「待ってくれグリム。サオリ達を止めるべきなのは私なんだ」
「黙って」
私に抱きかかえられながら、アズサは連れて行かれる。
「このぬいぐるみを……いや、いいか」
なにやら納得したアズサは私に告げる。
「すまない。降ろしてくれ自分で歩ける」
いまのアズサなら降ろしても大丈夫かと思い、周囲の安全を確認した後、降ろす。
足を怪我していたのか少しよろけたのを支えたが、すぐに立ち直す。
「……助かった。危うく道を踏み外すところだった」
軽く足を引きずりながら歩くアズサを見ながら周囲を警戒する。
「少しだけ、時間を貰っても良いだろうか」
真剣にこちらに聞いてくるアズサにいいよ、と一言だけ伝える。
アズサはその場で先程から持っていたぬいぐるみをおもむろに解体し、爆弾を取り出す。
それを誰もいないであろう建物の中央で起爆する。
ただ、その爆発は建物を傷つけることはなく、爆発音だけが残る。
『あれは……』
ヘイロー破壊爆弾。未来の記憶の時も爆弾として使ったことや、
思い出のぬいぐるみに仕掛けてしまった、ということを言っていたのを思い出す。
一仕事終えた様子でアズサがこちらに戻ってくる。
時間経過で爆発するようにしていたから、その解体だったんだろう。
「……ありがとう。誰かに見ておいてほしくてな」
「大丈夫」
爆弾が残骸になっているか確認してきたようで、
その手にはボロボロになったがぬいぐるみが残っている。
『近くにミメシスが来ています。前方斜め右から二名です』
ケイの報告を聞いて即座に発砲する。
アズサは急に銃を構えた私に驚いていたが、視線を銃弾の方向へ向けるとより驚く
連続して撃たれた弾丸によって、現れたミメシス二人は一度倒れるが、
やはり復活してこちらに歩いてくる。
「……その、教えてくれないのならばいいのだが
なぜその青白い奴らは君に攻撃しないんだ?」
私が何か言う前に、アズサは続ける。
「私に敵対しないのはまだ分かる。
サオリ達から見れば完全に裏切ったのか分からない状況だからな」
ただ、とこちらに詰め寄る。
「事実、あのビルでサオリと戦った時、
確かに君を襲っていたのに、何故今は敵対しない?」
私を今にも掴みそうなアズサに落ち着くように告げる。
「……いや、すまなかった。少し冷静さに欠けていたな」
それはそれとして、と言ったような反応をアズサは浮かべる。
「どうして今、君に敵対しない?敵対して欲しい訳じゃないが、理由が知りたい」
『どう、と言われてもあなたは分からないでしょう?』
ケイの言う通り、私は原理が分かっていない。
マエストロ曰く、このミメシスはユスティナ聖徒会のミメシスで、
エデン条約機構を、乗っ取って顕現させたと意気揚々に先生に解説していた。
それを信じるならば、という話ではあるが。
ただそれを考慮したとしても意味が分からない。
マエストロから接触されたが、あの時に何かしたようには見えなかった。
私がアズサに言えることはない。
というか私もなんでなのか教えて欲しいくらいだ。
「……ごめんね。私は知らないかな」
それをどう解釈したのか分からないが、アズサはこちらに顔を向けてくれる。
「言いたくないことだったか、すまない」
『……いや、しかし』
ケイが何かしら言っているのが聞こえた。
「アズサ。少し離れる」
「……分かった。私も少し一人になりたい」
どうしてこう言ったのか、私にも分からなかった。
ただケイの言っていたことを聞くだけなのに、
わざわざ離れてもらう必要があるとは思っていなかった。
少し距離を取ると、小声でケイに聞く。
「何か知ってるんだよね?」
『……えぇ、知っています』
少し躊躇いがちにケイは言う。
「教えてくれない?」
『言う事は、できません』
はっきりとした声で、ケイは応える。
「どうしてかな?」
『貴方と交わした契約。それに反することになるからです』
あの時私が使うだけ使ってみた契約だが、こんなところで裏目に出るとは。
「どれに反するの?」
『言いたくはありませんが……』
私が覚悟を持った瞳であることを察したのであろうケイは呟くように教えてくれる。
『契約を履行している間は、双方に危害を加えてはならない、という条目ですね』
「……つまりそれを教えることで私に危害を加えることになるってこと?」
ケイの言う事をそのまま解釈するのであれば、
私はそれを知ることで著しく不利益になるということだろうか。
『えぇ、そうです』
ケイはそう答える。なにか複雑なものなんてなく、ただそうである、と。
「それでもいいから教えてくれない?」
『……いえ、それでも教えることはできません』
絶対に引けないラインなのか、ケイはそう断言する。
これ以上追及しても答えは得られなさそうだと判断して話題を少し変える。
「教えたらどんな風に危害が加わるの?」
『……それくらいならおそらく大丈夫でしょう』
私の質問を聞いて考えたかと思うと返事をくれた。
『少し分かりやすく言うと、貴方達は存在するに当たってオーラというものがあります』
「神秘のこと?」
思い当たるものといえば神秘だ。
私達には知覚できないらしいけど、影響を与えているらしいもの。
『神秘……言い得て妙ですね』
神秘、という名称ではなかったらしいが、何やら納得した様子だ。
『それは人によって様々ですが、往々にして何かしらの事態を引き起こします』
つまりセイアの予知夢は彼女の神秘によって引き起こされていると解釈してよさそうだ。
『ただし、本人が自身の本質を知ると、その神秘は変化します』
「例えば、予知夢の神秘を持っていたとして、
自分自身を、予知夢の力を持つ存在だ、と思ったらアウトってこと?」
ケイの言うことが本当なのならば、予知夢を見たセイアに何か変化が起こるはずだ。
すでに変化が起きているのかもしれないが、
それならセイアに悪影響が起きているのでは?
