挨拶代わりの銃弾をお互いに交わし、サオリは少しずつ私に距離を詰めて来て、
私は近くの建物の中に隠れる。
時間稼ぎをするためにあえてサオリの有利な状況にするためではあるが。
サオリはゲリラ戦の達人だ。それは私も認めよう。
ただゲリラ戦というのは相手がどこにいるか分からない状況下の奇襲と、
地形的な有利を得ていることが条件だ。
地形的な有利は確かにサオリの手元にあるが、奇襲は不可能だ。
『上の階層に4名、同じ階層に1名。全てミメシスです』
ケイが入手する情報は、誰がどこにいるか分かるものもある。
ケイ曰く、周囲に何がいるかは把握できるらしい。
ただ敵意の有無までは判断できないようだが……
ただ問題はヒヨリやアツコ、ミサキの応援が来た時だ。
特定の時間で合流するような連絡をしていた場合、探しにきてしまうかもしれない。
いくらケイの索敵で居場所がわかったとしても、
人数が増えて考慮しないといけない情報が増えてしまい、厳しい。
わかっていてもどうしようもない時というものがある。
私とサオリの足音だけが無機質なコンクリートを踏む音で伝わってくる。
こちらへ投げてきた手榴弾を避けて反撃をしようとするとサオリは既に消えていた。
私がやるべき時間稼ぎのタイムリミットは、
アズサとサオリ達が戦って撤退するときのつもりだ。
反撃はもちろんするし、
一時的に気絶するくらいまでのダメージを与えるつもりではある。
あるにはあるだけであまり積極的にやるつもりはないが。
少し開けた部屋で再装填をしようとする。
サオリが襲ってくるとしたら、それは私が油断していそうな時。
つまり再装填している間は無防備だと思うだろう。
『反応。北東の天井の穴から様子を伺っています』
サオリにとっての絶好のチャンスを意図的に作ったのだ。
相手も聞こえていた足音が止まると疑問に思い、様子を見る。
そして相手が抵抗しにくいタイミングを狙って攻撃をしてくるはずなのだから……
「即刻、抵抗をやめろ。苦しまずに殺してやる」
銃口を頭に突き付けながらサオリは話しかけてくる。
サオリがこうやって脅してくることが想定通りだ。
ゆっくりとやっていたためまだ装填の途中だったスナイパーライフルで薙ぎ払う。
当たり前だが、スナイパーライフル相手の近接はほとんど警戒されない。
サオリが引き金を引くよりも先に、スモークグレネードを投げ、走って距離を取る。
ひとまずサオリの動きを遅くすることができた。
まあ、動きを遅くすることしかできていないとも言えるが。
走りながらサオリと距離を取りつつ、階段を駆け上がる。
別の階層にいたミメシスを倒しつつ、周囲を警戒する。
撤退のタイミングは先生達が呼んだ応援が来るか、アズサが撤退する時だ。
そう考えていると足音が一つ増える。サオリの慎重な足音と比べると、早い。
それは新しい誰かが来た、ということになる。
足音は一つであることを考えると、来たのはアズサだろう。
アズサにサオリを殺させないように援護しながら戦うことにするか。
急いで階段を降りる。
入口付近でサオリがアズサに話しているようだったが、こちらに気が付いたのか
アズサではなく私の方向を見て、発砲してくる。
それを避け、私も銃口を向ける。
「アズサ、お前がこちらに戻ってくるのならあいつの始末を手伝え。
マダムには私から言っておこう」
そうサオリに言われたアズサは、答えの代わりに銃を取り出す。
そうしてその銃口を、サオリに向けて発砲する。
「断る。私はお前たちを止めに来た」
アズサの銃撃を難なくサオリはかわす。
「残念だ。この手で仲間を始末することになるとは」
サオリの撃った銃弾を肘で受けて、反撃をしようとアズサは銃を向けると
煙に紛れてサオリは消えていった。
私が追撃を放つより前に先に移動したのはさすがサオリといったところだろうか。
「逃げられたか。だが、簡単にはこの建物から逃れないはず」
