スターピースカンパニー市場開拓部第十三艦隊~地球を渇望する者達の狂騒譚~ 作:らんかん
アルテナ・ジャズパライズ……市場開拓部第四艦隊司令官
ジェシー・ハニーハウ……戦略投資部P44社員・ムーンライトスローン開発責任者
この日、アルテナ・ジャズパライズはコロニーへと出向いていた。
副官イ・リュエは第十三艦隊結成のため、自分達の部下への編成会議や他の市場開拓部艦隊への会議へと出席。なんで一番上のアルテナが出ないのかは、彼が他の部署へのご挨拶に出ないといけないからである。
(確かに仕事内容はリュエが向いているからな、とはいえ実質的な休暇をくれてやったとは随分気前のいい話だ)
仕事で来ているのであるが、その仕事が軽いもので終わったら自由にしていい。というのは暗黙の休暇という社会人の共通項だろう。
そんな彼はコロニーの軍港を通り過ぎて、戦略投資部の社員が勤務する場所までやってきた。広大すぎる事務所と、多数の部屋。今回はP44社員が相手なので、個室業務をしている相手のところまでやってきたのだ。
「入ってもいいか?」
「どうぞー」
気楽な女の子の声がして、少しばかり浮かれた彼は咳をして誤魔化しながら入る。
入った部屋は資料の棚とかもあるが、全体的に書斎の雰囲気を隠しきれない上品なもの。女性らしい匂いはするが、それ以上に仕事人というべきか作家というべきか、そういった文学の拠点を醸し出すような紙とコーヒーの匂いが品格を生み出していた。
「あなたがアルテナ・ジャズパライズ?」
「ああ、俺がアルテナだ。ということはお前が」
「ええ!」
髪は黄色、赤いメッシュ、そしてインナーはオレンジ。オムライスみたいな髪色をしている彼女が、彼のお目当てだった社員の一人だ。
「ジェシー・ハニーハウよ、あたしがね」
「そうか」
「まあ見た目以外随分パッとしないんだねー君。私が聞いた時には、貴公子みたいな元帥がやって来るって聞いたんだけど」
「それは黄玉さんからか?」
「うん!」
どうやら尾鰭をデコられまくったらしいと察したアルテナは、手に顔を当てて首を横に振る。
「全く……ああそう、それの文句を言いに来たんじゃなくて」
「ご挨拶、でしょ?」
「そうだ」
ジェシーに勧められて、彼は応対間のソファーに座る。彼女が指を一度鳴らすと、コーヒーが出てきて二人の間に置かれた。
「ミルクとシュガーは大丈夫?」
「いらないさ。甘すぎるとみっともなく飲み過ぎてしまうからな」
「案外ガキなんだね〜」
なんというかクラスのちょっと調子に乗ってるムードメーカーのような女だが、そう言った人材をうまく扱うことこそが良き指導者の第一歩だということもアルテナは自覚している。故に、困った顔はするがあまり突っ込むことはしない。
「えっと、なんか話をしたほうがいいのかな」
「まあ挨拶してすぐさよならーもアレだしな、折角なら聞きたいことがある」
「ムーンライトスローンについて?」
「ああ」
ジェシーの顔が、少しだけ真面目になったのか笑みが消えた。
「聞いているでしょう?トパーズさんから。私が地球と呼ばれるところから来た資料で作ったこと」
「凡そは」
「ヴィルヴィ、って人が作ったのをそのままそっくりカンパニーの技術で作ったんだ」
ムーンライトスローンの製作者の名前らしい、名前からしておそらく女性だろうか。ジェシーの表情が、何かしら純粋さを感じさせるものに変わっていく。
「なんでも、元々は神様やその使徒に立ち向かうための兵器だったんだって。神々が使う崩壊エネルギーを熱エネルギーに変えて、無力化するためのものなの。私はそれを同じ名前の船を作って、いや、装置を基準にして船の機能を設計したと言っていいかも知れない」
「そこまでして作りたかったのか?」
「うん。そのためにカンパニーに入って作ったんだから。元々の資料、いや、記録にも同名の船の主力武装になったそうよ」
戦略投資部の用意したムーンライトスローンは、本来は地球にいる神やその使徒たる律者に対する特攻兵器らしい。地球側で分かりやすく例えるなら、かぐや姫を連れ戻すべく月より遣わされた使者が屋敷を守った武士たちの力が入らないようにしたのに近い。直訳すれば月光の玉座だが、少しばかり意訳を加えるなら『月の御輿』と言うべきか。もっともその名前を出されたところで、彼が知っている地球とはまた別なので話し相手が理解できるはずもない。