『場合による。としか言えません』
「と言うと?」
私の疑問にケイが答えてくれる。
『例えば未来予知をする、という神秘のみだったらアウトかもしれませんが、
他の要素があれば別です』
「預言者、と認識するとか?」
『未来予知と結びつきやすい例ですね。
預言者と未来予知の神秘が両方ある場合、その両方を認識すればアウトです』
セイアは自分自身の本質をすべて知らないからこそ、
その影響が出ていないのだろう。
『話を戻すと、神秘の変化が起こるのですが、それが悪影響になり得ます』
「……あれ?それなら私は神秘が一種類しかないの?」
『それについては答えません。
私自身トリガーは分かっていますが、一端でも知ってしまうと影響が出かねないので』
「それって一端でも知ったら悪影響ってことにならない?」
そう聞くと口を滑らせた、と言うような反応をしたように見えた気がする。
『一端でも、と言いますが、知った内容が一端なのか、すべてなのか、
それがわからないため知らないに越したことはありません』
言われてみればそうだ。他の側面がない可能性もあるのだから、
神秘の変化が起こってしまうかもしれない。
『厄介な事に一度でも認識してしまうと、変化し、それを戻すことはできません』
神秘の変化、また新しく手がかりになり得る情報を手に入れた。
「ちなみに見分ける方法はあるの?変化してるかどうかが」
『確か貴方の上についているヘイローが砕けるはずです。
おそらく見たらヘイローに違和感を感じると思います』
ヘイローが……砕ける?
『まあ、今は見かけるようなことはほとんどないと思いますが』
ケイが何か言っているのを聞き流す。
それよりも大事なことがあるからだ。嘘をついているようには思えない。
ならばあの時の彼女は……
いや、よそう。そんなことを考えて何になる。
泣きながらとはいえ、私達を手にかけ、みんなの命を奪ったアイツに。
つまりケイの言う神秘の変化は、おそらくテラー化のことだ。
ケイの説明をまとめると、テラー化は、自身の本質をすべて思い出すと起こる。
一端を知るだけでも、悪影響が起こってしまう。
「聞きたいんだけど、
神秘の変化が起きるとこの行動をしないと!みたいなことになる?」
『……それもまた、場合によります』
ケイの答え方を考えるとケイ自身もテラー化に詳しくはない?
『自身にとって受け入れがたいものであるときと、
受け入れてしまっているとで変わります』
「受け入れてしまうとどうなるの?」
アイツに対して、何か有効打になり得るかもしれない。
『受け入れてしまうと、行動が変わってしまうかもしれません。
もちろん、抗うことも可能ですが』
ケイを信じるのならば、アイツは自分自身が厄災であることを受け入れて、
こちらを殺して来ている。
アイツは自分の意思で、私達を殺した。
抗えたのに、別の行動もできたのに、殺した。
悲しそうな表情だった、なんて関係ない。
自らの意思でこちらを殺して来ていた。アイツは悪者だ。敵だ。
みんなを守るためにも、私の極めて個人的な恨みでも、アイツは殺す。
そのためにも、強くならなきゃ。あの時よりも、ずっと強く。
……あの時?未来の記憶よりもずっと強くだろう。
『他の質問がないのなら戻った方が良いのでは?』
「あ、ごめん。教えてくれてありがとうケイ」
あんまりアズサを待たせてしまうのも忍びない。
ケイから聞きたかったことは聞けたし、それで十分だろう。
「アズサ、遅くなった」
「……戻って来たか。整理はできたし、もう一度古聖堂へ向かうつもりだ」
そう言ってアズサはこちらへ頭を下げる。
「頼む、ついて来てくれないか」
ここで私が言っても行かなくても、アズサは一人で行くだろう。
それならば、わたしが一緒に行って怪我を減らした方が得策だ。
「もちろん」
私の答えを聞いて嬉しかったのか、すこし頬を綻ばせるアズサ。
「確認しておきたい、青白い奴らは君に敵対しなくできるんだよな?」
頷く。ケイから聞いた情報を、漏らさないように注意しなければ。
仮に本質を知って悪影響が出るのなら、本質を知って悪影響が出ることすらも
知らない方が意識しなくて済むだろう。
「……それならば大丈夫だ。一緒に出発しよう」
そう言って撤退して来た道を、アズサと共に引き返した。