そう言ってようやく私を見て、少し考えたかと思うと、
思い出したようで表情に出ている。
「あの時、先生を訪れていた。名前は確かグリムだったか」
申し訳なさそうな表情になるアズサは、苦しげに続ける。
「巻き込んでしまってすまない。早く逃げてくれ」
そういうアズサに手を差し出す。
「協力するよ」
少しためらっていたようだが、判断に時間をかけすぎるわけにはいかないと
思ってくれたのか、アズサは私の手を握ってくれる。
「よろしく」
軽く挨拶を済ませると、移動しながらアズサに話を聞く。
「サオリ───いや、先ほど君に銃を向けていた人がいただろう」
もし私が知らなかったらかなり重要な事実を教えてくれている。
「彼女は私の仲間だ。ただ殺人を許容するわけにはいかない」
足音が聞こえた方向に発砲するが残っていたのは手榴弾の残骸だけだった。
「サオリはゲリラ戦の達人だ。私も彼女に教えてもらった」
警戒をしながら索敵をする。と、言っても……
『サオリは下の階層に降りて、背後から音を立てずに歩いてきています』
「気を付けてくれ、どこから襲撃に来るかどうかわからない」
頷きつつ、背後を警戒する。
「ただ、ゲリラ戦ではなくても、彼女は強い」
アズサの言う通り、特別ゲリラ戦が得意なだけで、本人の実力も高い。
というかミカと張り合える実力があるだけで十分な実力と言える。
周囲を特別警戒しているアズサは地形の把握に努めている。
ゲリラ戦で大事な地形の把握をしておくことで、
サオリの襲撃を予測しようとしているのだろう。
アズサと一緒に建物の構造を確認しながら1層、また1層と進んでいく。
そうして残すところは屋上のみとなった。
屋上の扉を開けようとしたところで、ケイの報告を受ける。
『サオリは1層下、いや貴方達のちょうど真下にいます』
この部屋は階段も、床の崩落もない。
なぜわざわざ、そんなところにサオリは居るんだ?
歩く速度を考えても、既に同じ階層にいても厳しかっおかしくない。
それなのにわざわざ真下にいる理由は───
考えているうちに爆発音が足元から聞こえる。
……足元から?この下はサオリのいる部屋だ。
まずい。ここから逃げ出そうにも、既に崩落に巻き込まれていて
回避は間に合いそうにない。
それはアズサも同様で。共に下の階に落ちて行く。
落ちてしまった私達を歓迎してくれたのは、サオリとそれなりの数のミメシスだ。
銃口はこちらに向けられていて、集中射撃を今にも受けそうだ。
「ようやく見つけたぞサオリ」
私と同じく、崩落に巻き込まれたアズサは、周囲を見て状況を即座に把握したようだが、サオリに銃を向ける。
「逃れられとでも?」
「この青白い奴らは私を攻撃できない」
サオリが挑発するが、乗ることはなく極めて冷静に答える。
「……さすがの観察眼だな。ただそっちのやつは別だ」
私はアリウスの生徒ではない。よってミメシスの攻撃対象になる。
この状況からアズサと協力して戦う、というのには分が悪い。
身体強度が何故か上がっていたとはいえ、集中射撃を受けて余裕を保つことはできない。
手榴弾を取り出し、アズサを押し出すと同時に手榴弾のピンを素早く抜くと、
勢いよく地面に叩きつける。
「なっ………」
またも地面が崩落し、私は一つ下の階層へ行く。
ミメシスに蜂の巣にされてしまってはこちらとしてもひとたまりもない。
だからこそ、下に逃げさせてもらう。
サオリが追跡しようと降りてくるかと思ったが上での戦闘している音を聞く限り、
アズサがサオリと戦いを始めたようだ。
私を追跡しようとしたサオリをアズサが止めたのだろう。
私が開けた穴から降りてくる前に、急いで距離を取る。
サオリは止められても、ミメシスまでは止められない。
いずれ降りてくるであろう穴を警戒しつつリロードする。
そして予想通り降りてきたミメシスを一人ずつ慎重に撃つ。
特別距離を取れているわけではないが、それでもミメシスを一撃で倒すぶんには充分だ。
