スターピースカンパニー市場開拓部第十三艦隊~地球を渇望する者達の狂騒譚~ 作:らんかん
アルテナ・ジャズパライズ……市場開拓部第四艦隊司令官
マリーン・ジェーンビム……市場開拓部第四艦隊臨時参謀、ウォーロック駐留艦隊副司令官
チェリン・ディ・ヴァーク……市場開拓部第七艦隊司令官
アルテナ・ジャズパライズ率いる第四艦隊は、パンジャン星域の哨戒に出ていた。数およそ40000、修理が完了して出せる数の半数を率いて彼は任務に当たっている。
完全に周囲も制圧している星域などはともかく、近場に文明がありそうな星系・星域は先のオムニックルパート主義派の攻撃を受けて一個艦隊が壊滅したのを受け、市場開拓部の艦隊は引っ張り出されることになった。
「あーあ、なにもないといいんだがな」
ぼやくアルテナは、ずっと目の前で輝くまだらで統一性のない、どこまで距離があるかさえ定かではない星の輝きに暇すら感じることのない存在に、面倒と表現するしかない恨みを向けている。何しろいつも仲良く話ができるイ・リュエがいない。大体の人間は彼よりも上か、彼より下か、ともかく気軽に話すとなると少しばかり億劫になったりもするものだ。
「提督」
「ん?」
目の前にそっと差し出された紅茶は、なんとなく蒸留酒の上品な、葡萄系の甘みを覗かせた。木の匂いも少しだけあるのか、余程上品なウイスキーかブランデーを入れてるに違いない。それを持ってきたのは配膳用の機械であったが、隣には少女がいる。
「一杯、いかがですか」
「……ああ、そうだな」
厚意に素直甘えることにした彼は、目の前の少女に礼を言って一杯いただいた。紅茶は苦味があるが、その苦味が木の風味をより一層上品な味へと変異させ、葡萄の味というささやかな甘味は砂糖では雰囲気を破壊してしまうものを保たせたまま口へ運ばせる味。
「お気に召したようですね。機械に設定させたの、合ってて良かったです」
「そういえば、ムール艦隊ではそういうふうにするんだったな。パワハラ防止策の一環とも言ってた」
「はい。あの提督は、自分の目が届かない場所の不届きものも許さないと意気込む方でしたから。アルテナ提督には、あまりよろしくないやり方だったでしょうか?」
「どのやり方も尊重するさ、やってと言うことには変わらないからな」
一杯飲んで、機械が持っていたブランデーをそのまま補充して二杯目を飲み干す彼。
今はアルテナと行動を共にするこの少女は、ムール・シェル麾下の艦隊の副司令官であったマリーン・ジェーンビムという。階級はP39、金髪で目は青色、といかにも貴族風な見た目をしている彼女はとても人気だ。今の時代に軍は男だけ!と言う馬鹿げた思想はないにしろ、彼女ほどの美貌となると鼻の下が伸びる男女は後を絶えない。
鼻の下を伸ばさない人間といえば、それこそ最近色々なことが重なって色目がストレスになるくらい疲れているアルテナぐらいなものだ。
「いつもはテキトーなやつに紅茶を作ってこいという。その際、全て任せるから紅茶の味が全部変化するし、たまにイタズラ極まって柚子胡椒が入ってたりする。あと鶏肉で取った出汁を混ぜたりとか……紅茶とはいえなくなったものを飲み干して、笑う。今度は”上司も人のために奔走する”と言う名目で同じことをやり返す。アルテナ艦隊はそう言うのが横行するんだ、ムール提督だったら絶対に怒るだろうな」
「ふふ、結構楽しいものですね。それであのような戦果を残せるのですから、普段から結構信頼される方なんでしょう。人望、と言うべきですか?」
「いや、俺含めてそう言ったバカを粛清するパピーがいるんだよ。今は休暇中だがな」
リュエは下手に規律を崩すようなことは許さない、特になんの役もないどころか重大インシデントになりそうなことは強く注意する傾向にある。その上で彼以上に参謀と策略に長けている奴がこの艦隊にはいないため、アルテナもやらかした場合素直に他のクルーと同じく正座する羽目になるのだ。尤も、その潔さもまた彼が権力を笠に着ない証明でもあるのだが。
万が一職権濫用した場合、派閥とか関係なくイメージ低下などを回避するために厳重処分を下すことが常。スターピースカンパニーはその名の通り企業、国家の軍のように『実力のみ求められて体裁と戦果があれば派閥によって無罪』と言うわけにもいかない。ある種の枠組みの無さが、軍人の腐敗を防いでるとも言えた。
