グリムとアズサがともに古聖堂へと向かう最中。
「しかし……青白い生徒が敵対しなくなるのもそうだが、
仲間同士で戦い始めるのは不思議だな」
「どうした?」
古聖堂へと向かいながら戦っている最中、アズサが何か口走っていた。
私は倒したミメシスを指揮しながら、戦場の様子を見る。
サオリ達と戦った時にミメシスを呼んだときは
急いでいたため気が付いていなかったが、
どうやらミメシスは私の声が小さくてもある程度の範囲には聞こえるようだ。
あとは転移のようなものができるみたいだ。
駆けつけて来た時に転移してきていたみたいだし。
ミメシスと話すことができたらもっと楽に分かるのだが……
それに関しては仕方がないと割り切ることしかない。
『スナイパーライフルを所持している者は一番奥にいる対象に対して射撃』
そういえば、ケイも指揮できるらしい。
当人曰く、スレイプニルだからできるとかなんとか。
聞いても答えてくれそうになかったが、
協力的ではあるため、問い詰めなくてもよいかと判断した。
本質に関係があるのかもしれないし、きっと答えてくれないだろう。
『ひとまず付近のミメシスは倒し終えました。進みましょう』
「行こう」
アズサは頷くと、私についてきてくれる。
少し歩いた後、古聖堂へと着いた。
と、同時にミメシスの一人が恭しく私にお辞儀をしてくる。私が最初に倒した子だ。
ただ、アズサに銃口を向けている。敵だと判断してしまったのだろうか。
私が止めようとする前に、ケイが止める。
『やってみましょうか。ドロテア、銃を降ろしてください』
「ドロテア?」
ケイが目の前の彼女に突然言い出した名前を小声で反復する。
『あぁ、えっと……』
「彼女の名前?」
ケイが何か言おうとする前に、目の前の彼女を見る。
ミメシスである彼女も、生前は名前があったはずだ。
それがドロテア、と言うのだろうか。
アンビロジウスやバルバラ、と同じように名前があってもおかしくない。
『そうですね。彼女はドロテア、と言う名前です』
「どうしてわかったの?」
ケイと知り合いだった可能性もあるにはあるが、
トリニティとミレニアムでは随分と距離がある。
昔から知っていた、と言うよりは別の何かはありそうだ。
『先ほど説明した神秘の影響ですね』
神秘で個人名までわかるものなのだろうか。
いやでも冷静に考えると黒服はホシノのことを暁のホルスと呼んでいた。
つまり、神秘からなんらかしらの名前がわかる……?
名前が分かったからと言って何がわかるのかはわからないが。
『偉人、と言う概念は分かりますよね?』
頷くとケイが説明を続けてくれる。
『生前、大きな影響を残した人は、それが神秘となって色濃く残ります』
つまり行動によって神秘が変化する?
『彼女もまた、生前の行いが語り継がれ、
複製として存在している今も影響を与えています』
「私が例えば偉人となったとして、それは今の神秘に影響を与えるの?」
今ミメシスを指揮している能力が突然消え失せることはないのだろうが、
純粋な疑問だ。悪運に関する神秘を持っていたとして、
それが消せるならいいことだろうし、助けになれるかもしれない。
『いえ、今の神秘が保持されたまま、追加されます』
疑問げな表情を浮かべているであろう私にケイは補足してくれる。
『例えばコップをあなた達、コップの水を神秘としてください』
『そのコップに追加で、水を注ぐのが、偉人としての神秘です』
もっとも、死後に関係する神秘ならば
偉人じゃなくても起こり得ますが、とケイは付け加える。
『彼女の持っている神秘は偉人に近しいように思えたので確認も兼ねていましたが』
*リーダーと従者。付近の防衛と救助はしているが何か連絡か?*
『……彼女の従者というのは非常に不愉快です。訂正を要求します』
ケイが答えていたが、私は驚きのあまり硬直していた。
ミメシスとは一方的に話せるものだとばかり思っていたのだが……
ケイから名前を聞いたおかげか、何を言っているかわかるようになったのだろう。
つまりアンブロジウスやバルバラの言う事もわかるのだろうか。
*新しい指示はあるか?リーダー*
「リーダーって私のことで合ってる?」
何を当たり前のことを、と言うようにドロテアは頷く。
「教えて欲しいことがあるんだけど……」
*答えられることなら*
「まずどうして私に従ってくれるの?」
疑問であった従ってくれる理由。
神秘を知らない彼女なら、また別の答えを教えてくれるだろう。
*難しいな。リーダーだから、としか言えない*
ただドロテアから帰ってきた言葉は、私の思うような答えではなかったが。
アズサが困惑しながらも、私に話しかけてくれたことで、ようやく我に返る。
「グリム?何故そのミメシス?だったか、の前で固まっているんだ?」
「ごめんアズサ。行こうか」
アズサを連れて、移動を再開する。
「付近の防衛はやめていいよ」
*了解したリーダー。リーダーからの命令だ防衛班は全員、戻るように*
小声で伝えると、ドロテアは、命令を下すように話す。
防衛をしていたらしいミメシスを全員撤退させ、
古聖堂の瓦礫の下へと続く階段へと向かう。
「下へ続く道があるな。どうする?偵察してくるか?」
後ろを歩いていたアズサも気がついたのか、声をかけてくれる。
「……私が行くよ。アズサは入り口の見張りをお願い」
