「ドロテア……?」
私を受け止めてくれた彼女は、丁寧に私を降ろしながら話し始める。
*招集に応じて来た。指示を*
招集した覚えなどないのだが……
どうしてか考える間もなく、ミカがこちらにやってくる。
「グリムちゃん大丈夫!?」
ドロテアに銃を向けながら、ミカに聞かれる。
「……大丈夫」
気が付くと吐き気等の不調はきれいに消えている。
マダムにつけられた傷以外は特に問題はない。
「ミカ、お願いがある」
バルバラたちを遠くに移動させたものの、いつここまで戻ってくるかわからない。
「待って、その後ろにいる子は大丈夫なの?」
「……彼女は大丈夫」
オカルト的なことではあるが、バルバラたちと比べて結びつきが強いように感じる。
「そ、そうなの?それならひとまずはいいんだけど……」
混乱しているようだが、ひとまず落ち着いてくれたようで、銃を降ろし、こちらに向き直る。
「バルバラ達はこの旧校舎の入り口に移動しただけなの。だから……」
「足止めのお願い……であってるかな?」
全てを話し終える前に理解してくれたようで、私が続けようとした言葉をミカが聞いてくる。
「お願い」
「……あなたのお願いを聞いてあげる義理はないけど、いいよ。先生のためだから」
軽くうなずくと、私の横にいるドロテアを睨むと、入口の方へと急いでいった。
「ごめんね、ドロテア、私を安全なところに連れて行って」
ドロテアに手を引かれ、ある教室の壁に倒れ掛かる。
ミカに任せて、先生たちに戦ってもらって、そんな状況でやるべきなのかはわからない。
ただ、ドロテアがここにいる理由を、
知ることができれば、奪われた制御権を取り戻せるかもしれない。
「どうしてドロテアはここにいるの?」
私の顔を覗き込んで様子を伺っていたドロテアは、
そう聞くと考え込むことすらなく。
「分からない」
そう、答えてくれた。
「リーダーの呼び声が聞こえたから来ただけなんだ」
「……ドロテア以外のみんなは?」
なぜドロテアだけ、ここに来てくれているのか。
『いませんよ。まぎれもなく、今あなたが制御権を持っているのは彼女だけです』
*そうなのか?従者*
ドロテアはケイに聞くが、間違いなくケイの言っていることは真実だ。
『えぇ。彼女の持っている制御権は、私も一部持っているのでわかります』
「確認していい?ケイ」
『何を確認したいんですか?』
包帯を巻いて止血しながら、ケイに聞く。
「ドロテアの制御権を、あいつが同じように奪えたりする?」
バルバラたちは奪われてしまった。
それと同じように、ドロテアを奪われたくはない。
ミカと話したときは確信がなかったが、
バルバラたちと比べて、ドロテアとの結びつきは強いように感じている。
『確実に奪われない、とはいえませんが、限りなく不可能でしょう』
「なんで?」
限りなく不可能、ということは何らかの確信があるのだろう。
『そもそもの成り立ちが、ドロテアとバルバラたちでは違うので』
疑問気な表情を浮かべていたのであろう私に対して、追加で説明を始めてくれる。
『そもそも、ミメシスは神秘構造体……まあ、神秘で体が成り立っています』
マエストロが造った、と言っているのだから
ゲマトリアたちが探求しているらしい神秘が関係してるのは自然だ。
『そしてエデン条約のときのドロテア達や、アリウス自治区にいたミメシス達と、
貴方が呼んだドロテアでは、大幅に体を構成する要素が異なります』
*つまり私の体を構成している要素が違う、ということか*
周囲を見渡しながら、ケイに聞く。
『ですので、アイツが細工をする時間はありません』
「やっぱりマダムが何かしてたんだね」
あの時の不調は、マダムのやった細工の影響だったのか。
『不調に襲われたでしょう?
あれはバルバラ達に細工をされていたので起こったことです』
マダムのしている細工は、一度きりだけかと言われるとそうではない気がする。
『あの細工が一度しか使えないかはわかりません。
ただ、再度奪われた場合、あなたに影響がないとはいえません』
ケイも同じような意見らしい。
「……ミカを助けにいけないってこと?」
ただ、それはミカを助けに行くのはやめておいた方がいい、ということである。
『彼女の助けになりたいのなら、はやくアイツを倒したほうがいいでしょうね』
*怪我は大丈夫か?リーダー*
行動に支障はでない程度には怪我の止血はできている。
美しい歌声が、パイプオルガンの音が、祈りをささげる歌として、バシリカ全体に響く。
「行こう」
そう言って、聖堂へと走る。
戻ってくると、サオリ達がボロボロになりながらも、銃を構えていて、
それに対峙しているマダムは、
私に気が付いたのか、喜ばし気な声になりながら話始める。
「嗚呼、やはり私は運命に愛されている!」
突然意味の分からないことを言い始めた先生たちは
周りを見渡して、私に気が付いたようだ。
"怪我は大丈夫なの!?"