「今は別のところでパピーをやっている、ですね?」
「ハビーもな」
「う、ふふ……」
笑いを堪えようと口元を抑えるマリーンだが、その様子が本心からか自分と同じものを感じたアルテナは一緒に笑う。
「ははっ……こういうことをいう司令官じゃないからやりにくいんじゃないか?」
「いえ、案外あれでも冗談が通じる方ですよ。尤もあちらからの冗談はちょっと難しかったり迂回的だったりしてわからない時がありますけど」
「その意味はシワができて来る時には理解するさ」
二人で紅茶を飲みながら、星々の輝きに目をやる。他のクルーは雑談してたり、持ってきた紙コップに水を入れてコインを入れ合うゲームをしてたり。ともかく自由だ、哨戒とはいえ暇を潰すことを縛ったりはしないらしい。
ひとしきり笑った後で、アルテナは話を切り出す。
「それより、ムール提督から一つ聞きたいことがあった」
「なんですか?」
「その、気落ちしてないかどうか。気にしてたから」
「……ええ、大丈夫ですよ」
笑いではなく、微笑みになったマリーンの顔は、非常に美しいものだった。慈愛、という言葉の為に生まれたその表情に、ようやく心が傾く彼。
「そもそも私は、あの艦隊どころか恋人も家族もいないんです。カンパニーが文化が発展しにくい環境だった私の星でテラフォーミングを達成し、その時に浮浪者から教育機関を経て普通の会社員になりました。そんなものですから、私には人そのものに対する依存とか安心感があんまりないんです。いえ、置きたくないと言った方が正しいでしょうか。ムール提督は自分の艦隊に所属する以上、れきとした責任者として居座る方でしたからきっと心配したのでしょうけど」
「その発言の方にあの爺さんは泣きそうだな」
「そうかも、知れませんね。なら、なんと言えばいいのでしょう。今傷を負われて、苦しい時に励ましの言葉をいただくばかりでは流石に心苦しいですよ」
「んなの簡単だよ」
アルテナは、司令官用の聞きに乗っかってブランデーを飲みながら答える。
「『私は元気です』の一言でいい」
「でも、それだとあえて勘ぐられたりするのでは。互いに疲弊してしまいます」
「探る方が悪いからな」
あえて冷たい言い方に、若干の怯えを見せるマリーン。だが、そう言えるだけのバックボーンがあるのだろうと、彼女は勝手に想像してしまう。
(そうだった、この人は鉄墓戦から生き延びてきたくらいの経験をしてきた人だったんだ。軍人的思考が身についてる方に、なんてことを)
「よく考えてみろ、おせっかいって言葉があるだろ?」
「いえ、それだけ……え?」
話を続ける彼の顔は、彼女の思考とは裏腹に普通の元気と笑顔を見せていた。何も憂うことなく。
「ムールの爺さんは結構な人生を送ってきたし、その人生の中でこの宇宙で生きた意味を残すということの残酷さを知ってしまった。だから若い奴の心配だって絶えないし、マリーンに至ってはウォーロックの時のこともあるから本当に心苦しく思っているだろう」
一度咳をし、カップを落とさない位置に置き、少し考えた上でアルテナは真面目な顔をして人差し指を立てながら話を続ける。
「だけどな?心配っていう行為そのもの自体は、実は自分が安心したいことの裏返しなんだ。マリーンの内情をあまり知らない、過去も知らないのに自分が安らぎを得たいがためにそう言ったことをする。あの爺さんのことだ、下心は絶対にないが、もっと言えばそういう人間でも心配というのは必ずそこら辺に来る。事務的に処理できる人間はそう多くない」
助けることが、自分の力を誇示するマウント行為である。この世界ではないが、現実では中国が技術・資金援助をすることで断りづらい貸しを作り港などを奪いながら巨大経済圏を成立させる計画である『一帯一路』がその例だろう。
この側面があることを踏まえた場合、心配というのはその一歩手前の行為とも取れるのだ。無論人柄によってそれを感じさせるもの、感じさせないものもあるだろうが_____それらは人間が理性でコントロールするには不可能なものだ。実利主義はマウント行為の快感のために心配するし、そうでないものは自分の不安や未知な要素を確定して安心したいがために心配する。ムール提督は後者の人間であると、アルテナは語った。
