スターピースカンパニー市場開拓部第十三艦隊~地球を渇望する者達の狂騒譚~ 作:らんかん
アルテナ・ジャズパライズ……市場開拓部第四艦隊司令官
アベンチュリン……戦略投資部直属チーム、十の石心『砂金石』
彼は、しばらくの休暇が与えられていた。
立て続けに艦隊撃破の武勲を積み重ねたことで、ある程度の期間を様子見して大丈夫だった場合にはP45への昇格を期待されることになる。もっとも、彼自体は自分が艦隊を一つ持っているというもので納得と満足をしていたが。
アルテナの第四艦隊どころか、他人の艦隊と含めての作戦を死傷者なしで切り抜けた手腕は戦争というものを知っていればいかに不可能な荒技かも理解できたのだろう。やってのけた男には、最近ある噂が耳に入るようになった。
『アルテナ・ジャズパライズは、何かしらの運命の行人ないし使令ではないのか』
そんな言説である。
実際には何も持ちやしないアルテナだが、持たざる者ほどそういう噂を立てて現実逃避と酒のつまみにする。事実、そう言える人間はマダム・ヘルタやかの三無将軍であるし、そう言った人間は大体が注目して宇宙の歴史に名を残すもの。それだけ無視できない影響力もまた、彩りを加えることになるがどの道それらにアルテナは届き得ないのである。天才であったとしても、その名前が宇宙に残るのはその宇宙を揺るがすあまりに大きな震源地になるしかないのであり、それこそが使令レベルのものでないと出来なかった。
故に、彼にとっては聞く耳を持つ必要のない話。だが、それでも響くような何かを感じずにはいられない。
「俺が何の運命の人間か、ねえ」
休暇のためにやって来たのは、ピノコニーだ。しばらくは第四艦隊ではなく、他の艦隊が哨戒にあたりつつそもそもの駐留艦隊の数を増やすという策を取ったのもあり、彼はリュエと同じように休んでいる。
ホテル・レバリーのロビーでは、いろいろな富豪が歩き回っている。夢を追って金をかき集めてきた者も、夢でしか叶えられない願いを持ってきた者も。システムによる手続きが済んでいないのを見て、ロビーで本を読んでいた。
「失礼、ちょっと良いかい?」
「ん?」
本を読んでいると、特徴的としか言いようがない男がその問いよりも前に対面のソファに座り彼に話しかけるのだった。胸元にスペードのような穴が空いていて、金髪で、目の色がひどくもつれた光のよう。
「ああ……貴方でしたか。アベンチュリンさん」
「ちょっとその呼び方はどうなの。トパーズとだけ馴れ馴れしくするのはおかしいと思わないのかい?」
「じゃあアベンチュリンでいっか」
「そうしてくれ、僕も君たちの艦隊を支援する一員だからね」
本を閉じて、相手を見るアルテナ。相手はアベンチュリン、トパーズと同じチームに配属された一人だ。
「君がここに来るって聞いたから、折角だし見に来たんだよ。どうだいピノコニーは、ここでのんびりするのも良いけど夢の中ならもっと楽しい」
「あいにくロビーの手続きが終わっていなくてな、カンパニーなどが入ってきたことでシステム的にマシになったと思っていたんだが……まあ、責めても仕方ない。本来の問題の対応に集中してもらった方がいいからな」
「それは残念」
「処理エラーらしい。予約はしっかりと記録されてるし、入金手続きは完璧なんだがどうやらセキュリティ上の問題があるようだ。かの開拓者みたいに途中で一人増えました、でもないし不正に誰かを入れようとしているわけでもないから、焦る必要はないさ。休暇はたっぷり貰ってる」
「君みたいなのを一人で旅行させる、か。市場開拓部はどうも人の価値を分かっていないようだね」
「一般企業よりは分かっているさ。少なくとも主義思想による無意味で悪辣な降格や冷遇はないからな、あるのはただ結果と報酬。どれだけドジを踏んだとしても何かしら酬いがあるのはいいことだ」
そうかもしれないね、と笑うアベンチュリンの顔は少しばかり純粋というか、微笑ましいという感情を抱くようなものだった。アルテナ自体がその機微に詳しくないせいか、それとも"企業的な礼儀の応酬を知らない"のか、どちらかは分からないが。
「そういうアベンチュリンはどうしてここに?ピノコニーの仕事が終わったとか何とか、聞いたんだけど」