心配の声をかけられるが、心苦しいことにそれには答えない。
「マダム。お前を殺しに来た」
そう言ってマダムに向かって歩く。
『先ほど言われた通り指揮をします。注意を引き付けておいてください』
先生が止めに入ろうとするが、乱雑に振り払い近づく。
マダムの頭に銃口を突き付けようとしたところでマダムはこちらに手を伸ばす。
「あなたも儀式に利用して……!」
そう言って私を握りしめようとしたマダムに抵抗する。
先生達は、動かない。私がやっていることを察してくれているらしい。
「ロイヤルブラッドとともに、私が高位の存在としましょう……!」
マダムは無理やり私を生贄に捧げようと鋭い爪で握りしめようとしている。
焦っているのか、周囲を気にしていないようだ。これならいける。
銃声と、ステンドグラスが割れる音とともに、
アツコを磔にしていた十字架が破壊される。
『ドロテア!入口まで移動してください』
達成できたことが嬉しかったのか、喜ばし気にケイは話す。
マダムはアツコを取り戻そうとドロテアに攻撃しようとするが、それを邪魔する。
「余計なことを……!」
儀式によって得ていた神秘は、おそらく徐々に失われていく。
化け物であった姿から、徐々に戻っていく。
「こんな、こんな奴に……!愚かな子供に!私が───」
とどめを刺そうと銃口を向けようとすると先生が銃口を抑える。
"それは、グリムがやることじゃないよ"
先生は取り出したハンドガンをマダムに向ける。
"お前のしたことは、許されることじゃない"
先生は引き金に手をかける。
"みんな目を閉じて"
「まだ、まだ、私は終わっていない!まだ……」
バァン、と銃声が響く。
───ことはなく。
「終わりですよベアトリーチェ」
「私の作品の扱いにも不満はあるが、ひとまずはおいておいてやろう」
ゴルコンダと、マエストロが十字架のあった場所に姿を現す。
"何をしに来たの。敵討ちか何かに来たのかな?"
警戒をより一層深めながら先生は一歩前に出る。
「私達はあなた方と戦うつもりはありません。怪物になれるような力はありませんので」
不思議な風圧を感じたかと思うと、サオリ達のもとへと飛ばされ、マダムから距離を取らされる。
「何故今更……!」
「先生の敵ではなくなったからな。わざわざ回収に来たのだ」
マエストロは倒れ伏すマダムの前に立つ。
「私は…まだ……」
「学園都市というテクストの中にいるのだ。
それの恩恵だけを受けられるわけではあるまい。
お前はすでに倒されるべき敵でしかなく、ありふれた舞台装置でしかない」
その後ろからゴルコンダはマダムに話しかける。
「ゲマトリアを代表して謝罪させていただく」
先生はその言葉に呆気にとられたのか、
驚いたかと思うとすぐに睨みつけながら口を開く。
"君たちが謝罪をするなんて思ってもみなかったよ"
怒りを隠すこともなく、先生は話す。
「私たちは大人ですので。必要があれば謝罪は行いますとも」
ベアトリーチェを回収していくマエストロたちは非常に異様だった。
「このような結末になり、先生であるあなたの介入が行われたのは非常に残念です」
欠片も感情がこもっていなさそうな声で話す。
「そういえば自己紹介を忘れていました。私はゴルコンダ。
そして彼がデカルコマニーだ」
「そういうこった!」
ゴルコンダの持っている肖像画から、声が聞こえる。
分かっていても意味が分からない。
「巡行ミサイルや、ヘイロー破壊爆弾は、私の作品です」
ゴルコンダが先生に挨拶のようなものをしている最中、
マエストロはマダムを回収し終えたのか目配せをしている。
「簡単な治療はしました。立ってください」
屈辱なのか、マエストロたちを睨みながらマダムは立ち上がる。
「それではこれで、なんて立ち去るつもり?」
マダムに銃口を向けながら聞く。
「……ふむ。私はヘイロー破壊爆弾を持っています。
この意味が分からないわけではないでしょう」
ゴルコンダはそう聞いてくるが、関係ない。
「置いていって。殺すから」
爆弾を取り出してこちらに投げようとしてきたが、
ドロテアにマダムの頭に銃口を突き付けてもらう。
「ゴルコンダにデカルコマニー。少し待ってくれ」
マエストロが不意にそう話し出す。
「彼女には協力してほしいことがある」
「……いいだろう」
私を覗き込むようにマエストロは見ながら口を開く。
「私は協力することなんてないけどね」
「色彩について知りたいのではないか?」
どうして…その名前を……
「貴殿の探し求めている厄災。それの正体を私たちは知っている」
「本当に……?」
私が…私が、ずっと探し求めていた……厄災の情報。
『待ってください!本当に提案に乗る気なんですか!?』
ケイが止めているが、そんなの気にならない。
「本当に知ってるの……?」
「勿論知っているとも」
マエストロは同意する。もし、もし本当に知っているとするのなら……
嘘かもしれないけれど…でも……
「どう…したら……教えてくれるの?」
「納骨堂で話そう」
銃を下ろす。
「ドロテア。もういいよ」
*……わかった*
厄災について教えてくれるのなら、マダムを殺すのをやめる。
分からないが、おそらくそういう取引だろう。
「こんな結末を、認められるわけが……」
「戻ってから話をさせてもらいます」
「そういうこった!」
どこからか現れたゲートに吸い込まれて消えていく。
残ったのは、今にも崩壊しそうなバシリカの一室だった。