それに、資料には間違っている部分もある。ムーンライトスローンは兵器もその名前の船も実在するが、兵器は戦艦ハイペリオンというまた別の船の主砲として使われているようだ。もっとも資料にはそう言った類の情報は書かれていないし、彼らの認識が間違っていたところでウォーロック会戦で使用したものの実態が変わるわけでもないのだ。
「なるほどなあ。しかし、そのヴィルヴィってのは何者なんだ?」
「分からない。あたしが調べれた限りでは、少なくとも女性であることととてつもない才能を持っていることが分かってる。そんな人に会ってみたい、って思ってさ。だから君の旅に同行しようって、思った」
「俺と同じだな。俺も、田中芳樹という人間に会ってみたい。だからこの旅を計画したんだ」
「あたし達って結構気が合いそうだね」
「そうじゃないと旅じゃ困るさ」
二人して、笑い合っている。どちらも若い。僅差でジェシーの方が19で上なのだが、夢の共有というものを大人以上に理解していると見受けられた。
一度立ち、背伸びをして本棚の隙間から窓の外を見るジェシー。そんな彼女の顔は、少しだけ何かに思いを馳せるようだ。見せたくない顔なのだろう、離れた彼は立とうとはせず自分の前にあるコーヒーに目をやる。
「もし、ヴィルヴィっていうやつに会ったら聞いてみたいことってあるか?」
「沢山あるよ。たとえば『崩壊とか律者ってなんなの?』とか『ムーンライトスローンってどうして名付けたの?』とか。あとはヴィルヴィって名前の由来とか、どうしても気になるから」
「ヴィルヴィの名前が気になるのか?」
「あなたと同じだよ。アルテナ・イゼルローン」
名前を呼ばれた方は、驚いて立つ。自分の旧姓を知っていて、口にする人間はそう多くない。目の前の人間は確実に初対面だと理解しているのだが、それゆえに驚きも人一倍強かった様子。
「どうして俺の旧名を」
「あなたがウォーロック星系で指揮をとっている間に、少しだけ調べさせてもらったんだ。知ってるでしょ?人材奨励部で第十三艦隊に同行する善妃ちゃんに頼んでね」
「……俺のは完全に偶然だ。何しろあの本は完全なる架空歴史物、言うなれば虚構歴史学者の最高傑作が一つと言えるレベルのもの。作者は実在していても、物語そのままが実在してるとも思えない。ましてあのヴェルト・ヨウがそのような不可思議宙域を一切口にしないのも変な話じゃないか?」
「でも、地球に向かうまでに、必ず無いと言える?ある星域を分断する大きな宇宙のファイアウォールのような航行不能宙域に、二つの回廊も。それこそイゼルローン回廊だってあるんじゃ無いかな。ヴェルトさんだって地球のある太陽系を脱してもその周りをぐるぐるしてたわけでも無い」
指をくるくると回しながら、笑うジェシー。その顔はとても綺麗だが、何より可憐であると評するべきだろう。オムライスなどと揶揄出来る髪は、彼女の笑顔と動作で夕焼けのバックシーンとも取れた。
「ヴェルトさんの反対側を移動すれば見つかるかも、もしかしたらその手にある文章も実際の歴史をなぞったものかもしれないよ」
「だとすれば尚更おかしいだろ、あの人はお前と同じことをより詳しく知ってそうだがこの話と食い違う。地球だって一つである保証もないが、何より」
「そう急かすような態度は、あまり感心しないよ」
二人の距離が近くなり、アルテナの口に少女の指がそっと、封蝋が如くなぞる。言葉を抱く口というものは、手紙の便箋と同義なのだろう。その雄大さ、威厳というものをジェシー・ハニーハウは知っていたのである。
「そういうロマンスが、偶然だったとしたら。その偶然を知るまでの旅の彩りが、心を動かした言葉の意味になる。逆にこのロマンスが、本当に実在したとしたら。あたしと君は、沢山のガンマレイの中で赤い糸に指を絡め取られた運命の踊り手。良いものでしょう?」
「ジェシー_____」
彼女は、目の前の男に対して、ある質問を投げかける。それは本来、この宇宙の中で、しかも英雄にこそ投げかけられるべきものを、たった一人の人間が、たった一人の人間に投げるのだ。
「もしこの旅の最後を知っていたとして、その終わりが変えられなかったとして、それでも君は旅に出る?」
