ミカに青白い生徒の対処を任せて、バシリカの至聖所に辿り着くと、
ベアトリーチェが悠々とした振る舞いでこちらを見下していた。
「お待ちしていましたよ先生。私の敵対者」
"ベアトリーチェ……!"
私の声を聞いて嗤うベアトリーチェ。
磔にされているアツコを助けようとした私たちを阻むように現れた
こいつは勝ち誇ったように続ける。
「儀式はすでに進行しています」
サオリに睨まれていることなどどうでもよさそうにベアトリーチェは続ける。
「ロイヤルブラッドの神秘を搾取し、キヴォトス外の力を借りてより高位の存在へ至る」
「先生。不可解な敵対者。あなたは私のことを誤解しているかもしれませんね」
ギロリ、と睨むようにベアトリーチェはこちらを見ている。
「私たちはこの世界で自分が望むことを探求しています」
サオリ達には目もくれず、私だけを見ているようで気持ちが悪い。
「あなたも同じく、何にでもなれ、すべてを識ることができる」
そんなことをのたまうベアトリーチェ。
「より高位の存在になり、すべてを救うことが大人の義務なのです」
自分自身を誇示するように続ける。
「より高位の存在になり、この世界を救うために。小さな犠牲は仕方がないのです」
「そう、この犠牲は仕方のないこと。これこそが崇高に至る道」
自分自身に酔っているようにベアトリーチェは自慢げに話を続ける。
「あなたなら、この価値を理解できるでしょう?
すべてを審判でき、救済することができる絶対的な力を持っているあなたなら……!」
ゲマトリアはどうしてこうなのか。どうして、生徒たちを軽視し、
私自身がまるで全能の神であるように話すのか。それが全く分からない。
"理解できるわけないよ。そんなこと、思いもしないからね"
私は先生だ。主役なんかではなく、生徒を助ける存在。
"私はお前たちの言うような大層な存在じゃない"
一つずつベアトリーチェに反論する。
"私は審判者なんかじゃない。誰かを審判することなんて、私にはできない"
"私は救済者じゃない。この世界から苦痛を消し去ることはできない"
私の言うことに意味が分からない、といった反応を示すベアトリーチェ。
"私は絶対者ではない。すべてを定義することは、私にはできない"
"お前たちの言うような、思うような存在なんかじゃない"
私の反論が予想外だったのか、少し余裕が崩れたように見える。
「ではあなたは自分自身をどう定義しているのです。
あなたの能力は、存在価値は!なんだというのですか!」
"生徒のための先生だよ。それ以上でも、それ以下でもない"
"苦しむ生徒を、忘れられる生徒を、寄り添って、助けたいだけ"
ベアトリーチェの頭にある無数の目がこちらを睨む。
「ならばそれを証明してみなさい。できるものなら、ですが」
ベアトリーチェの体が変化していく。
「これが……私。より高位の存在となった私。偉大なる大人の姿なのです!」
"それがお前の正体だね"
怪物になり果てたベアトリーチェを前に、シッテムの箱を起動する。
"サオリ、ミサキ、ヒヨリ"
ふぅと一息つく。
"私がついてるから、一緒に頑張ろう"
「あぁ」
「……そうだね」
「姫ちゃんを救いましょう!」
真の姿を現したベアトリーチェと戦い始める。
もともと神秘を持っていなかったハズのコイツは、
アツコから搾取したらしい神秘を利用しているのか、
はたまた元からなのか、ただの大人よりもはるかに耐久性がある。
"サオリ、右に三歩、五秒後に前方に四歩、ヒヨリは三秒後に二歩後ろに"
指揮をしながら冷静に観察する。
おそらく早く倒しきれないと、コイツの言う神秘が
何なのかは、はっきりとは分からないが、搾取と言っているし良くないものであるに違いない。
"ミサキ、六歩右に。サオリは動かないで。ヒヨリは特殊弾の装填をし始めて"
避けることもせず悠々と立っているベアトリーチェだが、間違いなくダメージは負っている。
避けて避けて攻撃する。
六分ほど経ったのだろうか、どちらが先に消耗しきるかの戦いに勝ったのは私達のようだ。
ベアトリーチェは大きく態勢を崩しながら呟き始める。
「やはり途中では不十分でしたか」
そう言ったかと思うと、号令をかけるように叫ぶ。
「バルバラよ、私の元へ来なさい」
こいつの言うことが本当なら、ミカが必死に足止めしてくれている一際強い青白い生徒が、こちらへ来てしまう。
しかし、ベアトリーチェの叫びに応じて来たのは、わずかな青白い生徒だけだった。
守るように出てきたわずかな青白い生徒を倒そうと指示を出そうとすると、かなりの数の青白い生徒が姿を現す。
「あなたが呼んだのはこの子達かな?」
現れたのは、ミカとグリムだった。
少し戻り、ミカとサオリが和解してすぐ。
様子をみていた私も仲間になっているミメシスの子達の移動の準備を整えておく。
「先生、私に任せて」
"ミカ……"
"分かった。助けられたらすぐに戻ってるね"
先生達はアツコの救助を先にすることにしたようで、
ミカに任せてマダムのいる至聖所へ向かう。
それを見て、私も現れたミメシスの一部を倒し、
こちらの仲間にして離脱する。
「グリムちゃん、何をしようとしてるのかな?
