"倒した……かな?"
『はい!倒せましたよ!先生!』
アロナの言葉を聞いて安心する。これでヒエロニムスはひとまず沈静化できた。
グリムはどこにいるだろうか。ここにいることはほぼ確実なはず。
消えてゆくヒエロニムスを横目に、グリムを探す。が、見つからない。
そんなはずはない、彼女はここにいるはずなのだ。
ただ、ゲマトリアの奴かワープのような特異なものを使って連れて行った可能性もある。
そうなってしまった場合は大変だ。
「ふぅ〜疲れた疲れた」
「倒せて良かったわ。それで、グリムはどこにいるの?」
ホシノとヒナがこちらに戻ってくる。
"どこに居るんだろう……?"
本心からの言葉だ。本当に、どこにいるのか分からない。
ボロボロとなった聖堂に隠れるような場所などほとんどない。
『お役に立てずにすみません……』
"大丈夫、手伝ってくれてありがとう"
アロナも探してくれたみたいだが、見つからなかったようだ。
「探してみましょう!瓦礫に埋もれたのかもしれませんし」
「……そうするしかないんじゃないかな〜とおじさんも思うよ」
ヒフミが言うと、それに答えるように、みんなが探し始める。
私も探そうともう一度辺りを見渡すと、箱が浮いているのが見える。
辺りの景色に同化していて見にくかったが、あれは確かにグリムが持っていたものだ。
そちらのほうへ近づくが、違和感などなく、ただの床であるように見える。
マエストロが何かやった痕跡が残っていないかと思い床を触ろうとする。
しかし向けた手が床につくことは無かった。
温かい、人間の体温を布越しに感じる。
誰もいないように見えた床には、グリムが倒れていたのだ。
先程まで誰もいないように見えた床には、確かにグリムが倒れている。
急いで抱きかかえ、セリナに伝えて応急手当てをしてもらう。
そうして、安全を確保した後、トリニティの方へ連れて行く。
目が覚めると、トリニティの救護騎士団のベットの上だった。
ヒエロニムスは倒せたのだろうか。
先生ならきっと倒してくれたはずだが、大人のカードを使ってしまっていないだろうか。
ひとまず周りに置いてあるものはないかと見ていると、
ちょうど扉を見た時にガチャリ、と音を立てる。
「体調は大丈夫でしょうか」
私と目が合ったナギサは少し間を置くと、話しかけてくる。
「大丈夫、ありがとう」
何でナギサがこんなところにいるんだ、いや居てもおかしくはないのだが……
少しだけ複雑な気持ちになりながらも、挨拶をする。
「グリムさんであっていますよね」
頷く。ナギサはどうして困惑しているんだ、
別に仮面をつけているのだからわかるだろう。
……いや、顔に違和感がないことに違和感を感じる。
頬に手を当てると、分かった。今は仮面をつけていない。
治療のためなのか、外されてしまっている。
だからナギサは私に確認を取ったのだろう。
先生から報告は受けているだろうし、ミカとの戦闘のこともある。
それに変装をしていることはあっても、声まで変えていたりはしない。
ナギサは人の特徴を覚えているだろうし私の本当の名前を知っている。
オッドアイに変化している以外は、何ら変わりない。
別に私の名前を知っているのは問題ないが、
それを聞きつけて芸術学院からの追跡が来ては困る。
それにナギサに知られていると後で困ることもある。
ここで言わないようにお願いしておこうか。
そんなことを考えていると、ナギサは口を開く。
「妹さんは元気でしょうか?」
「……妹?」
突然出てきた妹、と言う言葉の処理に少し時間がかかった。
私に妹はいない。
知らないだけでいるのかもしれないが、少なくとも今知る範囲では知らない。
「あなたと違ってオッドアイではなく、緑色の瞳でしたが」
もしかしてオッドアイになる前の私のことを言っているのだろうか。
瞳の色が後天的に変わる可能性より、肉親である可能性の方が高いだろう。
「知らない」
架空の人物として語ることはできるが、ナギサがその気になって調べれば一瞬だろう。
「……そう、ですか」
納得などしていないような声でナギサは返事をした。
「もしかしてあなたがヘリアさんなのですか?」
「……違うよ」
ナギサの問いに、反射的に答える。
オッドアイ変化している可能性の確認をしたかったのだろう。
「しかしその銃はヘリアさんと全く同じものです。ヘリアさんのような見た目で、
同じ銃を持っている。そんな偶然があったとでも言うのですか?」
ベットの横に置いてあった銃を手に取ると、ナギサは続ける。
「カスタムまで全く同じですね。偶然で片付けられる範囲ではありません。
グリムさん……いやヘリアさん。答えてください」
一歩私に詰め寄る。思わず後ろに下がろうとするが、ベットの上ではそうもいかない。
心配するような表情のまま、ナギサはこちらを見つめてくる。
流石に隠し通せそうにない、か。
「……そうだよ。私がヘリア」
「やっぱりそうでしたか。教えてください。何故ここにいるのですか」
何故ここにいるのか、理由は単純だ。
「厄災からみんなを守るためかな」
「……セイアさんみたいなことを言いますね」
幾分か冷静さを取り戻した様子のナギサは、病室にある椅子に座り直した。
「しかし……ヘリアさんが嘘をつくとは思えないので事実なのでしょう。
来るとどうなるのですか?」
「キヴォトスが滅亡する」
なんてことない、日常会話のように放った言葉ではあるが、
私の見た未来ではそうなってしまっていた。
「それは…その、本当……なのですね?」
頷いて返事をする。
先程信じると言ったのに疑うようなことを言ったのは、
間違いなく信じられるような内容ではなかったからだろう。
「残念だけど……本当、なんだ」
「……どんな厄災なのですか」
