スターピースカンパニー市場開拓部第十三艦隊~地球を渇望する者達の狂騒譚~ 作:らんかん
アルテナ・ジャズパライズ……市場開拓部第四艦隊司令官
イ・リュエ……市場開拓部第四艦隊副司令官
ムール・シェル……市場開拓部ウォーロック星系駐留艦体司令官
「ということは、ムール提督からの面談をした方がいいということか」
「ええ。この前のウォーロック会戦の時に色々世話になって礼をしたいと」
「礼を言うのはこっちの方だ。敵の実情を把握できるレベルにまで落としてくれていたから、色々策略が上手くいったと言っていいんだからな」
この日、ユリシーズでの待機をしていたアルテナ・ジャズパライズら第四艦隊。コロニーでの待機中であったが、どうやら先の会戦で彼らが来るまで全滅寸前まで持ち堪えた艦隊の司令官ムール・シェルより直々に面談したいという話が出てきたのである。
ただし、全滅寸前で旗艦も大破状態。そんな中での奮戦なため、ムール提督は集中治療室に入れられての治療中。傷がある程度治ってはいるものの、割と歳を重ねているため無理をしないように入れられたまま。
故にビデオ通話でなんとかしよう、と言う話になった。本人が回復してからでと提案していたアルテナだったが、やはり老人に近づくと自説も体も曲げづらくなるらしい。
「己の傷を軽視せぬようにと、直接目を見て言えるのはありがたいことだがな」
「それほどのことをしたのでしょう?ムール提督の降格撤回願いを出したと、お聞きしましたが」
「その功績は降格させれば次に同じ奇跡を見せてくれなくなるだろう。仮に同じことをしようとした時、意欲すら低下して確率が低くなる事態を俺は避けたい。それにこれは十の石心たる黄玉の願いでもあるようだ、彼女自体が提督として参戦した以上、先に守った人間に敬意を払うことそのものも品位だ」
「そうでしたね。ああ、そうこちらです」
一つの入り口に立つ。扉が開かれると、コワーキングスペースにして奥の壁には大きなスクリーンがある。ここで、他の艦に乗っている管理職とかと会議するのだ。
「では、小官はブリッジに戻るとしましょう」
「ああそうしてくれ。終わったら戻ってくるよ」
二人は別れた。アルテナは部屋にそのまま入って電気をつけ、モニターを起動。自分のスマートウォッチとデータを連携させてから、座って待機しようとする。しかし、案外にも律儀か何か、そのタイミングでコールが響く。
「性急だな」
コールサインに手を置いて、通話を開始。スクリーンには黒髪の壮年期に差し掛かっておきながら体躯に一切の緩やかさもなく厳格でありながらも大らかさと優しさがある顔を見せる提督の姿があった。
「ムール提督」
《こんにちは、アルテナ提督。この度のウォーロック星系における戦闘、見事なものであった》
「あれはも全て提督のお力に存護の導きあればこそ」
《若いと言うのに宗教的な世辞も言えるとはな、だがわしは好まん》
「で、あれば老健の守備極まり機械へ時間を知らしめた提督の戦果を横取りした小官には些か派手すぎる賞賛です」
《その言い草をする人間で実力ある人間を初めて見たわい、宇宙広しといえども礼節たりうる人間は相応の実力を有するのは嘘ではないのかもしれんな。だがやはり好かん、わしと貴様は戦友だ。タメ口で喋ってもらって構わない。降格回避をせずともP40なのだからな》
「ええ、では……んじゃこの喋り方で。ムールの爺さん」
人が求めていたことは、素直に叶えれる分は叶えるべし。例えそれが世辞であり、他人の評価を貶める策であったとしても結局このあとで同じようなことをするのだからアルテナは十分に自信を持って態度を砕いた。それに、彼にはまだ分かりかねるが、ムールは本心でそう勧めた。事実世辞を嫌う軍人気質であり、鉄墓戦でも今回の戦でもしっかり実力を発揮した上、自分の降格回避のために一切の強硬手段を用いず手続きを済ませた若者の脳に、くだらない年功序列など入れたくは無かったのだろう。
《おかげでわしはP40のままになった、それどころかP41への昇格を期待できることになったのだ。どうもアルテナ提督の進言には、事実をそのままに結構な資本主義的価値を見出すやり方が得意らしい。わしにはない技術じゃな》