私とサオリちゃんの会話を聞くの、そんなに楽しかった?」
「……ごめん」
ミカたちからすれば極めてプライベートなことを聞かれていたのだ。
それをそこまで知らないやつに聞かれてあまりいい気はしないだろう。
「謝罪なんていらないよ。それより手伝って」
手伝うことは確かにできる。
ただ、それは未来でミカが先生へと向けられるはずだった思いを、消し去ってしまうことになる。
「答えてくれないのかな?それなら早くどこかに行ってくれる?」
「一つ聞かせてほしい」
ミカが戦闘しているのを援護しながら聞く。
「あなたは先生を信頼して、シャーレに協力してくれる?」
「協力するけど……それが何?もっと聞いとくことなくていいの?」
「……その言葉、違えないで」
苦痛をなくすわけでも、軽減するわけでもない。
ただ、未来と同じようにミカが先生を信じてくれるのなら……
「ケイ、援護をお願い」
『いいのですか?今協力する必要はないと思いますが』
今から行うのは、戦力の補給。
確実にマダムを殺し切るために必要な、ミメシスの確保と、ミカを連れてくるため。
ミカの苦しみを取り除いたり、軽減する訳では無い。
結果としてそうなってしまっても、それは事故だ。
「ミメシス、手伝って」
そう言うと同時に、ここに来るまでに倒したミメシスの子達が現れる。
「え?」
「また後で説明する。今は戦うよ」
ミカは驚いたようだが、ひとまず追及は後回しにしてくれるらしい。
「ケイ、ミメシスの指揮はお願い」
『言われなくてもわかっていますよ』
「どういう訳かはわからないけど、早く倒しちゃうよ」
ミカと協力しながら戦う。
ケイの指揮によって倒されたミメシスは仲間割れを誘発する。
「ミカ、バルバラを倒すの手伝って」
「……仲間割れとか気になることはあるけど、後で説明してくれるんだよね?」
ミメシスはほとんど味方になり、中心でマシンガンを撃っているバルバラ以外は倒し終えた。
凄まじい精度の射撃と、かなりの耐久性。
言ってしまえば、バカみたいな再生力や、力があるわけではない。
本当にただそれだけで十分に脅威なのだ。
かなりの数仲間になったミメシスも、バルバラの掃射によって姿を消した。
おそらく再度呼べば来るが、すぐに倒されてしまってあまり意味をなさないだろう。
近づこうにも、上手く距離を取られて、近づけない。
「どうするの?簡単には近づけないと思うけど」
「お願いがある」
そう言って銃撃から隠れながらミカに頼む。
「できるけど……大丈夫なの?」
「頼んだ」
隠れていた障害物を破壊されると同時に、ミカに投げ飛ばしてもらう。
突然とんできた私に困惑している間に、バルバラに弾丸を詰め込む。
反撃をしようと構えたのを杖術でいなし、更にもう一発撃つ。
それによってバルバラは倒れ、私の味方になる。
「倒し終えたよ」
「ありがとう、グリムちゃん」
「一緒に先生を助けに行くよ」
そう言って私たちは先生の後を追いかけた。
もうすぐで至聖所に辿り着くところで、マダムの叫びが聞こえてくる。
バルバラを呼ぶ内容だった叫びということは、マダムは今瀕死である、ということ。
*向かっておきましょうか?リーダー様*
「任せたよ、バルバラ。倒しておいて」
そう指示を出すと、ミカと一緒に走って向かう。
至聖所の入り口へと辿り着くと、
私よりも一足早く着いたバルバラ達がマダムに銃を向けていた。
「あなたが呼んだのは、この子達かな?」
ミカが煽るようにマダムに告げる。
バルバラに指示を出して、マダムを殺しきってしまおうとしているのに、おかしい。
あいつの余裕が、何一つ崩れていない。
何か見落としてる?いや、そんなことはないはず。
「バルバラ、とどめを刺して」
そう指示をしたとき。マダムは───笑った。
突如私を襲う、猛烈な吐き気、胸のあたりを乱雑にかき混ぜられたような感覚。
マダムに何かやられた。間違いなく。気分が悪くなっている間に、銃を奪われ、投げ捨てられる。
「やはり子供は利用しやすいですね」
高笑いを浮かべながら、抵抗ができず、マダムに捕まれ宙に浮く。
"グリムに何をしようとしてるの"
先生がすぐに大人のカードを握りしめてマダムに対峙するが、
余裕を維持しているマダムは平然としている。
「勘違いしていそうですね。私は彼女に奪った罰を与えようとしているだけ」
銃は手元になく、宙に浮いている今は、ミメシスの子達に指示を出すしかない。
「バルバラ、マダムを攻撃して」
動かない。バルバラたちは動かない。
マダムは、奪った罰を与えると言った。それならばまさか……
「理解していないようですね。そもそもユスティナ聖徒会のミメシス達は、私の物です」
私に爪を突き刺し、私の血がマダムの爪を赤く染める。
「奪われる可能性があるものに、何の対策も施さないわけがないでしょう」
ミカがマダムを攻撃しようとするが、ミメシスの子が遮る。
『制御権を奪われました……一部の権限は残っていますが、奪われるのは時間の問題です』
「全員。旧校舎の入り口に移動」
そういうと、ミメシスの姿が、至聖所から消える。
マダムは舌打ちをしたかと思うと、私の鮮血で染まった手で、
ごみを捨てるように放り投げられ宙に浮く。
誰かに受け止めてもらうことはできそうにない。
「ドロテア……私を助けて」
どうしてその名前が出てきたのかわからない。
先ほど遠くへ移動してもらったミメシスの子たちを思い出したからかもしれない。
地面へと勢いよく体をたたきつけられそうになったのに、浮遊感を感じる。
*久しぶりだな。リーダー*
そこにいたのは間違いなく───
「ドロテア……?」
名前を呼んだ彼女だった。