
"水着じゃなくて下着だと思えば、それは下着だから"
そう言って先生は消えていく。
「どういうことだ……?」
困惑して立ち尽くしてしまっているとこと申し訳ないが、私は早く戻りたいのだ。
「セイア」
どうやったら起きれるのか教えて、と言おうとするとセイアに肩をゆすられる。
「……君は、ケイ、という友人に裏切られたはずだろう」
確かに、ケイは私がお願いした巡航ミサイルの空中爆破解体、
というのを意図的に失敗させた。
「なのに何故疑わない?裏切られてすぐに信じられる?」
セイアの疑問はそこにあるのだろう。
先生が楽園を信じるしかないと言ったから、
他の人の信じることを知ろうとしたのだろうか。
真剣にこちらを見つめてくるセイアに答えないのは、よくない……気がする。
「友達だから」
「……?」
疑問気な表情でこちらを見定めるような視線を向けているセイアに対して続ける。
「友達が間違ったことをしてたり、してしまったら、それを咎めたり、助けてあげる」
先生へと協力させるためにその友達を助けないという
不誠実極まりない行動をしている自分が嫌になるが、そんなことをしてしまって。
協力する人が減ってしまうわけにはいかない。
「裏切られても、友達と言えるのかい?」
頷く。ケイが道を誤ってしまったとしても、友達であることには違いない。
それはケイに限らず、みんなそうだ。友達になったのなら見捨てないし、助ける。
ただキヴォトスの滅亡というスケールで見ると、
先生に協力する人を増やさなければならない。
今私がやっている行動が最善でないのかもしれないが、私の思いつく、最善の方法。
それを今、私はやっている最中なのだ。
中途半端に終わらせるわけにはいかない。
「実の所、私は先生の言った楽園を信じると言うことに納得できていない」
詳しい経緯がわからないため、私が何か言うことはできない。
ただ信じることは難しいことだと私も思う。
「だからこそ信じてみようと思う」
セイアは納得はできていないし、理解することもおそらくできていない。
それでもセイアは先生の言った楽園を信じてみる。
「そうすれば、楽園を信じると結論を出した先生を理解し、信じられる」
セイアが持っていたティーカップをテーブルの上に置く。
「引き留めてしまってすまなかったね、それで起きる方法、だったか」
ゆっくりとセイアは周りを見渡すとこちらに走って来て耳打ちしてくれる。
「目を閉じてくれ。少しすれば現実で目が覚めるはずだ」
そんなことでいいのか、と呆気に取られてしまうが、ひとまず実行する。
「今度は現実で会えるのを楽しみにしているよ。グリム……いや、」
セイアの言葉を最後まで聞き終えられずに、意識が落ちていく。
目が覚めると、ビルの中にいる。誰かが運んで来たのだろうか。
周囲を見渡すと……
私の銃が、ミメシスの手に渡っていて、私の手元にはなかった。
まずい、自衛手段がない。ミメシスがゆっくりとこちらへ歩いて───