先生がサオリ達とともに、アリウスの旧校舎へと
向かうのについていきながら、ミメシスを仲間にしておく。
私に着いてきてくれているミメシスは、
エデン条約のときと同じで、基本的にコミュニケーションを取れてはいない。
音を殺してもらいながら歩くと、柱が次々と倒れる音が聞こえてくる。
"避けて!"
倒れた柱は、人が通ることはできないほど大きい。
そして未来と同じなのならば……
「ああっ!リーダーが!」
「待ってて、合流地点を探すから」
「それは少し難しそうだ」
心配するミサキとヒヨリの声にサオリは答える。
どうしてか聞く声よりも前に、理由は分かった。
「先生を巻き込んじゃうかも、なんて思ってたけど大丈夫だったみたいでよかった」
ミカの声が、地下回廊に響く。
「錠前サオリ、貴方が残ってくれて本当によかったよ。
できればあなたが良かったけど、上手くいくかわからなかったし」
"ミカ、やめて!!"
「ごめんね、先生。それはできないよ」
当たり前のように拒否したミカは、サオリに銃口を向ける。
「時間があんまりないんだっけ?頑張って私を倒せば間に合うかも」
日の出まであと一時間と少し。そのことを認識しているサオリは考えているようだ。
「まあでも、先生がこっちに来たらどうしようもないんだけどね」
「それまで耐えられたらあなたの勝ちかもね。どれだけ時間がかかるかわからないけど」
答えないサオリにミカは苛立ち始めていた。
何か反応があると思っていたが、スカされたことに、だろう。
「何か言い───」
ミカが言い終える前に、サオリは叫ぶように伝える。
「来るな!先生!!」
その声に、ミカも驚いている。
「時間がない!アツコのもとに行くのを急いでくれ!!」
動揺していたミカは、サオリが言い終えたかと思うと、引き金を引く。
「姫を、頼んだ」
そう言って戦い始めたサオリ達を観察する。
爆発音と銃声が飛び交い始めた戦闘は、奥にいるであろう先生たちの声を遮る。
「お前はこれでいいのか?ミカ」
「これでいい?私には、選択肢がないの。
あなた達と違って、私は罰を受けてるの。失ってるの」
サオリは手榴弾を投げるが、着弾前にミカに破壊される。
「本音を言えばこっちにいるのが先生だったらよかったな~なんて思ったよ」
ミカの弾丸を避けながらサオリは反撃するが、あまり効いていないようだ。
「先生は、誰かを助けに行くべきだよ。みんなが救われるハッピーエンドのためにね」
「ただ、そこには悪行を重ねた私達は向かえないよね」
「だから───ここで私たちは結末を迎えるの」
サオリは話さない。ミカの声に、何一つ答えず戦う。
「何か言ってみたらどう?魔女が猟犬に引導を渡してあげるんだよ」
ミカが次の言葉を発する前に、サオリは手榴弾を投げる。
一見手榴弾に見えたそれは、スモークグレネードだったようで、
当たり一面に煙が上がり、ミカ達の姿が見えなくなる。
「そんな小細工、通させないよ」
ミカがそう言ったかと思うと、煙がこちらへより一層飛んでくる。
『凄まじい力ですね……
まさか持っている銃を振るうだけで自身の周りの煙をどかすとは……』
ケイから聞いて驚いてしまったミカの力は知っていたが、そんな方法で解決するとは。
「お前を相手にするときの注意点は理解した」
「お前の憎悪を、否定することなどできない。
お前が奪われた理由は、確かに私に原因がある」
銃弾と、手榴弾の音が響く。煙で見えないが、激しい戦いであることはわかる。
「この程度で、私をどうにかできると思った?」
煙が晴れたころには、ミカに銃口を突き付けられ、ボロボロになったサオリが見える。
もし、未来と違ってしまった時のために、銃を構える。
ミカがサオリを殺してしまうわけにはいかない。
「……アズサ」
小声でサオリはそうつぶやく。
「アズサ?」
立ち上がろうとするが、サオリは体勢を崩す。
「その傷じゃ無理だよ。サオリ」
ミカが、追い詰めるようにではなく、優しく告げる。
「そうか、私は負けたのか」
サオリは天井を仰ぎ見る。
「……もういい」
「もういい?」
「ああ、もう、いいんだ。何が正しくて、何が間違ってるのか。私にはわからない」
ミカは何も言うことも、銃を撃つこともなくサオリを見ている。
「正しいと思ってやっていたのに、間違っていた」
懺悔するようにサオリは続ける。
「アズサ……」
「さっきも言ってたね?アズサちゃんに何を聞きたいのかな?裏切った理由とか?」
「そんなことはどうでもいいんだ」
ボロボロなサオリを前に、ミカは聞き続ける。
「先生の助けがなければ、アズサちゃんはただのコマだったのに」
「アズサは、そもそもスパイとして選んだわけではない」
「あの子は……和解の象徴になるはずだったんだ」
「なっ……」
思い出したのか、ミカの表情に、行動に、動揺が見られる。
「アリウスとトリニティの和解の象徴。そういったのは、ミカ。お前だったな」
「それは…先生を騙すための……」
自分の言葉が、信じられないようにミカはためらいながら話す。
「初めてお前が訪れた時。何も計画されていない時に、お前が言ったことだ」
「そう、だったっけ?」
向けていた銃はすでに地面に向けられている。
「私は、アズサに和解の象徴になって欲しかったのに。何をやっているんだろうな……」
「教えられた憎悪に愚直に従い、周りを不幸に追い込む疫病神じゃないか、私は」
実際のところ、私は未来で事の顛末を聞いただけだった。