『上での戦闘はサオリが有利に進めていますね』
また降りてきたミメシスを倒しつつ、ケイの言葉に耳を傾ける。
『それから、一部のミメシスが別行動をしています』
……なるほど、サオリの指示だろう。
穴から落ちるようにして突撃するグループと、背後から奇襲するグループに分けた。
通常なら、それなりに効果があったかもしれないが、
こちらのケイにかかれば隠密など無意味である。
上の階の戦闘音が聞こえているのもそうだが、ミメシスは足音がないのも非常に厄介だ。
わずかな物音がするにはするのだが、
ケイの報告を聞かなければ、私には到底分からない。
『周囲のミメシスの反応はありません』
「ありがとう、ケイ、教えてくれて」
壁に手をついて少しだけ休む。
倒したミメシスは救助を指示して建物から出て行かせた。
「よし」
息を軽く整えると、階段を駆け上がり、サオリに対して発砲する。
「……戻ってきたか」
「大丈夫か、グリム」
咄嗟に撃ったが、サオリが部屋の奥に居て、アズサが扉側にいる。
「気遣っている余裕などあるのか?アズサ」
そう言って移動し始めるサオリは、私の銃弾によって足を止める。
それによって私に気が付いたようで、
「やはり二人と戦うのは分が悪いか」
そう言って逃げようとするサオリを執念でアズサが追いかける。
手榴弾も尽きたのか、何かを投げられることもなく、追い詰める。
アズサの援護をしつつ、私への攻撃を回避しながら戦う。
アズサの銃弾を上手く回避しているが、私の銃弾を避けることはできておらず、
少しずつダメージが蓄積していく。
とはいえ時間稼ぎが目的だ。
怪我をさせるわけにはいかないため、できるだけ悪化しないような場所を狙う。
戦闘によるダメージによって疲れているように見えるサオリはアズサに話しかける。
「強くなったじゃないかアズサ」
サオリがアズサを褒めるが、アズサは何も答えない。
アズサは無言で銃口をサオリに向ける。
「アズサ。止まって」
「……すまないグリム。
またヒフミ達に会うことがあったら申し訳ないと伝えておいてくれ」
手伝ったとはいえ、アズサに手をかけさせるわけにはいかない。
アズサの手元を狙って、銃弾を放つ。
こちらが邪魔をしてくることを想定していなかったのか、アズサは驚いている。
「殺人はダメ」
「グリム、邪魔しないでくれ。私は決めたんだ」
今にもアズサがこちらに銃口を向けようとしている。
ピリピリとした空気になっている中、アズサへ銃弾が向かってくる。
急いで押し倒すと、壁が軽くへこむ。
「リーダーから離れて。アズサもあなたも」
『追加で3名の反応。全員アリウスの生徒です』
ケイからの報告を聞かなくても分かっている。
アリウススクワッドが全員こちらにやってきてしまった。
「離れないなら……はぁ分かってるよね?」
ミサキはこちらに銃口を向けているし、アツコはその前に立って盾を構えている。
「……間に合わなかったか」
撤退するタイミングだ。
「アズサ。逃げるよ」
「いや、しかし私にはやるべきことが」
ここから撤退するのに、私一人では無理だ。
「ミメシス、手伝って」
そういうとどこからともなくミメシスが現れる。
……普通に移動してくると思ったのだがそうではないらしい。
どういう訳か指揮下にいる彼女たちを使わせてもらおう。
「足止めをお願い。瀕死になったら撤退すること」
「なぜ…青白いやつらが……それにサオリたちは攻撃しないはずだ」
困惑しているアズサを抱えて、窓を割り脱出する。
「邪魔だからどいて」
ミサキの声に答える代わりに銃声が聞こえる。
ミメシスは私の指示のほうを優先したらしい。
「なぜこいつらが私たちを撃ってくるんだ。
マダムが呼んだあいつがいい加減なことをしたのか」
サオリも何か言っていたのを聞いて、足止めは成功していることを確認する。
アズサを少し遠くに連れるために、走って戻る。