「あの!?大丈夫なの??・・・あっ、急に動いちゃダメよ!」
声が聞こえる。
「目を開けてみて、見える?聞こえる?」
頷きを返し、是の意思を伝える。声の方に顔を向けて、ゆっくりと目を開けると・・・・黄色いトカゲ?のほほんとした雰囲気を漂わせた優しそうな生き物が、そこにいた。
おお、すごい。自分の手をみて、明らかに種族違いの生き物の話す言葉がわかることに驚きはあるが、あまり無駄に時間を浪費したくはないのでそこをグッと飲み込み、目を擦って先に手と足の状態を確認した。
よかった、出血のある怪我はない。視界の回旋もない。ならば、ひとまず会話に応じるにあたる問題はなさそうだ。
その優しそうな生き物は、わたしの様子をみてひとまず危急の怪我や疾病はないと確認したのか、ほうと息をついた。
周囲はゴミの山。
なんでこんな不潔そうなところに寝っ転がってんだわたしは。
・・・・・・なんでだ?記憶が曖昧なのかもしれない、と感じた。
「私は、アルフィー。あなたがゴミ山にいるのを見つけて、慌てて引き上げたの」
えーそうなの?まずは頭を下げて礼を示し、手を差し出した。
「そうだったのか、ありがとう・・・」
もう少しキミの時間をもらうことを許してほしいという願いを込めて、友好の握手を求めた。
言葉の通じる優しそうな生き物、改めアルフィーはこちらに気遣わしげな視線を送って、手を着ている白衣で念入りに拭って握手に応じてくれた。
「わ!やわらかい・・・しかもみずみずしい。・・・じゃなかった!あなた、自分のことわかる?名前はなんて呼べばいい?」
は、と息をついた。
名前・・・・・・?それは、あるはずだけど・・・。
───どうしよう、思い出せない。
わたしはこれまでなぜこんなゴミの山に埋もれていたのか、必死で直前の行動を思い返していたが、自分の置かれている状況について深く考えると他にもっと大事なものが抜け落ちていると気づく。
ま、まだ慌てるな。まだ慌てるのは早い。
これは何か大きな衝撃を受けたことによる、一時的なものに違いない。
いやいかん、正常性バイアスが働いて変に結論を急いでいる気もする。問題を矮小化してはならないが、これはまだ後回しでも構わない。
・・・・・・今、直近で困っているのは、この場に適した返答が見つからないことだ・・・。
まずい、不審、いや心配を掛けすぎてしまう。何か、何か言わないと・・・!!
名前、なまえ・・・なんだっけ、滝川クリ、いや違うな。
ええっと、
テッテッテー、テッテッテー♫
「もしかして、わからないの・・・?」
「た、!!・・・“ユキノ”!!そういう感じだった気がするッ!!」
「・・・お、オッケー、『ユキノ』ね。 もしかして、記憶が混濁している・・・?」
「そう、みたい・・・ご迷惑おかけします・・・・・・」
わたしの混乱の様子はモロにバレていたようだ。どうにか小手先で誤魔化そうと考えていたが、コレを凌いだところで好転するものはな別になしと、目の前の命の恩人にはできる限り真摯にかつ素直に答えることにした。
それからわたしは状況について軽く自分の考えをアルフィーに述べた。名前を含めて、自分のことがあまりよく思い出せないこと。直前に何をしていて、どうしてここに来たかも不明であること。
連れ合いもいないし、これといってすごい力も特に元合わせてない孤独な人間。初対面の面倒ごとに巻き込んでしまって本当に申し訳ないと思っているが、このままだと埒が明かないので助けてほしいという本心もすこし。
もう全てぶっちゃけた。
「それは・・・とんでもないことになったわね・・・。」
最後まで話を聞いたアルフィーはわたしに対して同情するように眉を下げた。
「でも、うん!!まかせて。私でよければ、力になるよっ!」
「ありがとう」
「こんな場所、ニンゲンがそうそう来ることはないはず。・・・もしかしたら・・・何かしらの事件に巻き込まれて居ないかしら・・・?」
・・・・・・それは、考えてなかった。
ただ直感だけど、事件性があるかというとなんとなく違う気はしてくる。まあ結局わかんないんだけど、わからないなりにも気は使いたい。
目の前の心配性気味なやさしいアルフィーの心理的負担を減らせるような小粋なジョークなど思いつきやしないだろうか?