今のサオリの言葉など、私には知る由もなかった。
「全て、私が悪かったんだ。アズサは私から離れることで幸せになれたんだ」
違う。サオリは悪くない。ただその一言を、言うことはできない。
「私は、それを否定したかったんだろうな……」
「なあアズサ。お前になら、正解がわかるのだろうか」
そうつぶやいたかと思うと、サオリはうなだれる。
「もっと早く、いい大人に会えていたら。私にも、他の人生があったのだろうか」
先生に協力してくれる人を増やすために、私は見捨ててきたのだ。
それを破るわけにはいかない。
「悲惨な結末ではなく、他の未来を迎えられたのだろうか」
「この有様だ。優しかったお前を魔女に変えた。エデン条約を滅茶苦茶にした。
他にも、様々なことをやった。私は、あまりにも多くを奪った」
ミカは答えない。取り乱しているのが傍から見てもわかるほど、ミカは動揺している。
「この役目は、アズサだと思っていたが、お前だったんだな、ミカ」
そういって、サオリはミカに視線を向ける。
「そんなこと、私にはできない…できないよ……」
そういうミカの顔には、涙であふれていた。
「私も、あなたみたいに、そう望んでいたから」
「私も、もっと早く先生に会えていたら、過ちを取り返せたかも……って」
「ミカ……」
サオリは目を見開いて、ミカを凝視する。
「でも、私にはわかんないんだよ。どうすれば、この罪が消えるのかなんて」
「二度目のチャンス。与えられるかもしれなかったそれは、私にはなかった」
泣きながらミカはポツリと呟く。
「あなたは、私だよ。サオリ」
「二度目のチャンスがないあなたに、同じ痛みを、願っていたのかもしれない」
目の前で泣き叫ぶミカをサオリは見つめる。
「私が、あなたの結末を決めたら……
私に救いがないって、自分で証明することになっちゃう」
「ミカ…お前は……」
サオリがボロボロな体を振り絞り、よろめきながらも立ち上がる。
「どうして、ヘイロー破壊爆弾を使わなかったの?」
「それは……先生が、破壊したからだ」
それを聞いてミカは驚愕の表情を浮かべている。
「どうして先生が……?」
"危険なものだったからね"
いつの間にかこちらへ走ってきていた先生が、ミカの問いに答える。
先生が息を整えているのを見て、ミカもサオリも驚いているようだ。
「せ、先生がどうしてここに?」
「アツコを助けに一旦じゃなかったのか!?」
"もちろん行くよ。サオリと一緒にね"
「リーダー。無事でよかった……無事なんですかね?ひとまずよかったです」
「ごめんリーダー。説得はしたんだけど止められなかった」
先生と一緒にやってきたミサキとヒヨリが現れる。
「ミサキにヒヨリ……」
"サオリと戦ったんだね。ミカ"
先生に聞かれたことに自身も負い目を感じているのか、困った表情を浮かべている。
"ごめんね。ミカ"
「せ、先生?」
固まってしまったミカへと、先生は続ける。
"ミカと向かい合って話をするべきだったね"
「どうして、先生が私に謝るの?悪いのは私だよ?」
"生徒の命がかかってるから、サオリの手伝いをしてるんだ"
そのことは分かっているのかミカは申し訳なさそうな表情になる。
"だから、それが終われば、一緒にトリニティに戻ろう"
優しく先生は微笑みかける。
「どうして、そんなことをしても何も変わらないのに……」
"ミカを助けるよ。私は、ミカがどんな子なのか知ってるから"
「あはは。先生は何を言ってるの?私は魔女だよ」
「私がやったこと、やろうとしたこと。犯した罪。それを本当に分かってる?」
ミカは自虐的にそういうと、先生は迷いなく答える。
"確かに、ミカは悪い子だよ。人を騙し、己を傷つけ"
"そんなことをしても、結果を受け入れられずに泣いている"
「そ、そうでしょ?私は悪い子なの!」
ミカの言葉を気にも留めず、先生は続ける。
"でも和解の手を差し伸べられる優しさも持っているし……"
"人に嫌われることを恐れている臆病な子でもある"
続く言葉が意外だったのか、ミカは驚いたまま再度固まる。
"ミカは魔女じゃないよ"
「なんで……」
ミカは、不思議なものを見るように先生を見る。
"悪いことをしたとしても、ミカならきっと更生してくれるでしょ?"
「そんなチャンス。もうないよ……」
"なければ作ればいい"
「そんな、滅茶苦茶な……」
"もしそれがだめなら次のチャンスを。道が続いている限り、チャンスは必ずあるから"
だからね、と先生は続ける。
"一度や二度の失敗で、道が閉ざされることなんかないんだよ"
"この先に続く未来は、自分たちで創れるものなんだから"
こういうところは、やはり先生にしかできないと思う。
"生徒が、未来を諦めるようなことにはさせない。
チャンスだって、私が何度でも作って見せる"
"それが、大人である私の役割だから"
『いい加減にしなさい!』
先生がそう言ったかと思うと、大きな声が部屋中に響く。
『私のバシリカで、くだらないことをおっしゃらないでください』
"ベアトリーチェ……!"
『こんなつまらなくなった見世物など必要ありません。儀式を始めます』
勝ち誇るようにアツコが磔にされている映像を見せてくる。
『日が昇る時が最大化されるだけのこと。今すぐ始めてしまいましょう』
『それでは幕引きにいたしましょう』
そういったかと思うと、どこからかミメシスが現れる。
『さぁ。ユスティナの聖女バルバラ。あの不快な見世物どもを処理してください!』