"大丈夫?"
マエストロたちと話し終えると、先生が声をかけてくれる。
「じゃあね先生」
早くミカを助けに行かなければ。
"どこ行くの!?"
先生の声を後ろに、私は走り始める。
私が迂闊だったせいで、ミカを危険にさらしてしまったのだ。
その償いにはならないが、助けに行くべきだろう。
音楽室の前へとナビゲートしてもらうと、今にも倒れそうなミカの姿が見える。
「ドロテア、ミカの前に」
目をつぶって死を悟っていたミカの前にドロテアが立ち銃弾を受ける。
いつまでも弾丸が飛んでこないのに違和感を感じたのか、
目を開けてドロテアに気が付いたようだ。
「ごめんなさい。ミカ」
銃を構えて、ミカに歩み寄る。
「最後に会うのは先生が良かったなぁ」
ミカを守るように前に立ち、戦い始める。
「私のことはいいよグリムちゃん。早くアツコちゃんのほうを助けに行きなよ」
バルバラ以外のミメシスを仲間にして、もう一度制御権を取り戻す。
「アツコのことは助けた」
「……そっかぁ。それなら良かったかな」
ドロテアにバルバラのことは任せて、背後にいるミメシス達を倒す。
「ここで死ぬんだったら、有意義な人生だった、なんて思えたんだけどそうはいかないんだね」
パイプオルガンの横で、疲れたようにミカは笑う。
「その死は、ミカにとって救いじゃないと思うから」
死は覆しようのないものだ。誰にとっても。
「まあそうだよね。……これから、またセイアちゃんにも、ナギちゃんにも謝らないとな」
ミカはサブマシンガンに寄り掛かりながらこちらに話しかけてくる。
「あなたのことを聞かせてよ。
私とサオリの会話を聞いておいて、話すつもりがない、なんて言わないよね?」
「……あまり話せることはない」
ミカのおかげで疲弊していたのか、ほとんどのミメシスを倒し終えながら答える。
なんてことない過去でしかない。
たまたま未来の記憶を手に入れただけの、ただの人だ。
ミカのように誰かと和解しようとしてそれを利用され裏切られたようなことや、
サオリのように洗脳教育を受けたり、SRTの彼女たちのように母校を失い、苦しんだり。
複雑なバックグラウンドがあるようなわけではない。
ただ、自らの過ちで全員を殺してしまっただけの人。
一時的なものではあるが、
ミカは魔女だとレッテルを貼られ、サオリは自らを疫病神と定義した。
ただ、私と違って彼女たちは、まだ失っていない。
全員をキヴォトスの破滅に追いやった私と、厄災である彼女は、
間違いなく地獄行きの切符しか渡されない。
あいつは必ず、地獄へ送る。
……話が逸れてしまった。
「その少ない話せることでも教えてもらおうかな」
*バルバラは倒したぞ*
*申し訳ありません。リーダー様*
奪われてしまったミメシスの子達は全員仲間になってくれた。
「名前はグリム。キヴォトスが滅亡する未来を防ぐためにここにいる」
未来の記憶から得ている情報で一番大事なこと。
「ふざけてる……ってわけではないのかな。セイアちゃんみたいなことを言うね」
未来で知ったのは、セイアの未来予知のおかげだから、間違ってはいない。
ミカを連れて、こちらへ走ってきていた先生と合流し、サオリ達とともにバシリカの外に出る。
『反応がありますね…これは……トリニティの……』
ケイがそういうと同時に、アリウス自治区中に声が聞こえる。
『こちらはトリニティ総合学園。直ちに武装解除し、投降してください。
抵抗する場合はトリニティの全戦力を投入して争う準備はできています』
アリウス自治区中に響いたその声は、わずかに残っていた抵抗する生徒の心を折るには十分だった。
前線に来ていたイチカとツルギによって、トリニティの臨時テントの最奥に案内される。
逃げようと思ったが、すさまじい表情でこちらを見ているイチカに気圧されてここに来てしまった。
「ミカさん!先生!それに……」
どうしてここに?というような表情で私を凝視したかと思うと、先生たちに視線を戻す。
「……グリムさんがここにいる理由は分かりませんが無事でよかったです」
「ごめんねナギちゃん。また勝手なことをして」
ミカは座っているナギサに勢いよく頭を下げる。
「ミカさんが、無事で、本当によかったです」
よかった、本当によかったと繰り返し呟きながら。
無事を確認するように、ナギサはミカを抱きしめる。
ミカも、少し戸惑っていたものの、ナギサを抱きしめ返す。
お互いの無事を確認できて喜んでいたが、少しすると気恥ずかしくなったのか、
どちらからともなく手を離す。
"……というかどうやってここに来たの?"
そういえば、といった様子で先生が聞く。
「それは───」
ナギサが説明をしようとしていると、天幕が開かれる。
「やあ。先生にミカ、それにグリム」
セイアは後ろにアリウスの生徒を連れてテントの中に入ってくる。
"スバル……!?"