「だから、そうだな。『心配ありがとうございます、今は問題ないです。何かあったらご連絡しますが、今は提督が元気になられるかどうかが心配です』と言っておくといい。気をよくするだろうし、そういった連絡ができる状態は何かを抱えている時はできないか、必ず表情に出る。形式というのは面倒だが、今の相手の状態を測るに相応しいものだ。その相手が礼節足りる人物であること前提だけどな」
「アルテナ提督」
マリーンの顔が、明るく笑顔になる。アルテナはどうも彼女に貢献できたことを喜びたいようだが、下衆に見えるのも嫌なのか咳払いしてもう一杯ブランデーを飲む。これでは自分の好きな英雄の悪いところばかり真似しているな、と内心で自分を冷笑しながら話の締めくくりに入った。
「今言ったことそのまま真似して伝えるといいさ。それに彼相手ならアルテナ提督がこう言ってましたし、相談に乗ってもらいましたとでも言ってれば納得する。若い奴らの関係性には敏感だからな、あの歳の男というのは」
「田舎のちょっとしたお爺さんみたいですね」
「彼がいつの日か元気でそうなれるようにしたいな」
「ええ」
二人はまた、微笑みあう。その光景は、他の周りにいた連中すらもほっこりさせるほどの空間だったに違いない。
だが、その光景はほんの数秒で、警告アラームと突如の緊急通信回線でかき消されることになった。
《アルテナ!ごめん敵襲!》
「ああ!?」
メインモニターを開くアルテナ、その画面にはピンクとマゼンタが織り混ざった髪にかわいい髪飾りがデコレーションされてる軍服の少女が。
彼と同じく市場開拓部で、第七艦隊を率いる階級P44の社員チェリン・ディ・ヴァークという女性。現在はパンジャン星域の北西、恒星ケックリアの星系で待機していたがどうやら敵がやってきたらしい。非常に慌てている。
「チェリン!」
《今例のルパート主義派の艦隊にかち合っちゃったの!相手の船はかなり旧型で射程距離外を維持出来てるんだけど、正直ずっと逃げてそっちに合流は無理そう!》
「敵の数と配置は!」
《全部後方なんだけど左右からも艦隊が来てる!三艦隊で合計90000隻!こっちは40000隻だからそっちと合わせても一万くらい不利!》
「他の艦隊との連絡は!?第二艦隊もあったはずだが!」
《いることは分かってんだけど電波が届かないの!今だってようやくそっちと合流できたんだよ!?》
「んああっ!分かった!」
指揮官用のコンピューターデスクの上に座って考えるアルテナ。銀の髪が、冷や汗で濡れ、少しばかり輝きを増している。
「……よし、最大戦速で星系を離脱!隣のティーベル星系に逃げろ、そこで待ち構える!そこまで逃げてこい!」
《それだったら間に合いそう!あそこの中心まで逃げるのにはおおよそ6時間ね!》
「それまでにワープ使って待ち伏せをする。頼んだぞ!」
《オッケー!》
通信は一旦終了、彼はちゃんと床に立ってから指示を出す。
「全艦隊、ワープ準備!目標はティーベル星系の惑星ティーベル-Iだ!二つの分艦隊に分割し、各20000隻で待機!いいな、リュエの野郎がいなくてもちゃんとして、我らが副官への悪戯チケットへ当選しようじゃないか!」
「了解!ただいまよりワープへ移ります、全艦急いでワープに備えよ!」
ブリッジは忙しくなり、その波が広がっていく。
他の艦隊が交戦中、どうやら艦隊は3つ。こちらは合わせても二つな上に、数的不利を免れない。
これをどうひっくり返して、ハッピーエンドの戯曲を完成させるか。劇を盛り上げるための楽団のコンダクターは、しばらく頭を捻るのであった。
浮黎は、この光景も宇宙の記憶として見ているのだろう。戦乱はどのような小さなことであろうと、周りの文明の歴史に大きく影響を残す。紙に溢れたコーヒーと同じ。
ならばその記憶は、浮黎の氷に溢れて冷気のうちに固まるだろう。
流血の量が朽ちずに永久凍結されるなら、何よりもその戦乱が如何なことであったかを理解できるに違いないのだから。