「確かに終わってはいるけどね、いろいろな手続きとかをするためにまだ残っているんだよ。戦略投資部は未開拓で上質なこのピノコニーにおいて、様々な用意をしている最中でさ。指揮はどうしてもある程度取らないといけないし、何よりマネーウォーズがあるのはここだから」
「そうだったのか」
「戦略投資部の重要なプロジェクトだから、関係者以外には知らせてなかったんだけどね。君はトパーズと一緒に戦える優秀な人材だし、ちょっとぐらい聞かせてもいいかな。ああでも口外はなしで」
「ありがたいことだ」
笑みを溢したアルテナは、相手の顔を見つめる。
と言っても、裏があるわけでもない。誰にだって談笑したい時はあるだろうし、それをまた変に不穏にすることもなかった。お互いに弁えているからか、少しばかりやってきた十の石心もリラックス。
「にしても、他に誰も連れてこなかったのかい?P44ならピノコニーなんて公金で出るし、何だったら護衛もつけた方がいいのに」
「いらないと思った。どうせこっちはただの一軍師、それが死んだら全部壊れるように出来ちゃいない。あとドリームボーダーとか夢境でも危険な場所には一切足を運ぶつもりはないからな。それにただ遊びに来させといて他人の時間を潰すのは趣味じゃない」
「えらく俗っぽいんだね。もう少し、こうロイヤリティのある生活とかっていうのも悪くないと思うんだけど」
「情けない話なんだが、たらふく米とステーキとトウモロコシとワインをずっと食べ続ける方が幸せだった。こんな階級になった手前、高級料理とは無縁というわけではないんだが、如何せん子供の頃の夢にはずっと囚われ続けているからな」
「困るよ、それで出てこれませんってなったら」
「夢の外に飛ばされて帰ってきた人だっているんだ、引っ叩かれたら嫌でも目がさめる」
「あのねえ」
人を呆れさせることに関しては、結構な実力を持っていた。敵に回せば、空いた口も、傷も塞がらない悪鬼にまで見えてくるのだが。
「まあいいや、ともかく何かあったら言ってくれ。折角顔を拝んだ礼だし、何かあったら言ってくれ。常識的な範囲で礼をするよ」
「じゃあスロットマシン打ちたいからコインをくれと言ったら?」
「ダメだね。自分の金で打つべきだ。大体、僕から金を借りて例え成功したとしても、次の元手は別のコインだよ」
「一理あるな」
アベンチュリンの口周りの速さは、やはり戦略投資部ならではの"エリート"を彷彿とさせるようなものだ。その仕草にはあまり大したことを考えないアルテナだったが、やはり一度スロットマシンを人の金で打ちたいという馬鹿げた欲求が叶いそうにないことには、臍曲り気味。
「と言うより、そもそも幸運は僕だけのものだ。僕以外には大して作用しない。君もそう言うのに憧れるようになったのかい?」
「最近周り、噂してる奴らがな。俺のことを『何かしらの運命の行人ないし使令の素質がある』とかいう馬鹿げたことを言ってるんだ。否定するつもりもふざけたことを言うな、と下手に刺激はしないために言及は避けているんだが、もしあったとしたら俺にはどの星神が視線を向けたんだろうかと思ってさ」
「あー、そう言う。でも全部君の実力であって、どの星神も見てはないと思うけど」
「嬉しいことを言ってくれるじゃないか」
「事実だからね」
返答がどうにも気に入ったらしいアルテナ。事実、信じていなければ大変な戦いを切り抜けることが出来なかったのだから、褒められれば素直に嬉しいと感じるのはある。
「確かにこの宇宙には、星神という存在がいて、その地方があって、一瞥や力を授かった人間がいる。歴史上を見ても一切のくすみ無く輝き続ける事実のような宝石。永劫を求め手に入れることこそがこの宇宙に生きる唯一の価値だと思っていて、それを求めて生き続ける人間は余りにも多い。だけど、そういう人たちは基本的に何も残さず死んでいく。どれだけ力があったとしても、星神というものだけに人々は目を向けないからね」
真面目な話をしているのだろうと感じた彼は、ちょっとだけ姿勢をノーマルに戻す。その上で、スラーダを飲みながらアベンチュリンの語りを待った。