この質問には、意味はない。意味があったとしても、すでに両者はそれの答えを持っていたのであるから、もはや考える理由もなかった。
「ああ。俺の名前が架空のもので、全部偶然のものだったとしても俺は一切後悔しない。俺が、俺達が歩いた軌跡は、もしかしたら誰かのハッピーエンドになるかもしれないのだから。俺らにとってはもはや変えられない話でも、誰かにとっては変えられるきっかけになる。その可能性に満ち溢れているから、星神は生まれたんだろう?」
星神はある種の上限ではなく、ある一線を超えた存在だと認識する者が多くいる。宇宙に星神という概念がなかった時代から、ずっと星神は普遍のものだったわけではない。戦争で命を落としたのもいる以上、やはり進化の一種であると位置付けられる。だから、それこそがまさしく人類や宇宙生命の可能性だと、前向きに生きていけるのだ。
ジェシーは、相手の手を両手で握りしめて答えた。
「随分とかっこいいこと言えるのねえ」
「口説き文句には使えないがな。おかげで副官と違って俺はセカンド童貞拗らせてるよ」
「へえ……え?なんだって?」
急に、雰囲気が崩れる音がした。不快感はないが、仲間になったからこその面白い予感を彼女は感じ取ったのである。
「ああ、いずれ紹介するんだが副官にイ・リュエっていうすごく優秀な奴がいるんだよ。そいつ実家は太いし妻子もいるんだ、18歳でな」
「えぇ……?随分とお盛んな人を従えてるんだ」
「何せ社会勉強中に知り合って結婚して子をこさえてだからな。生き方にこれといった正解は絶対にないんだが、中々びっくりしてさ。俺の最初の副官が彼なんだが、その時にはもう子供が生まれてた」
「そりゃあ驚くよ!ってことは、相当容姿が整ってるかすっごいお金持ちなんだろうねえ〜!」
自慢しているわけではないにしろ、人の噂話をする時というのはその内容が道徳的な是非を問わずとも楽しいものらしい。会話がかなり弾んでいる。
「リュエは結構顔はいい方だ。今度さ、結成祝いで彼に色々持ち込ませてパーティーしようぜ。お肉も米もなんでもある」
「いいなぁ!一流のコックとかも呼んでさ、沢山食べちゃおうよ〜!」
「流石に今すぐというわけにはいかないが、そうだな。幹部が全員揃ってからならちゃんとやれるかもな」
「あとどれくらい居るの?集めるまで」
アルテナは、数え間違えを気にして指を使って数え始める。
「まず市場開拓部が俺だろ、戦略投資部がお前だろ、んで人材奨励部で善妃がいるからあと大体四人だな。技術部や政治広告部、それにスターピースエンターテインメントからも来るかどうかわからないしな」
「技術部は来そうだなーってあたしは思うな。何しろ古代文明とかあったら、絶対協力は必要じゃん?伝統事業部と提携してことに当たってもらうとかって出来たらさ、彼らの名声を上げることができるし市場開拓部は開拓冥利に尽きて
「確かにな」
二人の会話は、砕けてもっと煌めくような楽しさに満ち溢れる。ずっと話していたい、というわけでもないが少なくとも初対面で好印象を互いに抱けるというのは、とても良きことであった。
それを終わらせる時もまた、安寧のままに終わるだろう。アルテナのスマートウォッチが、ベルを鳴らした。
「ん?ああ、そろそろ時間だ」
「どっかに行くの?」
「リュエが会議終わって色々話を、と言ってる。彼に良き父親をさせるためには、上官は少し真面目に働かなければな」
部屋を出て、若干無機質なオフィスの通路へと踏み入れる彼ら。扉の前で、挨拶を交わす。
「それじゃ。また、会ったら話をしよう」
「うん!じゃあね、アルテナ」
「ああ、お元気で。ジェシー」
手を振って、片方は見送り、もう片方は微笑みを湛えたままで歩き出した。彼の背は、リーダーと尊敬するにはまだ未熟だが、滲み出る雰囲気は少なくとも安心感を与えるもの。強さと安心感は完全に同じところにはない、というのがなんとなく分かりそうだ。
浮黎は記憶を以て過去とすることがある。しかし宇宙の記憶とは、尊大な戦記や神話であることが殆どだ。それこそ学など関係なしに、目の当たりにできる光景だから。
ならばこの話は、記録を以て過去の話となるだろう。
ヌースは、彼らに一瞥はしない。
彼らの残した記録に、一瞥するのである。