スターピースカンパニー市場開拓部第十三艦隊~地球を渇望する者達の狂騒譚~ 作:らんかん
アルテナ・ジャズパライズ……市場開拓部第四艦隊司令官
イ・リュエ……市場開拓部第四艦隊副司令官
アルテナという少年は、パルマー星系に生を受けて誕生した。パルマーを統べる星は生憎彼の好みとは違い、魔術的な文明だったが、彼のいた星は普通の文明である。故郷そのものは、ある種の牧歌的と言うべき田舎なのだがそれ故か紙の本が他の星よりも多少盛んに読まれていた。
彼は生憎その世界で本の虫ではなかったのだが、同じような行動を取らせるような作品が彼との出会いを果たしたのである。その本の名前はこの世界では大した意味を持たないためにあえて伏せるが、少なくともそのSF小説は彼にとってある導を残した。
『俺は絶対に地球に行く、そしてあの人に会うんだ』
その意志が、アルテナ・ジャズパライズ……いや、そのときはアルテナ・イゼルローンという少年の心を動かして、今の地位まで上り詰めさせたのである。彼は社会を勉強して尚、地球という物語が作られた場所、作家がいる場所、そこにナナシビトであるヴェルト・ヨウの故郷でもあることも相まってずっと行きたいと思いを募らせていた。
彼にとっては、スターピースカンパニーの私有軍隊の司令官という立場は唯一無二の価値を持っていたと言っていいだろう。様々な軍隊が抱えるナショナリズムや、政治家への迎合は必要ない。専制政治なら腐敗した君主、民主政治なら腐敗した政治家、どちらにせよただ資本主義の実利主義によって自然と改革と保全が融合した組織での軍隊は煌めきを放っている。
その煌めきを消さないためにも、彼は全力で鉄墓戦に臨んだ。結果は何度も言った通りだが、開拓者たちが本体を止め、周辺の被害は様々な勢力の軍によって出来る限り抑えることに成功。そのうち彼は参戦した艦隊の中で一番損傷が軽微、おまけに旗艦はトイレ以外無事という幸運で自分の乗った艦には一切の死者を出さなかった。
凡人の中のクリフォト、しかし凡人であるから壊滅のナヌークの視線から抜けることが出来たちょっとした宇宙の英雄が彼だ。
「また、星を眺めておいでですかな?提督」
「ん?ああ」
自身の副官、イ・リュエに声をかけられたアルテナは頷いて返す。
ホテルからの眺めはとてもいいものだ、星空は強い輝きを保ち、近くを旋回するコロニーもまた同じ輝きを放っては皆の幸せを誇示している。
「つい、また頭の中が思い出話をしたいとせがんできてな。付き合ってしまっていた」
「今日は宇宙がよく見える、どうも戦勝の祝杯を上げるのに手一杯のようだ」
二人はいつもはピアポイントにおらず、基本的にはコロニー暮らし。だが今回は作戦の都合上ピアポイントのホテルにて、休息を取っていた。酒や肉、と言っていたもののコロニーに戻れなかった以上、最高のおもてなしで腹を満たそうと食べているのであった。
この一室にはカンパニーからのプレゼントでフルコース料理があったが若人二人には足りないようで、安物でもとせがんだ結果互いに大量の白米とステーキ、ポテトにグリーンピースと子供極まる飯にスパークリングワインを摂取しているのである。
「リュエ、お前家族には連絡入れたのか?」
「家族?」
「お前の妻だよ、ハユンさん」
「ああ。電報は送ったはずですが」
流石に抜け目のない男だ、とアルテナは首を振ってグラスのワインを飲み干す。
「いきなり、なんですか。まさか私の妻を寝取ろうというわけでは」
「自分の家族が戦地に行って帰ってきてるのにも関わらず、連絡を入れない男の可能性もあるからな」
「自分はそんな事はしない。いずれ農場を継がねばならない以上、死ぬわけにはいきませんから」
「……そうだったな」
二人で、少しだけ笑みを溢す。シミもなきそれは空気へ溶けた。
イ・リュエはある星系をそのまま大農場に変えて様々な場所へと輸出しているある大地主の一人息子である。肉も野菜も穀物も一級品揃いで、何不自由なく過ごせるほどの金持ちの子。
家族の意向は息子がその農場を継ぐ事であり、リュエ本人も育って、ちゃんと考えた上で納得して継ぐことを決意。ただし現状では外の知識の不足やコネクション不足による変化への弱さを懸念した彼は、他の人間と同じく勉強をし、会社に入って仕事をし社会を学ぶことにした。