ふーむ。
わたしは特に何も考えず、とりあえず思いついたことをしゃべってみることにした。
「たしか、ここには・・・?」
「ここには?」
「【運動】に来たんだと思う・・・。記憶にない割にこの疲労感は、知識的には心当たりがある」
足、腹筋、背筋が筋肉痛してるわコレ。
「う、運動!?」
記憶喪失というものについて、意味記憶だとかエピソード記憶だとかそういう話は一旦横に置いておこう。そもそも型にハマった記憶喪失状況にわたしが当てはまるのかどうかを考えるのも億劫だった。
「ユキノ、運動しに来たの!?」
「だってほら・・・・・・見てコレ、ヒョロガリに薄い筋肉。コレを見るにおそらくわたしはインドア派のインキャだったんだ。見るところ指輪もないから『お付き合いをして居た人』もいない。孤独なロンリーウルフ、社会のお荷物一直線だったんだ」
「ちょっと親近感・・・・・・」
「とにかく、何よりこの肌色は不健康すぎる。わかんないけどこの体の主は、友達と球技をするときは必ずハンデ要因一択だよ。ナメられぺろぺろですよ。・・・想像しただけでうんざりする。体操教室とかダンス教室とかジムとか陽キャの集まりに今更新参『うーっす、ちーっす』するのも気怠過ぎる」
「わかる」
「そうだ、だからわたしは・・・人知れず孤独に鍛えに来たんだよ」
「そうなの・・・かしら・・・?でも、確かニンゲンってシンサイトクテイ?っていう春の品評会で人類種としてのランクが定期的に診断されて、品評会の結果次第で集団の序列が確定するのよね・・・?と、とくに若いメスあたりは必死に痩身に励む傾向があるって聞いたけど、ホントなのかな・・・?」
「うーん、記憶がないなりに当たらずとも遠からずな気がしてる」
むしろアルフィーのそれはどこ情報なのだろうか。ヤケに社会解像度が高いなと感心した。
わたしは胸を張って、ドンと拳で胸を叩いた。
「そう!人々は健康診断を恐れ、食事制限を強いられ・・・ッ!ピラティス、カイロプラティック、アーユルヴェーダにクールスカルプディングにノルディックロゲイニングにエルニーニョ・・・!!もうありとあらゆるダイエットをやり尽くしているッ!!!」
「ゴクリ・・・。9割意味がわからなかったけど、とにかく運動に全力な生き物なのね・・・!」
とっ散らかった冗談を重ねたせいで、アルフィーの力がかなり抜けたのか、それともわたしという人となりがおおむね掴めたのか、アルフィーは少しだけ気を許したように尻尾を振った。
「じゃあ、あなたは害意のある誰かに落とされたとかは感じてないのね?」
「うん。そうだね」
ただ記憶がないから何を拠り所にするかというと言い切れる術は何も持たないのだけどね。
ひとしきり初対面を楽しんだところで、立ち上がりかけようとして足がふらりともつれた。
──血は出てないが、打撲があるようだ。
アルフィーはそれを素早く看過し、わたしの脚を触る。ちくり、と強い痛みを発したので素直に「痛みがある」と伝えた。
「脚関節外果が熱を帯びている・・・、痛みもあるのね?そう・・・わかった待っていて」
「?」
「大丈夫よ。動かないで座って待っていてね、すぐに移動できるツールを作るから」
そう言ってアルフィーは立ち上がって、ゴミの山を漁り始めた。まず大きめの椅子と思われるものを見繕って、自転車の後輪と思しきものを拾って二つを重ねて、次は本棚と思われるものからビスを抜いて・・・。本人のノホホンとした雰囲気とは裏腹、意外にも器用に手早く動く指。あっという間に異なる製品と部品に中間部品を噛ませて上手に組み合わせて連動するようにした。時折手元の端末のようなものを動かして、計算式を解いたり設計図のドローイングまでやっているようだった。
そもそも侮って居たつもりはないが、アルフィーはわたしよりも数千倍レベルでアタマの出来が良さそうだ。数分待つと各項満足がいくところまで行けた様子。
わたしに座るように案内した。
「どう?変なトゲとか、チクッとした痛みとかはない?・・・私が大丈夫でも、ユキノは柔らかくて傷が付きやすそうだから」
「大丈夫!・・・やっぱり、すごい。即席の立派な車イスだ!」
本当に見事なものである。足も数日安静にしていれば痛みは引きそうな軽傷だが、移動には難儀しそうとは思って居たのでありがたい。帆布を使用したシンプリな椅子に自転車の車輪が4つもついた車イス。前輪側は後輪よりもやや小さい車輪で、前後左右移動がしやすいように自在金具方式だ。
ちなみに車イスと聞くと、使用者が自分でタイヤを回して移動できるような自走式を思い浮かべるが、これは介助用とでも言おうか後ろから押す人がいないと動くことはできない方式だ。操作性に重点が置かれているのもコレが理由だろうと思う。アルフィーは早速動きを試し、手元のタブレットに何かを書き込んでいた。
わたしは、目線の高さがあがって周りがよく見えるようになったので、コレ幸いとばかりにキョロキョロ周囲を観察した。
「んん・・・?アルフィー、あれ!」
「どうしたの?」
「あの、冷蔵庫みたいな大きな箱の下にある、黒い何かを拾ってきてくれない?」