先生は心当たりがあるのか、驚いた表情をしている。
「私もマダムにお礼をしに行きたかったので来たのですが」
そう言って目をつぶって一呼吸すると、再び先生を見る。
「彼女はもう何もできないんでしょう?」
"そうだね"
「それなら特に聞きたいことはありません。退室しても?」
セイアへ視線を向けると、セイアは頷く。
「すまなかったね。退室しても構わないよ」
さて、と言いながらセイアはミカへと向き直る。
「せ、セイアちゃん……」
ミカは気まずいのか、視線の焦点が合わず右往左往している。
「まったく……本当に愚かだね、君は」
私も先生もナギサも、セイアとミカを見守る。
「いつも衝動で動いて過ちを犯す。君の悪癖だ」
ボロボロと涙を流し始めるミカを、慰めるようにセイアは続ける。
「言葉を紡ぐには時間が足りないかもしれないが、少しだけ話をさせてくれ」
そういうとセイアは話し始める。
「ある白昼夢の中、私は小さな取引をしたんだ。それによって昏睡状態から目が覚めたんだ」
小さな取引……未来でもしたらしいクズノハとの取引のことだろうか。
「起きてすぐに救護騎士団とシスターフッド、正義実現委員会を連れてここに来た、というわけだ」
「カタコンベの経路がわからなかったので、スバルさんには手伝っていただきました」
ナギサとセイアの説明を聞いてミカはより一層涙を流す。
「私がやったことは権力の私的な利用だ。何かしらのペナルティは受けるだろうね」
「セイアちゃん、ごめ───」
ミカが言い切る前に、セイアが遮るように話す。
「謝罪はいらないよ。ただ君と、もう一度話をしたかったからね。無事でいてくれてよかった」
「ここに来るまで、多くの方の尽力をいただきました」
セイアはミカに向かって手を差し出す。
「帰ろう、ミカ。私たちの母校へ」
ミカは差し出された手を前に、涙をぬぐいながら話す。
「セイアちゃん、相変わらずなんて言ってんのか分かんないや」
乾いた笑いがミカの口からこぼれる。
「何度も懲らしめたいと思ったし、痛い目を見ればいい、なんて思ってた」
でも、とミカはセイアの手を握る。
「大好きだよ、セイアちゃん」
ミカに抱き寄せられたセイアは、すっぽりとミカの腕の中に納まる。
「二人とも、ありがとう。それに、ごめんなさい」
頭を下げたミカに対して、慌てるようにセイアが答える。
「いや、謝るのはむしろ私のほうだ。子供のような意地で、謝れなかった。申し訳ない」
「……あはは、私達、考えてること同じだったんだ」
ミカの腕の中で抵抗することもなく動かないセイアも同じように笑う。
天幕が開き、イチカがミカにアクセサリーを渡す。
どうやらコハルが回収していたもののようで、ミカは一度引っ込んだ涙がもう一度あふれ出す。
"お互いに、ゆっくりと話そうね"
「ええ、聴聞会までには十分な時間があるので」
「ティーパーティの名前の通り、紅茶でも飲みながらね」
そう言って、アリウス自治区から撤退するものかと思っていると、セイアに声をかけられる。
「ヘリア、少し話をしようじゃないか」
小さな声で耳打ちしてきたセイアの発言には、私の名前が含まれていた。
……セイアなら知っていてもおかしくはないと思っていたが、驚いて固まってしまった。
「少しグリムと話をしてくるよ。構わないよね?」
そう言ってセイアは、ナギサ達に視線を向ける。
ナギサは少し戸惑ったようだが、頷く。
アリウス自治区のテント近くの廃墟に私は連れて来られていた。
「さて、こうやって現実で会うのは初めてだね、ヘリア」
「なんの用事なの?セイア」
名前を知っていることは、セイアの予知夢で説明がつくし、
ナギサに視線を向けたのは、おそらくナギサが私の友人であることを聞いたことがあったからだろう。
「まあ、簡潔に話そうじゃないか。君の言う厄災、についてだ」
未来で初めて聞いた時も、セイアの未来予知によって
はじめて知ったため、セイアが知っていることはおかしくない。
「君は厄災について知っているのだろう?私もそれを知りたくてね」
私の瞳一杯にセイアが映る。
「どの程度の規模で、どのような被害が起きるのか。それのすり合わせをしたい」
もしかしたら、未来の記憶よりも規模が小さくなっていたりするかもしれない。
そんなわずかに思っていた思いは、セイアの発言によって打ち砕かれる。
「私の見た厄災では、空が赤くなり、キヴォトスが滅亡していた」
やはり、未来の記憶と同じなのか。被害も、規模も、同じなのか。
私の反応を見て、何となく察したのだろう。セイアの表情も曇る。
「……やはり君も同じ未来を視たのか」
頷く。セイアは腕を組んで考えながらこちらを見る。
「厄災の時期の予測すら立たない今、何から進めるべきか……」
「……推定のタイミングだけど、厄災のタイミングはわかるよ」
未来で厄災が訪れたタイミングなら話すことができる……はず。
記憶違いではないのか不安だが、予測があるだけでもマシだろう。
「一応聞いておこう」
「ずれるかもしれないけど……」
そう言って、未来の記憶の限りの時期を伝える。
これ以上話すことはお互いになさそうなので、部屋を出ようとすると、セイアが引き留めてくる。
「別れる前にスマホはあるかい?連絡先を交換したい」
スマホは持っていないため、スレイプニルを取り出す。
「……それがスマホの代わりなのかい?確かケイという名の友人がそこにいたはずだが」
眠っていたらしいケイが、眠たげな声で私に話しかける。
『連絡先の登録ですか?……はい、終わりましたよ』
話をうっすらと聞いていたのか、すぐにセイアの連絡先を登録したようで、
セイアがスマホの画面を見て踊りているのを見る限り、本当にできていそうだ。
少しやることの仕込みをするために、人知れずカタコンベの中を歩いた。