「シユンと私の間には息子がいます。父親の顔を見せないわけにもいかないでしょう?」
ハウ、と呼ばれる息子がいた。リュエ自体が18であり、彼女も18。今年生まれたのがハウだ。かなりの早期出産であったが、宇宙全体で見ればレアケースというほどでもない。宇宙という広大な場所で、無数の国家や政府がある以上どれが平均だと言えるものもないだろう。
そんなイ一家は、まだ勉強が足らぬとリュエ一人だけは会社に残り、ハユンは彼の実家で運営の勉強をしながらも子供と一緒にちゃんと暮らしているようだ。
「そうだな。お前は仲間想いで、家族想いの男だよ。俺には勿体無いほどだ」
素直な気持ちをアルテナは口にする。その言葉を聞いたリュエは、若干の苦笑を浮かべながらも人生設計が違う以上ある必然を声に出した。
「だから、運命というものが違うのでしょう?自分は、農園を継いで家族と暮らすため、貴方の旅に同行は出来ません。家族と一緒に祈ることは出来ますけど」
「家族に祈らせるのか?身も知らない俺の無事を?」
「貴方は自分のことを旅人だと強く思っていて、他の身分には大して執着してないでしょう。しかし、一般的に、いや、関係者的には貴方も十分な英雄なんです。誇りを持っていただけたら」
「大腿を撃ち抜かれて死にそうだから、やっぱり英雄であることは箪笥の奥にでも隠しておくよ」
頭を書いてやれやれ、と言いつつも自身の友には屈託のない笑みを浮かべる彼。
二人は一度口を黙み、まだある肉達を頬張ることにした。机は一切汚れていないが、皿に付いているソースの乱雑さが彼の若さと今の食欲をわからせるようだ。
ある程度を食べたら、ワインで食べ物を胃に追いやってまた話す。
「そういえば、そろそろ別の部署の司令官が赴任するって聞いたんですよ」
「ほん、誰が」
「名を
「善妃?ってことは女か」
「人材奨励部のP43社員です」
「話を聞こうか」
リュエは、興味津々な自分の上官に対して知っている限りのことを話しながらステーキを頬張った。
扇皇 善妃。
彼女は彼の言った通り人材奨励部P43社員である。
善妃はいわゆる会社の人事部の人間なのだが、その主な業務はカンパニー運営の施設や政府の治安維持に関連れる人事の一部を担当していて腕や評判は確かなもののようだ。また、人材奨励部はカンパニーではない様々な組織と繋がりがあり、カンパニーがカンパニーとして動けない時はその組織の人間を使って仕事をしている。つまり破門にしたヤクザを使って鉄砲玉をするのと一緒だ。
あいにく善妃はそう言った人間ではないようだが、その分表立っての行動はしっかりとしているようだ。裏社会の組織にカンパニーの保証つきで有限会社などで設立させ、互いに利益があるような取引をする。善妃は、人材奨励部の協力者を増やすことに長けていると言うことだ。
「そりゃ随分といいやつが入るんだな。しかし、そんなやつが何故に」
「彼女自体が興味のあるプロジェクトで参加を強く希望したのもあるんですが、上層部の方も彼女がいれば前途で様々な文明と出会った際に融和政策を取りながらテラフォーミングを進ませ遠征が楽にすることができるとのこと。市場開拓部はそれこそ開拓をし、その開拓した先を安定させるのが他の部署の人間というわけです」
「まあ、人材奨励部だったら現地の人間をプロジェクトに参加させつつ育成も完璧で第十三艦隊の規模増大を向こうで出来る。確かに推薦するのも分かるな。ただ非常に興味がある、というのはどう言うことだ?」
「地球そのものにはあまり興味はないそうですが、旅である場所のヒントを探りたいそうです」
リュエの顔が、相手の瞳を捉える。
「ミュトゥスをご存知ですか?」
「ああ」
神秘の星神、ミュトゥス。
名だたる星神の中の一柱で、神秘という不可解かつ不明瞭なものの神と言えば分かりやすいだろうか。歴史を曲げたりして遊んでいる《虚構歴史学者》や、言語という文化の根幹を破壊して謎や理解できない神秘を生み出して本質を隠す《リドラー》が信徒である。