「でもその人達は、それが余りにもマクロ的な視点であることに気づかない。確かにそれが、最大規模の幸せや傷跡であるかもしれないけど、世界っていうのは自主的に完璧な客観性を持つに至ることは出来ないんだよ」
「世界というのは五感で作られる以上、当然だな」
「その上でみんなが常識や共有できる物というのは、それこそ言葉というシステムや擬似的な景色の想像、つまり映像があるから。みんなの思っている世界というのは、各々の五感によって作り上げられた景色を何枚も積み重なって、確固としたフィルムのようになっている。それをみんなは世界って言うのさ」
語る彼の顔には、笑顔が見える。何かしら話していて思うところがあったのか、とアルテナは聞こうとするが内心が止めたのを見て、口を閉ざした。
「だから、噂というのはその人達の上限を超えた人間に起こりうることなんだ。彼らにとって君は偉大な司令官だ、必ず勝たせてくれるし、何だったら命をあまり失わせずに済む最高の人間。だけどそれって基本的には非条理なんだ。考えても見てごらん?血の流れない戦争はないのに、いつも血を流すのは敵だけ。そんな状態はあり得ない、あり得ないから理解の範疇を超えてしまう」
「超えたらどうなるんだ」
「刷り込まれたその超越は、もはや区別が付かない。星神がその代表例で、使令もそう。僕だって、彼らからしたらそうだ。だから、軽率に自分の知る上限を超えたものを理解しようとせず、その行為に合理性を求めて話し合う」
「何のために」
「溜飲を下げるのもあるけど、理解しないと人間は不安になることは知ってるでしょ?だからそれで理解した気になって、安心感を得るんだよ。その行為に利他的な結果が得れることがあれば、預言者とか知識人として尚のことその行為に勤しむ。そういうものなんだ」
「あいつらにとっては俺と使令は同じもの、か」
何考えているのやら、とため息をつきながら上を見上げるアルテナだが、何となく納得したような気がする。
「ありがとう、アベンチュリン。分かった気がするよ」
「それならよかった」
アベンチュリンは席を立ち、後ろ手を振りながら歩く。
「じゃ、僕はこれで。何かあったら呼んでくれ」
「手を煩わせないようにするさ」
お互いに手を振って、遠くに離れるまでそれを続けた。友情というものではないが、一期一会というものを知っているのか、縁の大事さを理解する教養には恵まれているらしい。
改めて一人になった彼は、目を閉じて思案する。
(なるほどなあ。人はある一定の理解を超えた存在に出会うと、同じように理解を超えた存在と同一視するようになる。また、語る時には先に理解したと思っているもので例えて、心の中で安心感と優越感を得る。彼の知見には驚いてばかりだな、スラーダ酔いに今はなれそうにない)
目を開けると、少しばかり困惑している様子の受付員が見てきた。
「あの、お客様。準備ができましたので、いつでもお入りになれますよ」
「ああ、ありがとう」
「あとこれ、夢境パスポートです。これをお持ちになってから、ドリームプールへとお入り下さい」
「どうも」
「それではこれで」
いそいそと従業員の行き来と、帰っていく受付員の後ろ姿を見てから彼は眠りを求めるがために予約した部屋へと向かうべく足を向けた。
スイートルームなんて些か奮発しすぎたか、と思う彼であったが独身貴族の18歳ともなればそれだけ楽しんでしまうのは若者の特権だと一切の悔恨はなくバーエリアを通り抜けて通路を抜け、部屋に入っていく。
広い部屋、プール、ともかくリラックスするのに至高を追求した部屋に彼は目を輝かせた。
エナはもうおらず、今もシペがこの領域において絶対的な調和の夢の外で何かを奏でているようだ。彼女らからして未来の星神、概念的には同じ時間を生きている星神たる浮黎も、その歌に耳を傾ける。
そうでもしないと、人が作り出す歌はとても退屈で聴き飽きてしまうのかもしれない。人を超越した場所で流れる曲こそ、きっと彼女がまともに聴ける音楽と言っていい。
余りに魅力的かつ刺激的、そして不思議な世界にアルテナは踏み込むのであった。
感じる視線は氷のように冷たくとも、夢がそれさえも隠してしまうのに気づかぬまま。