「残存した駐留艦隊の方にも、リュエが話を聞いたが皆我らへの不満はあっても対して大きくなく、援軍を要請して動かした戦略投資部への恨み言もなく、ただ爺さんに尽くして他の社員を守り抜いたことと、爺さん自身が生きてることを喜んでいた。俺もそのような人材はカンパニーでは得難いし、失うことを避けたいので必死にない頭を使って資本家ごっこをした。功を奏したと聞いた時には、珍しく自分のやってきたことを誇れた気がしたよ」
ベッドで上半身を起こし、少しだけ咳払いをした上でムールは笑みを浮かべて話をする。ベテランらしさがあるのか、その姿は威厳が満ちていた。
《いつも言っておるのだがな、わしはもうそろそろ引退して妻子と共にベロブルグに行って余生を終えたいと。だと言うのにどいつもこいつも、少なくともあの艦隊にはわしを讃える奴らばかりでな。困ったものだ》
「では、退職の邪魔になったかな?」
《いいや、最初こそ本気で恨めしく思いかけたがわしはどうやら定年退職まで頑張った方がいいらしいと思うてな。わしのところは、色々な部署の落ちこぼれどもがせめて威厳を保てる部署だ。どんな奴でもいつの間にか、わしの言うことを従うからな》
「……死によってしか威厳を得られない、か」
アルテナの発言は、ある種の真理だったのかもしれない。若者がその言葉を、躊躇いつつも口にした。その一つ一つの行動に老練の提督は言葉にする。
《いつの時代もそうじゃ。資本主義極まるこのスターピースカンパニーのような自由貿易・自由主義の横行はいつだって弱者を使い潰す。時代が進めば技術が増えて複雑化し、その上で深みも増す。すると生まれの時点で才能を持っていないやつは自然と奴隷になるしかないのだ。ある国家・文明であれば民の蜂起によって革命が起きリセットされるが、この宇宙ではそうもいかんからな》
星神という絶対的に存在する神がいて、司令という名の天使がいて、その下にまた使いがいる。挙句そいつらは力があり、民が蜂起を起こしたところで何事もなく処断してまた新しい時代を、支配者が変わらないままに続ける。
《皇帝戦争がいい例だ、ルパートは非常に大きな戦いを動かし歴史さえも作ったが結局蓋を開けてみれば官僚主義の蓋された社会。一定ラインにのしあがるためには神の使いやその力を手に入れるしかない。大人になってそれを知り、絶望し、いっそ自死という形でこの宇宙から解脱する。その死に何らかしらの価値があれば、そこで彼らはようやく満足して黄泉路につけるのだろうよ》
カンパニーでそれを知り、外見も中身もいいやつが神に気に入られて一方的に、ずっと力を得る。十の石心を見ればその通りだと思わざるを得ず、絶望してやる気をなくして腐敗するということは避けられない話だ。
《本来はそう言ったのを防ぐためのナショナリズムなのだがな。文明そのものは残っていても、スターピースカンパニーという二束三文のマルチバース文明が影響を及す下ではそうもいかん。資本主義はイズムの一つであっても、ナショナリズム等精神的なものではない。むしろ……何といえばいいのだろうか。文化的なウイルスというべきか?》
「ミーム、だな」
《そうだそうだ、そういう話だった。我らは実利主義とのミームという大きすぎるコロニーのウイルスに過ぎんのだ。無論それらで強くやっていける奴ほど、自然と神に近くなる。真理だろうが、それを真理と認識できる前に心が砕かれてはどうにもならん。だからわしの艦隊があったのだろうな》
ムールは、目を伏せた。敵味方10万同士の戦闘で、自分がいながらも述べ98000隻とそれの100倍はあるであろう人間を死なせたことは、彼らにとっていかに宇宙というものに意味を残せたことへの喜びがあるか知った上で尚悲しませるにふさわしい出来事だったのだろう、
《すまんな、若者の前で辛気臭い話をする老人で》
「仕方ない。ムールの爺さん、それらが彼らにとって幸せだったとしても、そもそもそこまで互いに入れ込める関係で国家でもあり、家族だったんだ。家族の死を悼むことは、どうやったら悪事として捉えられる?ましてや、数百万の戦友という家族を亡くしておいて、平気ではいられない。涙腺どころか骨も脆くなってるのに、この悲劇で平気じゃいられないだろ?」