「分かった。気をつけてくれ」
そう言って階段をゆっくりと降りて行く。
少し開けた納骨堂を横目に通り抜け、ヒエロニムスがいる地下空間へと歩みを進める。
ところどころ落ちている残骸は、先程のミサイルによるものだろう。
ゆっくりと歩みを進めていると、足音が前から向かってくる。
誰だ、と思い銃を構えると、見覚えはあるが、会いたくはない奴がいた。
「やはり非常に興味深い。貴殿が従えているミメシスそれがどうなっているかは」
マエストロ、ミメシスを生み出した元凶。
「何?」
「貴殿の神秘により興味が湧いた。どうだろう私の手伝いをしてくれないか?」
「断る」
なんでわざわざこんな怪しいやつの話を聞かなければならないのか。
「ふむ、そうか」
残念そうな様子でマエストロは私から離れていく。
『アイツは何ですか?あの大人は……!』
あきらかに神秘のことをしっている大人が、こちらを探るようなことを
言っていることによってなのか。
いかにも不機嫌そうな様子でケイが私に聞いてくる。
どんなやつなのか私だって分からない。
「……少しだけ細工を加えさせてもらう」
どこから取り出たのか分からないオーパーツを取り出し、何かしらの操作をしている。
「……ふむ、これでいいだろう。貴殿について聞かせてくれ。そちらの箱にいるAIよ」
ケイは答えない。というかこいつは、ケイがここにいることがわかるのか。
「残念だ。有益な会話になり得るかと思ったのだが」
そう言ってケイから目を離すとこちらを見つめる。
「貴殿の横にいるミメシス。一度観察させてもらってもよいか?」
*リーダー何か要望は?*
ドロテアが私に聞いてくる。
駄目。そう言おうとしたのを遮るようにマエストロは続ける。
「貴殿の持つ神秘をより詳しく解明して見せよう」
「必要ない」
ゲマトリアの提案は、拒否しておくに越したことはない。
よほど有益な情報ならともかく、知らないほうが良いだろう内容でもあるだろうし。
納得して、どこかへ行ってくれ。
そんな私の願いは聞き届けられなかったのか、マエストロはそのままだ。
「アプローチを変えよう。貴殿はそこにいるミメシス達の戻し方は分かるのか?」
マエストロの質問の答えに私は詰まってしまう。
ヒフミ達と先生によって新しくエデン条約機構を作れば、ミメシスは消えた。
ただそれは未来の話で、同じ様にいけるとは限らない。
ましてや未来と異なり私の指示を聞くし、会話もできている。
既に死んでしまった彼女達を、私の都合で巻き込み続けるわけにはいかない。
それに常に連れ歩くわけにもいかない。
ミメシスはトリニティ全体から見ると敵で、そんなものをいつまでも連れ回し、
見つけやすくするわけにもいかない。
もし力を借りるとしても、それは来たる厄災の時だけにするべきだ。
ただそれを素直にこいつに話して良いものだろうか。
おそらく目の前のこいつは分かるのだ。それは間違いないと思う。
紛れもなくこの場にミメシスを作り出しているのだから。
悩んでいる私を見て、何か結論づけたのかマエストロは落ち着いた声で続ける。
「分からないのなら条件付きで教えよう」
「ドロテアを見せろ、とでも言うんでしょ」
話が分かるじゃないか、と言わんばかりにマエストロは頷く。
「貴殿にも、そして彼女にも、今この場で、危害は加えないと約束しよう」
「本当に?」
本当だ。とマエストロが言っているのを聞きながら考える。
ゲマトリアは、基本的に嘘をつかない。
それが彼らなりの誠意なのか、たまたまなのか分からないが。
アリウスの支配者であるアイツならともかく、
黒服やマエストロが嘘をついているのを私は知らない。
危険かもしれない。でも戻す方法を知らなければ、彼女達はずっとこのままだ。
「ドロテア」
*はい、リーダー。指示を*
嬉しそうにこちらを見ているマエストロが怖いが、乗ってあげようじゃないか。
「いいよ、マエストロ。彼女達を戻す方法は教えるのと、危害を加えないで」
「無論、作品の見物料は払う」
ドロテアを作品呼ばわりされるのは不快だが、ここで事態を荒立てる必要はない、か。
「ドロテア、違和感があったら容赦なく撃っていいよ」
私の言葉に頷くと、ドロテアはマエストロの前に立つ。
「なるほど。このようなアプローチが……」
時々感嘆の声を上げながら、マエストロはドロテアを観察する。喋らないケイと、背後にいるミメシス達がジッと見つめていたかと思うと、マエストロはこちらへ向き直る。
「大変素晴らしい作品だ。見れて感激している」
やたらと上機嫌な様子でマエストロはこちらに話しかけてくる。
少しどころじゃないくらい気味が悪い。
「そう。早く情報を」
「無論、分かっている」
と言ってもここで説明しきることは不可能ではあるが、と続ける。
「彼女達の墓前へと来た時に手伝いをしようじゃないか」
「約束は違えないで」
脅すようにマエストロに言うが、上機嫌のこいつにどこまで効果があるかは分からない。
「貴殿のタイミングで来てくれ、待っている」
そう言ってどこかへ消えていくのかと思っていると、私の後ろを凝視し始める。
後ろには敵対してこないミメシスしかいない。
聞き覚えのあるその声は、この場にいるとは思っていないもので私も振り向く。
"私の生徒に、何をしてるのかな?"