「・・・あれかな?わかった、ちょっと待っていてね」
アルフィーは尻尾を揺らしてノシノシ、チャプチャプと進む。冷蔵庫があるあたりは、大物下での滞留により一種のデルタ地帯となっており、他の場所に比べて水が少ない。
たまたま目に入った場所だが、明らかに他の堆積物よりも新しい時代のものが多めだ。
やがて目的のものを拾い上げて戻ってきたアルフィーはやや興奮したように、行きよりも早足で戻ってきた。
「っこれ!!ケータイだよね!!ユキノの?」
「どうだろ・・・?あ、画面割れてる・・・自信はないけど、その可能性は高そうだよね」
物理ボタンを長押しすると、電源が入った。
バッテリーが生きているということは、直近まで充電されて常用するような持ち主がいたことになるし、もしそうだとしたら第一容疑者は「わたし」の可能性が高いという寸法である。
どこかで見たようなメーカーのロゴが表示されるムービーが終わり、端末のOSソフトウェアが起動。
──だが、困った。
「パスコード・・・?」
記憶喪失はハイテクデバイスと相性が悪過ぎる。本人かも知れないのに。
もちろん、自分の名前や住所もあやふやなので、パスコードなるものが思い浮かぶ気配はない。一応、【1 2 3 4】とかアホのパスコードをいくつか試してみたが、もちろん開くことはなかった。
数字の組み合わせなので数打ちゃいつかは当たるだろうが、複数回適当に試したら時間制限が作動して大変萎えた。コレ間違え過ぎると試行ロックあるんだね。
「ありゃあ、そりゃ記憶喪失?だものね・・・」
「もしパスが分からなくても、ストレージにあるデータって吸い出すことはできたっけ?」
「ちょうど私もそれを試すのはどうかなって提案しようと思ってたところ。やっていいよね?」
「うん、もちろん」
そして自分で自分の発言内容を顧みて、結構これ関係に詳しい人だったのかも知れないなという予想。あながち家に引きこもっていた人物像?下馬評は的外れではないのかもしれない。
アルフィーに頷きを返して、パスロックが掛かったデバイスを渡す。
・・・手が触れた時に、静電気でもあたったかのようにアルフィーがサッと手を上に上げた。
デバイスが地面に落ちた。
「うわっ!」
「ご、ごめんっ!・・・なんだか手触るたびにビックリしちゃって・・・、爪で突いたら割れそうな水風船みたいなんだもの!あ、お湯風船?」
「へえ、そういうもんなんだ? でも今ので画面がさらに割れちゃったね・・・。わたしもごめんね、しっかり握ってなかったから」
お互いに謝りあって、落ちたデバイスはアルフィーが拾い上げた。
まあ、一回ヒビが入っちゃうと、簡単に広がるものだし、ある程度は仕方ない説もある。
アルフィーは先ほどの車イス設計で活躍した端末を操作して、カメラアプリケーションを起動して割れたデバイスのスキャニングを試みたり、ケーブル端子を調べるなどを行う。
「んんー・・・私が持ち歩いている端子のいずれとも合わないみたい。でも、ラボに帰ればなんとかなるかも・・・」
「そうなの?すごい、このままお願いしてもいい?」
「うん、もちろんだよ。困っている子を助けるのは当たり前だよ」
その時、アルフィーの持つ端末が軽快な音を立てた。
──今度は取り落とさなかった。
お互い顔を見合わせて、小さな画面を見る。
新しいメッセージだ。
【Howdy = )】
それだけだった。
「ユキノ、これ・・・」
「おお、手掛かりだな・・・・・・?」
「緊急連絡用の機能かしら。ロック解除されたわけではないようだけど、返信自体はできるみたい・・・ユキノ、どうする?」
「うーん、送り主を確認しよう・・・おや」
「ちょっと、返信が怖いわね」
文字化けしてるみたいで判別がつかないや。
「よし、じゃあイタズラにはイタズラで返すのが礼儀だろう」
「・・・ええ?どこの礼儀? ニンゲンの? それとも迷惑悪ガキ界隈?」
「わたし界隈。えいや!」
「あっ」
カメラを起動し、明らかに映えないゴミ捨て場をバックに自撮りをした。
もし送り主がわたしを知っていたなら何か反応があるだろうし、知らなければそれはそれで何かしらの反応があるだろう。
そう思って撮った写真を速攻で添付。
“ここ知ってる?” ──そうメッセージを添えて。
すぐに、既読のスタンプとともに返信がきた。
“なんの やくにも たたない ゴミのやまに まみれていると ケツイが みなぎった”
「ダメだこれ、荒らしかアンチだったわ」
「迂闊さを嗜めるのを通り越して、その度胸に尊敬すら覚えるわね」
「何せ退路がないからね、虎穴に入らずんば、なんとやらだぜ」
「ひょっとして下ネタ?」
「そういう意図で言ってないよ、・・・たぶんね」
ただ、とらのあなをどう捉えるかは諸説あるよね。
イタズラだろうとネタには事欠かないので、また返信がきたら写真でも送ってやろうかしら。
「じゃ、じゃあ・・・私のラボに、家に案内するね」
「はあい、お世話になりまーす!」
アルフィーは、背中から車椅子を押してくれ、わたしたちはゴミ捨て場を後にした。