アルテナは、眼光こそ平気であったが顔そのものはやはり悼むような悲しさを湛えていたのだ。良き理解者に出会え、それに身を救われたことを実感したムールはせめて顔は笑顔であろうとするもののうまくはいかないらしい。
《分かってもらえるだけで、わしはうれしく思うよ。そういう奴は、カンパニーには少なすぎるからな。誰しもが利益や成果を追い求め、その裏返しが存在価値の証明。価値のためには命を平気で投げ出すどころか、それすらも前提となる。我々はどうやら、とんでもないところの軍になってしまったらしいな、提督》
「でも、あんたの部下を、俺はそのためだけに死んだことにしないためにあんたの降格回避願いを出したんだ」
若者は、表情も真面目に、目の前の将に向ける。
「その命を投げ出し、誰一人として弱音を吐かなかったから、他の奴らは無事だった。何だったらただの一個艦隊程度まで削ったということは、必死に戦ったことでもあった。戦略投資部と手を組んで合理的にことに当たったことに関してはIXの周りを回遊している者達には不愉快かもしれないが……それでも、守ったことをせめて後悔しないようにして欲しいから爺さんの健在を望んだんだ。せめてそれが、先に戦わせて死なせたやつの手向け、だから」
《アルテナ提督》
「だから爺さん。元気になったら、再編された駐留艦隊に復帰してくれ。そして、もう少しだけみんなが生きてて良かったと思えるような、提督らしい家族の作り方で居場所を作ってやってほしい。そう言った人間がいればこそ、きっと宇宙はもっと活気に溢れるはずだから」
《若造の願いとは何とまばゆいことか、提督が第十三艦隊の総司令官に抜擢される理由を何となく理解した気がするな》
ムールは、笑顔を見せて、悲しみにより流れた涙を包帯で吹き上げてから画面越しの男を見据える。その顔には、自信と感謝が表れていた。
《分かった。この恩はまた、できる形で返すとしよう。今はまだ何も出来ないが、あのルパート主義はという過激派の奴らとやり合う時には是非頼ってほしい。アルテナ提督の補佐になるよう、一生懸命務めさせてもらう》
「こっちも今はまだ第十三艦隊結成の準備中だ、何か必要なものがあれば権限で出来る範囲で用意する。敵との遭遇戦とかになったらすぐにすっ飛んで用意するさ、それだけ生きててほしい爺さんに会ったのも初めてだからな!」
そう言って、互いに敬礼。軍隊ではないものの、武力を扱う以上相当の規律を求められる場所においては、やはりこうした形が最適なのだろう。
「では、そろそろ体に障らないうちに失礼しよう」
《ああそうだな。重ねて申し上げよう、ありがとう》
「こちらこそ、守ってくれてありがとう。また、今度は直にお会いしよう。ムールの爺さん」
《達者でな、アルテナ提督》
その言葉を最後に、モニターはロビー画面に戻って通話は終了した。残されたのは、アルテナと整ったままのデスクワーク環境だけ。
流石にこのままここにいることに意味はない、待機中は艦橋にいるべきだとしてアルテナは背伸びをしてからコワーキングスペースを出た。
「ん?」
「おや、偶然ですな」
「リュエ」
部屋の前にはリュエがいた、部下と話し合いをしていたようだ。驚いたアルテナは、彼に問う。
「何してたんだ?」
「打ち合わせです、ユリシーズに運搬する物資関連で。どうやら、お邪魔でしたかな」
「そんなことないさ」
「して、ムール提督はいかがでしたかな?」
「少し気落ちはしていたが、若者パワーで元気付けれた。ああいう人材は得難いが、何しろ対等に見ているからかセルフリドラー現象には陥らずに済んだぞ」
「それは良かった。提督のカッコつけや上品さを装う言動は、見ていられませんからな」
「おい待てリュエ」
「事実でしょう?」
「んああっ!」
流石にそれを言うなよ!と思うアルテナだったが、平時より才能と努力あった上でずけずけとモノを言う副官は優秀なものだ。その価値を抱き締めながら、彼は艦橋へと共に足を運ぶ。
果たして、この時の善意はどう言うふうにして後に影響するのか。彼が生きている間だろうか、その数千年後だろうか。どちらも予測できるのが知恵のヌースである。
しかし、いつその結果が出たかは浮黎しか知らない。