私の答えを聞いてすぐにナギサは聞いてくる。
「空が赤くなって、形容しにくい化け物が街を破壊するんだ」
ナギサはこちらへと視線を向け続ける。
「色彩、それが厄災の名称。ただ、なんの情報もない。
どうして起こるのか、どんな存在なのかすら分からない」
「どうして、そんなものが、キヴォトスに……」
「ごめんね、それがわからないから」
少し悲観的な表情であったナギサの顔は、すぐにいつもの表情に戻る。
「私に、何か手伝えることはありますか」
キリッとした視線を私に向けてくる。
「先生に協力してあげて」
「先生に?いえ、先生を信用していないわけではないのですが、何故ですか?」
何故、と聞かれてしまうと、答えるのが難しい。
実は未来の記憶があって、そこでは先生と一緒にシャーレで働いていて……
といった経緯を説明しなければならない。
「実は……」
そういいかけたところで、誰かの足音が聞こえてくる。
「実は……?どうしたんですか?」
「ごめん、説明できなくなったかも。お願いだけしていいかな」
「はい?了解しましたが、何で……」
困惑していたがとりあえず聞いてくれるようだ。
「しばらく、私のことをヘリアって名前で呼ばないで欲しいんだ」
「……事情が何かあるのは分かりました。それも簡単には言えないようなものが」
一拍置くと、ナギサは続ける。
「分かりました。また今度、ゆっくりとお話を聞かせていただきます」
「ありがとう。助かるよナギサ」
そういい終えると、机の横においてあった仮面をつける。
「ミカさんの件も、古聖堂での件もありがとうございました、グリムさん」
ナギサがそう言ったかと思うと、扉が遠慮がちに開かれた。
扉越しに様子を見たらしい先生は少し驚いた後、こちらへ話しかけてくる
"おはよう。体調は大丈夫かな?グリム"
頷く。頷いた私を見て少し朗らかな表情に先生はなった。
"大丈夫そうならついてこれる?すこし検査したいみたいだから"
「……そういえば忘れてしまっていました。早く行って調子を確認してきてくださいね」
ナギサにそう言われてベットから降りると、先生に連れられて検査を受ける。
ミネから不眠に関して色々と注意をされたが、
それ以外問題はないとのことで、解放してくれた。
トリニティの本舎から出ると、どこからともなくケイが現れる。
『危ないところでした。危うく死にかけることになりましたよ。』
適当なホテルに入って身体確認をしているとケイが話しかけてくる。
発信器の類はないようなので杞憂だとは思うが。
「危なかったかもしれないけど何とかなってよかったよ」
『貴方の命が危険にさらされるとこちらとしても困るのですが』
「そうなったらケイが助けてくれるでしょ?」
呆れたようなため息をついたかと思うと、ケイは話を進める。
『ドロテア、来てください』
ケイがそう言うと、目の前にドロテアが現れる。
*リーダー。それに従者。あの化け物は倒したぞ*
『だから何度この人の従者でないと言えば……はぁ、もういいです』
*少しついてきてくれ、マエストロとやらと言っていたことを果たしに行くぞ*
一通り確認を終えたため、ドロテアについて行く。
……と言っても青白い体は非常に目立つためケイにナビゲートしてもらったが。
少し歩いた後、アリウスへと繋がるカタコンベの中へと入る。
ここまで来るとドロテアが姿を現しても問題無い。
複雑に変わるカタコンベの道を案内してもらうと、
ついこの前ヒエロニムスと戦った古聖堂の礼拝室へと着いた。
*もう少しで着く*
私や、他のミメシスのみんなが、どこからか姿を現す。
着いていくと、共同墓地なのだろうか。
少し大きめのお墓と骨が入っているであろう壺がある。
前方の方向からマエストロがゆっくりと歩いてくると、こちらに話しかけてくる。
「久方ぶりだな貴殿がここを訪れたということは、作品たちを戻しに来たのだろう」
「早く教えて」
もっと回りくどい言い方をするものだと思っていたが、
案外物分かりが良く、すぐに歩き始める。
そういって墓の前に辿り着くと、名簿を渡してくれる。
「やることは単純だ。彼女たちを追悼すればいい」
「追悼?」
そうだ。といってマエストロはなぜか置いてある椅子に座る。
「名簿の名前をすべて読み上げ、追悼の意を表すればよい」
後は任せた、といったばかりの様子を見せながら、こちらを見ている?のだろうか。
ひとまず渡された名簿の名前を一人ずつ読み上げる。
……中にあったドロテアの名前は最後にしようと読み飛ばした。
「最後に、ドロテア。死した彼女たちが、蘇り、こうして協力したことに感謝を」
マエストロが何か感激の声を上げているような気がした。
「そして死した彼女たちの永遠の幸福を願う。彼女たちに最大限の敬意を」
「ありがとう、そしてさようなら。おやすみみんな」
そう告げ終えると、後ろを振り向く。
全員がお辞儀をして、ゆっくりと消えてゆく。
一番前に居たドロテアは、こちらに何かを差し出してくれる。
*ありがとう。リーダー。この花はあなたに対する個人的な贈り物だ*
彼女の差し出した手に握られていた
きれいな白色のカサブランカを受け取る。
*また必要になれば呼んでほしい。いつでも駆けつけよう*
「……ありがとう。大事にするね。またいつか」
渡された花を大事に手に持つ。
そうすると、一瞬のうちに彼女の姿は消えていた。
「素晴らしい!貴殿は私の見込み以上だ!まさか死者の状態でも縁を結ぶとは!」
「じゃあねマエストロ。感謝してるから」
何かを話そうとしていたかと思うと、一人で納得したのか引き返していった。
もらった花は大事に押し花にして栞として使おう。
そう思って、部屋から退出した。どうしてかわからないが、
また彼女とは会えるような気がした。