「彼女は、ミュトゥスが直接関わっているであろうある星系に向かいたいと言っているのです」
「俺とほぼ同じだな。地球を目指して遠征する一団にはピッタリじゃないか……で、その星系の名は?」
「確かキヴォトス星系だったかと」
「キヴォトス……?そんなのあったっけ」
キヴォトス星系、と呼ばれるミュトゥスが直接的に注視し干渉し続ける場所があると彼女は本で見たと言うのだ。其は色彩と呼ばれ、その配下にある司祭達によって世界は神秘の世界である演算を続けている______ある可能性が生まれては消え、星の中では絶対的な救世主という知恵からすれば有り得ない奇跡を生もうと言うのだ。
この話には、流石のアルテナも困惑している。
「えぇ……?なんじゃそりゃ」
「自分も同じように思っています。何せあの星神の信徒達は、それぞれ歴史を捻じ曲げたり言語を破壊するような奴らばかり。その話を真に受ける理由はないでしょう」
それを言えば、アルテナ自身の話もあまり信じられるものではないのだろうが。彼を魅了して、地球まで足を運ばせようとしている銀河の英雄達と、色彩や司祭達には一体何の違いがあるのだろうか。彼には分かりかねる話だった。
「ですが、それによって有能な人材が増えるのは事実。我々からすれば、歓待することこそ意味がある方だとお見受けしますが」
「そうだな。俺の身の上話を聞いたらちゃんと熱い握手を交わせそうだ」
二人は笑う。
さて、そんな話を重ねていた二人であったが、ついぞ肉も米もワインも底を突いた。若者二人の勝利パーティーは、ヴァイキングじみた宴の跡を滲み出して終わることになる。
「おや、どうやら我らがクリフォトは我々に”道徳”の存護を求めているようだ。泥酔して醜態を晒さぬうちに眠り、明日からまた終焉の手先と睨み合えと仰っている。いかがなさいますか、アルテナ提督」
「酒は十分だが、俺まだ食い足りないんだ。お前は?」
「自分は満足です」
「そうか」
この部屋の入り口に、二人は向かう。リュエは靴を履いて、身だしなみが崩れすぎていないか入り口の鏡でチェック。茶色の軽い天然パーマに緑色の瞳は、少し紅潮した頬に殺されないほどの美貌を保つほどだった。
「提督、おやすみなさい。食べてから寝るのも構いませんが、出来ることならば早めにご就寝を。吐いてご迷惑をかけないように」
「分かってるよ。酒はもう飲みはしない」
「では」
リュエは手を振ってから、自分に渡された部屋へと戻っていく。扉を開けて、見えなくなるまで見送っていたアルテナだったが、見えなくなったら自分も靴を履くことにした。下の街にあるレストランに入って、腹ごしらえをしようと言うらしい。
「リュエにもああ言われたことだし、酒は今日はもう煽らずにとにかく肉を食うことにするか。あああ、でも甘いもの巡りもいいな」
独り言が止まないのは酒のせいだろう、人の心を露出させるアルコールというのはどれだけの時間が経っていたとしても人類の友達で有り続ける。
身だしなみを整えて、カジュアルな服装で彼も自分の部屋から出る。オートロックもしっかりかかっている事を確認したら、彼はポケットに手を突っ込んで歩き出した。
(善妃、ねえ。出身ってどこなのかな、やっぱ江戸星?それとも二相楽園?どっちにしても、ミュトゥスの遊園地に乗り込みたいと言っているあたりすげえ豪胆な人物なんだろうか。ああでも女性だったら可愛くて活発で背が低くて胸がでかい方がいいな)
心の声で済ませているあたり、リュエに言われるよりも前から酒には自制心があるようだ。だからなのか、本来は語られることがなかったこの一室の話も、浮黎の抱き抱える氷のメモリに刻まれているのかもしれない。
彼は、多分死んでも知ることはないのだろう。
銀河の歴史が、また1ページ。自分を熱狂させた小説がアニメ化した時、毎回締めくくる時の言葉。銀河の英雄の話を歴史として振り返っているそれはある種『架空の歴史書の振り返り』という体を取っていた。
もしかしたら、彼の話もその形で浮黎は見ているだろう。宇宙における歴史を、カンパニーという時代の主流にいた組織の英雄が一人の一生を、そうして振り返っているのやもしれない。
未だ産まれぬ、過去という完結した物語を母とする神は。